【平成27年11月10日(知財高判平成27年(ネ)第10049号)】

【判旨】
①    「音楽を聞くように英語を聞き流すだけ 英語がどんどん好きになる」等というキャッチフレーズは、平凡か
   つありふれた表現であるから、著作物とは認められない。

②    キャッチフレーズが 商品等表示としての営業表示に該当するためには,長期間にわたる使用や広告,宣
   伝等によって,当該文言が特定人の営業を表示するものとして需要者の間に広く認識され,自他識別機
   能ないし出所表示機能を獲得するに至っていることが必要である。

【キーワード】
キャッチフレーズ、著作物性、商品等表示、スピードラーニング


第1 はじめに
  本件は、英会話教材を販売するXが、同教材に関するキャッチフレーズが盗用されたとして、同じく英会話教材を販売するYを訴えた事案です。Xは、Yによる同キャッチフレーズの模倣について,著作権侵害や不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為該当性を主張しましたが、原審及び本判決はいずれの主張も退けています。本件はキャッチフレーズに関する法的保護の可否を考えるのに適した事例と思われますので、以下、概要を紹介します。

第2 事案の概要
  1  Xは、英会話教材「スピードラーニング」(以下「X教材」という。)を販売する会社である。Xは、X教材の販売に
    際し、以下のようなキャッチフレーズを使用していた。

<Xキャッチフレーズ>

1   音楽を聞くように英語を聞き流すだけ 英語がどんどん好きになる
ある日突然,英語が口から飛び出した!
ある日突然,英語が口から飛び出した

  2  Yは、英会話教材「エブリデイイングリッシュ」(以下「Y教材」という。)を販売する会社である。Yは、Y教材の
      販売にあたり、以下のようなキャッチフレーズを使用していた。

<Yキャッチフレーズ>

1   音楽を聞くように英語を流して聞くだけ  英語がどんどん好きになる
音楽を聞くように英語を流して聞くことで上達
英語がどんどん好きになる
ある日突然,英語が口から飛び出した!
ある日,突然,口から英語が飛び出す!

 3 Xは、YによるXキャッチフレーズの使用は、Xキャッチフレーズに関する著作権を侵害する、商品等表示とし
      てのXキャッチフレーズを使用 するものであり不正競争防止法に違反するなどと主張して、Yキャッチフレー
      ズの利用差止などを求めて本訴を提起した。

 4 原審当居地判平成26年(ワ)第21237号は,Xの請求を棄却した。これに対し,Xが控訴。

第3 判旨 
  控訴棄却
1 Xキャッチフレーズの著作物性について
 (1)判断基準
  「著作物といえるためには,『思想又は感情を創作的に表現したもの』であることが必要である(著作権法2条1
    項柱書き)。『創作的に表現したもの』というためには,当該作品が,厳密な意味で,独創性の発揮されたもの
    であることまでは求められないが,作成者の何らかの個性が表現されたものであることが必要である。文章表
    現による作品において,ごく短かく,又は表現に制約があって,他の表現が想定できない場合や,表現が平凡
    でありふれたものである場合には,作成者の個性が現れていないものとして,創作的に表現したものというこ
    とはできない。」
 (2)あてはめ ―著作物性否定―
    「Xキャッチフレーズ1は,『音楽を聞くように英語を聞き流すだけ /英語がどんどん好きになる』というもので
    あり,17文字の第1文と12文字の第2文からなるものであるが,いずれもありふれた言葉の組合せであり,
   それぞれの文章を単独で見ても,2文の組合せとしてみて も,平凡かつありふれた表現というほかなく,作成
   者の思想・感情を創 作的に表現したものとは認められない。
     Xキャッチフレーズ2は,『ある日突然,英語が口から飛び出し た!』というもの,Xキャッチフレーズ3は,『あ
    る日突然,英語が 口から飛び出した』というものであるが,17文字(Xキャッチフ レーズ3)あるいはそれに感
    嘆符を加えた18文字(Xキャッチフ レーズ2)のごく短い文章であり,表現としても平凡かつありふれた表現と
    いうべきであって,作成者の思想・感情を創作的に表現したものとは認められない。」

2 不正競争防止法違反について
   (1)判断基準
    「キャッチフレーズは,特定の商品や役務の宣伝・広告において,当該商品や役務を需要者に訴えかけるた
    めに用いられる比較的短い語句であるが,当該商品や役務の名称と一緒に表示され,その内容が,当該商
    品や役務の構造,用途や効果に関するものである場合は,当該商品や役務の説明を記述したものとして需
    要者に把握され,キャッチフレーズ自体には独自の自他識別機能又は出所表示機能を生じないのが,通常
    である。もっとも,当該キャッチフレーズが,当該商品や役務の構造,用途や効果に関する以外のものであっ
    たり,一般的にキャッチフレーズとして使用されないような語句が使用されたりして,当該キャッチフレーズの
    需要者に対する訴求力が高い場合や,広告や宣伝で長期間にわたって繰り返し使用されるなどして需要者
    に当該キャッチフレーズが広く浸透した場合等には,当該キャッチフレーズの文言と,当該商品や役務との
   結び付きが強くなり,当該商品や製造・販売し,又は当該役務を担当する特定の主体と関連付けられ,特定
   の主体の営業を表示するものと認識され,自他識別機能又は出所表示機能を有するに至る場合があるとい
   うべきである。」
 (2)あてはめ ―商品等表示該当性否定―
  「XとYがいずれも英会話教材の通信販売等を業とする株式会社であり(…),Xキャッチフレーズが,平成16
    年9月から平成26年2月にかけてX広告で使用されており(…),X商品の売上が,平成24年4月期に約10
    6億円,平成20年4月期に約21億円 に上っていたことはYも認めている(…)としても,Xキャッチフレーズが
    平凡かつありふれた表現であることに加え,XキャッチフレーズはX広告の見出しの中で,キャッチフレーズの
    一つとして使用されているにすぎないこと,X広告において,X商品を指すものとして「スピードラーニング」とい
    う商品名が記載されており(証拠略),需要者はこれをもってX商品を他の同種商品と識別できることなどから
    すれば,Xキャッチフレーズが,単なるキャッチフレーズを超えて,Xの営業を表示するものとして需要者の間
    に広く認識され,自他識別機能ないし出所表示機能を獲得するに至っているとは認められない。」

第4 若干の検討
 1 Xキャッチフレーズの著作物性について
   本判決は、Xキャッチフレーズは著作物にはあたらないと判断しました。短い文章表現については、表現に
    制約があるため、安易に著作物性を認めると後行者の活動を不当に制約することにもなりかねません。その
    ため、裁判所は、短文表現については相当程度工夫されていると思われるものについても、簡単には著作物
    とは認めません。たとえば、知財高判平成17年10月6日平成17年(ネ)第10049号では、次のような文章
   について著作物性が否定されています1

1   マナー知らず大学教授,マナー本海賊版作り販売
2  A・Bさん,赤倉温泉でアツアツの足湯体験
道東サンマ漁,小型漁船こっそり大型化

   このような従前の裁判例に照らしても、Xキャッチフレーズは短文かつありふれた表現からなるものなので、
    その著作物性が否定されることには違和感はありません。
       なお、仮に短文表現に著作物性が認められるとしても、著作権侵害が成立するのはその表現をそっくりそ
    のまま盗用したような場合に限られます。たとえば、東京地判平成13年5月30日判時1752号141頁[交
    通標語]は、下記Xスローガンは著作物にあたると認めつつ、YスローガンはXスローガンの著作権を侵害す
    るものではないとしました。

Xスローガン Yスローガン
ボク安心 ママの膝(ひざ)より
チャイルドシート
ママの胸より チャイルドシート

 2 Xキャッチフレーズの商品等表示該当性について
    本判決は、一般論としてはキャッチフレーズも不正競争防止法上の商品等表示に該当し得るとしつつ、結論
    としては、XキャッチフレーズはXの営業と他者の営業とを区別する機能を有するには至っておらず、商品等表
    示には該当しないと判断しました。
    この判断には異論もあると思います。判決の事実認定からは離れてしまいますが、個人的には、X教材のテ
    レビCM等を目にする機会は決して少なくなく、Xキャッチフレーズを目にすればXの教材を思い浮かべる需要
   者も多いのではないかと思います。この点については、需要者のアンケートを証拠として提出するなど、立証
   方法を工夫することにより、異なる判断を得ることができたかもしれません。

以上
(文責)弁護士 高瀬 亜富


1 ただし、同判決は一般不法行為の成立を認めていますので、ここで適示した文章表現を全く保護しなかったわけではありません。