【平成27年8月27日(大阪地裁平成27年(ワ)第9838号)】

【判旨】
 原告が,原告が管理する著作物の著作権侵害を理由に,破産免責を受けた,カラオケ装置のリース業者の代表者であった被告(個人)に対して,破産法253条1項2号にいう「悪意で加えた不法行為」に基づく損害賠償請求であると主張して損害賠償請求を行ったが,裁判所は,本件においては被告が「悪意で加えた不法行為」をしたものと認めることはできないとし,上記原告の請求を棄却した。

【キーワード】
カラオケ,リース業者,条理上の注意義務,破産法253条1項2号,悪意で加えた不法行為


【事案の概要】
 本件は,音楽著作物(歌詞・楽曲)の著作権者から信託を受けて,音楽著作物を管理している原告が,カラオケ装置のリース業者である訴外会社の代表者であった被告に対し,著作権(演奏権,上映権)侵害を理由として,民法709条に基づき4012万2390円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。なお,本件訴訟では,当初,訴外会社も被告とされていたが,その後両者ともに破産手続が開始したことから,原告は,訴外会社に対する訴えを取り下げるとともに,免責が確定した被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求を,悪意で加えた不法行為(破産法253条1項2号)に基づく損害賠償請求であると主張するようになったものである。

【争点】
 争点は,被告(個人)の行為が破産法253条1項2号にいう「悪意で加えた不法行為」に該当するか否か。

【判旨抜粋】
第3 当裁判所の判断
1 争点(2)について
(1)~(4)略,(5)ア 略 
イ しかし,被告は破産免責を受けているのであるから,原告が被告に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を行使するためには,上記(3)のとおり,被告に権利侵害に対する単なる故意が認められるだけでは足りず,「悪意」,すなわち,権利侵害に向けた積極的な害意が認められる必要があるところ,そのような観点で見てみると,上記認定事実から認められるところからは,訴外会社ひいては被告に「悪意」があるとまで認めることはできないというべきである。
 すなわち,確かに被告の一連の対応が,いずれもリース会社としての対応如何で避けられ得る著作権侵害がなされることを全く意に介していないとして非難されるべきことは否定できないが,訴外会社ひいては被告にとっては,リース先との契約を増やして利益を増大させることに意味があるのであって,それ以外に原告の管理する著作物の著作権を侵害することそのもの自体に意味があるとは考え難いところである。そうすると,訴外会社ひいては被告の行為が平成13年判決で求められた注意義務を全く無視するものであるとしても,それだけでは,直接には訴外会社の利益を増大させることを目的としてなされた行為であるとしか評価できず,原告に対する害意に基づくものとは認め難いというべきである。
 また,そもそも著作権侵害をする直接の主体となり得るのは社交飲食店の経営者であるところ,訴外会社の営業にかかわらずこれらの経営者が原告と著作物利用許諾契約を締結すれば著作権侵害の問題が生じようがないところ,訴外会社が著作物利用許諾契約締結の必要性を積極的に説明しないとしても,上記(4)イ(ウ)の事実からすると,少なくとも,訴外会社は,社交飲食店経営者に対し,その必要性の判断を自らする機会は与えていたということができる。そして,訴外会社からリースを受けていた社交飲食店の大半は無許諾店舗ではなかったというのであるから,この点でも,訴外会社ひいては被告が平成13年判決で求められた注意義務を全く無視していようとも,自らの利益増大の目的を超えて,原告に対する害意があったとまでは認め難いというべきである…(中略)…。
ウ 要するに訴外会社ひいては被告の行為がいかに非難に値しようとも,それは他者の利益を顧みずに自らの利益を図ったということにすぎず,そのような行為の結果として無許諾店舗に経営者による原告の管理著作物についての権利侵害が起きようとも,これをもって,原告の権利侵害に向けた積極的な害意,すなわち破産法253条1項2号にいう「悪意」があるとは認められないというべきである。
エ なお原告は,無許諾店舗の解消に向けての訴外会社の非協力や,無許諾店舗からの過去分の使用料徴収に向けての交渉過程において,訴外会社ないし被告が事実を隠蔽したり,虚偽の報告をなしたりしたことなどにうかがえる一連の悪性をもって,被告の不法行為が「悪意」をもって加えたものであることを基礎づけようとしているが,本件において問題としている不法行為は,無許諾店舗においてされた著作権侵害にリース業者として加功した点をとらえていうものであるはずであるから,上記の点で,訴外会社,ひいては被告の対応が不誠実であることを否定できないとしても,そのような事情をもって,本件で問題とすべき被告の行為が「悪意」をもってなされたとは評価できないというべきである。
(6) したがって,本件では,被告が「悪意をもって加えた不法行為」をしたものと認めることができないから,これに基づく損害賠償請求権も認められない。

【解説】
1.  争点判断の前提
 上記争点判断の前提として,本件では,訴外会社からカラオケ装置のリースを受けた「社交飲食店」において,原告著作権(演奏権,上映権)の侵害行為が存在した。
 また裁判所は,カラオケ装置のリース業者が,以下の「平成13年判決」(最高裁平成13年3月2日第二小法廷判決)にいう条理上の注意義務を負うべきことを前提とした。
 さらに裁判所は,訴外会社(リース業者)と被告(個人)との関係について,「被告が訴外会社の設立以降,代表取締役への就任の有無にかかわらず,同社の業務に従事して経営上の決定をしていた」,「被告は訴外会社をして上記注意義務を履行させていたと認められない」などとして,被告には,管理著作物の著作権について直接侵害者となる各店舗の経営者による不法行為についての幇助者ないし教唆者として共同不法行為責任が成立することは免れそうにない,とした。

(最高裁平成13年3月2日第二小法廷判決の判旨抜粋)
1 飲食店等の経営者が、音楽著作物である歌詞及び楽曲の上映機能を有するレーザーディスク用カラオケ装置又は音楽著作物である歌詞の上映及び楽曲の再生機能を有する通信カラオケ用カラオケ装置(以下「カラオケ装置」という。)を備え置き、客に歌唱を勧め、客の選択した曲目につきカラオケ装置により音楽著作物である歌詞及び楽曲を上映又は再生して、同楽曲を伴奏として客や従業員に歌唱させるなど、音楽著作物を上映し又は演奏して公衆に直接見せ又は聞かせるためにカラオケ装置を使用し、もって店の雰囲気作りをし、客の来集を図って利益をあげることを意図しているときは、上記経営者は、当該音楽著作物の著作権者の許諾を得ない限り、客や従業員による歌唱、カラオケ装置による歌詞及び楽曲の上映又は再生につき演奏権ないし上映権侵害による不法行為責任を免れない(最高裁昭和59年(オ)第1204号同63年3月15日第三小法廷判決・民集42巻3号199頁参照)。
2 カラオケ装置のリース業者は、カラオケ装置のリース契約を締結した場合において、当該装置が専ら音楽著作物を上映し又は演奏して公衆に直接見せ又は聞かせるために使用されるものであるときは、リース契約の相手方に対し、当該音楽著作物の著作権者との間で著作物使用許諾契約を締結すべきことを告知するだけでなく、上記相手方が当該著作権者との間で著作物使用許諾契約を締結し又は申込みをしたことを確認した上でカラオケ装置を引き渡すべき条理上の注意義務を負うものと解するのが相当である。(以下略)

2.  破産法253条1項2号にいう「悪意で加えた不法行為」
 裁判所は,破産法253条1項2号にいう「悪意で加えた不法行為」でいう「悪意」の意味について,被告に権利侵害に対する単なる故意が認められるだけでは足りず,「悪意」,すなわち,権利侵害に向けた積極的な害意が認められる必要があるとした。
 この「悪意」の意義の捉え方は,同項3号に,「破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(前号に掲げる請求権を除く。)」とあることに鑑み,同項2号の「悪意」が「故意」と異なる内容を含むことは明らかであり,この「悪意」は,単なる「故意」を超えた「権利侵害に向けた積極的な害意を意味する」というものである(本件判決も同旨)が,現行の破産法(平成16年改正法)の通説的な内容ということができる(伊藤眞他,「条解破産法」,弘文堂,p.1609)。

破産法253条
 免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。ただし、次に掲げる請求権については、この限りでない。
 一  省略
 二  破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権
 三  破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(前号に掲げる請求権を除く。)
 四以降~ 省略

3.    被告の行為について
 被告の行為が上記破産法253条1項2号にいう「悪意で加えた不法行為」に該当するか否かに関しては,裁判所は,「訴外会社ひいては被告の行為が平成13年判決で求められた注意義務を全く無視するものであるとしても,それだけでは,直接には訴外会社の利益を増大させることを目的としてなされた行為であるとしか評価できず…」,「要するに訴外会社ひいては被告の行為がいかに非難に値しようとも,それは他者の利益を顧みずに自らの利益を図ったということにすぎず,そのような行為の結果として無許諾店舗に経営者による原告の管理著作物についての権利侵害が起きようとも,これをもって,原告の権利侵害に向けた積極的な害意,すなわち破産法253条1項2号にいう「悪意」があるとは認められない」などとして,原告の請求を認めなかった。
 平成13年判決については,過失による幇助の類型での共同不法行為という枠組みであるとの評価がなされている(潮見,中山他編「著作権判例百選(第4版)」,p.206-207)が,本件でも,裁判所は,「被告には,管理著作物の著作権について直接侵害者となる各店舗の経営者による不法行為についての幇助者ないし教唆者として共同不法行為責任が成立する…」と判示しており,被告の行為を「平成13年判決」に当てはめる前提として,被告を直接の著作権侵害者である社交飲食店との関係で幇助者(ないし教唆者)と捉えたものと理解できる。
4.    考察
 裁判所は,訴外会社又は被告の行為を「直接には訴外会社の利益を増大させることを目的としてなされた行為」,「いかに非難に値しようとも,それは他者の利益を顧みずに自らの利益を図ったということにすぎず…」として,訴外会社又は被告の行為を積極的に認定した上で原告の請求を認めなかったが,これでは,被告がリース業者として関与しさえすれば「自らの利益を図った」ということができるので,ほとんどのケースでは,被告には「悪意」がない,ということになってしまいそうである。
 一方で,裁判所は,「そもそも著作権侵害をする直接の主体となり得るのは社交飲食店の経営者である」,「本件において問題としている不法行為は,無許諾店舗においてされた著作権侵害にリース業者として加功した点をとらえていうものである」などとも判示したように,より端的には,原告に対する著作権侵害との関係でいえば,被告は,幇助者として「従」する関係に留まるため,被告に「主」たる社交飲食店が行った行為以上の責任が発生するとは言い難かったのではないかと思われる。もし,「主」たる社交飲食店の中に,著作権侵害に向けられた積極的な害意を有して侵害行為を行う者がいて,訴外会社や被告がその者に対して幇助を行ったとすれば裁判所の判断は異なったかもしれないが,上記「条理上の注意義務」が「カラオケ装置を引き渡すべき」場面での注意義務であることを考えると,この場面で「主」たる社交飲食店が「著作権侵害に向けられた積極的な害意」を有しているケースは現実的に想定できず,結局は,被告には「悪意」がない,ということになったものと思われる。
 悪質性の高いカラオケリース業者の代表者に対する(徹底的な)責任追及の方法として,本件のような破産法253条1項2号に基づく損害賠償請求は選択肢の一つになりうるかもしれないが,その請求が認められるのは極めてまれなケースになるということがいえそうである。

(文責) 2016.5.9 弁護士 弁理士 高野芳徳