【平成27年9月30日判決(平成27年(行ケ)第10086号 審決取消請求事件)】

【キーワード】
 商標法50条1項、社会通念上同一


1 事案の概要
 原告は、商標登録第5041167号の商標権者である。被告が、原告の登録商標に対し、不使用取消審判を請求したところ、特許庁が請求認容審決をしたことから、原告が審決取消訴訟を提起した。

2 審決の理由の要点
 (1) 本件商標

登録番号 第5041167号
本件商標
指定商品 第17類「繊維布地を合成樹脂で挟んでなる積層シート,繊維と貼り合わせたプラスチックシート,シート状・フィルム状・フォイル状・テープ状のプラスチッ ク基礎製品,その他のプラスチック基礎製品,農業用プラスチックフィルム,岩石繊維製防音材(建築用のものを除く。),石綿の板,石綿の粉,化学繊維(織 物用のものを除く。),石綿,岩石繊維,鉱さい綿,糸ゴム及び被覆ゴム糸(織物用のものを除く。),化学繊維糸(織物用のものを除く。),石綿糸,石綿織 物,石綿製フェルト,石綿網,ゴム製包装用容器,コンデンサーペーパー,石綿紙,バルカンファイバー,ゴム」

 (2) 審決の理由の要点
   原告は、「ターポリン」の商品について、片仮名の「ハイガード」を使用したことが認められる。
しかしながら,本件商標の下段の「HIGUARD」の欧文字は,辞書類に載録されない造語であり,特定の観念を有しないのに対し,上段の「ハイガード」の片仮名のみが表示された場合には,「high guard」の欧文字を想起し,その表音を表記したものと容易に理解し,「ハイガード」の片仮名は,「高いガード(保護)」,すなわち「商品を守る保護の程度が高い」との観念を有するものであることからすると,本件商標の「ハイガード」の片仮名と「HIGUARD」の欧文字とは,同一の称呼を有するとしても観念において明らかに異なり,片仮名及び欧文字の文字の表示を相互に変更するものとは認められないから,「ハイガード」及び「High-guard」の商標又は「ハイガード」のみの商標は,本件商標と社会通念上同一のものとみることはできない。

3 争点
  片仮名のみからなる「ハイガード」の使用は、片仮名とアルファベットを二段書きしてなる登録商標「ハイガード/HIGUARD」と社会通念上同一の商標を使用しているといえるか

4 裁判所の判断
 (1) 原告商標法50条1項においては,使用の対象となる商標について,「登録商標は,本件審判請求(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標,平仮名,片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標,外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む。以下この条において同じ。)」と規定されており,「登録商標と社会通念上同一と認められる商標」も含むものとされている。
 (2) 本件商標は,いずれもゴチック体による,片仮名文字の「ハイガード」を上段に,欧文字の「HIGUARD」を下段に配してなる商標である。これに対して,本件使用商標2及び3は,片仮名文字の「ハイガード」のみからなる商標である点において,本件商標と外観上の相違が認められることは明らかである。
  一方で,本件商標の上段の「ハイガード」の4文字の片仮名文字と下段の「HIGUARD」の7文字の欧文字は,欧文字1文字の大きさが片仮名1文字の約8割程度の大きさであるが,上段と下段との間隔は近接し,それぞれの文字部分の左右の幅は同一であり,その両端の位置がそろっており,全体として上段及び下段の文字部分がまとまりよく配置されていること,「GUARD」(guard)の語は,「警戒。監視。防御。」等の意味を有する英単語として我が国において一般的に認識されており,「HIGUARD」の欧文字中の「GUARD」の部分から「ガード」の称呼が自然に生じることからすると,「ハイガード」の片仮名文字は「HIGUARD」の欧文字の表音を示したものとして,両者は一体的に把握され,本件商標全体から「ハイガード」の称呼が生じるものと認められる。また,本件使用商標2及び3から「ハイガード」の称呼が生じることは明らかである。そうすると,本件商標と本件使用商標2及び3の称呼は同一であることが認められる。
 (3) 
ア 片仮名の「ハイガード」から生ずる観念について
 片仮名の「ハイガード」は,それ自体が辞書等に登載された既成の用語として特定の観念を有するものではない。
 しかし,「ハイ」の部分は,英語の「high」に由来し,「程度の高いこと。高度。高級。」などの意味を有する外来語として,また,「ガード」の部分は,英語の「guard」に由来し,「警戒。監視。防御。」などの意味を有する外来語として,いずれも一般的に使用されていること(広辞苑第六版),また,片仮名の「ハイ」は,例えば,「ハイスピード」,「ハイジャンプ」,「ハイクラス」などのように,その後に続く外来語と結合して一連表記され,「高い○○」,「高度な○○」の意味で使用される用例が一般的にみられること(広辞苑第六版)からすれば,本件審判請求に係る指定商品である第17類「繊維布地を合成樹脂で挟んでなる積層シート,繊維と貼り合わせたプラスチックシート,シート状・フィルム状・フォイル状・テープ状のプラスチック基礎製品,その他のプラスチック基礎製品」に係る取引者,需要者が,片仮名の「ハイガード」からなる商標に接した場合には,これを上記のような意味を有する「ハイ」の語と「ガード」の語が結合した用語として認識すると考えられる。そして,これを前提とすれば,片仮名の「ハイガード」からなる商標からは,「高度な防御」といった観念が生ずるというべきであり,更には,これが上記指定商品に使用されることを想定すると,これらの商品の用途や性能等に関連した印象が生ずることの結果として,「物を保護する程度が高い。」といった観念が生ずるものと認めることができる。
イ 本件商標から生ずる観念について
 片仮名の「ハイガード」からは,上記アのような観念が生ずるといえるところ、本件商標は,片仮名の「ハイガード」の下に「HIGUARD」の欧文字が配されていることから,これらを全体としてみた場合にも,上記アと同様の観念が生ずるといえるかが問題となる。
 そこで検討するに,前記(1)のとおり,本件商標の上段の「ハイガード」の片仮名文字は下段の「HIGUARD」の欧文字の表音を示したものとして両者は一体的に把握されるものといえるから,本件商標に接した取引者,需要者においては,欧文字の「HIGUARD」について,片仮名の「ハイガード」の「ハイ」の語に相応する「HI」の語と,片仮名の「ハイガード」の「ガード」の語に相応する「GUARD」の語とが結合したものであることを自然に認識するというべきである。
 そして,このうち,「GUARD」の語が,「警戒。監視。防御。」等の意味を有する英単語として,我が国においても一般的に認識されていることは,前記(1)のとおりである。
 次に,「HI」の語については,「やあ。」などの呼び掛けを表す間投詞に当たる英単語としての用例が一般的ではあるが,そのような間投詞が他の用語と結合して一連表記される用例は一般的ではないから,上記のように「GUARD」の語と結合して一連表記された「HI」の語が,間投詞の「HI」の語であると認識されることは考え難い。他方,「hi」の語には,「高い。高度な。高級な。」等の意味を有する英単語「high」の略語としての意味もあり(甲34),しかも,
「hi」の語には,例えば,高品位テレビジョンの日本方式の愛称として「hi-vision」,高度先端技術を表すものとして「hi-tech(technologyの略)」などのように,その後に続く英単語と結合して一連表記され,「高度な○○」の意味で使用される用例が,我が国においても一般的にみられるところである(甲17,18)。
 以上のような「HI」の語及び「GUARD」の語に対する我が国における一般的な認識を前提とすれば, 上記アのような観念が生ずるものと認められる片仮名の「ハイガード」の下に配された「HIGUARD」の欧文字から構成された本件商標に接した本件審判請求に係る指定商品の取引者,需要者においては,これを上記用例と同様に,「HI」は「high」の略語として認識し,あるいは「HI」の語から「high」の語を想起又は連想し,本件商標は,「high」の語を表す「HI」と「警戒。監視。防御。」等の意味を有する英単語の「GUARD」とが結合して一連表記されたものであって,上段の「ハイガード」の片仮名と同様の意味を有するものとして認識するというべきである。
 してみると,本件商標からは,片仮名の「ハイガード」単独の場合と同一の観念,すなわち,「高度な防御」あるいは「物を保護する程度が高い。」といった観念が生ずるものと認めるのが相当である。

5 考察
  登録商標は一定期間継続して使用されないときは、不使用取消審判を請求されることにより、その商標登録は取り消されてしまう。これは、法は登録主義を採用しているものの、商標法の保護対象は商標に化体した業務上の信用であることから、登録後に不使用が継続する場合は保護価値がないため、不使用商標の整理を目的とする趣旨である。
  不使用取消審判でよく問題となるのが、登録商標と同一の商標を使用しているといえるかである。商標権者は基本的に登録商標と同一の商標しか独占使用を許されていないが(商標法25条)、例えば平仮名の登録商標を片仮名として使用していたら、登録商標の使用といえるのか。この点について商標法50条は、社会通念上同一の商標であれば、「使用」に当たり、商標登録は取り消されないとしている。
(1) 商標法50条1項の「社会通念上同一」の判断基準
 商標法50条1項は、かっこ書きにおいて、「書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標,平仮名,片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標,外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む」としている。すなわち、平仮名、片仮名及びローマ字の文字を相互に変更するものは、同一の称呼及び観念を生ずる商標であれば社会通念上同一の商標となる。
(2) 裁判所の判断
 審決は、片仮名の「ハイガード」のみからなる使用商標と、「ハイガード/HIGUARD」と二段書きしてなる登録商標とは、観念が異なるとして「社会通念上同一」とはいえないとした。すなわち、「ハイガード」からは「HIGH GUARD」という観念を想起するところ、「HIGUARD」は「HIGH GUARD」とは異なるのであるから、観念が異なるとした。
 一方、裁判所は、両商標について社会通念上同一であるとした。「HIGUARD」における「HI」についても、「HIGH」の略語として使用していることを考慮要素として重視している。
(3) 評価
 特許庁の判断は至極形式的で文字面のみをとらえて判断しているが、裁判所の判断は観念の同一性について証拠の評価をしっかりと行っており、妥当であると考える(もしかすると、審判段階では適切な証拠が提出されていなかった可能性もある)。
 「HIGUARD」における「HI」は、「HIGH」の略語としての意味もあることについては、需要者の感覚からすれば、納得できるところだろう。審判段階では「HIGH」の略語である点につき証拠が出ていなかったかもしれないが、証拠に基づいて主張することが改めて重要であると感じる。
 観念が同一でないと判断される例としては、例えば登録商標が「PEACE」であるときに、片仮名のみからなる「ピース」を使用していたような場合である。「ピース」には、「PEACE」の他にも、「PIECE」の観念も生じるため、観念が同一とはいえないからである。
 社会通念上同一のうちの観念同一の判断について興味深い事例であったため、紹介した次第である。

(文責)2016.07.04 弁護士 幸谷泰造