【平成27年10月8日(平成27年(ネ)第10097号) 差止請求控訴事件】
(原審・東京地方裁判所平成26年(ワ)第23512号)

【要旨】
1 本件は,控訴人において,被控訴人が原判決別紙差止対象製品目録(以下「差止目録」という。)記載の各製品(被告製品)を製造,販売,輸出して控訴人の特許権(本件特許権)を侵害している旨主張し,被控訴人に対し,特許法100条1項に基づき,上記製造,販売,輸出の差止めを求めた事案である。
2  原判決は,被告製品が本件特許権の請求項1に係る発明(本件発明)の技術的範囲に属すると認めることはできないとして,控訴人の請求を棄却した。控訴人は,原判決を不服として,控訴を提起した。

【キーワード】
特許法100条1項


【争点】
特許法100条1項所定の「特許権を侵害する者又は侵害するおそれのある者」に,特許権侵害の教唆,幇助した者は含まれるか

【判旨抜粋】
1   控訴人は,被控訴人に対し,特許法100条1項に基づき,被告製品の製造,販売及び輸出の差止めを請求
   しているところ,同請求が認められるためには,被控訴人において被告製品の製造,販売及び輸出をしている
   こと又はそのおそれがあることが立証されなければならない。
     しかしながら,本件において,控訴人は,被控訴人が被告製品の製造,販売及び輸出をしていること又はそ
  れらの行為に及ぶおそれがあることについて,何らの立証をしていない。
    なお,証拠(乙ハ1~3)によれば,①被控訴人がインターネット上で運営するショッピングモール「楽天市場」
  は,出店者が,被控訴人との間の契約に基づき,出店ページを開設するなどして出店者の物品の販売又は役
  務の提供を行うものであること,②上記物品の売買又は役務の提供は,出店者と上記出店ページを閲覧した
  者,すなわち,顧客との間で行われ,出店者は,顧客に対し,取引の当事者は出店者と顧客であることを明確
  に表示する旨が上記ショッピングモールの利用規約(乙ハ1)に明記されていることが認められ,これらの事実
  によれば,たとえ被告製品が上記ショッピングモール上に紹介されていたとしても,直ちに被控訴人が自ら当該
  被告製品を販売しているということはできない。
2 控訴人は,被控訴人が共同不法行為責任を負うなどと主張する。それが,出店者の販売行為を教唆,幇助
  するものであるという趣旨であるとしても,以下のとおり,被控訴人に対して特許法100条1項に基づく販売の
  差止めを請求することはできない。
(1) すなわち,特許法100条1項は,特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者(以下「特許権を侵害
     する者等」という。)に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができる旨を規定しているところ,特許
     権を侵害する者等とは,自ら特許発明の実施(同法2条3項)若しくは同法101条所定の行為をした者又は
     そのおそれがある者を意味し,特許権侵害の教唆,幇助をした者は,これに含まれないと解するのが相当で
     ある。
       このように解する理由は,以下のとおりである。すなわち,①民法上,不法行為に基づく差止めは認められ
     ておらず,特許法100条1項所定の「侵害の停止又は予防」としての差止めは,特許権の排他的効力に基づ
     き,特許法により特に定められたものである。②他方,教唆又は幇助による不法行為責任は,自ら他人の権
     利を侵害する者ではないにもかかわらず,被害者保護の観点から特に教唆及び幇助を共同不法行為として
     損害賠償責任(民法719条2項)を負わせることとしたものであり,上記①の特許権の排他的効力に基づく特
     許法100条1項所定の差止請求権とは,制度の目的,趣旨において異なる。③教唆又は幇助については,
     その行為態様として様々なものがあり,特許権侵害の教唆行為又は幇助行為に対して無制限に差止めを認
     めると,差止請求の相手方が無制限に広がり,差止めの範囲が広範にすぎるなどの弊害が生じるおそれが
     あるところ,特許法101条所定の間接侵害の規定は,上記弊害の点に鑑み,特許権侵害の幇助行為の一
     部の類型に限り侵害とみなして差止めの対象としたものと解されるから,それを超えて幇助行為一般及び教
     唆行為について差止めを認めることは,同条の趣旨に反するものということができる。
(2) そして,前記1によれば,被控訴人が本件発明を実施したとは認められず,特許法101条所定の行為をし
     たとも認められないし,そのおそれもないから,被控訴人に対する製造,販売及び輸出の差止請求が認めら
     れる余地はない。

【解説】
1 裁判所の判断
  知財高裁4部(髙部眞規子裁判長)は,特許法100条1項は,特許権を侵害する者等に対し,その侵害の停
   止又は予防を請求することができる旨を規定しているところ,特許権を侵害する者等とは,自ら特許発明の実
   施(同法2条3項)若しくは同法101条所定の行為をした者又はそのおそれがある者を意味し,特許権侵害の
   教唆,幇助をした者は,これに含まれないと解するのが相当であるとして,控訴人の差止請求控訴を棄却し
   た。

2 考察
  本件は,技術的範囲の属否についても争点となっており,被控訴人製品は技術的範囲には含まれないと判
   断されているため,いずれにせよ特許権侵害は成立しない事案であるが,差止請求における「特許権を侵害
   する者又は侵害するおそれのある者」に、インターネットショッピングモールを運営する者(楽天)が含まれるか
   否かを判断した点で興味深い。
  インターネットショッピングモールを運営する者に関連する事件といえば,本件の被控訴人と同一の楽天に
   対し商標権侵害に基づく損害賠償請求が認められるか否かが争われた事件が有名である(知財高裁平成
   24年2月14日判決,以下「チュッパチャップス事件」という。)。チュッパチャップス事件の結論においては損
   害賠償請求は認められなかったものの,以下のように判示して,差止請求及び損害賠償請求の余地を認め
   ている。
   「本件における被告サイトのように,ウェブサイトにおいて複数の出店者が各々のウェブページ(出店ペー
   ジ)を開設してその出店ページ上の店舗(仮想店舗)で商品を展示し,これを閲覧した購入者が所定の手続
   を経て出店者から商品を購入することができる場合において,上記ウェブページに展示された商品が第三者
   の商標権を侵害しているときは,商標権者は,直接に上記展示を行っている出店者に対し,商標権侵害を理
   由に,ウェブページからの削除等の差止請求と損害賠償請求をすることができることは明らかで
あるが,その
   ほかに,ウェブページの運営者が,単に出店者によるウェブページの開設のための環境等を整備するにとど
   まらず,運営システムの提供・出店者からの出店申込みの許否・出店者へのサービスの一時停止や出店停
   止等の管理・支配を行い,出店者からの基本出店料やシステム利用料の受領等の利益を受けている者であ
   って,その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき又は知ることができたと認めるに足りる相当
   の理由があるに至ったときは,その後の合理的期間内に侵害内容のウェブページからの削除がなされない限
   り,上記期間経過後から商標権者はウェブページの運営者に対し,商標権侵害を理由に,出店者に対するの
   と同様の差止請求と損害賠償請求をすることができると解するのが相当である。」,「商標法は、その第37条
   で侵害とみなす行為を法定しているが、商標権は「指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権
   利を専有する」権利であり(同法25条)、商標権者は「自己の商標権・・・を侵害する者又は侵害するおそれが
   ある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる」(同法36条1項)のであるから、侵害者が
   商標法2条3項に規定する「使用」をしている場合に限らず、社会的・経済的な観点から行為の主体を検討す
   ることも可能というべきであり、商標法が、間接侵害に関する上記明文規定(同法37条)を置いているからと
   いって、商標権侵害となるのは上記明文規定に該当する場合に限られるとまで解する必要はないというべき
   である。」(下線部は筆者が付した。)
       チュッパチャップス事件では,インターネットショッピングモール運営者によって合理的期間内に侵害内容
   のウェブページからの削除がなされない限り,上記期間経過後から商標権者はウェブページの運営者に対し,
   商標権侵害を理由に,出店者に対するのと同様の差止請求と損害賠償請求をすることができるとし,条件付
   きではあるものの,インターネットショッピングモール運営者が「自己の商標権・・・を侵害する者又は侵害する
   おそれがある者」に当たり得ることを判示している。チュッパチャップス事件の法理は特許法100条1項にお
   いても通じるので,インターネットショッピングモール運営者が,合理的期間内に特許権侵害製品をウェブペー
   ジから削除しない限り,特許権侵害を理由に,差止請求は認められるものと解される。
       しかしながら,本件では控訴人が,被控訴人を侵害主体とみることができるか否かについて立証をしておら
   ず,被控訴人は共同不法行為(民法719条)をしたとして差止及び損害賠償を請求しているため,特許権侵
   害の教唆,幇助をした者は「特許権を侵害する者又は侵害するおそれのある者」に含まれないとされている。
   よって,本件とチュッパチャップス事件とは整合するものである。
      仮に,控訴人が,チュッパチャップス事件の判旨に沿って,被控訴人を,教唆・幇助をした者ではなく侵害主
   体とみることができるとする主張立証をしていたならば,差止請求が認められる余地はあるものと解される(た
   だし,本件においては,そもそも技術的範囲に含まれないため,差止請求が認められる余地がない事案であ
   った)。
    

2016.1.5 弁護士 幸谷泰造