【知的財産高等裁判所平成27年6月24日判決 平成26年(行ケ)第10220号 審決取消請求事件】
【要旨】
引用文献1記載発明の技術的課題が、タッチパネルにおける指脂の付着を防止して、快適な入力環境を提供することにあるのに対し、引用文献2記載発明の技術的課題は、電子機器の小さなキーを容易かつ確実に押すことができるようにすることにあるという点で、両発明の直接の技術的課題は相違するものの、いずれも、指に装着した突起形状の部材を、タッチパネルに接触させて操作を行う(引用文献1記載発明)、あるいはキー操作を行う(引用文献2記載発明)という点で、その作用や機能が共通ないし類似する。物品や器具について、構造の簡略化や部品点数の削減を図ることは、普遍的かつ一般的な技術的課題である。そうすると、引用文献1記載発明の入力補助具の装着部の構成について、引用文献2記載発明の構成を採用することは、当業者において容易に想到し得る。
【キーワード】
特許法29条2項、進歩性、構成の組合せ、動機付け、課題の共通性。
【事案の概要】
1 原告Xら(個人)は、「画面操作用治具および画面の操作方法」なる発明について、平成24年8月2日に特許出願(特願2012-172380号(国内優先権主張平成24年4月17日)。以下「本願」という。)をしたが、平成25年3月11日付けで拒絶査定を受けたので、不服の審判を請求した。特許庁は、不服2013-10844号事件として審理した結果、平成26年8月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を行った。
2 本願発明の内容
【請求項1】
画面操作用シールであって、タッチパネルの画面に対する物理的接触を介して操作するための画面操作用導電性突起部と、指に装着するための装着部とを有し、前記装着部は、指に貼り付けるための貼付部を有し、該貼付部は、画面操作用突起部と反対側に設けられ、指の腹だけでなく、手袋をした状態で、指の腹に相当する手袋の外表面にも貼り付けるのに十分な広さを有する付着面を備えたフィルム状であり、前記画面操作用突起部は、画面に対する物理的接触により操作するに十分な硬さを有し、前記フィルムの前記付着面と反対側の面から突起するように設けられ、前記画面操作用突起部の突起高さおよび太さはそれぞれ、タッチパネルの画面に対する物理的接触により操作することが可能な所定高さおよび所定太さを有する、ことを特徴とする画面操作用治具。
3 審決の内容
(1) 審決は、本願発明は、国際公開第2011/151881号(以下「引用文献1」という。)に記載の発明及び特開2003-223259号公報(以下「引用文献2」という。)に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
(2) 引用文献1
ア 国際公開
国際公開番号WO2011/151881A1
国際公開日 2011年12月8日
イ 引用文献1記載発明の内容
ウ 本願発明と引用文献1記載発明との一致点
「タッチパネルの画面に対する物理的接触を介して操作するための画面操作用導電性突起部と、指に装着するための装着部とを有し、前記画面操作用導電性突起部は、画面に対する物理的接触により操作するに十分な硬さを有し、前記画面操作用導電性突起部の突起高さおよび太さはそれぞれ、タッチパネルの画面に対する物理的接触により操作することが可能な所定高さおよび所定太さを有する、画面操作用治具。」である点。
エ 本願発明と引用文献1記載発明との相違点
本願発明においては、「装着部」は、「指に貼り付けるための貼付部を有し、該貼付部は、画面操作用突起部と反対側に設けられ、指の腹だけでなく、手袋をした状態で、指の腹に相当する手袋の外表面にも貼り付けるのに十分な広さを有する付着面を備えたフィルム状」のものであり、それに付随して、「画面操作用導電性突起部」は、「前記フィルムの前記付着面と反対側の面から突起するように設けられる」ものであり、結果として、「画面操作用治具」は全体として「画面操作用シール」といい得るものである。
これに対し、引用文献1記載発明においては、「装着部」は、「指に貼り付けるための貼付部を有し、該貼付部は、画面操作用突起部と反対側に設けられ、指の腹だけでなく、手袋をした状態で、指の腹に相当する手袋の外表面にも貼り付けるのに十分な広さを有する付着面を備えたフィルム状」のものではなく、「入力者の指先端近傍を覆う非導電体からなるキャップ状のバンド本体と、導電材料で構成されるタッチ入力用突起部材の円盤状のフリンジ部」からなるものであり、「画面操作用導電性突起部」は「前記フィルムの前記付着面と反対側の面から突起するように設けられる」ものではなく、「画面操作用治具」は全体として「画面操作用シール」といい得るものではない。
(3)引用文献2
ア 公開
公開番号 特開2003-223259
公開日 平成15年8月8日
イ 引用文献2記載発明の内容
引用文献2に開示されたキー操作用補助具は、本願発明におけるようなタッチパネルではなく、隙間なく密集配置された複数のキーを一つずつ押圧してキーを操作するものであるから、もともと指による操作が前提とされており、手袋をして嵩張った状態での操作は本来ミスタッチを引き起こすことから前提とされておらず、指の腹に相当する手袋の外表面に貼り付けて用いる点について開示がない。
4 Xが主張した取消事由
Xは、審決は、両発明の技術分野の共通性を肯定するが、引用文献1記載発明は、画面操作用の治具であるのに対し、引用文献2記載発明は、キー操作用の治具であり、技術分野が相違する。
さらに、引用文献1記載発明は、指脂による画面の汚れという、フリック操作等の様々な操作をするパネル操作固有の技術的課題を対象とするのに対し、引用文献2記載発明は、ミスタッチのない円滑かつ簡便な操作という押圧操作のみを対象とするキー操作固有の技術的課題を対象としており、両発明の技術的課題は相違する。
両発明を組み合わせる動機付けを肯定した審決の判断には誤りがある。
【判旨】
「(2) 相違点に係る本願発明の構成の容易想到性について
ア 前記(1)のとおりの引用文献1及び2の開示内容を踏まえ、引用文献1記載発明の入力補助具の装着部の構成を、引用文献2記載発明のキー操作用補助具の装着面の構成に改変し、相違点に係る本願発明の構成とすることへの容易想到性について、検討する。
イ 引用文献1記載発明と引用文献2記載発明は、いずれも、スマートフォンや携帯電話などの携帯型の通信機器や情報機器を操作するための補助具である点で、その技術分野は共通する。
そして、引用文献1記載発明の技術的課題が、タッチパネルにおける指脂の付着を防止して、快適な入力環境を提供することにあるのに対し、引用文献2記載発明の技術的課題は、電子機器の小さなキーを容易かつ確実に押すことができるようにし、キー操作を円滑かつ簡便に行うことにあるという点で、両発明の直接の技術的課題は相違するものの、いずれも、指そのものではなく指に装着した突起形状の部材を、タッチパネルに接触させて操作を行う(引用文献1記載発明)、あるいは、これを介してキーを押すことによりキー操作を行う(引用文献2記載発明)という点で、その作用や機能が共通ないし類似するということができる。
また、引用文献1には、同文献に開示された発明によって、「タッチ入力用突起部だけで確実に静電容量方式のタッチパネル入力が可能となる。」([0017])、「突起部により確実な入力が可能となる。」([0031])との記載があり、これらの記載は、引用文献1記載発明についても、その構造上妥当すると考えられる。そうすると、少なくとも、引用文献1記載発明に係る形状の補助具が、直接の技術的課題を解決するだけでなく、確実な入力操作にも寄与するという、引用文献2記載発明の技術的課題を解決するのと共通の効果を奏することが開示されているということができる。
さらに、物品や器具について、構造の簡略化や部品点数の削減を図ることは、普遍的かつ一般的な技術的課題である。このことは、スマートフォンや携帯電話などの携帯型の通信機器や情報機器を操作するための補助具という技術分野においても同様であり、むしろ、補助具もこれらの機器とともに携帯可能とする必要があると考えられることからすると、その当業者にとっては、かかる技術的課題に対応すべき必要性は高いというべきである。
そうすると、非導電体で構成されたキャップ状のバンド本体と、導電材料で構成されたタッチ入力用突起部とで構成される引用文献1記載発明の入力補助具の装着部の構成について、構造の簡略化や部品点数の削減のために、補助具としての作用や機能が共通ないし類似し、奏する効果にも共通する部分のある引用文献2記載発明のキー操作用補助具に着目して、その装着面の構成を採用し、タッチ入力用突起部材の裏面側に、指に貼り付けるための貼付部を設けることとすることは、当業者において容易に想到し得ることであるということができる。
ウ 本願発明は、画面操作用治具の使用形態について、指の腹に貼り付ける使用形態だけでなく、手袋をした状態で、指の腹に相当する手袋の外表面に貼り付ける使用形態をも規定していることから、かかる使用形態の容易想到性について検討する。
前記(1)イのとおり、引用文献2記載発明の属する技術分野は、「携帯電話等の電子機器のキー操作を円滑かつ簡便に行うために、電子機器使用者の指先に取り付けて使用する補助用具」であるが、携帯電話機は、直接、指によって操作するほか、例えば、冬場に、手袋をした状態でも操作されることは、通常行われていることであり、かかる使用形態自体は何ら特別なものではない。
また、引用文献2(甲2)には、引用文献2記載発明のキー操作用補助具の装着部の構成について、「装着面の具体的な状態としては、裏面3に粘着剤が塗工された状態となっていることが好ましい。この粘着剤としては、電子機器使用者の指先及び電子機器に対して十分貼付かつ再剥離可能とするような適切な粘着力を持つ感圧性接着剤が好適に使用できる。」(【0013】)との記載がある。このような記載に照らすと、貼り付ける対象に応じて、例えば、手袋を貼付対象とすることに応じて、粘着剤の粘着力を調整することは、当業者において適宜行うことができることということができる。
そうすると、引用文献1記載発明の入力補助具の装着部の構成に代えて、引用文献2記載発明のキー操作用補助具の装着部の構成である貼付部を有する構成とすることに容易に想到し得る以上、そのような構成を採用した上で、当該入力補助具について、粘着剤の粘着力を適宜調整して、手袋をした状態で、指の腹に相当する手袋の外表面に貼り付けて使用するとの使用形態にすることは、当業者であれば容易に想到し得るものであるということができる。」
【解説】
特許法29条2項の進歩性の判断は、おおむね次のような手順で行われる。
出願に係る発明(出願発明)を認定し、これに一番近い従来技術(引用発明1)と対比して、一致点・相違点を認定する。相違点にかかる構成が、証拠(引用発明2)に示されていれば、引用発明1に記載された従来技術に引用発明2に記載の構成を組み合わせること又は置換することが容易であるか検討する。この容易想到性は、組合せまたは置換の動機付けとなりうるものがあるか否かにより論理付けがなされる。具体的には、出願発明及び各引用発明において、①技術分野の関連性、②課題の共通性、③作用・機能の共通性、④内容中の示唆の有無などを検討し、引用発明の内容に動機付けとなり得るものがあるかどうかを検討する。例えば、技術分野の関連性については、ある分野での技術を、それと近い他の技術分野に転用しようとすることは、通常の創作能力の発揮であるとされる。その発明が属する分野と関連する他の分野に、置換可能な又は付加可能な技術手段がある場合は、進歩性を否定する方向に働くこととなる。また、引用発明1と引用発明2の課題が共通している場合、作用・機能が共通である場合、引用発明の内容に組合せ又は置換に関する示唆があった場合も、進歩性を否定する方向に働くこととなる。
ここで、①ないし④が全て認められるのであれば動機付けが肯定されやすいが、必ずしも全て認められなくてもよい。例えば④内容中の示唆については、引用発明中に記載がないことも多いため、判決においては①ないし③を認定して動機付けを肯定することが多くなる。また、裁判所で特許が無効と判断された裁判例においては、①技術分野の関連性、③作用・機能の共通性が主な動機づけとなっているとの分析結果も公表されている(下記文献参照)。
本判決は、容易想到性の判断において、②課題の共通性がないとしながらも、③作用・機能の共通性から動機付けを肯定したことに特徴がある。引用文献2記載発明にかかる技術の内容が、指先に突起を貼り付けるという単純なものであり、広く流用可能な技術であるため、このような論理によって動機付けが肯定されたものと考えられる。
文献) 特許第2委員会・第3小委委員会「発明の進歩性判断における周知技術の取り扱い」『知財管理2015年2月号Vol.65 No.2』
(文責)弁護士 山口建章