【平成27年11月30日判決(知財高裁 平成27年(行ケ)第10093号)】

【キーワード】
システム,プログラム,ソフトウェア,進歩性,相違点,29条2項


【事案の概要】
 被告は,特許第4827120号(以下,「本件発明」という。)の特許権者である。
 原告の無効審判請求に対して,特許庁が不成立審決(以下,「本件審決」という。)をしたため,原告がその取消を求めて提訴した事案。
裁判所は,本件審決について,本件発明の請求項1(以下,「本件発明1」という。)と主引例発明(特開2001-236415号公報。以下,「甲1発明3」という。)の相違点の認定および容易想到性についての判断を誤っているとして,審決の一部を取り消した。

本件発明
 特許番号 特許第4827120号
 発明の名称 労働安全衛生マネージメントシステム,その方法およびプログラム
 出願日 平成17年7月14日
 登録日 平成23年9月22日

本件発明1:
 労働安全衛生マネージメントシステムであって,
 複数の工事名称,および,前記複数の工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素を含む歩掛マスターテーブルと,前記要素に関連付けられた危険有害要因および事故型分類を含む危険情報が規定されている危険源評価マスターテーブルとが格納されている記憶手段と,
 少なくとも工事名称を含む評価対象工事の情報を入力する入力手段と,
 演算手段を使用して,前記記憶手段に格納されている前記歩掛マスターテーブルを参照して,前記入力された評価対象工事の情報に含まれる工事名称に基づき,前記評価対象工事に含まれる各要素を含む内訳データを生成する内訳データ生成手段と,
前記演算手段を使用して,前記危険源評価マスターテーブルを参照して,前記内訳データ生成手段により生成された内訳データに含まれる各要素に基づき,当該各要素に関連する危険有害要因および事故型分類を抽出し,該抽出した危険有害要因および事故型分類を含む危険源評価データを生成する危険源評価データ生成手段と,
を含むことを特徴とする労働安全衛生マネージメントシステム。

【裁判所の判断】
1.    相違点1の認定について
相違点1:本件発明1の「記憶手段」には,「複数の工事名称,および,前記複数の工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素を含む歩掛マスターテーブル」が格納されているが,甲1発明3にはそのようなテーブルが存在しない点。

 裁判所は,まず「歩掛マスターテーブル」について,「本件出願の優先日当時,建設業界で既に存在していた建設工事積算システムにおいて構築されていた歩掛を用いた積算方式(積み上げ)を使った歩掛積算テーブルあるいは標準的な積算テーブルが含まれる」と判断,次に「要素」について,「「工程」又は「作業工程」に限定されるものではない」と判断した。さらに「歩掛」について,「単価計算を行う最小限の構成であり,その内容は,各種の工法において標準的に用いられる機械,労働力,材料等の組合せ,当該組合せによる標準的な生産能力,当該工法の標準的な適用範囲や各項目の単価等を定めたものであることは,本件出願の優先日当時,技術常識であった」と判断した。
 以上の点からすると,「本件発明1の「複数の工事名称,および,前記複数の工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素を含む歩掛マスターテーブル」にいう「工事名称」とは,本件出願の優先日当時,既に存在していた建設工事積算システムで使用されていた工事工種体系の「体系ツリー図」における「工事区分」,「工種」,「種別」,「細別」等の具体的な名称のいずれかをいい,また,本件発明1の「工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素」とは,体系ツリー図上,当該「工事名称」に紐付けられたものであれば,「関連付けられた」ものといえるから,当該「工事名称」に紐付けられた「工種」,「種別」,「細別」,「規格」等の各項目及びそれらの項目に紐付けられた作業工程,作業内容,標準単価等を含むものと解される。」「したがって,本件発明1の「工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素」にいう「要素」は,当該「工事名称」に紐付けられたものであれば,当該「工事名称」からみて体系ツリー図の「一つ下位の項目」のものに限らず,その下位のものや,更にその下位のもの等も含む」という判断をした。
 したがって,結論として「甲1発明3においては,本件発明1の「歩掛マスターテーブル」と「危険源評価マスターテーブル」に共通に格納される「要素」が存在しないことを理由に,本件発明1の「要素」の構成を有するものではないということはできない。」ことになり,「甲1発明3は,本件発明1の「歩掛マスターテーブル」の構成を備えるものと認められるから,これと異なる本件審決における相違点1の認定は誤り」であるとした。

2.    相違点2の認定について
 相違点2:本件発明1の「記憶手段」には,「前記要素に関連付けられた危険有害要因および事故型分類を含む危険情報が規定されている危険源評価マスターテーブル」が格納されているが,甲1発明3には「危険情報」が格納されているものの,上記本件発明1の「前記要素に関連付けられた危険有害要因および事故型分類」を含むものではなく,そのようなテーブルが存在しない点

 本件審決は,「①甲1発明3においては,本件発明1の「歩掛マスターテーブル」と「危険源評価マスターテーブル」に共通に格納される「要素」に相当するものが存在しないから,本件発明1の「要素」の構成を有するものではない,②甲1の記載をみても,「データ管理部」に格納される情報をが「テーブル」として格納するとの記載はなく,そのことが自明ともいえない,③甲1発明3の「安全管理情報」は,本件発明1のように工事にかかるリスクを抽出する目的で,各作業工程において発生しうる危険としての「有害要因」とその「事故型分類」とに整理分類して設定したものではないから,本件発明1の「危険有害要因」及び「事故型分類」に相当する情報は含まれておらず,本件発明1とは「危険情報」である点で共通するに留まるとして,本件発明1の「危険源評価マスターテーブル」が存在しない」という判断をしていた。
 ①については,争点1で述べたのと同様の理由から,否定された。
 ②については,裁判所は,「甲1発明3における
「安全管理情報」の格納の態様は,「工事名称」(「代表作業用キーワード(細別)」)に関連付けられた「要素」(「規格」)に関連付けられたものであるから,複数のデータ項目が関連付けられて「表」形式で記憶されているものと認められ,「テーブル」に該当する
」と判断した。
 ③については,「本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「事故型分類」に係る「分類」の方式や態様を規定した記載はなく,本件明細書にも,「事故型分類」の語を定義した記載はないことに照らすと,甲1発明3の「安全管理情報」は,工事にかかるリスクを抽出する目的で,各作業工程において発生しうる危険としての「有害要因」とその「事故型分類」とに整理分類して設定したものではないからといって,本件発明1の「危険有害要因」及び「事故型分類」に相当する情報に該当しないということはできない」と判断した。
 結論として,「甲1発明3は,本件発明1の「危険源評価マスターテーブル」の構成を備えるものと認められるから,これと異なる本件審決における相違点2の認定は誤り」であるとされた。

3.    相違点3の認定について
 相違点3:本件発明1では「演算手段を使用して,前記記憶手段に格納されている前記歩掛マスターテーブルを参照して,前記入力された評価対象工事の情報に含まれる工事名称に基づき,前記評価対象工事に含まれる各要素を含む内訳データを生成する内訳データ生成手段」を備えているが,甲1発明3ではそのような手段を備えていない点

 裁判所は,以下のように述べた。(前記相違点1または2の認定を参照している箇所については,本記事では直接引用していない箇所もあるが,原文のまま載せる。)
 
 「(ア) 本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の文言によれば,①本件発明1の「内訳データ」は,「前記評価対象工事に含まれる各要素を含む」データであり,「前記記憶手段に格納されている前記歩掛マスターテーブル」を参照して,「前記入力された評価対象工事の情報に含まれる工事名称」に基づき,「内訳データ生成手段」によって生成されるものであること,②本件発明1は,「内訳データに含まれる各要素」に基づいて,「当該各要素に関連する危険有害要因および事故型分類」を抽出することを理解することができる。
 一方で,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「内訳データ」の形式や態様を特定する記載はない。
(イ)a 前記ア(オ)認定のとおり,甲1発明3の「データ管理部」に格納されている「大事業区分から細別区分へと順次ツリー構造として構築されている情報」及び「歩掛」に係る情報は,本件発明1の「複数の工事名称,および,前記複数の工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素を含む歩掛マスターテーブル」に該当する
 また,前記イ(イ)認定のとおり,甲1発明3の「データ管理部」に格納されている「原価管理情報」及び「安全管理情報」は,いずれも「代表作業用キーワード(細別)」(「コンクリート打設」)及びその各「規格」(「大」,「中」,「小」)ごとに関連付けられて格納されていることが認められ,「安全管理情報」の格納の態様は,「工事名称」(「代表作業用キーワード(細別)」)に関連付けられた「要素」(「規格」)に関連付けられたものであり,「安全管理情報」は,本件発明1の「危険有害要因および事故型分類を含む危険情報」に該当するから,甲1発明3の「データ管理部」には,「前記要素に関連付けられた危険有害要因および事故型分類を含む危険情報が規定されている危険源評価マスターテーブル」が格納されている。そして,甲1発明3では,入力された評価対象工事の情報に含まれる要素である「規格」に基づき,危険源評価マスターテーブルを参照し,「当該要素に関連する危険有害要因及び事故型分類を抽出」しているものと認められる。
b しかるところ,甲1の段落【0053】には,「図6は本発明の一実施例で,キーワードと規格を入力することにより所望のデータが出力されるためのフローチャートが示されている。図7は図6のフローチャートに続くものであり,(a)-(a),および(b)-(b)(図示されていない)で接続されている。図6において,図5の入力部511によって,たとえば,代表作業用キーワードおよび必要により規格等が入力される(ステップ61)。キーワード・規格解析部512は,入力されたキーワードが代表作業用キーワードであるか否かをキーワード記憶部513を基にして調べる(ステップ62)。前記キーワード・規格解析部512は,次に,入力されたキーワードに付いている規格「大」があるか否かを規格記憶部514によって調べる(ステップ63)。」との記載がある。上記記載中の「たとえば,代表作業用キーワードおよび必要により規格等が入力される」との記載によれば,「規格等」は,必要により入力されるものであるから,甲1において,「所望のデータ」が出力されるために,「代表作業用キーワード」の入力は必須であるが,「規格」の入力は必須とはされていないことを理解することができる。
 一方で,甲1記載の「データ管理部」に格納されている「安全管理情報」は,「代表作業用キーワード(細別)」(「工事名称」)に関連付けられた「規格」(「要素」)に関連付けられて格納されているから,「所望のデータ」として具体的な「安全管理情報」を出力するためには,「規格」が特定されなければならない
 そうすると,甲1において,「代表作業用キーワード」のみを入力して,「安全管理情報」を出力する場合には,「代表作業用キーワード」に基づいて,当該「代表作業用キーワード」に関連付けられた「規格」の情報が読み出され,当該情報に基づいて「安全管理情報」が出力されていることを理解することができる
 そして,上記「規格」の情報は,前記ア(オ)のとおり,甲1発明3の「歩掛マスターテーブル」に格納されているものであって,「前記入力された評価対象工事の情報に含まれる工事名称」である「代表作業用キーワード」に基づいて,甲1発明3の「歩掛マスターテーブル」
から読み出された,「前記評価対象工事に含まれる要素」である「規格」に係るデータであるから,本件発明1の「内訳データ」に該当し,また,甲1発明3には,上記情報を読み出す手段としての「内訳データ生成手段」が存在するものと認められる

c 前記a及びbによれば,甲1には,甲1発明3が,本件発明1の「演算手段を使用して,前記記憶手段に格納されている前記歩掛マスターテーブルを参照して,前記入力された評価対象工事の情報に含まれる工事名称に基づき,前記評価対象工事に含まれる各要素を含む内訳データを生成する内訳データ生成手段」の構成(相違点3に係る本件発明1の構成)を備えていることが実質的に開示されているものと認められる。」

 つまり,争点1,2の認定に加え,明細書から各テーブルの構造,関連付けを紐解き,「甲1には,甲1発明3が,本件発明1の「演算手段を使用して,前記記憶手段に格納されている前記歩掛マスターテーブルを参照して,前記入力された評価対象工事の情報に含まれる工事名称に基づき,前記評価対象工事に含まれる各要素を含む内訳データを生成する内訳データ生成手段」の構成(相違点3に係る本件発明1の構成)を備えていることが実質的に開示されている」と結論付けた。

 以上の相違点1ないし3の認定に誤りがあったことにより,これらについては本件発明1と甲1発明3との相違点であるということができず,またこれを前提とすると相違点4および5については容易に想到することができたと結論付けた。
 (原告は他に無効事由2および3の主張もしているが,棄却されている。ここでは省略する。)

【解説】
 システム(ソフトウェア)の特許として,本件審決と裁判所の判断の違いの中で特に興味深い点は,裁判所は,本件発明と主引例発明,それぞれの特許請求の範囲および明細書から,各テーブル・データの構造,関連付けを丁寧に分析していることである。相違点1および2も同様の傾向があるが,特に顕著なのは相違点3であり,上記のような分析の結果,本件発明における「内訳データ生成手段」と同等のものが,主引例発明にも存在しており,それが「実質的に開示されている」と判断した。
 本件発明のように,データの構造,関連付けが重要な要素となる発明については,進歩性の判断において,その点についても判断される。すなわち,特許申請を検討する際にも,データの構造,関連付けについて過去に類似した特許がないか調査する必要があることを意味する。もっとも,特許請求の範囲および明細書からデータの構造,関連付けがすんなりと読み取れる特許ばかりではない。今回の裁判例のように,本件発明と同様の構造が主引例発明において「実質的に開示されている」ことが読み取れるか否かは,事案または判断者によって異なる結果になるケースは少なくないと考えられる。現在のソフトウェア特許において,データベースの存在を前提にしたものは多く,その中でもデータの構造が重要な要素となりうる発明については,システムやソフトウェアを専門にした弁護士・弁理士の意見を求めるべきだろう。

以上 
(文責)弁護士 松原 正和