【平成27年9月15日判決(平成27年(行ケ)第10025号 審決取消請求事件】

【キーワード】
商標法4条1項15号


1 事案の概要
 原告は、商標登録第4154926号の商標権者である。原告が、4条1項7号、11号、15号違反を理由として商標登録第5506879号に対して無効審判を請求したのに対し、特許庁が、請求不成立審決をしたことから、原告が審決取消訴訟を提起した。

2 審決の理由の要点
(1) 本件商標

(2) 引用商標1

(3) 審決の理由の要旨
  ア 4条1項11号該当性
    本件商標は、その構成全体を一体不可分のものとして認識、把握されるものであり、その構成に応じて「マイコマークノキョートアカボー」の称呼が生じる。また、「舞妓マークの京都赤帽」の観念が生じる。
    一方、引用商標は、「アカボー」の称呼、「赤帽」の観念が生じる。よって、本件商標と引用商標は類似しない。
  イ 4条1項15号該当性
    「赤帽」商標は、「赤帽」の文字のみによる表示のみによって需要者の間に広く周知されていたということはできない。そして、「赤帽」の漢字が、本来「1.赤い色の帽子。特に,運動会でかぶるもの。2,駅で乗降客の手荷物を運ぶ人。赤い帽子をかぶっているのでいう。ポーター。」を意味する語であることからすれば,「赤帽」商標の独創性の程度は,低い。
してみれば,本件商標をその指定役務について使用しても,これに接する取引者,需要者をして,かかる役務が原告又は同人と経済的若しくは組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品又は役務であるかのように連想,想起することはなく,その出所について混同を生ずるおそれはない。

3 争点
 本件商標は他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標か(4条1項15号)

4 裁判所の判断
 (1) 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,当該商標をその指定商品又は役務に使用したときに,当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標が含まれる。そして,上記の「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品又は指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきものである(最(三)判平成12年7月11日,民集54巻6号1848頁)。
 (2)ア 本件商標は,全体として一個不可分の既成の概念を示すものとは認められないし,その称呼は「マイコマークノキョートアカボー」と14音からなる比較的長い商標であるから,簡易迅速性を重んずる取引の実際においては,その一部分だけによって簡略に表記ないし称呼され得るものであるということができる。
    イ 「赤帽」商標は,原告の営業を示すものとして,我が国の貨物自動車及び軽自動車等による輸送の役務において,その取引者及び需要者の間に広く認識されているものであって,周知著名性の程度が高い表示である。
    駅において乗降客の荷物を運ぶ人を「赤帽」と称することがほとんど見られなくなった現在では,前記認定の事実に照らせば,「赤帽」といえば駅において乗降客の荷物を運ぶ人より原告を想起すると考えられるから,「赤帽」の語が,本件商標の指定役務との関係で識別力が低いとはいえない。そうすると,本件商標の本号該当性の判断をする上で,「赤帽」商標の独創性の程度が低いことを重視するのは相当でないというべきである。
     ウ 本件商標を構成する「赤帽」の語以外の部分のうち,「京都」は,地名としての京都府や京都市との観念を生じ,「舞妓図形」及び「舞妓マークの」は,京都の「舞妓さん」を想起させるものである。そして,原告を構成する組合は,京都府にも存在する。
さらに,「赤帽」商標の周知著名性の程度の
高さや,本件商標と「赤帽」商標とにおける役務の同一性並びに取引者及び需要者の共通性に照らすと,本件商標が指定役務に使用されたときは,その構成中の「赤帽」部分がこれに接する取引者及び需要者の注意を特に強く引くであろうことは容易に予想できるのであって,本件商標からは,原告又は原告と緊密な関係にある営業主の業務に係る役務であるとの観念も生ずるということができる。
     エ 以上のとおり,本件商標は,「赤帽」商標と同一の部分をその構成の一部に含む結合商標であって,その外観,称呼及び観念上,この同一の部分がその余の部分から分離して認識され得るものであることに加え,「赤帽」商標の周知著名性の程度が高く,しかも,本件商標の指定役務と「赤帽」商標の使用されている役務とが重複し,両者の取引者及び需要者も共通している。これらの事情を総合的に判断すれば,本件商標は,これに接した取引者及び需要者に対し「赤帽」商標を連想させて役務の出所につき誤認を生じさせるものであり,その商標登録を維持する場合には,「赤帽」商標の持つ顧客吸引力へのただ乗りやその希釈化を招くという結果を生じ兼ねないと考えられる。そうすると,本件商標は,商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれがある商標」に当たると判断するのが相当であって,「赤帽」商標の独創性の程度が造語による商標に比して低いことや,原告が「赤帽」商標以外の標章も使用していることは,この判断を左右するものでないというべきである(最(二)判平成13年7月6日,裁判集民事202号599頁参照)。

5 考察
 (1) 4条1項15号に関する判断基準について
   出所混同を生ずるおそれ(15号)の判断基準は、レールデュタン事件(最判平12.7.11)において、「商標の類似性、周知著名性、商品間の性質、取引者・需要者の共通性等を、取引実情等に照らして、総合的に判断する」とされており、本判決もこれにしたがっている。「フランク三浦」事件(知財高裁平成28年4月12日判決)においてもレールデュタン事件の基準に沿って判断がなされており、4条1項15号該当性の判断にはこのリーディングケースの基準に沿ってなされると考えておいてよいだろう。
 (2) 裁判所の判断のポイント
   本件では、4条1項11号該当性も争点となっているが、裁判所は4条1項11号該当性については一切判断を示すことなく、15号該当性のみを判断している。
   審決においては、①本件商標と引用商標の類似性の程度、②他人の表示の周知著名性の程度、③独創性の程度が重視され、「舞妓マークの京都赤帽」と「赤帽」とは類似するとはいえない、原告は「赤帽」以外の商標も使用しており、「赤帽」は周知著名であるとはいえない、「赤帽」とは「駅で乗降客の手荷物を運ぶ人。赤い帽子をかぶっているのでいう。ポーター。」を意味する語であることからすれば,「赤帽」商標の独創性の程度は,低いとして混同を生ずるおそれを認めなかった。
   一方、裁判所が重視した考慮要素は、①本件商標と引用商標の類似性の程度、②他人の表示の周知著名性の程度、③役務の取引者及び需要者の共通性であり、「赤帽」の独創性の程度や、原告が「赤帽」以外の商標も使用していることは重視しなかった。
 (3) 評価
   審決はレールデュタン事件の判断基準をあまりに形式的に当てはめすぎであり、結論ありきの印象を受ける。一方、裁判所の判断は取引の実情を十分に考慮しており、妥当な判断であるといえる。
   まず、本件商標と引用商標の類似性であるが、審決が「マイコマークノキョートアカボー」を一体不可分のものとしてとらえた点はあまりに不自然である。一連称呼のものとしてとらえるには長すぎ、少なくとも「マイコマーク」と「キョートアカボー」は分離すべきものと考えられる。そして、「京都」が地名であることを考えれば、需要者はやはり「アカボー」を重視すると考えられるだろう。
   次に、本件商標の周知著名性の判断であるが、指定商品との関係において「赤帽」は周知著名であるとした裁判所の判断は至極妥当であると思われる。審決が重視したのは、「赤帽」の独創性が低いという点であるが、審決のいう「赤帽」とは「駅において乗降客の荷物を運ぶ人の意味がある」という理由づけは、はなはだ時代錯誤であるといわざるをえない。戦後まもない時代であれば、たしかに需要者はそう考えたかもしれないが、駅において乗降客の荷物を運ぶ人がほとんど見られなくなった現代において、「赤帽」と聞いていったい何人の人が「駅において乗降客の荷物を運ぶ人の意味がある」という意味を想起するであろうか。原告の商標であると考える需要者が多数であろう。
   独創性の程度についてこのような事情が存在する場合には、やはり「赤帽」の周知著名性の程度が重視されるべきであって、裁判所の下した判断は妥当である。本件は、4条1項15号該当性、特にその判断基準の一つである独創性の程度について参考になるものであるから、紹介した次第である。

(文責)2016.07.04 弁護士 幸谷泰造