【平成27年9月24日判決(大阪地裁 平成25年(ワ)第1074号)】

【判旨】
原告が,ピクトグラム及び地図デザインの著作権者であるとして,被告ら(被告大阪市を含む)に対し,使用許諾契約満了による原状回復義務として本件ピクトグラムの抹消・消除,不法行為(著作権侵害等)による損害賠償,報酬支払請求(被告市に対する)等を求めた事案。裁判所は,商人である原告が,本件ピクトグラムの修正という営業範囲内の行為を行ったことから,その修正依頼を行った者である被告(大阪市)は報酬支払義務を負うとして,相当額の金員の支払いを命じたが,その余の請求は,いずれも理由がないとして棄却した。

【キーワード】
著作権法2条1項1号,同2条2項,同10条1項4号,著作物性,創作性,応用美術

1.本件ピクトグラム
 本件ピクトグラムは,大阪市内に実在する施設をグラフィックデザインの技法で描いたものである(下記は大阪城の例)。

2.事案の概要
 原告は,ビジュアル・アイデンティティ(以下「VI」という。)等の制作等を主たる目的とする株式会社である。原告の取締役であるP1は,国内外のデザインコンテストで受賞歴がある等の経歴を有するアートディレクター・デザイナーであり,本件ピクトグラムの制作者である。
 P1がデザインしたVIの著作権は,P1が代表取締役を務めていた株式会社板倉デザイン研究所に譲渡され,その上で板倉デザイン研究所がVIデザインの使用許諾契約を行っていた。板倉デザイン研究所は,平成19年6月1日,原告に統合された。
 被告都市センターは,平成12年3月31日,板倉デザイン研究所との間で本件ピクトグラムについての使用許諾契約を締結し,同契約に基づく本件ピクトグラムの使用権に基づいて,被告大阪市に対し,大阪市各局の案内表示への本件ピクトグラムの使用を許諾した。
 被告大阪市は,合計341か所の案内板で本件ピクトグラムを使用してきた。
 被告都市センターは,平成23年5月頃,本件ピクトグラムの著作権の権利処理につき,原告との間で合意に至らなかったことから,原告に対し,本件ピクトグラムの使用を中止し撤去する旨の申し出をし,それらを順次撤去するなどした。
 原告は,被告らに対し,使用許諾契約満了による原状回復義務としての本件ピクトグラムの抹消・消除,不法行為(著作権侵害等)による損害賠償,(件ピクトグラムの修正業務による報酬支払等を求めた。

3.争点
 被告らは,本件ピクトグラムについて,「・・・観光客等に対する情報伝達機能を発揮するという実用的目的を有するものであり,当該実用的目的に適うものとして,表現の幅は自ずから限定されているものである。本件ピクトグラム等は,ありふれた表現であり,創作性がなく,著作物として著作権法の保護対象となるものとはいえない」などとして,著作物性を争った(その余の争点については,本稿では割愛する)。

4.判旨
(4) 争点5-1(本件ピクトグラムの著作物性)について
 ア 著作権法において保護の対象として定められる著作物は,「思想又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」をいう(同法2条1項1号)。
    本件ピクトグラムは,実在する施設をグラフィックデザインの技法で描き,これを,四隅を丸めた四角で囲い,下部に施設名を記載したものである。本件ピクトグラムは,これが掲載された観光案内図等を見る者に視覚的に対象施設を認識させることを目的に制作され,実際にも相当数の観光案内図等に記載されて実用に供されているものであるから,いわゆる応用美術の範囲に属するものであるといえる。
   応用美術の著作物性については,種々の見解があるが,実用性を兼ねた美的創作物においても,「美術工芸品」は著作物に含むと定められており(著作権法2条2項),印刷用書体についても一定の場合には著作物性が肯定されていること(最高裁判所平成12年9月7日判決・民集54巻7号2481頁参照)からすれば,それが実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えている場合には,美術の著作物として保護の対象となると解するのが相当である。
イ 本件ピクトグラムについてこれをみると(侵害が問題となっている別紙1の19個に限る。),ピクトグラムというものが,指し示す対象の形状を使用して,その概念を理解させる記号(サインシンボル)である(甲15)以上,その実用的目的から,客観的に存在する対象施設の外観に依拠した図柄となることは必然であり,その意味で,創作性の幅は限定されるものである。しかし,それぞれの施設の特徴を拾い上げどこを強調するのか,そのためにもどの角度からみた施設を描くのか,また,どの程度,どのように簡略化して描くのか,どこにどのような色を配するか等の美的表現において,実用的機能を離れた創作性の幅は十分に認められる。このような図柄としての美的表現において制作者の思想,個性が表現された結果,それ自体が実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている場合には,その著作物性を肯定し得るものといえる。
    この観点からすると,それぞれの本件ピクトグラムは,以下のとおり,その美的表現において,制作者であるP1の個性が表現されており,その結果,実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているといえるから,それぞれの本件ピクトグラムは著作物であると認められる(弁論の全趣旨)。
   (ア) 大阪城
     大阪城は角度により屋根部分の数やその形態が全く異なるところ,3つの屋根部分が見える角度の大阪城を,屋根の下の三角形状の壁部分のみを白抜きして強調し,他の部分を捨象して青色に塗りつぶした形状のみで表現し,石垣部分については,現在の石垣の高さよりも大きく構成して強調してスケール感を出しつつ,格子状の線部分を白抜きにして石垣を簡略に表現するなどしている。当該本件ピクトグラムは,一見して大阪城と認識できるものの,その表現には個性が表れており,実用的機能を離れても,それ自体が美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているといえる。

5.若干のコメント
(1)応用美術の著作物性についての伝統的判断枠組み
 応用美術の著作物性に関する最高裁判例としては,下記に引用する最高裁判所第1小法廷平成12年9月7日(平成10年(受)第332号)が存在する。

一 著作権法二条一項一号は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物と定めるところ、【要旨】印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である。

 上記判決を受け,伝統的な応用美術の著作物性の判断は,意匠法による保護との境界を画するという観点から,「著作権法で保護されている純粋美術と同視しうるか否か」(中山信弘『著作権法〔第2版〕』171頁(有斐閣、2014年)という観点から行われてきた。

(2)TRIPP TRAPP事件における判断枠組み
 これに対し,知財高判平成27年4月14日(平成26年(ネ)第10063号)の「TRIPP TRAPP事件」では,

・・・(著作権法)2条2項は,『美術の著作物』の例示規定にすぎず,例示に係る『美術工芸品』に該当しない応用美術であっても,同条1項1号所定の著作物性の要件を充たすものについては,『美術の著作物』として,同法上保護されるものと解すべきである。

として,応用美術についても著作権法上の保護を受ける場合があることを認めた上で,

・・・著作物性の要件についてみると,ある表現物が「著作物」として著作権法上の保護を受けるためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることを要し(同法2条1項1号),「創作的に表現したもの」といえるためには,当該表現が,厳密な意味で独創性を有することまでは要しないものの,作成者の何らかの個性が発揮されたものでなければならない。・・・応用美術は,装身具等実用品自体であるもの,家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの,染色図案等実用品の模様として利用されることを目的とするものなど様々であり(略),表現態様も多様であるから,応用美術に一律に適用すべきものとして,高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず,個別具体的に,作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。

と判示し,「応用美術の著作物性が肯定されるためには,著作権法による保護と意匠法による保護との適切な調和を図る見地から,実用的な機能を離れて見た場合に,それが美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えていることを要する」という,被控訴人の主張を排斥した。本判示は,応用美術についての伝統的判断枠組みを覆し,新たな判断基準を示したものとも思われた。

(3)本判決の位置付け
 本判決では,「・・・応用美術の著作物性については,種々の見解があるが,」として,述の「TRIPP TRAPP事件」に対する意識を伺わせつつも,判断枠組み自体は,「・・・(応用美術が)実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えている場合には,美術の著作物として保護の対象となると解するのが相当である。」という,伝統的な判断基準に沿ったものとなっており,従来の裁判例を踏襲するものと位置づけられる。

(4)実務上の指針
 前述の「TRIPP TRAPP事件」後においても,応用美術の著作物性の判断に関し,「純粋美術と同視しうるか否か」という伝統的な判断枠組みは依然として有効であることが確認された。
 また,本事案では,1.「本件ピクトグラム」で例示した大阪城の他,計19施設(海遊館,大阪ドーム,通天閣など)のピクトグラムの全てについて,「実用的機能を離れても,それ自体が美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているといえる」として,著作物性が肯定されている。その意味で,本件ピクトグラムは,客観的に存在する施設等の外観に依拠した表現とならざるを得ない美術の著作物において,著作物性(創作性)が認められるための1つの目安として,参考になると思われる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山 真幸