【平成27年12月10日判決 (東京地方裁判所 平成27年(ワ)第2587号、平成27年(ワ)第7096号)】

【要旨】
(第1事件)吸水パイプに係る原告各製品を販売する原告が、同様の吸水パイプである被告各製品を販売する被告に対し、不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当することを理由に、被告各製品の譲渡等の差止め及び廃棄並びに損害賠償を求めた事案に関し、原告各製品の形態は、それなりの独自性を有するということができるが、需要者の間においてその出所を表示するものとして認識されていたとは認められないから、商品等表示に当たるということはできないとして、原告の請求を棄却した。
(第2事件)被告が、原告が多数の小売店等に対し被告各製品の販売が不正競争に当たる旨の文書を送付した行為が虚偽事実の告知として同法2条1項14号所定の不正競争に当たることを理由に、上記事実の告知等の差止め及び損害賠償を求めた事案において、原告による本件文書の送付は同法2条1項14号の不正競争に該当すると認められるなどとして、被告の第2事件請求の一部を認容した。

【キーワード】
2条1項1号、周知表示混同惹起、商品形態、商品等表示、識別力、周知性、2条1項15号、虚偽告知、信用棄損、営業誹謗


【事案の概要】
1 当事者
 原告は,水草の栽培及び器具類の製造,販売等を目的とする株式会社である。
 被告は,観賞魚その他小動物の観賞用及び飼育用機器の製造,販売並びに輸出入等を目的とする株式会社(特例有限会社)である。

2 原告各製品(甲1,46,検甲1~3)
   ア 原告各製品はいずれも,魚,水草等の観賞用水槽に用いる吸水パイプである。その形態はそれぞれ別紙原告製品目録記載1~3のとおりであり,いずれも一定の太さで断面が円形の無色透明なガラス製パイプを逆J字状に形成したもので,水槽の外側に配される短い方のパイプの下方内側には突起が設けられ,その先には吸盤が付いており,同パイプの下端は開口している。水槽の内側に配される長い方のパイプの下方外面にはパイプの軸線に対して直交するスリット状の吸水口が多数並設され,下端は閉塞して丸まっている。
 パイプの径及び高さは,原告製品1が17㎜及び300㎜,原告製品2が13㎜及び300㎜,原告製品3が13㎜及び230㎜である。原告各製品はいずれも短い方のパイプの長さが長い方の半分以上あり,原告製品1及び2では短い方のパイプが長い方の約6割,原告製品3では約8割となっている。
   イ 原告は,平成15年頃から原告各製品を販売している。

3 被告各製品
   ア 被告各製品は,原告各製品と同様に用いられる吸水パイプである。その形態はそれぞれ別紙被告製品目録記載1及び2のとおりであり,いずれも一定の太さで断面が円形の無色透明なガラス製パイプを逆J字状に形成したもので,短い方のパイプの下端は開口しているが,突起及び吸盤は設けられていない。長い方のパイプの下方外面にはパイプの軸線に対して約45度傾斜するスリット状の吸水口が多数並設され,下端は閉塞して丸まっている。
 パイプの径及び高さは,被告製品1が17㎜及び380㎜,被告製品2が13㎜及び300㎜である。被告各製品はいずれも短い方のパイプの長さが長い方の半分未満であり,被告製品1では短い方のパイプが長い方の約4分の1,被告製品2ではこれが約3分の1となっている。
   イ 被告は,平成26年9月頃以降被告各製品を販売している。

4 原告による小売店等への文書送付(乙12,13)
 原告は,平成26年11月頃,原告各製品を含む原告の製品を取り扱う問屋に対し同月1日付け「類似製品の取り扱いについて」と題する文書を,小売店(原告の販売特約店)に対し同日付け「類似製品の取り扱いについて」と題する文書を送付した。両文書の内容はほぼ同旨であり,いずれにも「特に悪質な類似製品を販売する業者について,弊社では例えば,以下のように法的措置を含めた断固とした態度で対応して参りました。」,「訴訟では不正競争防止法に基づき,弊社製品の有名性が認められ勝訴となっております。」,「今回,新たに,有限会社マツダ(判決注,被告)に対して,ニューリリィパイプの模倣品の販売中止と,損害賠償,在庫の破棄を求め,代理人を通じて警告文を送付しております。」と記載されている(以下,両文書を併せて「本件文書」という。)。

【判旨】
1 争点(1)ア(原告各製品の形態が商品等表示に当たるか)について
 (1) 原告は,原告各製品が共通して有する「①全体が無色透明な逆J字状のガラス製パイプである,②長い方の下端が丸まって閉塞している,③長い方の下端外面に水平なスリット状の吸水口が複数並設され,これにより長い方の下方外面に縞模様があるかのように見えるという特徴的な形態」が原告の商品等表示(法2条1項1号)に該当する旨主張する。
 (2) そこで判断するに,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
   ア 原告各製品の販売が開始された平成15年5月頃から現在までを通じて,魚,水草等の観賞用水槽に用いる吸水パイプの形状としては,断面が一定の径の円形で,全体が逆J字状であるものが多数存在する。ただし,その材質はプラスチックやステンレスが多く,吸水時の水草や魚の誤引を防止するために水中に入れる側のパイプの先端開口部にストレーナー(メッシュ状になったキャップ様の部材)を装着して使用するのが一般的であって,無色透明のガラス製のものや,ストレーナーを用いずパイプ自体にスリットを設けて吸水口としその先端を閉塞したものは原告各製品及び被告各製品以外に見当たらない。(甲67,乙18~25)
   イ 原告各製品の発売開始(平成15年5月)から平成26年12月(原告製品3は平成27年4月)までの間の出荷本数は,原告製品1が1865本,原告製品2が1633本,原告製品3が5821本である。(甲2,45)
   ウ 原告は,原告各製品の発売開始以前から多額の費用を支出して水草レイアウトのデモンストレーション,原告製品の総合カタログの頒布,情報誌の発行,専門誌への広告掲載,インターネットサイトの開設等の宣伝広告活動を行っているが,これらのうち写真等により原告各製品の形態が示されているのはわずかである(2015年6月30日付け原告準備書面(第2回)で指摘されているのは,原告のカタログのほか,雑誌の記事ないし広告13点にとどまる。)。しかも,これらは全て原告各製品のうちいずれかの写真が数点又は10点以上の他の原告の製品と共に掲載されているものであって,原告各製品のみを取り上げた記事等はない。また,これら記事等に掲載された原告各製品の写真は各1点(側方又は斜め側方から撮影したもの)のみで,大きさは3~10㎝程度である。(甲1,2,5の1~36,6の1~14,甲44,68,73~78)
  (3) 上記事実関係によれば,原告各製品の形態は,従来の同種製品に比し,無色透明のガラス製で,パイプに多数のスリットを並設した点においてそれなりの独自性を有するということができるが,原告各製品が大量に販売されたとは認められず(年間平均900本程度であり,市場規模や占有率は証拠上明らかでないが,これを多数と評価すべき事情があることはうかがわれない。),原告各製品の形態上の特徴を強調した宣伝広告ないし販売活動がされたと認めるべき証拠もない。そうすると,原告各製品の形態が需要者の間においてその出所を表示するものとして認識されていたとは認められないから,原告の主張する前記(1)①~③の形態が法2条1項
1号にいう商品等表示に当たるということはできない。したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の第1事件請求は理由がない。

 (4) これに対し,原告は,① 原告各製品の形態は他に類をみない画期的なものであり,② 原告各製品はこの種の製品としては驚異的な出荷本数を記録しており,③ その形態は多額の費用を掛けた宣伝広告活動によって周知となっている上,④ 原告の会社自体及び原告前代表者が著名であったことからも原告各製品の形態の商品等表示性が裏付けられると主張する。しかし,上記①及び②の主張が失当というべきことは上記(3)のとおりである。また,上記③の主張については,前記(2)ウのような掲載方法では需要者にとって,原告の強調するスリットによる縞模様など原告各製品の具体的な形態が認識されるとは考え難い。さらに,上記④の主張について,本件で問題となるのは,原告のブランド名又は「ネイチャーアクアリウム」ないしガラス製の水槽用品シリーズといった製品のイメージではなく,具体的な原告各製品の形態であり,原告又は原告前代表者が有名であるからといって,これをもって原告各製品の形態の商品等表示性が基礎付けられることはないというべきである。したがって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。

2 争点(3)(法2条1項14号の不正競争の成否)について
 本件文書の表題及び記載内容は前記前提事実(4)のとおりであり,その文面上,これを受領した問屋及び小売店に対し,被告の販売する製品は原告の製品の模倣品であり,その販売が不正競争に当たる旨の事実を告知するものと認められる。ところが,被告による被告各製品の販売が法2条1項1号の不正競争に当たらないことは前記1のとおりであり,その他被告の行為が違法であると認めるべき根拠はない。そうすると,本件文書は被告の信用を害する虚偽の事実を告知するものというほかない。そして,原告と被告は観賞用水槽の吸水パイプという同一用途の商品を扱うものとして競争関係にあるから,原告による本件文書の送付は法2条1項14号の不正競争に該当すると認められる。
 したがって,被告は,法3条1項に基づき,原告に対し,被告各製品の形態が原告各製品の形態を模倣し,又は同一若しくは類似であり,被告各製品の販売が不正競争に該当する旨の事実の告知及びその旨を記載した文書の配布の差止めを求めることができる。

3 争点(4)(被告の損害額)について
 被告は,原告による本件文書の送付により被告各製品の売上げが激減し,逸失利益は100万円を下らない旨主張する。
 そこで判断するに,証拠(甲1,乙12,13,28,29)及び弁論の全趣旨によれば,① 本件文書は平成26年11月頃に原告各製品を取り扱う問屋十数件及び小売店約400店に送付されたこと,② 上記問屋及び小売店の多くは被告の製品も取り扱っていること,③ 被告各製品の販売本数は,平成26年9月及び10月には合計約500本(月250本程度)であったが,同年11月から平成27年7月までの販売本数は合計約300本(月33本程度)であったこと,④ 平成26年9月に複数回被告各製品を購入しながら,その後一切の購入を止めたり,数か月間注文を控えたりした取引先が複数あること,⑤ 被告における被告各製品の仕入れ及び販売価格は,被告製品1が約640円及び約1000円,被告製品2が約610円及び約950円であること,以上の事実が認められる。
 上記事実関係によれば,上記③の本件文書の送付前後での販売本数の減少の少なくとも一部は本件文書の送付を原因とするものとみるのが相当である。そして,これによる被告の損害額は20万円(販売本数の減少1000本,1本当たりの利益200円)と認めることができ,これを上回る損害額を認めるに足りる証拠はない。
 したがって,被告は,原告に対し,法4条に基づき,損害賠償金20万円及びこれに対する不正競争行為の後の日(第2事件訴状送達の日の翌日)である平成27年1月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

【検討】
 本件では、原告の商品の形態が商品等表示に当たるかどうかが争点となった。
 商品の形態の商品等表示性については、商品の形態が、商品の個性化・差別化の目的で消費者にとって商品の識別が可能なように特徴ある形態を選択しているか、また、そうでなくても特定の商品について特定の形態が長期間使用され、需要者の認識や心理において商品の形態が商品の出所の商品を識別する指標として作用しているかどうかにより判断される。1
 本件では、給水パイプの形状として、断面が一定の径の円形で,全体が逆J字状であるものは多数存在したが、その材料が無色透明のガラス製のものや,パイプ自体にスリットを設けて吸水口としその先端を閉塞したものは、原告各製品及び被告各製品以外に見当たらなかった。判決では、「原告各製品の形態は,従来の同種製品に比し,無色透明のガラス製で,パイプに多数のスリットを並設した点においてそれなりの独自性を有するということができる」と認定し、商品の形態自体に商品の識別力を認めなかった。このように、裁判例において、商品の形態自体から識別力が認められるためには、相当高いハードルがあると考えられる。本件は、商品形態を商品等表示として保護することに慎重な判断を示す裁判例の傾向に沿うものであるといえよう。
 なお、本件は、商品の販売から、3年を経過していたため、不正競争防止法2条1項3号に基づいて争うことはできなかった。
 このように、商品の形態について保護を受けるためには、1号は商品等表示性、3号は期間の制限による高いハードルがあることからすると、実務上、重要な商品の形態については、予め意匠登録を受けておくことが重要であると考えられる。


 1 松村信夫『新・不正競争競業訴訟の法理と実務』(株式会社民事法研究会・初版・平成26年)180頁

(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一