【平成27年 9月29日判決(大阪地裁平26(ワ)8869号)】

【要旨】
 原告表示のうち「モーノポンプ」の周知性を認めたが、被告表示の「モーノマスター」及び「MOHNO MASTER」とは類似しないとして、原告の被告に対する請求はいずれも理由がないとして、請求を棄却した。

【キーワード】
不正競争防止法2条1項1号、不正競争防止法2条1項2号、商品等表示性、類似性


【事案の概要】
 原告は,昭和43年,ドイツのネッチュ社から,一軸偏心ねじポンプの技術供与を受け,一軸偏心ねじポンプ及び同ポンプの構造を持つディスペンサーを国内にて製造販売してきた。原告は,またネッチュ社が一軸偏心ねじポンプに使用してきた「MOHNO PUMP」の商標につきライセンスを受け,遅くとも昭和48年以降,「モーノ」(原告表示1),「MOHNO PUMP」(原告表示4)及びその片仮名表記である「モーノポンプ」(原告表示3)の標章を使用した。
 原告は,原告商品の製造販売を開始して以来,一貫して,一軸偏心ねじポンプ及び同ポンプの構造を持つディスペンサーのみを取り扱っているが,長年にわたる企業努力の結果,原告商品は,様々な業種においてその品質・性能が評価され,販売数量,売上も大きく伸び,現在では,一軸偏心ねじポンプの分野における原告のシェアは販売台数ベースで90%を占めるまでに至っている。また,昭和46年以降,40年余りの間,有名雑誌及び新聞等を媒体とした広告を行い,原告表示が付された原告商品が,雑誌,新聞テレビ等のメディアで紹介されてきた。
 被告は,登録商標「MOHNO MASTER」(「被告表示2」)ないし被告表示「モーノマスター」(「被告表示1」)を、被告が製造販売する一軸偏心ねじポンプの構造を持つディスペンサー(以下「被告商品」という。)に使用しているほか,展示会やリーフレットに使用している(甲73,80。)。
 本件は,別紙原告表示目録記載の各標章(以下,同別紙に従い個別に「原告表示1ないし4」ともいう。)が,その製造販売する回転容積式一軸偏心ねじポンプ(以下「一軸偏心ねじポンプ」という。)及び同ポンプの構造を持つディスペンサーの商品等表示として著名ないし周知となっているとする原告が,被告に対し,被告による別紙被告表示目録記載の各表示をその商品の商品等表示として使用して製造販売等する行為が不正競争防止法2条1項1号又は2号に該当する旨主張して,同法3条1項に基づき,別紙被告表示目録記載の表示を付した商品の製造販売等の差止め,及び,同条2項に基づきその廃棄及び表示の抹消を求めるとともに,同法4条に基づき損害賠償として844万6200円及びこれに対する不法行為の日の後である平成26年9月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

【争点】
 1 原告表示が原告の商品等表示として著名ないし周知であるか
 2 原告表示と被告表示が類似し,原告商品と混同が生じているか

【判旨】
2 争点1(原告表示が原告の商品等表示として著名ないし周知であるか)について
  (1) 原告は,原告商標1,2の商標権を有するものであるが,これと異なり,別紙原告表示が原告の商品等表示として著名ないし周知である旨主張する。
  (2) そこで,まず「モーノ」(原告表示1)及び「MOHNO」(原告表示2)について検討すると,上記1(1)アないしウ認定のとおり,原告は,その商品カタログあるいは広告等において,「ヘイシンモーノ」,「ヘイシンモーノポンプ」,「モーノポンプ」(原告表示3)あるいは「MOHNO PUMP」(原告表示4)の表記を用いるほか,そのほか「モーノ」ないし「MOHNO」を含む商品名を多く用いているが,それにしても,そもそも「モーノ」ないし「MOHNO」を単体で商品等表示として使用している事実は認められない。その上,上記認定第2の1(4)エによれば,一軸偏心ねじポンプの市場で90%のシェアを有する原告は,昭和56年以降,総合カタログの記載を始め,原告商品を広告宣伝するに際し,Moineau博士を「モーノ博士」と記載した上,「モーノポンプ」は「モーノ博士」がその原理を発明したポンプである旨の説明を積極的に行ってきたというのであるから,一軸偏心ねじポンプの需要者の多くは,「モーノ」の表示を見たとしても,これを原告の商品等表示と認識することはなく,一軸偏心ねじポンプの発明者である「モーノ」博士を想起するようになっていたものと認められる。
 そして,このことは,後記検討するとおり,「モーノポンプ」は原告の周知の商品等表示と認められるけれども,その一方で,「モーノポンプ」が一軸偏心ねじポンプそのものを指すものとして使用されたり,あるいはモーノ式ポンプとの表現さえ使用されてきたりしている事実,すなわち,「モーノポンプ」あるいは「モーノ式ポンプ」が「モーノ」博士発明に係る原理を用いたポンプとの理解での用法が一定程度認められる事実からも裏付けられているといえる(以上の事実にかかわらず,「モーノポンプが原告の周知商品等表示と認められるべきことは後記する。」。
 そうすると,「モーノ」という表記は,Moineau博士の姓の日本語表記としては不正確であり,またその欧文表記にすぎない「MOHNO」は異なる綴りからなる語であるけれども,これらの表示は,国内における一軸偏心ねじポンプの需要者の間では,発明者であるMoineau博士と結びつき,一軸偏心ねじポンプの発明者自身,あるいは,その発明した一軸偏心ねじポンプの原理を示すものとして認識されているものと認めるのが相当である。
 したがって,「モーノ」あるいは「MOHNO」が,一軸偏心ねじポンプの需要者の間において,特定の者の製造に係る一軸偏心ねじポンプの出所を表示する自他識別力を有するものとは認められないから,「モーノ」ないし「MOHNO」が原告の商品等表示であるとの主張は採用できない。
 なお,原告は,「モーノ」ないし「MOHNO」は,ネッチュ社の造語である商標を使用している旨,したがって自他識別力があるように主張するが,仮に原告が上記表示を使用し始めた契機がそうであるとしても,商品等表示として機能しているか否かは需要者の認識を中心に判断すべきであるから,この点の原告主張は失当である。
  (3)ア 次に「モーノポンプ」(原告表示3)について検討するに,上記認定の事実によれば,原告は,原告商品について,「document image」あるいは「ヘイシン」とともに「モーノポンンプ」の表示(原告表示3)を使用するほか,原告の取扱商品が原告表示3の商品であるとして長期間販売,広告を続け
てきたこと,一軸偏心ねじポンプ市場において原告商品が占める割合は90%を占め,他方,原告以外の一軸偏心ねじポンプを製造販売している会社が,「モーノポンプ」を含む商品名を用いず,それ以外の商品名を使用していたことからすれば,一軸偏心ねじポンプの需要者間においては,「モーノポンプ」は代表的な一軸偏心ポンプの商品名として,すなわち,その製造販売者の原告の商品の出所表示として,周知になっているものと認められる。

    イ この点被告は,「モーノポンプ」は一軸偏心ねじポンプを指す普通名称として使用されているものであり,原告の商品等表示としての機能を有さない旨主張する。
 確かに上記1(4)認定のとおり,「モーノポンプ」を一軸偏心ねじポンプというポンプの種類を指すものとして用いられている事例が少なからず認められる。その上,原告自身でさえも,かつては「モーノポンプの専業メーカー」,「モーノポンプのシェア90%以上」など,「モーノポンプ」を一軸偏心ねじポンプを指す普通名称であるかのように用いていた例さえも認められる(甲23,25,40,58,66)。
 しかし,一軸偏心ねじポンプを製造販売している他の会社はいずれも「モーノポンプ」を含んだ商品名を使用しておらず,したがって,日本の市場において「モーノポンプ」といえば原告の商品しか存在しないから,同種商品市場において「モーノポンプ」が普通名称化しているといえるわけではない。需要者による「モーノポンプ」をあたかも一軸偏心ねじポンプそのものであるかのようにする誤用例は,商品名の要部足り得る「モーノ」が,上記(2)のとおり,一軸偏心ねじポンプの発明者に結びついて認識されている状況があることに加え,原告が一軸偏心ねじポンプ市場をほぼ独占しているが故に,一軸偏心ねじポンプといえば原告商品であり,すなわち「モーノポンプ」であるとの市場状況が存することの影響であるとも考えられる(市場をほぼ独占しているがために,登録商標が普通名称のように誤解されている例が多いことは,一般によく知られた事柄と思われる。)。
 そして,少なくとも原告は,被告が,一軸偏心ねじポンプの市場に参入する前である原告登録商標2の登録申請を出願した当時から,自らの商品カタログ等において,需要者による誤用が広まって「モーノポンプ」が普通名称化しないよう配慮し始めたことがうかがえるところである。
 そうすると,「モーノポンプ」が今でも一軸偏心ねじポンプそのものを指す誤用例が多く認められるとしても,「モーノポンプ」が普通名称化までしているとは認められないから,商品等表示としての機能が失われているとまでいうことができないというべきである。
  (4) 最後に「MOHNO PUMP」(原告表示4)について検討するに,これは「モーノポンプ」の欧文表示として理解され得るものであるが,この表示については,昭和48年頃から昭和55年頃までのカタログに「HEISHIN MOHNO PUMP」との記載が認められるものの,それ以降に原告において商品の表示として使用されていた事実を認めるに足る証拠はない。原告は「Mohno-pump」のドメイン名の使用を指摘するが,ドメイン名はアルファベットしか使用できないから,これだけでは,需要者にとって「MOHNO PUMP」が原告商品の表示として使用されているものと認識されるとは考えられない。
 したがって,「MOHNO PUMP」は,周知商品等表示である「モーノポンプ」の欧文表記にすぎないけれども,これが原告の商品等表示として周知性を獲得したとは認められないので,そのことを前提とする原告の主張は採用できない。
  (5) 以上によれば,原告表示のうち,少なくとも「モーノポンプ」は,原告の商品等表示として,需要者に広く認識され著名であるとはいえずとも,少なくとも周知のものであると認められるが,それ以外の原告表示が,周知ないし著名商品等表示であるとは認められないというべきである。

 3 争点2(原告表示と被告表示が類似し,原告商品と混同が生じているか)について
  (1) 「モーノポンプ」と被告表示1「モーノマスター」は,その称呼において異なっている。
 しかし,「モーノポンプ」のうち,ポンプは機械としてのポンプと認識されるから,原告表示は,「モーノ」に普通名詞であるポンプという語を結合した商標と認識されるし,他方,被告表示1「モーノマスター」についても,「マスター」は,たとえば被告商品にも多くに見られるように(乙1),ある商品名の末尾に付加して,同商品の優秀性を強調するためによく用いられる用語であるから,連続して記載されていたとしても独立した1語とは認識されず,「モーノポンプ」同様に,「モーノ」に上記意味での「マスター」という語を結合した商標であると認識される。
 そして,「モーノ」は,通常の日本人にとっては,普通名詞とは認識されないものといえるから,原告と被告の両表示に共通する「モーノ」部分が,両表示のいずれにとってもその要部足り得るものとして注目されることになるはずである。
  (2) しかし,上記2(2)のとおり,一軸偏心ねじポンプの需要者間では,「モーノ」は,一軸偏心ねじポンプの発明者と結びつき,一軸偏心ねじポンプの発明者自身,あるいは,その発明した一軸偏心ねじポンプの原理を示すものと認識されるものであって,それ自体としては,出所表示機能を果たす自他識別力を有さないものである。
 そうすると,上記需要者の認識を前提とする限り,「モーノポンプ」及び「モーノマスター」とも,「モーノ」部分は要部となり得ないということになり,結局,両表示とも一体の語として観念を比較すべきであることになるから,両表示の観念は異なるものといわなければならない。
 したがって,原告表示「モーノポンプ」と「モーノマスター」は類似しているものとは認められないというべきである。
 そして,被告表示2「MOHNO MASTER」についても,上記表示は通常の日本人を前提として被告表示1と同様「モーノマスター」との称呼,観念を生じさせるものであるから,これが「モー
ノマスター」と類似しているといえないことは,上記説示したところと同様である。

 なお,上記1(5)イのアンケート結果によれば,「モーノマスター」を認知していた回答者のうち,その出所を原告と誤解して認識していた者が,正しく被告と認識していた者より僅かに多いことが認められるが,それにしても,その人数はアンケート対象1370人のうち21人と28人との差にすぎず,これだけからは「モーノマスター」が「モーノポンプ」と類似し,需要者間に混同をもたらしていると結論づけることはできない。
 4 結論
 以上のとおり,原告主張に係る営業表示のうち,「モーノポンプ」だけが周知の商品等表示と認められるものの,その表示であっても,被告の商品等表示とは類似しないから,原告の被告に対する請求は,その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないことになる。
 よって,原告の被告に対する請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

【検討】
1 商品等表示性について
 本判決は、原告表示のうち、「モーノ」の商品等表示性を否定したが、「モーノポンプ」の商品等表示性を肯定した。「モーノ」は本判決の認定によれば識別力がなく、「ポンプ」も普通名称であるがゆえに識別力を欠くことからすると、「モーノポンプ」は識別力を欠く表示の組み合わせゆえ、商品等表示性は認められ難い。それにもかかわらず、本判決が、「モーノポンプ」の商品等表示性を肯定したのは、「モーノポンプ」が、周知性を肯定される程の使用事実があり、原告以外に当該表示を使用している者がいなかったからである。一方、「モーノ」単体は、原告の使用事実がなかったこと等を理由に商品等表示性が否定されている。
2 類似性について
 「モーノポンプ」と「モーノマスター」の表示の類否においては、「ポンプ」及び「マスター」はそれぞれ識別力を欠くため、「モーノ」が要部であれば、両表示は、類似し得る。本判決も、「『モーノ』は,通常の日本人にとっては,普通名詞とは認識されないものといえるから,原告と被告の両表示に共通する『モーノ』部分が,両表示のいずれにとってもその要部足り得るものとして注目されることになるはずである。」と指摘している。しかし、本判決では,商品等表示性の判断において、「モーノ」の識別力が否定されていることから、「モーノ」が要部とは認められず、類似性が否定された。
3 まとめ
 本判決では、「モーノ」の商品等表示性を否定しているが、このような識別力を欠く表示に普通名称を組み合わせた表示であっても、長年の使用事実と、他社が同じ表示を使用していない事実があれば、商品等表示性が肯定される。したがって、このような商品等表示は、周知性を獲得した後に、第三者が同一の商品等表示を使用した場合は、2条1項1号の不正競争行為に該当する可能性がある。しかし,このような商品等表示は、少しでも変更されてしまうと、類似性の要件を満たさず、同号の不正競争行為に該当しないこととなる。そういった意味で、類似性の範囲が狭くなる。
 広い範囲で類似性が認められるためには、より短い表示について、商品等表示性が肯定されるように使用すべきである。例えば、本件では、「モーノ」として識別力が否定されないような使用態様をすれば、「モーノ」を含む商品等表示は類似範囲に入る可能性が高くなる。

(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一