【平成27年4月24日判決(東京地裁 平成25年(行ケ)第14849号)】

【ポイント】

 特許侵害訴訟における冒認出願に関する主張立証責任のあり方を示した事例,冒認出願を理由とする無効の抗弁が認められた事例

【キーワード】

特許法123条1項6号、特許法104条の3、冒認出願

第1 事案

 原告が被告に対して,自己が有する特許権(特許番号第3486859号。発明の名称は「液晶表示装置」。以下,「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」という。)に基づき,被告が輸入・販売している製品が本件特許権を侵害するとして,特許侵害訴訟を提起した。これに対して,被告は各主張を行ったが,その中で,本件特許に係る出願が冒認出願であるため,本件特許権は無効である抗弁を主張した。
 ここでは,当該出願が冒認出願に当たるかに関する争点について述べる。

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)

(2) 検討
 ア 冒認出願に関する主張立証責任について
 特許法一二三条一項六号所定の冒認出願において、特許出願がその特許にかかる発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことについての主張立証責任は、特許権者が負担すると解するのが相当であり、特許法一〇四条の三第一項所定の抗弁においても同様に解すべきである。
 もっとも、上記のように発明者性の主張立証責任を特許権者が負担すると解したとしても、そのような解釈は、すべての事案において、特許権者において、発明の経緯等を個別的、具体的に主張立証しなければならないことを意味するものではなく、むしろ、先に出願したという事実は、出願人が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であるとの事実を推認する重要な間接事実であると解される。したがって、特許権侵害訴訟において、発明者性に関し特許権者の行うべき主張立証の内容及び程度は、冒認出願を疑わせる具体的な事情の内容、それに関する被告の主張立証活動の内容及び程度がどのようなものかによって大きく左右されるというべきであり、仮に被告が、冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく、かつ、その裏付け証拠を提出していないような場合は、特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りるが、他方、被告が冒認を裏付ける事情を具体的詳細に指摘し、その裏付け証拠を提出するような場合は、特許権者において、これを凌ぐ主張立証をしない限り、主張立証責任が尽くされたと判断されることはないというべきである。そして、冒認を疑わせる具体的な事情の内容は、発明の属する技術分野が先端的な技術分野か否か、発明が専門的な技術、知識、経験を有することを前提とするか否か、実施例の検証等に大規模な設備や長時間を要する性質のものであるか否か、発明者とされている者が発明の属する技術分野についてどの程度の知見を有しているか否か、発明者と主張する者が複数存在する場合に、その間の具体的実情や相互関係がどのようなものであったか等の個別事情を考慮して判断するべきである。

(省略)

(ウ) そうすると、本件発明の技術的思想の特徴的部分は本件発明の構成要件EないしHの構成であるというべきである。
 そして、発明者とは、当該発明の技術的思想の特徴的部分の完成に創作的に寄与した者、すなわち、当該発明の技術的思想の特徴的部分を着想したか、若しくは実験などによりその具体化に技術的貢献をした者をいうと解されるから、原告代表者が本件発明の発明者であると認められるためには、上記構成要件を着想等したのが原告代表者であると認められることが必要であるということができる。
 ウ そこで、まず、本件発明の構成要件Eの構成について、その構成を着想等したのが原告代表者であると認められるかについて検討する。

(省略)          

  (エ) もっとも、本件発明は、乙一四公報に開示された液晶表示装置に関する従来技術においてもなお、歩留まりが低く、生産コストが高くなる、という課題があり、前記構成を採用することによってこの課題を解決し、より製造歩留まりが高く、生産コストをより安くするという発明であり(段落(〇〇〇三)、(〇〇〇七))、乙一四公報に接した者が上記課題を認識するには、実際の製造現場において、上記従来技術では、どの程度の割合で製造歩留まりが生じ、そのためにどの程度で余分な生産コストがかかっているのかといった点についての技術的知識、経験が要求されるものと認められる。
  (オ) しかるに、前記(1)オ(ア)によれば、原告代表者は、液晶表示装置に関する技術を専門的に研究したり、液晶表示装置に関して技術開発や部品製造等の業務に従事したりした経験はなく、また、原告には、液晶表示技術に関する実験が可能な設備や施設が備えられていなかったことが認められるのであって、原告代表者には、本件出願当時において、前記のような液晶表示装置に関する実際の製造現場における技術的知識、経験を得るべき経歴や環境が備わっていなかったといわざるを得ない。
  (カ) そして、本件において、原告代表者が上記課題を認識してこれを解決する構成を着想したことについて、その経過を示すようなメモやノート等といったものは何ら提出されていない。
  (キ) また、原告代表者は、従来技術においてどの程度の割合で歩留まりが生じていて、これが本件発明によりどの程度の割合で歩留まりが高くなるのかについて、被告代理人や裁判所から複数回にわたって質問されても、具体的に説明することができない。
  (ク) しかも、原告代表者は、着想の契機として本件学会に参加したことを挙げるが(省略)、原告代表者が本件学会に参加したと認めるには足りず、ほかにこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
  (ケ) さらに、原告代表者は、前記の論文や公開特許公報等を検討したと述べるが、(省略)。さらに、原告代表者は、英文読解は得意でなく、日立論文一についてこれを熟読でなく斜め読みした程度でしかなかったことを自認しており、原告代表者は、液晶表示装置に関する技術を専門的に研究したり、技術開発や部品製造等の業務に従事したりした経験がないことに照らしても、原告代表者自身の供述内容からは、原告代表者が着想に至る課題を発見し得るような知見を得ていたと認めることはできない。
  (コ) 以上認定した原告代表者の液晶表示装置に関する技術的知識、経験の程度や、原告代表者が従来技術と本件発明の作用効果の対比を具体的に説明できないこと、着想に至る経過を示す客観的証拠が提出されておらず、ほかに着想に至る経過を認めるに足りる証拠がないことに照らすと、原告代表者の前記供述は到底信用することができない。

(省略)

  (サ) これに対してBiについてみると、前記(1)オ(イ)のBiの液晶表示装置に関する経歴と経験、並びに補助参加人に複数の技術報告書を提出したこと、及びその内容が液晶パネルの視野角や開口率といった性能面のみならず、歩留まり等の製造現場における課題についても、その問題点の具体的な指摘と解決方法の具体的提案にまで及んでいることなどに照らせば、Biは、本件出願当時、液晶表示装置に関する技術や製造方法等に精通していたものと認められる。

(省略)

 以上の事情を考慮すれば、本件発明の構成要件Eに係る構成は、原告代表者ではなく、少なくともBiによって着想されたことが推認できる。

(省略)

  (ス) 以上の事情を総合考慮すると、本件発明の構成要件Eに係る構成は、原告代表者が着想したとは認めるに足りず、少なくとも、被告らの主張する冒認を疑わせる具体的な事情を凌ぐ立証がされたということはできないばかりか、むしろこれを着想し、具体化して発明を完成させたのは、Biであると認めるのが相当である。

(省略)

  (エ) 以上によれば、本件発明の構成要件Gに係る構成は、原告代表者が着想したとは認めるに足りず、少なくとも、被告らの主張する冒認を疑わせる具体的な事情を凌ぐ立証がされたということはできないばかりか、前記認定の諸事情に照らし、少なくともその一部をBiが着想したものと推認するのが相当である。
 オ そして、本件発明の構成要件F及びHの構成については、前記第三、五〔原告の主張〕のとおり、原告は、原告代表者がそれらの構成を着想したことについて具体的主張をしておらず、本件全証拠を精査しても、原告代表者がそれらの構成を着想したとは認めることができない。
 (3) まとめ
 以上のとおり、本件においては、原告代表者は本件発明の発明者とはいえないから、本件特許の出願がその特許にかかる発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことについての立証がされたとは認められない。したがって、本件特許は、その発明について特許を受ける権利を有しない者の特許出願に対してされたものとして、特許法一二三条一項六号所定の無効理由を有すると認められるから、原告は被告に対して本件特許権に基づく権利行使をすることができない(特許法一〇四条の三第一項)。

第3 検討

 本件は、特許侵害訴訟における冒認出願の主張立証責任のあり方を示し,被告の冒認出願の主張が認められた事案である。
 本判決は、まず、「(①)特許法一二三条一項六号所定の冒認出願において、特許出願がその特許にかかる発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことについての主張立証責任は、特許権者が負担すると解するのが相当であり、(②)特許法一〇四条の三第一項所定の抗弁においても同様に解すべきである。」と判示する。つまり,本判決は,①冒認出願を理由とする特許無効審判においては,特許権者に「発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者」(以下、「発明者等」という。)であることを主張立証する責任があり,②同様に,特許侵害訴訟に冒認出願を理由とする無効の抗弁においても,特許権者に発明者等であることを主張立証する責任があるとしている。
 なお,その理由は述べられていないが、特許法が発明者主義(法29条1項)を採用していることから、特許権者が発明者等であることの主張立証責任を負うべきという判断に基づいていると考えられる。
 上記の主張立証責任の所在に続けて、本判決は、特許権者が発明者等であることの主張立証責任を負うとしても、「むしろ、先に出願したという事実は、出願人が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であるとの事実を推認する重要な間接事実であると解される」ことを根拠に、特許権者がどのようなケースにおいても、発明者等であることを個別具体的に主張立証しないといけないわけではない旨を述べる。
 具体的には、「特許権侵害訴訟において、発明者性に関し特許権者の行うべき主張立証の内容及び程度は、冒認出願を疑わせる具体的な事情の内容、それに関する被告の主張立証活動の内容及び程度がどのようなものかによって大きく左右されるというべきであり、(①)仮に被告が、冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく、かつ、その裏付け証拠を提出していないような場合は、特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りるが、(②)他方、被告が冒認を裏付ける事情を具体的詳細に指摘し、その裏付け証拠を提出するような場合は、特許権者において、これを凌ぐ主張立証をしない限り、主張立証責任が尽くされたと判断されることはないというべきである。」と判示した。つまり,被告の内容等次第により、特許権者である原告の主張立証の程度も変わる旨を述べ,具体的なケースとして,上記①と②を挙げた。
 いかなる場合でも特許権者に発明者等であることを個別具体的に主張立証させることは特許権者に過大な負担をかけることになり、先に特許出願したという事実が、出願人が発明者等であることを推認させる重要な間接事実であることからすれば、上記の主張立証の構造は妥当であると考えられる。
さらに、本判決は、「冒認を疑わせる具体的な事情の内容は、(①)発明の属する技術分野が先端的な技術分野か否か、(②)発明が専門的な技術、知識、経験を有することを前提とするか否か、(③)実施例の検証等に大規模な設備や長時間を要する性質のものであるか否か、(④)発明者とされている者が発明の属する技術分野についてどの程度の知見を有しているか否か、(⑤)発明者と主張する者が複数存在する場合に、その間の具体的実情や相互関係がどのようなものであったか等の個別事情を考慮して判断するべきである」と判示した。
 そして,本判決は,各事実を認定し(上記「第2」の判決抜粋を参照),これらの判断要素(上記①乃至⑤)に沿って,①②に関して,「どの程度の割合で製造歩留まりが生じ、そのためにどの程度で余分な生産コストがかかっているのかといった点についての技術的知識、経験が要求されるものと認められる」,③④に関して,「原告代表者は、液晶表示装置に関する技術を専門的に研究したり、液晶表示装置に関して技術開発や部品製造等の業務に従事したりした経験はなく(④)、また、原告には、液晶表示技術に関する実験が可能な設備や施設が備えられていなかったことが認められる(③)」,⑤に関して,第三者は,本件発明を完成させ, 当該第三者が原告代表者の名義を借りて特許出願したものである旨を判断した。そして,「原告代表者が着想したとは認めるに足りず、少なくとも、被告らの主張する冒認を疑わせる具体的な事情を凌ぐ立証がされたということはできないばかりか、むしろこれを着想し、具体化して発明を完成させたのは、Biであると認めるのが相当である」として,本件特許にかかる出願が冒認出願であると結論付けた。
 このように本判決が挙げる「冒認を疑わせる具体的な事情」(上記①乃至⑤)は,冒認出願の立証立証活動において参考になる有益な要素である。その他,冒認を疑わせる具体的な事情の要素としては,⑥特許権者(発明者)が発明者として行うべき行動をしていたか否か(例えば,発明者が属する企業や大学のルールに従い発明者として求められる手続き(発明届の提出等)を採っていたか否か,会議において発明者として求められる説明を十分に尽くしていたか否か等)が考えられる。
 以上のように、本判決は特許侵害訴訟における冒認出願の立証立証活動に関して、立証責任の所在や冒認出願を疑わせる事情の視点において参考になる事案である。

以上

弁護士 山崎臨在