平成27年4月28日判決 (知財高裁平成25年(ネ)第10097号)特許権侵害差止等請求控訴事件
(原審 平成25年10月24日判決 (大阪地裁平成23年(ワ)第15499号)特許権侵害差止等請求事件)
【判旨】
特許法102条2項は、侵害者が「その侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額」をもって特許権者が受けた損害の額と推定する規定であるから、侵害者が侵害製品の製造・販売をするに当たり直接必要となった経費であれば、固定費であるからといって、これを控除しないとするのは相当ではない。そこで、本件においても、Y各製品の製造に供する金型が本件各特許発明を侵害しない他の製品に転用できないものであるならば、その金型の製作費用は、Y各製品の製造・販売のために直接必要となった直接固定費として、これを控除すべきである。
【キーワード】
特許法102条2項、102条3項、覆滅、寄与率、金型製作費用、大阪地方裁判所平成25年10月24日判決


【事案の概要】
1 本件は、「蓋体及びこの蓋体を備える容器」という名称の発明について特許権を有するX(岩崎工業株式会社。原告、被控訴人)が、Y(アスベル株式会社。被告、控訴人)の蓋体及び容器(Y製品)を製造、販売する行為が特許権侵害に該当すると主張して、〔1〕Y各製品(Y蓋体及びY容器)の製造、販売又は販売の申出の差止め、〔2〕Y各製品及びその半製品並びにそれらの製造に供する金型の廃棄を求めるとともに、〔3〕不法行為による損害賠償請求権に基づき、1億6500万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

  特許番号 第4473333号
  発明の名称 蓋体及びこの蓋体を備える容器
  出願日 平成20年12月19日
  優先日 平成18年10月13日(以下「本件優先日」という。)
  登録日 平成22年3月12日
  特許請求の範囲
  【請求項1】
  食材を収容するとともに該食材を加熱可能な容器の胴体部の開口部を閉塞する蓋体であって、
  前記蓋体の外周輪郭形状を定めるとともに、前記容器の前記開口部を形成する前記容器の縁部と嵌合する周縁領域と、
  該周縁領域により囲まれる領域内部において、隆起する一の領域を備え、
  前記一の領域は、前記容器内の流体を排出可能な穴部と、該穴部を閉塞可能な突起部を備えるフラップ部を備え
  該フラップ部は、前記一の領域に一体的に接続する基端部を備えるとともに、該基端部を軸に回動し、
  前記フラップ部の先端部は、前記周縁領域の外縁に到達しておらず、
  前記フラップ部の前記基端部が、前記フラップ部の前記先端部よりも前記蓋体の中心位置から近い位置に配され、
  前記一の領域が、前記フラップ部の少なくとも一部を収容する凹領域を備え、前記凹領域は前記一の領域上面の周縁部に接続していることを特徴とする蓋体。
  (以下、上記請求項に係る発明を「本件特許発明1」という。)
  【請求項12】
  省略
        【図1】                【図3】

      
         (特許第4473333号明細書より)

2 原審は、Y各製品は本件各特許発明の技術的範囲に属するとして、Y各製品の製造・販売・販売の申出の差止め、Y各製品の廃棄、Y蓋体の製造に係る金型の廃棄、損害賠償として3257万2201円及び遅延損害金の支払を命じる限度でこれを認容した。
 Yは本件特許の有効性やY各製品の充足性について争ったが、原審ではいずれの主張も排斥されている。本稿ではこれらの争点を取り上げず、損害額の認定について取り上げることとする。
(1)特許法102条2項に基づく損害の計算(原審)
 Y各製品の売上高は合計5億9510万5017円である(争いがない)。
このうち経費の合計は3億9795万7004円である。
 <内訳>
 (1) 製造原価 3億0854万6372円
 (2) 金型製作費用 0円(控除の対象にはならない)
 (3) 販売経費 8236万2534円
 (4) 値引き 704万8098円
 金型製作費用について原審は、「Yは、金型製作費用として1億9134万円を要した旨主張する。しかし、これは固定経費であり変動経費ではないから、控除するのは相当ではないというべきである。」と判示した。
 次いで、寄与度(推定の覆滅)の率を15%とし、その理由については次のように判示した。
 「X製品及びY各製品のほかにも、食品を収納するとともに、当該食材を加熱可能な容器が多数存在することは当事者間で争いがない。もっとも、このうちフラップ部と蓋を一体成型したものについては、X製品、Y各製品及び乙30発明に係る実施品の存在を認めることができるにとどまる。本件各特許発明は、「加熱調理後、容器内の水分を、開口部を通じて、排出可能である。この結果、本発明の容器は、パスタ等の調理に好適に使用可能となる。」(段落【0023】)という作用効果を奏する点に技術的意義があるものである。このような代替品の有無などに関する状況及び本件各特許発明の技術的意義に加え、本件で表れた一切の事情を総合すると、本件各特許発明のY各製品の売上げに対する寄与度は15%とするのが相当である。」
 以上から、売上高5億9510万5017円から経費合計3億9795万7004円を控除した額に寄与度15%を乗じた2957万2201円を、特許法102条2項に基づき算定される損害額と認める。
 〔計算式〕(5億9510万5017円-3億9795万7004円)×0.15 ≒ 2957万2201円

(2)特許法102条3項に基づく損害の計算
 証拠によれば、プラスチック製品に係る実施料率は、平成4年度から平成10年度までの期間において、イニシャルペイメントがある場合において平均3.0%、イニシャルペイメントがない場合において3.9%であったことが認められる。このことに加え、代替品の有無などに関する状況及び本件各特許発明の技術的意義等も考慮すると、本件において相当な実施料率は3.5%であると認める。そうすると、売上高5億9510万5017円に実施料率3.5%を乗じた2082万8675円が相当な実施料額である。
 〔計算式〕5億9510万5017円×0.035 ≒ 2082万8675円

(3)原審は、102条2項によって計算した損害2957万2201円に、弁護士費用及び弁理士費用300万円を加算した3257万2201円を、Xが受けた損害として認めた。
 Yが、これを不服として控訴した。

【争点】
損害額の計算。

【判旨】
1 特許法102条2項に基づく損害の計算
(1)平成22年3月12日から平成25年4月20日までの期間における被告容器の販売数量が合計617万9943個であり、売上高が合計5億9510万5017円であることについては、当事者間に争いがない。

(2)経費の合計は4億9430万7004円である。
<内訳>
(1) 製造原価 3億0854万6372円
(2) 金型製作費用 9635万円
(3) 販売経費 8236万2534円
(4) 値引き 704万8098円
 ここで、金型製作費用の控除については、「特許法102条2項は、侵害者が「その侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額」をもって特許権者が受けた損害の額と推定する規定であるから、侵害者が侵害製品の製造・販売をするに当たり直接必要となった経費であれば、固定費であるからといって、これを控除しないとするのは相当ではない。そこで、本件においても、Y各製品の製造に供する金型が本件各特許発明を侵害しない他の製品に転用できないものであるならば、その金型の製作費用は、Y各製品の製造・販売のために直接必要となった直接固定費として、これを控除すべきである。しかるに、甲3、4により認められる被告各製品の形態及び機能並びに弁論の全趣旨によれば、本件各特許発明を侵害するY蓋体の金型については、これを他の製品に転用することはできないが、これに対してY容器の金型については、蓋体さえ別の金型で製作すれば、他の製品にも転用できるものであることが推認される。したがって、Y蓋体の金型製作費用については、これを経費として控除し、Y容器の金型製作費用については、これを経費として控除しないのが相当である。」と判示した。

(3)寄与度(推定の覆滅)の率を15%とし、その理由について次のように判示した。
 「原告製品及び被告各製品のほかにも、食品を収納するとともに、当該食品を加熱可能な容器が多数存在することは当事者間で争いがない。
もっとも、このうちフラップ部と蓋体を一体成型したものについては、X製品、Y各製品及び乙30発明に係る実施品のほか、エビス株式会社の販売に係る製品等の存在を認めることができる。しかしながら、乙30発明に係る実施品及びエビス株式会社の販売に係る製品は、いずれもフラップのヒンジ部分が蓋の周縁領域の外方に突出していて、蓋の外側から内側にかけてフラップを回動するものであり(証拠略)、前記8(3)イで検討したとおり、ヒンジ部分が他の物体と衝突して破損するおそれがある、フラップ部分を開けたときに外方向に大きく広がるため余計なスペースをとる、フラップ部分を洗浄しにくいなどの使用上の不都合等の問題点が生じ得るものであること、前記(ア)のとおり、乙55のみに基づいて、Y、X、株式会社
クレハ及びエビス株式会社の市場占有率を認定することはできないものの、株式会社クレハ及びエビス株式会社の各製品が、Y及びXの各製品に比して、その市場占有率が相当程度低いことがうかがわれるところである。
 このような代替品の有無などに関する状況及び前記7(3)アで検討した本件各特許発明の技術的意義、甲3、4により認められる被告各製品の形態、デザイン及び機能やこれらが相俟って消費者が被告各製品を選択購入する動機の一端となっていると推認されること、その他本件に顕れた一切の事情並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件各特許発明の被告各製品の売上げに対する寄与度は15%を下ることはないと認めるのが相当である。そうすると、本件各特許発明がY各製品の売上げに対して寄与しない85%の割合については、前記イ(オ)のYの利益が特許権侵害によるXの損害額であるとの推定が一部覆滅されることとなるというべきである。」

(4)売上高5億9510万5017円から経費合計4億9430万7004円を控除した額である前記イ(オ)の1億0079万8013円に、寄与度15%を乗じた1511万9701円を、特許法102条2項に基づき算定される損害額と認める。
 〔計算式〕1億0079万8013円×0.15 ≒ 1511万9701円

2 特許法102条3項に基づく損害の計算
 証拠(乙27の1~3)によれば、プラスチック製品に係る実施料率は、平成4年度から平成10年度までの期間において、イニシャルペイメントがある場合において平均3.0%、イニシャルペイメントがない場合において3.9%であったことが認められる。このことに加え、前記(1)ウ(イ)で検討した代替品の有無などに関する状況及び本件各特許発明の技術的意義等も考慮すると、本件において相当な実施料率は3.5%であると認める。そうすると、売上高5億9510万5017円に実施料率3.5%を乗じた2082万8675円が相当な実施料額であると認める。
 〔計算式〕5億9510万5017円×0.035 ≒ 2082万8675円

3 控訴審の知財高裁は、102条3項によって計算した損害2082万8675円に、弁護士費用及び弁理士費用200万円を加算した2282万8675円をXが受けた損害として認めた。

【解説】
1 特許法102条2項は「特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。」と規定する。同項は損害の推定規定であると解するのが通説である。
 ここで侵害した者が受けた利益とは、侵害者の「限界利益」を意味すると考える説(限界利益説)が有力である。限界利益説については「権利者の売上から変動経費を控除した額を意味し、原則として開発投資や一般管理費等の控除を認めるべきではないとする説」(中山信弘「特許法 第2版」365頁)、「売上額から、侵害者が侵害品を実施するために追加的に必要となった変動経費のみを控除した限界利益とする考え方」(島並良ほか「特許法入門」385頁)などと説明されている。
 Yの金型製作費用について原審は、全て固定経費であって変動経費ではないから、102条2項においてYの利益を算出する際に控除する対象とならないと判示した。
 これに対し知財高裁は、Y蓋体の金型を他の製品に転用できないため、固定費であっても経費として控除すべきと判断した。そして金型製作費用9635万円をYの利益から控除した。主にこの点の判断の違いによって、侵害者Yが受けた利益は、原判決の認定額1億9714万8013円から、1億0079万8013円へと減額された。

2 他方、一般に、102条2項の条文において明示されていないものの、同項に基づく侵害した者が受けた利益は特許発明が寄与した部分に限定されると考えられている(島並良ほか「特許法入門」384頁)。すなわち同項の損害は限界利益に「寄与度」を乗じた額であり、それ以外について推定は覆滅されることになる。「寄与度」は、「イ号物件における侵害部分の価値ないし重要度、顧客吸引力、消費者による購入の動機等」を考慮して決めることになるが(同384頁)、明確な基準は存在せず、裁判官による総合判断に委ねられている。
 そして、本件発明の寄与度について、控訴審判決は、原判決における15%の判断をそのまま維持した。上記のとおり控訴審判決ではYが受けた利益が大幅に減額されたことから、これに寄与率を掛けた損害額も大幅に減額となり、102条3項により計算した損害額を下回ることとなった。そのため控訴審判決では、102条3項によって計算した損害額の方が認容額になるという逆転が生じることとなった。

3 控訴審判決が102条2項に基づき算定した損害額を、ライセンス料率に換算すれば、判決で平均的な料率とされている料率をさらに下回る2.54%相当にすぎない。逆に考えると、もともと原審で認定された寄与度15%が低すぎたのではないかとも思われる。
 上記2のとおり、102条2項の損害額の推定は寄与度によってさらに覆滅されるが、寄与度には明確な基準がなく、裁判官による総合判断に委ねられる。原審が15%と認定した理由と、知財高裁が同じ割合で認定した理由は、判決文から明確ではないが、控訴審判決で挙げられている事実は、むしろ寄与度を高める方向の事実である。
 102条3項の趣旨は立法時において、「実施料相当額を侵害によって特許権者が蒙った損害額の一部とみなし、少なくともこれだけは請求できることとした」規定であると説明されてきた(「新・注解特許法」1672頁)。102条2項において、寄与度を掛けて算定される損害額は、(例外はあろうが)基本的には102条3項の損害額を下回ることが想定されていないように思われる。
 知財高裁においては、金型の製作費用をYが受けた利益から控除するのであれば、それと同時に寄与度を高くする方向へと見直すという判断もありえたように思われる(ただしXは控訴審において「寄与度が15%を下ることはあり得ない」とのみ主張していたことから、知財高裁が寄与度15%以上へと見直することは弁論主義から難しいと判断した可能性がある。)。

以上
(文責)弁護士 山口建章