【平成27年11月30日判決(知財高判平成27年(行ケ)第10152号)】

【判旨】
本願商標は,本件審決日の当時において,本願指定役務との関係で商標法3条1項3号に該当する商標であったと認められるから,これと同旨の審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由は理由がない。

【キーワード】
商標法3条1項3号,審決取消訴訟,知財高裁3部判決


【事案の概要】
 本件は,商標登録出願の拒絶査定不服審判の不成立審決(拒絶審決)に対する審決取消訴訟である。争点は,本願商標の商標法3条1項3号該当性の審決の判断に誤りがあったか否かである。

 原告は,平成25年10月7日,「肉ソムリエ」の文字を標準文字で表してなる商標(以下「本願商標」という。)について,商標登録出願(商願2013-78245号。以下「本願」という。)をしたところ,平成26年6月30日付けの拒絶査定を受けたので,同年9月29日,拒絶査定不服審判を請求するとともに,同日付け手続補正書により,本願の指定商品及び指定役務を下記のとおり補正した。

(指定商品及び指定役務)
第29類「食肉」
第41類「肉食を中心とすることで健康を維持・促進するための肉の選択方法・肉の調理方法・肉と他の食材との組み合わせなどに関する資格検定試験の実施,肉食を中心とすることで健康を維持・促進するための肉の選択方法・肉の調理方法・肉と他の食材との組み合わせなどに関する資格の認定及び付与,肉食を中心とすることで健康を維持・促進するための肉の選択方法・肉の調理方法・肉と他の食材との組み合わせなどに関する資格検定試験に関する情報の提供,肉食を中心とすることで健康を維持・促進するための肉の選択方法・肉の調理方法・肉と他の食材との組み合わせなどに関する資格取得に関する知識の教授」(以下,この指定役務を「本願指定役務」ということがある。)

(3) 特許庁は,上記請求を不服2014-19333号事件として審理を行い,平成27年6月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年7月10日,原告に送達された。
 本件審決では「本願商標は,本願指定役務との関係において役務の質を表示したものにすぎないというのが相当であるから,自他役務の識別標識としての機能を果たし得ず,役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり,商標法3条1項3号に該当し,商標登録を受けることができない」とされた。

【争点(取消理由)】
審決において,本願商標の商標法3条1項3号該当性の判断に誤りがあったか否か

【判旨抜粋】
1 本願商標の法3条1項3号該当性について
(1) 商標法3条1項3号が,「その役務の提供の場所,質,提供の用に供する物,効能,用途,態様,提供の方法若しくは時期その他の特徴,数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」について商標登録の要件を欠くと規定しているのは,このような商標は,指定役務との関係で,その役務の提供の場所,質,提供の用に供する物,効能,用途その他の特性を表示記述する標章であって,取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないとともに,一般的に使用される標章であって,多くの場合自他役務の識別力を欠くものであることによるものと解される。
 そうすると,本願商標が,本願指定役務について役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるというためには,本件審決がされた平成27年6月30日の時点において,本願商標が本願指定役務との関係で役務の質を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であり,本願商標の取引者,需要者によって本願商標が本願指定役務に使用された場合に,将来を含め,役務の質を表示したものと一般に認識されるものであれば足りると解される。

(2)ア 本願商標は,「肉ソムリエ」の文字を標準文字で表してなるものであり,本願商標から「ニクソムリエ」の称呼が生じる。
 大辞林第三版(平成18年10月27日発行。乙1及び2)によれば,本願商標を構成する「肉」の語は,「①動物の骨や植物の種子に付着した柔らかい部分。②食用とする鳥獣のにく。③からだ。④生身のからだだけで器具を用いないこと。⑤血縁であること。⑥印肉のこと。」を意味し,「ソムリエ」の語は,「ワインに関する専門的知識をもち,レストランなどで客の相談に応じてワインを選ぶ手助けをする給仕人。」を意味することが認められる。

  イ そして,本件審決日以前にウェブサイトに掲載された情報として,①「現在日本ではワイン以外でも○○ソムリエと,様々な専門分野に特化した専門家を○○ソムリエと呼ぶ事があります。」との記載に続き,「資格を取得出来るソムリエやまた,ソムリエと同じく専門特化している資格等」の例として,「日本酒ソムリエ」,「焼酎ソムリエ」,「コーヒーソムリエ」,「野菜ソムリエ」,「だしソムリエ」,「ハーブソムリエ」,「シガーソムリエ」,「温泉ソムリエ」などが紹介され(2012年(平成24年)10月27日付け「777NEWS」。乙3),②「ソムリエといえば客の好みや料理に合わせてワインを選ぶ人のことをいいますが,最近では「専門的な知識を持っている人」という意味として使われることも増えています。その中でも今回は,ワイン以外のものに関係する食べ物のソムリエをいくつかご紹介しましょう。」との記載に続き,資格の認定等が行われている例として「オリーブオイルソムリエ」,「だしソムリエ」,「みそソムリエ」,「野菜ソムリエ」が紹介され(2013年(平成25年)9月5日付け「マイナビニュース」。乙4),さらに,③資格の認定等が行われている例として「タオルソムリエ」,「温泉ソムリエ」,「クラシックソムリエ」,「花ソムリエ」が紹介されている(同月7日付け「マイナビニュース」。乙5)ことからすると,本件審決日当時,「ソムリエ」の語の前に商品や食品,事柄を表す語を結合した語は,当該商品等についての専門的知識を有する者を意味する語として,一般に理解されていたことが認められる。

  ウ さらに,食肉業者や肉料理を提供する飲食店においては,食肉技術専門士協会の認定資格である「食肉技術専門士」を「肉のソムリエ」と称することがあるほか,商品である食肉の選択や品質管理等についての専門的知識を有する者を指す語として,「肉のソムリエ」,「お肉ソムリエ」,「肉ソムリエ」,「ビーフソムリエ」の語を用いている例があることが認められる(乙6ないし15,18)。
 加えて,市民講座「丸の内朝大学」の2013年(平成25年)度秋学期クラス一覧(乙16)に,食肉の選び方,買い方や保存法,調理法等を学ぶ講座として開講される「No Meat No Life 肉ソムリエクラス」が挙げられていること,2013年(平成25年)4月16日付け日本経済新聞朝刊(乙17)に,「丸の内朝大学」が開講する講座に関し,「食肉の選び方や料理法などを,食べながら学ぶ「肉ソムリエ」が一番の人気だ。」との記事があることが認められる。
 そうすると,本件審決日当時,「肉」の語と「ソムリエ」の語を結合させた「肉のソムリエ」の語が,食肉業者間で「食肉技術専門士」の別称として用いられ,また,「肉ソムリエ」,「肉のソムリエ」,「お肉ソムリエ」などの語が,食肉の選択や品質管理等についての専門的知識を有する者を意味する語として用いられる例があったことが認められる。

(3) 本
願指定役務である「肉食を中心とすることで健康を維持・促進するための肉の選択方法・肉の調理方法・肉と他の食材との組み合わせなど」に関する資格検定試験の実施,資格の認定及び付与,資格検定試験に関する情報の提供,資格取得に関する知識の教授に係る事業の取引者,需要者には,食肉の選択や調理等についての専門的知識の修得に関わる食肉業者や一般消費者などが含まれるところ,前記(2)認定の事実によれば,本願商標を構成する「肉ソムリエ」の語は,本件審決日当時,かかる取引者,需要者によって,「肉(食肉)に関する専門的知識を有する者」を意味する語として,一般に認識されるものであったことが認められる。
 そして,「資格検定試験の実施」,「資格の認定及び付与」などの役務においては,「資格」の内容は,当該役務の質(内容)を構成するものといえる。
 そうすると,本願商標は,本件審決日当時,本願指定役務に使用されたときは,当該「資格検定試験の実施,資格の認定及び付与,資格検定試験に関
する情報の提供,資格取得に関する知識の教授」に係る資格が,「肉(食肉)に関する専門的知識を有する者」に関するものであるという本願指定役務の質(内容)を表示するものとして,取引者,需要者によって一般に認識されるものであって,取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであったものと認められるから,特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないとともに,自他役務識別力を欠くものというべきである。
 加えて,本願商標は,標準文字で構成されているから,「肉ソムリエ」の文字を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものであるというべきである。
 したがって,本願商標は,商標法3条1項3号に該当するものと認められる。

【検討】
 本件においてまず確認しておくべきことは,商標法3条1項3号の判断時期であろう。商標法4条3項(※)に基づき,商標法における登録要件の判断時期は原則として査定・審決時とされるところ,本件判決においても,登録要件の判断時は「本件審決がされた平成27年6月30日の時点において」とされている。

※・・・(4条)1項8号、10号、15号、17号又は19号に該当する商標であつても、商標登録出願の時に当該各号に該当しないものについては、これらの規定は、適用しない。

 次に,商標法3条1項3号の該当性について検討する。
 本件判決で認定された事実(例えば,「本件審決日当時,『肉』の語と『ソムリエ』の語を結合させた『肉のソムリエ』の語が,食肉業者間で『食肉技術専門士』の別称として用いられ,また,『肉ソムリエ』,『肉のソムリエ』,『お肉ソムリエ』などの語が,食肉の選択や品質管理等についての専門的知識を有する者を意味する語として用いられる例」があった事実)に基づけば,標準文字の「肉ソムリエ」との商標は,指定役務「肉と他の食材との組み合わせなどに関する資格検定試験の実施」,「肉の調理方法・肉と他の食材との組み合わせなどに関する資格の認定及び付与」の質(内容)を「普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」と判断せざるを得ないと考える。その意味で知財高裁の判断は妥当と考える。
 なお,事実認定で興味深いのは,知財高裁が「『資格検定試験の実施』,『資格の認定及び付与』などの役務においては,『資格』の内容は,当該役務の質(内容)を構成するものといえる」と判断している点である。役務の質という場合,典型的には提供される役務(サービス)自体の性質や内容をいうと解釈されるので,「資格の内容」が「資格検定試験の実施」「資格の認定及び付与」自体の性質や内容をいうといえるかは若干の疑問がないわけではない。もっとも,「資格検定試験の実施」「資格の認定及び付与」の役務は,飲食物の提供や宿泊施設の提供のような役務とは性質や内容が異なることを考えると,知財高裁の上記判断も妥当なのであろう。
 本件は,商標法3条1項3号の判断事例として実務上参考になると考え紹介した。

(文責)弁護士 柳下彰彦