【平成27年11月5日(知財高判平成27年(ネ)第10037号)】
【判旨】
X商標のうち,下段の「湯~とぴあ」の部分は,入浴施設の提供という指定役務との関係では,自他役務の識別力が弱いというべきであるから,取引者又は需要者をして役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるということはできず,この「湯~とぴあ」の部分だけを抽出して,Y標章と比較して類否を判断することは相当ではない。
【キーワード】
結合商標,商標の類否,湯ートピア
第1 事案
本件は,結合商標の類否が争われた事案である。Xは,「入浴施設の提供」を指定役務とする下記X商標に
かかる商標権(X商標権)を有する。Yは,Yが運営する入浴施設において下記Y標章を使用している。Xは,
Yに対し,Y標章の使用がX商標権を侵害すると主張して,Y標章の使用差止め及び平成14年10月20日か
ら平成26年10月31日までの間のX商標の使用料相当損害金1億1149万0696円のうち8000万円1,弁
護士費用400万円の損害賠償などを求めた。
原審東京地判平成27年2月20日平成25年(ワ)第12646号は,X商標とY標章の類似性を認め,Xの請
求の一部を認容した2。これに対しYが控訴。
X商標 | Y標章 |
第2 判旨 控訴認容(原告の請求を棄却)
本判決は,次のように判示してX商標とY標章の類似性を否定し,Xが主張する商標権侵害を否定した。
1 判断基準
「商標の類否は,対比される商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に,その商品又は役
務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,使用された
商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべ
く,しかも,その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて
判断するのが相当である(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻
2号399頁,最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参
照)。
また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察す
ることが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合していると認められる場合においては,その構
成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して類否を判断することは,原則として許されな
いが,他方で,商標の構成部分の一部が取引者又は需要者に対し,商品又は役務の出所識別標識として
強く支配的な印象を与える場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じない場合
などには,商標の構成部分の一部だけを取り出して,他人の商標と比較し,その類否を判断することが許さ
れるものと解される(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号
1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高
裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。」
2 あてはめ
「…X商標は,その外観上,上段の「ラドン健康パレス」の部分と下段の「湯~とぴあ」の部分とから成る結
合商標と認められるところ,その文字の色及び大きさの違い,その配置態様によって,一見して明瞭に区分
して認識されるものであるから,これらの二つの部分は,分離して観察することが取引上不自然と思われる
ほど不可分に結合しているものということはできない。
…そして,下段の「湯~とぴあ」の部分は,前記アのとおり,「ユートピア」の「ユ」を「湯」に置き換えた造語
であり,しかも,その文字が上段の文字よりもはるかに大きく目立つ色彩,態様で示されている。
しかしながら,インターネットで,「湯」の漢字を含み,「ゆうとぴあ」と称呼する文字列を含む入浴施設(宿泊
施設を含む)を検索した結果によれば,全国には,「湯ーとぴあ」又はこれに類する語を含む名称を有する入
浴施設として,X施設及びY施設のほかに,①「なにわ健康ランド湯ートピア」(大阪府東大阪市),②「湯~と
ぴあ宝」(名古屋市),③「湯~とぴあ黄金泉」(岡山県英田郡西粟倉村),④「湯~トピアきりしま」(滋賀県大
津市),⑤「湯~トピア小中野」(青森県八戸市),⑥「湯とぴあ雁の里温泉」(秋田県仙北郡美郷町),⑦「湯
~とぴあダイゴ」(京都市),⑧「湯~とぴあ熊の湯」(東京都板橋区),⑨「臼別温泉湯とぴあ臼別」(北海道
せたな町),⑩「藤河内湯ーとぴあ」(大分県佐伯市),⑪「湯都ピア浜脇」(大分県別府市),⑫「湯ーとぴあ
山中」(石川県加賀市),⑬「スーパー銭湯 湯ーとぴあ」(福井市),⑭「湯ーとぴあ苫部」(青森県むつ市),
⑮「湯ーとぴあ神恵内」(北海道古宇郡神恵内村),⑯「箱根小涌園ユネッサン(HAKONE KOWAKI-EN
Sunshine 湯~とぴあ箱根小涌園ユネッサン)」(神奈川県足柄下郡箱根町)の各施設があることが認めら
れる(甲22,乙3,13,22,弁論の全趣旨)。
また,インターネットで,「湯」の漢字を含まないが,「ゆうとぴあ」と称呼する文字列を含む名称の入浴施設
(宿泊施設を含む)を検索した結果によれば,全国には,①「ゆ~とぴあみろく」(香川県さぬき市),②「野沢
温泉ユートピア」(長野県下高井郡野沢温泉村),③「ユートピア浜坂」(兵庫県美方郡新温泉町),④「ユート
ピア」(広島県呉市),⑤「敷島温泉 赤城の湯 ユートピア赤城」(群馬県渋川市赤城町),⑥「ゆートピア2
1」(東京都葛飾区),⑦「ゆふトピア」(大分県由布市湯布院町),⑧「游の里ユートピア宇和」(愛媛県西予
市宇和町),⑨「ユートピア温泉東道後」(愛媛県松山市),⑩「公共の宿 相馬ユートピア」(福島県相馬市),
⑪「ユートピア芥見店」(岐阜県岐阜市芥見),⑫「ゴールデンユートピアおおち」(島根県邑智郡美郷町),
⑬「ユートピア和楽園 知内温泉旅館」(北海道上磯郡知内町),⑭「ユートピア白玉温泉」(大阪市),⑮「ゆ
ーとぴあ琴浦」(兵庫県尼崎市琴浦町),⑯「ユートピアくびき」(新潟県上越市),⑰「大山ユートピア」(鳥取
県西伯郡大山町)の各施設があることが認められる(甲22,乙23)。
さらに,称呼(参考情報)を「ユートピア」,指定役務に第42類「入浴施設の提供」を含む登録商標として,
X商標のほかに,①第3095368号(平成4年9月28日出願。「湯~とぴあ宝」の文字と図形から成る。),
②第3101577号(平成4年9月4日出願。「HAKONE KOWAKI-EN」,「Sunshine」及び「湯~とぴあ」
の各文字と図形から成る。),③第3222289号(平成4年9月30日出願。「YOU,ゆ~」及び「SAUNA
and BATH UTOPIA」の各文字と図形から成る。),④第4387677号(平成10年11月19日出願。「ユ
ートピア赤城」の文字と図形から成る。),⑤第4436206号(平成10年11月12日出願。「ユートピア赤城」
の標準文字),⑥第4506388号(平成12年3月14日出願。「湯とぴあ雁の里温泉」の標準文字),⑦第45
87033号(平成13年6月25日出願。「さくらんぼ湯ートピア」の標準文字)の7件が存在することが認められ
る(乙1)。
以上の認定事実によれば,「ゆうとぴあ」(「ユートピア」)と称呼される語は,「湯」の漢字を含む場合である
と,「湯」の漢字を含まない場合であると,いずれの場合であっても,入浴施設の提供という役務においては,
全国的に広く使用されているということができる。
したがって,X商標のうち,下段の「湯~とぴあ」の部分は,入浴施設の提供という指定役務との関係では,
自他役務の識別力が弱いというべきであるから,取引者又は需要者をして役務の出所識別標識として強く
支配的な印象を与えるということはできず,この「湯~とぴあ」の部分だけを抽出して,Y標章と比較して類否
を判断することは相当ではない。
…また,上段の「ラドン健康パレス」の部分は,前記アのとおり,「ラドン」,「健康」及び「パレス」といういず
れも一般的な単語を繋げたものであり,温泉施設の名称の中で用いられた場合には,それらの単語が持つ
個々の意味合いを併せた「ラドンを用いた健康によい温泉施設」という程度の一般名称的な意味を示すにす
ぎず,入浴施設の提供という指定役務との関係では,自他役務の識別力が弱いというべきである。
…そうすると,X商標の上段部分の「ラドン健康パレス」及び下段部分の「湯~とぴあ」の各部分は,指定
役務との関係では,いずれも出所識別力が弱いものであって,両者が結合することによってはじめて,「ラド
ンを用いた健康によい温泉施設であって,理想的で快適な入浴施設」であることが明確になるものであるか
ら,X商標における「ラドン健康パレス」と「湯~とぴあ」は不可分一体として理解されるべきものである。した
がって,X商標については,上段部分の「ラドン健康パレス」と下段部分の「湯~とぴあ」の部分を分離観察
せずに,全体として一体的に観察して,Y標章との類否を判断するのが相当である。」
第3 若干の検討
結合商標の類否判断について,判例3は,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自
然であると思われるほど不可分的に結合していると認められる場合においては,その構成部分の一部を抽出
し,この部分だけを他人の商標と比較して類否を判断することは,原則として許されないが,他方で,商標の構
成部分の一部が取引者又は需要者に対し,商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える
場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じない場合などには,商標の構成部分の
一部だけを取り出して,他人の商標と比較し,その類否を判断することが許されるとしている。本判決もこの判
断基準に即してX商標とY標章の類比を検討している。
もっとも,本件では,原審4及び本判決ともに上記判断基準を用いて検討しているが,原審はX商標下段の
「湯―とぴあ」の部分を分離して判断して良いとして商標権侵害を肯定したが,本判決は当該部分を分離して
判断すべきではないとして商標権侵害を否定した。原審と本判決とで結論が分かれた理由は,控訴審におい
て,「湯」の漢字を含み,「ゆうとぴあ」と称呼する文字列を含む入浴施設(宿泊施設を含む)が16件,「湯」の
漢字を含まないが,「ゆうとぴあ」と称呼する文字列を含む名称の入浴施設(宿泊施設を含む)が17件あると
いう実情が認定されたこと(≒「湯―とぴあ」の部分は自他識別力が強くないとの認定につながる。)が大きく
影響していると思われる5。
サービス名称等の選択の際には,本件のように,形式的,表面的には類似しているように思われる商標で
あっても,取引の実態によっては法的な意味での類似性が否定されることがある。このことを念頭において検
討することが有益である。
1 平成14年10月20日から平成24年12月31日までの分として7200万円,平成25年1月1日から平成26年10月31日までの分として800万円。
2 Y商標の使用差止め,損害賠償1234万9069円及び内金1088万1892円に対する平成25年5月25日から,内金146万7177円に対する平成26年11月1日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払い等を求める限度で認容した。
3 最判平20.9.8判時2021号92頁など。
4 東京地判平27.2.20平25(ワ)12646
5 原審では,「『湯~とぴあ』又はこれに類する語を含む名称の入浴施設が10件程度存在する」との認定に止まっている。控訴審で本文掲記の事実関係が主張されたことが,X商標のうち「湯―とぴあ」の部分は自他役務の識別力が弱い,との評価に結び付いたものと考えられる。