知財高判平成27年3月11日・平成26年(行ケ)10204号
【キーワード】
訂正、除くクレーム、特許請求の範囲の減縮、特許法134条の2


第1 はじめに
 本件は、特許無効審判の請求不成立審決の審決取消訴訟であり、主な争点は、特許請求の範囲から特定の態様を除いた除くクレームとする訂正の適法性であった。
  審決は、本件特許(特許第4913030号)の請求項1に、「(但し、・・・ことにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を除く)」との記載を加えた訂正について、訂正前の請求項1に記載の「経皮吸収製剤」から、かっこ書きに記載の経皮吸収製剤を除くものであるから、特許請求の範囲の減縮に該当し、特許法134条の2第1項ただし書1号に掲げる事項を目的とするものとした。その上で、訂正後の本件発明は引用発明に記載された発明ではない等として無効審判を請求不成立とした。  
 それに対して本件判決は、(1)訂正前後の特許請求の範囲の広狭を論じる前提として、訂正前後の特許請求の範囲の記載がそれぞれ技術的に明確であることが必要である、(2)(物の発明について除くクレームとする場合)訂正後の発明が技術的に明確であるためには、訂正によって除かれる物が、物として技術的に明確であることが必要である、と判示した上で、本件訂正では、除かれる経皮吸収製剤が物として技術的に明確でないと判断し、審決を取り消した。
  このように、本件判決は、除くクレームとする訂正が認められるための要件を判示した点で実務上参考になる。また、本件判決は、知財高判平成25年11月27日により審決が取り消され、再開された無効審判の審決を再び取り消したものであり、特許庁と裁判所の判断が相違した例として興味深い。

第2 事案
 1 概要
 本件は、発明の名称を「経皮吸収製剤・・」とする特許第4913030号のうち、請求項1に対して無効審判が請求された。無効審判において、特許権者(本件被告)が訂正請求をし、当該訂正請求が認められた上で無効審判請求は成り立たないとの審決がなされたが、知財高判平成25年11月27日(経皮吸収製材事件 第1次審決取消判決)により審決が取り消された。
 その後、特許庁で無効審判が再開されたが、訂正請求(このうち、問題となった停止絵を「本件訂正」という。)を認めた上で再び請求不成立審決が出され、その取消しを求めて本件訴えが提起された。

2 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載「【請求項1】
 水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持された目的物質とを有し,皮膚に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって,前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキストラン,キトサン,プルラン,血清アルブミン,血清α酸性糖タンパク質,及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し,デキストランのみからなる物質は除く)であり,尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤(但し,目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤,及び経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を除く)。

*上記下線部が訂正によって加えられた記載。太字下線部分が問題となった本件訂正部分であり、判決文中では「訂正事項3」という。
*本件特許の図1(本件特許発明の一実施態様)

 3 主な争点
 「但し、・・・経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を除く」とする訂正が、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正にあたるか。

第3 判旨
第5 当裁判所の判断
 当裁判所は,取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)は理由があり,審決は違法であって,取消しを免れないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
 1 取消事由1 (本件訂正を認めた判断の誤り)について
(1) 原告は,本件発明は「経皮吸収製剤」という物の発明であるから,訂正事項3が特許請求の範囲の減縮に該当するというためには,訂正前の特許請求 の範囲から,一定の構成・態様の経皮吸収製剤を除外するものでなければならないのに,訂正事項3は,経皮吸収製剤という医療用針の使用方法を限定したものにすぎず,一定の構成・態様の経皮吸収製剤を除外するものではないから,特許請求の範囲の減縮には該当しないと主張する(前記第3の1 )ので,以下,検討する。
 特許法134条の2第1項ただし書は,特許無効審判における訂正は,特許請求の範囲の減縮(1号),誤記又は誤訳の訂正(2号),明瞭でない記載の釈明(3号),他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること(4号)を目的とする場合に限って許容される旨を定めているところ,訂正が特許請求の範囲の減縮(1号)を 目的とするものということができるためには,訂正前後の特許請求の範囲の 広狭を論じる前提として,訂正前後の特許請求の範囲の記載がそれぞれ技術的に明確であることが必要であるというべきである。
 これを訂正事項3について見ると,訂正事項3は,訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「皮膚に挿入される,経皮吸収製剤」とあるのを,「皮膚に挿入される,経皮吸収製剤(但し,・・・及び経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を除く)」に訂正するものである。
 そうすると,本件発明は,「経皮吸収製剤」という物の発明であるから, 本件訂正発明も,「経皮吸収製剤」という物の発明として技術的に明確であることが必要であり,そのためには,訂正事項3によって除かれる「経皮吸収製剤を収納
可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤」も,「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であること
,言い換えれば,「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様が,経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により 経皮吸収製剤自体を特定するものであることが必要というべきである。
 しかし,「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様によっても,経皮吸収製剤保持用具の構造が変われば,それに応じて経皮吸収製剤の形状や構造も変わり得るものである。また,「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様によるか否かによって,経皮吸収製剤自体の組成や物性が決まるというものでもない。
  したがって,上記の「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様は,経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものとはいえない。
  以上のとおり,訂正事項3によって除かれる「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤」は,「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であるとはいえない。
 そうすると,訂正事項3による訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,技術的に明確であるとはいえないから,訂正事項3は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められない。
 (2)(中略)
 (3) 以上のとおり,訂正事項3が特許請求の範囲の減縮に該当するとの審決の判断には誤りがある。そして,訂正事項3は,特許請求の範囲に実質的影響を及ぼすものであるから,同訂正事項を含む本件訂正は一体として許容されるべきものではない(最高裁判所昭和53年(行ツ)第27号,第28号同55年5月1日第一小法廷判決・民集34巻3号431頁参照)。
 そうすると,本件特許に係る無効理由の有無は,本件発明について判断すべきであるところ,本件発明は甲7公報に記載された発明であって特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないものであることは, 確定した第1次審決取消判決の判示するところである。
 したがって,本件訂正を認めた審決の判断の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,原告主張の取消事由1は理由がある。
 2 結論
  以上によれば,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決は違法 であり取消しを免れない。 よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

 第4 検討
 本件は、特許請求の範囲から、特定の態様を除くとする訂正が、特許請求の範囲の減縮を目的とするもの(特許法134条の2第1項ただし書1号)にあたるか争いとなった。
  この点について、本件判決は、訂正により除かれる発明が技術的に明確である必要があるが、本件訂正により除かれる態様は、物の発明として技術的に明確でないから本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものとはいえないとした。
 本件判決の論旨をまとめると、
(1)訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とするかどうか判断するには、訂正前と訂正後の特許請求の範囲を比較して広狭を検討する。
(2)(1)のためには、訂正前の特許請求の範囲の記載及び訂正後の特許請求の範囲の記載が技術的に明確である必要がある。
(3)除くクレームとする訂正の場合、訂正後の特許請求の範囲の記載が技術的に明確であるためには、訂正により除かれる部分が技術的に明確である必要がある(下記図参照)。 ということになる。

  本件判決では、「経皮吸収製剤」のうち、「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤」が“除かれる部分”である。本件発明は経皮吸収製剤という物の発明であるため、当該除かれる部分も物として技術的に明確である必要があるとされたが、以下のように、当該除かれる部分は、技術的に明確でないとされた。
  本件判決によれば、当該除かれる部分が技術的に明確であるためには、“経皮吸収製剤保持用具の中に収納され、そこから押し出されることにより皮膚に挿入される”という使用態様が、経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものであることが必要である。ところが、このような使用態様によっても,経皮吸収製剤保持用具の構造が変われば,それに応じて経皮吸収製剤の形状や構造も変わり得るものであるし、このような使用態様によるか否かによって,経皮吸収製剤自体の組成や物性が決まるというものでもない。よって、当該使用態様は、経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものではない。
  上記除かれる部分が不明確という点については具体的な事例を考えるとわかりやすい。つまり、上記本発明の図1のような形状の経皮吸収製剤で、問題となった訂正により除かれる部分以外は本件特許の請求項1の要件をすべて満たすが、(A)「経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され、そこから押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様でも使用可能であるし、(B)そのような保持用具によらなくても直接皮膚に挿入可能でもある経皮吸収製剤に係るイ号製品が存在したとする。この場合に、イ号製品の(A)という面をとらえれば、訂
正により除かれる部分に該当するが、(B)という面をとらえれば、訂正により除かれる部分には該当しない。このように、本件訂正により除かれる部分に係る使用態様は、物としての構造を決定するものではないため、ある製品が訂正により除かれる部分に該当するともしないともいえるということが生じてしまうのである。

 以上
(文責)弁護士 篠田淳郎