【最高裁判所平成27年11月17日判決 平成26年(行ヒ)第356号 審決取消請求事件】

【キーワード】
 アバスチン、大合議、存続期間、延長登録、先行処分、用法用量、ベバシズマブ、67条の3第1項第1号

第1 はじめに
 本件は、特許権の存続期間延長登録出願の拒絶査定に対する拒絶査定不服審判の請求不成立審決に対する審決取消訴訟の上告審である。特許権者が既に、有効成分及び効能・効果を同じくする医薬品の薬機法上の処分(製造販売の承認。以下「先行処分」)について特許権の延長登録を受けていたところ、その先行処分の「用法用量」に一部追加をする製造販売承認を受け(以下「本件処分」)、それに基づく特許権の存続期間延長登録出願をしたところ、拒絶されたため、その審決の取消を求めて出訴したものである。争点は、ある医薬品の先行処分が存在し、先行処分に基づく特許権の延長登録が既になされている場合に、その先行処分と主成分及び効能・効果が同一で用法用量の一部が変更された後行処分に基づいて、特許権の存続期間の延長が認められるか否かである。原審である知財高裁大合議は、後行処分に基づく特許権の存続期間延長登録を認めた。
   
第2 事案
 1 先行処分(薬機法に基づく製造販売承認)

  有効成分:ベバシズマブ
  用途:他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人には、ベバシズマブとして1
     回5mg/Kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2
     週間以上とする。
  効能・効果:治療切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌

 2 本件処分
  有効成分:ベバシズマブ
  用途:他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人には、ベバシズマブとし
     て1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は3週間以上とする。
  効能・効果:治療切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌

 3 特許請求の範囲
 【請求項1】 抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニストを治療有効量含有する、
癌を治療するための組成物

第3 判旨(下線は筆者)
 特許権の存続期間の延長登録の制度は、政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである。法67条の3第1項1号の文言上も、延長登録出願について、特許発明の実施に政令処分を受けることが必要であったとは認められないことがその拒絶の査定をすべき要件として明記されている。これらによれば、医薬品の製造販売につき先行処分と出願理由処分がされている場合については、先行処分と出願理由処分とを比較した結果、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が、出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売をも包含すると認められるときには、延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないこととなるというべきである。そして、このように、出願理由処分を受けることが特許発明の実施に必要であったか否かは、飽くまで先行処分と出願理由処分とを比較して判断すべきであり、特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項によって判断すべきものではない。
 ところで、医薬品医療機器等法の規定に基づく医薬品の製造販売の承認を受けることによって可能となるのは、その審査事項である医薬品の「名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)の全てについて承認ごとに特定される医薬品の製造販売であると解される。もっとも、前記のとおりの特許権の存続期間の延長登録の制度目的からすると、延長登録出願に係る特許の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとならない審査事項についてまで両処分を比較することは、当該医薬品についての特許発明の実施を妨げるとはいい難いような審査事項についてまで両処分を比較して、特許権の存続期間の延長登録を認めることとなりかねず、相当とはいえない。そうすると、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が、出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するか否かは、先行処分と出願理由処分の上記審査事項の全てを形式的に比較することによってではなく、延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について、両処分を比較して判断すべきである。
 以上によれば、出願理由処分と先行処分がされている場合において、延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較した結果、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が、出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは、延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、本件特許権の特許発明は、血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストを治療有効量含有する、がんを治療するための組成物に関するものであって、医薬品の成分を対象とする物の発明であるところ、医薬品の成分を対象とする物の発明について、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる両処分の審査事項は、医薬品の成分、分量、用法、用量、効能及び効果である。そして、本件処分に先行して、本件先行処分がされているところ、本件先行処分と本件処分とを比較すると、本件先行医薬品は、その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人には、ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間以上とする。」とするものであるのに対し、本件医薬品は、その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」などとするものである。そして、本件先行処分によっては、XELOX療法とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の製造販売は許されなかったが、本件処分によって初めてこれが可能となったものである。
 以上の事情からすれば、本件においては、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が、出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するとは認められない。
5 以上によれば、本件特許権についての延長登録出願に係る特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないとする本件審決を違法であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

第4 検討
 上記最高裁の判断枠組みを図示すると以下のようになる。大枠として、医薬品について先行処分と後行処分が存在する場合、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が、後行処分の対象となった医薬品の製造販売を包含する場合には、後行処分に基づく特許権の存続期間の延長登録は認められない。そして、“包含関係”の判断手法として、延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について先行処分と後行処分を比較する。そして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることになる審査事項として、医薬品の成分、分量、用法、用量、効能及び効果が挙げられている。つまり、医薬品の成分、分量、用法、用量、効能及び効果のうち、一つでも異なれば、先行処分が後行処分を包含しない、すなわち、後行処分に基づく特許権の存続期間延長が認められる方向に判断されるということになる。
 なお、本件は医薬品について争われた事案であり、農薬にかかる特許発明の存続期間延長については判断していない。したがって、農薬については別途検討が必要になるということになろうが、農薬と医薬品を別で考える積極的理由がなければ、実際上は、農薬についても本判決と同様の規範のもとで特許権の存続期間延長の可否を考慮することになるものと思われる。農薬は、有効成分のほか、剤型(粒剤、液剤、水和剤、マイクロカプセル等)、対象作物、用法用量などが、“農薬としての実質的同一性”に直接関わることになる審査事項になると思われる。

以上

(文責)弁護士 篠田 淳郎