平成27年1月28日判決言渡 (知財高裁)
平成26年(行ケ)第10087号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成26年12月16日

【キーワード】
特許法126条3項、新規事項の追加、訂正の許否

【要旨】
1 本件は,発明の名称を「ラック搬送装置」とする特許(特許第3604133号)の無効審判請求一部成立審決(無効2011-800157号事件)に対する審決取消訴訟である。
2 本件の争点は、訂正に関する判断の誤りの有無であり、判決は、次のとおり判示して、訂正を不適法であるとした審決の判断は誤りであって、取り消されるべきものとした。

【特許庁における手続の経緯】

 H14
 3.29 
被告、名称を「ラック搬送装置」とする発明につき,特許出願
特願2002-94306号
 H16  
 10.8
設定登録
特許第3604133号
 H23
 9.2
原告、特許庁に対し、無効審判請求
無効2011-800157号
 H24
 3.27
特許庁、原告の訂正請求を認めた上、本件特許を有効とする旨の審決

 H25
 3.14
知財高裁、同訂正請求は不適法であるとして同審決を取り消す旨の判決

 H25
 9.18
原告、再度の審理において訂正請求(以下「本件訂正」という。)

 H26
 3.4 
特許庁、本件訂正は認められず、請求項2、4、5に係る発明についての特許を無効とする旨の審決

【発明の概要】
1 従来の問題点
  従来、ラベル読取器は、搬送経路の一方側近傍に固定して配置される。しかし、ラベル読取のために、容器ラックをピッチ送りすることは、搬送システムの制御を複雑にし、ラベル読取の前後の工程もこのピッチ送りの影響を受けるので好ましくない。さらに、この従来技術においては、ラベル読取ミスが生じた場合、リトライが不可能である。すなわち、従来技術では、一方向にしか進められない搬送機構を利用して容器ラックを移動させているので後戻り搬送ができず、ラベル読取ミスが生じたときに、もう一度読取位置に戻すことができない。
          
                参考文献(特開2002-62301)の図5

2 本発明の概要
  容器ラックに保持される各容器についての測定を行う測定ユニットが移動するので、ラックをピッチ送りする必要がなく、自走式の測定ユニットにより、各容器についての測定ができる。
  また,移動機構が,搬送経路の一方側近傍に,搬送経路に沿って設けられたガイドレールと,搬送経路の一方側から他方側へ搬送経路をまたいで伸長し,ガイドレールに沿って移動する可動アームとを含み,可動アームが他方側において測定ユニットを懸下する構成を採用することによって,装置の設計上の制約等で,搬送経路の手前側近傍に測定ユニットを移動させる移動機構を固定して設けることができない場合にも,測定ユニットを懸下した可動アームを用いて,搬送経路上の容器ラックの長手方向に沿って,貼付されたラベルがユーザ側を向くように保持された容器ごとに測定を順次行わせつつ測定ユニットを移動させることができるという効果を有するものである。
             図1                                図2

【訂正の内容】

訂正前【請求項2】 訂正後【請求項2】
検体を収納する複数の容器を保持する容器ラックを搬送するラック搬送装置であって、 検体を収納する複数の容器を保持する容器ラックを搬送するラック搬送装置であって、
前記容器ラックを搬送経路に沿って搬送する搬送機構と, 前記容器ラックを搬送経路に沿って搬送する搬送機構と,
前記容器ラックに保持される各容器についての測定を行う測定ユニットと, 前記容器ラックに保持される各容器についての測定を行う測定ユニットと,
前記搬送経路上の前記容器ラックの長手方向に沿って,前記各容器ごとに前記測定を順次行わせつつ前記測定ユニットを移動させる移動機構と,を備え、 前記搬送経路上の前記容器ラックの長手方向に沿って,前記各容器ごとに前記測定を順次行わせつつ前記測定ユニットを移動させる移動機構と,を備え、
  前記移動機構は,
前記搬送経路の一方側近傍に,前記搬送経路に沿って設けられたガイドレールと,
  前記搬送経路の一方側から他方側へ前記搬送経路をまたいで伸長し,前記ガイドレールに沿って移動するアームであって,前記他方側において前記測定ユニットを保持する可動アームと,
を含み,
前記容器ラックは,前記搬送経路の所定の測定位置に位置決めされ, 前記容器ラックは,前記搬送経路の所定の測定位置に位置決めされ,
前記測定ユニットは,前記各容器が前記容器ラックに保持される保持ピッチと同じピッチで設けられた各停止位置でそれぞれ一旦停止し,各停止位置の間の移動のときに前記各容器の測定を行うことを特徴とするラック搬送装置。 前記測定ユニットは,前記各容器が前記容器ラックに保持される保持ピッチと同じピッチで設けられた各停止位置でそれぞれ一旦停止し,各停止位置の間の移動のときに前記各容器の測定を行うことを特徴とするラック搬送装置。

【争点】
明細書には「保持」の下位概念である「懸下」しか開示がないが、「保持」は新規事項の追加に該当するか。(「保持」は「懸下」の上位概念であることに争いはない。)

【判旨抜粋】(下線部は筆者が付した)
1 技術的意義の参酌
  移動機構(ガイドレール)及び測定ユニットを取り付けた可動アームを用いる構成とした趣旨は,従来のラック搬送装置の課題の一つとして,装置の設計上の制約等がある場合には,搬送経路の手前側近傍に測定ユニットを移動させる移動機構を固定して設けることができないという課題があったため,移動機構(ガイドレール)を,設置が不可能な搬送経路の手前側近傍ではなく,向こう側近傍に設置し,測定ユニットを手前側に配置し,両者を可動アームでつなぐことによって解決したものであって,この点に技術的意義があるものと認められる。したがって,測定ユニットを可動アームに取り付ける態様について意味があるものではないと認められる。本件明細書においても「可動アーム246は,メイン搬送経路214の第2ガイドレール248が設けられた側から他方側へ,メイン搬送経路214をまたいで伸長して設けられる。可動アーム246は,メイン搬送経路214の他方側において測定ユニット222を懸下して保持する。」(【0027】)として,「保持」の態様として「懸下」が記載されている一方で,「懸下」の態様や効果については全く記載されていない。
2 出願時の技術常識の参酌
  また,本件特許の出願前に刊行された特開2001-176768号公報(甲21),特開平7-234914号公報(甲22),特開平6-274675号公報(甲42。以下「甲42文献」という。),特開2000-168918号公報(甲43。以下「甲43文献」という。),特開平6-295355号公報(甲44。以下「甲44文献」という。),平本純也「知っておきたいバーコード・二次元コードの知識」(第5版。日本工業出版株式会社。甲45。以下「甲45文献」という。),特開平7-89059号公報(甲48),特開2001-116525号公報(甲49),特開平8-210975号公報(甲50)によれば,本件特許の出願当時,①測定ユニットをアームに「保持」する態様は様々であって,「懸下」に限られないこと(甲21,22,44,48ないし50),②バーコードラベルを斜め方向から読み取ったり,撮像素子で読み取ったりすること(甲42ないし45)は技術常識であったと認められる。
3 小括
  以上のような本件明細書の記載,特に本件発明7に関する記載とその技術的意義からすれば,本件明細書の記載を見た当業者であれば,可動アームに測定ユニットをどのように取り付けるかは本件発明における本質的な事項ではなく,測定ユニットは,その機能を発揮できるような態様で可動アームに保持されていれば十分であると理解するものであり,そして,本件特許の出願時における上記技術常識を考慮すれば,可動アームに測定ユニットを取り付ける態様を,「懸下」以外の「埋設」等の態様とすることについても,本件明細書から自明のものであったと認められる。
4 審決の誤りの指摘
  審決は,測定ユニットを可動アームに埋設した場合,「懸下」に比して「埋設」の態様によって,より速度の速い移動に対応できるとともに,懸下部材が不要となり,部品点数が少なくなるなどの一応の作用効果が生じることについて当事者間に争いがないから,「懸下」に比して「埋設」の態様が自明な事項,すなわち新たな技術的事項を導入しないものとまでいうことができない旨判断した(被告も同旨の主張をする。)。
  しかし,審尋(甲32)に対する原告の平成26年1月23日付け回答書(甲34)の記載をみても,原告が上記作用効果が生じることを争っていないと認めることはできない。また,測定ユニットの可動アームへの「懸下」や「埋設」は,その具体的態様によって作用効果が異なるのであるから,測定ユニットの「懸下」を「埋設」にしたからといって,直ちに,より速度の速い移動に対応できるとともに,懸下部材が不要となり,部品点数が少なくなるなどの一応の作用効果が生じると認めることもできない。さらに,測定ユニットの「懸下」と「埋設」に関して,その作用効果において具体的な差異が生じるとしても,そのことは,本件明細書に記載された本件発明の前記技術的意義とは直接関係のないことであり,また,本件特許の出願時における前記技術常識を考慮すれば,本件訂正発明が本件明細書に記載された事項から自明であるとの前記認定判断を左右するものではない。
  したがって,審決の上記理由から,本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであるということはできない。

【解説】
1 裁判所の判断
  知財高裁は,まず,訂正によって追加された構成要件である「前記搬送経路の一方側から他方側へ前記搬送経路をまたいで伸長し,前記ガイドレールに沿って移動するアームであって,前記他方側において前記測定ユニットを保持する可動アームと,」のうちの「保持」の態様として、「保持」の下位概念である「懸下」が記載されている一方で、「懸下」の態様や効果については全く記載されていないとした。
  次に、出願時の技術常識を参酌し、本件特許の出願当時,測定ユニットをアームに「保持」する態様は様々であって,「懸下」に限られないとした。
  そのうえで、可動アームに測定ユニットをどのように取り付けるかは本件発明における本質的な事項ではなく、測定ユニットはその機能を発揮できるような態様で可動アームに保持されていれば十分であり、技術常識を考慮すれば、可動アームに測定ユニットを取付ける態様を、「懸下」以外にすることは明細書から自明なものであり、新たな技術的事項を導入しないとした。
2 考察
  本件では、明細書には「保持」の下位概念である「懸下」しか記載されていない場合であっても、出願人の技術常識を参酌しつつ、可動アームに測定ユニットをどのように取り付けるかは本件発明の本質的な事項でないならば、その機能が発揮できる態様で保持されていれば十分であるとして、本件明細書から自明のものであるとしている。一部上位概念化が争われる事案では、明細書に明記があるか否かのみをもって判断するものはほぼ皆無であり、発明の本質的部分や、新たに含まれることとなる技術的事項が依然として発明の効果を奏するか否かが考察される傾向にある。よって、新規事項の追加が問題となる事案では、代理人は文言の形式的な主張に終始することなく、発明の本質を見極めて主張を組み立てる必要があることに注意を要する。
  本件は、特許庁が新規事項の追加であると判断した審決を、新規事項の追加ではないとして取り消した判決であり、特許庁と知財高裁の判断が分かれた点において興味深い。知財高裁は、発明の本質とは関係ない部分の効果については重要視しておらず、その点で特許庁と判断が分かれている。新規事項の追加の判断規範である「新たな技術的事項を導入するもの」であるか否かの判断において参考となる事例として取り上げる次第である。
  

2015.9.3 弁護士 幸谷泰造