【知的財産高等裁判所平成27年2月19日判決 平成25年(ネ)第10095号 損害賠償請求控訴事件】

【要旨】
 XがYへ事業譲渡するのではなく、Xの資産をYが引き継ぎ、Xの従業員をYが再雇用する方法により、事実上業務の引受を行った場合においては、顧客情報の明示的な開示手続を経ない限り、Xの従業員(後にYに就職)による顧客情報の開示行為は、不正競争に該当する。

【キーワード】
 不正競争防止法2条6項、不正競争防止法2条1項9号、営業秘密、不正開示行為、悪意、東京地方裁判所平成25年10月17日判決。

【事案の概要】
1 本件は、被控訴人東和レジスター東関東販売(株)(原告。以下「X」という。)が、その販売製品の仕入先であった(株)TBグループの子会社である控訴人(株)TOWA(被告。以下、「Y」という。)にXの顧客に対する商品の修理、交換等の顧客対応業務を移管した際、Y及びその元取締役ら(以下「Yら」という。)が共同して、〈1〉Xの保有する、販売先の名称、連絡先、販売製品や販売時期等の情報から構成される顧客情報(本件顧客情報)について、不正競争防止法2条1項4号ないし9号の不正競争行為を行い、当該不正競争行為により被控訴人は少なくとも1億1000万円の損害を被ったと主張して、Yらに対し、不正競争防止法4条に基づき、連帯して、損害金合計1億2035万2200円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である(Xはこの他にも請求しているが、本稿では不正競争防止法に関する主張を取り上げる。)。

2 Xは、TBグループ(以前は東和メックス)からレジスターや電光表示器等の製品を継続的に仕入れて販売する業務を行うとともに、販売した製品の修理や交換等の顧客対応業務を行っていた。平成18年ころから売上が毎年減少し、平成20年度以降は損失を計上するようになっていた。平成21年5月上旬、Xはその事業を、Yに譲渡する協議を開始し、事業価値評価や従業員の処遇などについて打合せを行ったが、同年7月、Xにおいて条件に納得がいかず、Xは事業譲渡を断った。
 しかし、Xの売上がさらに減少したことから、同年12月、XはYに事業譲渡を申し入れた。Yは、5月の時点から赤字が続いており、再評価が必要となるため、事業譲渡よりもXを解散し、Yが資産を引き継ぐ方法がよいと提案した。そこでXにおいては、平成22年2月28日もって解散する手続を進めた上で、資産の譲渡に向けて協議を行うことになった。
 平成22年2月、従業員に対して解散する方針を伝えたところ、従業員31名中23名から退職届けが提出された。Xにおいては一旦、解散を撤回するなど混乱があったが、多数の退職届が提出されたことから営業の継続を断念し、Yに対し顧客対応業務の引き受けと、退職する従業員の雇用を依頼した。Yは顧客対応業務を引き受け、Xを退職する従業員のうち11名を採用した。

3 平成22年3月26日、Xから顧客対応業務が4月1日からYへ移管されるにもかかわらず、顧客に通知を行っていないことが判明した。そこで、Yにおいて文案を作り、Xにおいて印刷、発送することとなった。通知には「今後、お客様にご使用いただいております商品のサービス及びメンテナンスに伴うサポートに限り、株式会社TOWAが引き続き承るべく「お客様サポートセンター」を開設致しました。」「※東和レジスター東関東販売(株)とのご契約に関するお問い合わせ等には対応出来ませんので、予めご了承願います。」などと記載されていた。管理部の総務課長Aは、3月26日、Xの社内において、部下のBに対し、顧客管理パソコンを用いて封筒の宛名印刷等を指示した。Bは同パソコンからUSBメモリに本件顧客情報を記憶させ、別の階にある電光表示器変更パソコンに同情報を移行して、封筒の宛名印刷作業を行った(顧客数7529件のうち4279件を印刷発送)。
 3月27日、Xにおいて、Yに引き渡す物品につき会議が行われ、サービス責任者から、アフターサービスとして電光看板の宣伝内容を変更するときには、表示変更ソフトが必要であるから、電光表示器変更パソコンをYに引き渡すことが提案され、Xは、同パソコンをYに引き渡すことを決定した。その後、総務課長Aが本件顧客情報の削除を指示することはなく、同パソコンは内部の本件顧客情報とともにYに引き渡された。
 4月1日以降、A及びBはYの従業員となり、Aは管理部、Bはサービス部において、それぞれXから移管された顧客対応業務等に従事し、本件顧客情報を使用していた。その他、Yにおいては、4月からしばらくの間は本店営業部における営業活動において本件顧客情報を使用していたが、同年6月1日以降は、Xが従前柏営業所として使用していた賃借物件を引き継ぎ、同物件を柏支店として営業を開始し、営業活動に本件顧客情報を使用するようになり、その後も訴訟の時点に至るまで本件顧客情報の使用を継続していた。柏支店においては、Xで営業を担当していた社員3名がYに採用され、続けて勤務していた。
 平成22年7月ころ、Xの代表者がYによる本件顧客情報の使用を知ることとなり、同年8月には、Yに対して営業権の買い取りを求めたが、Yは応じなかった。かかる経緯を経て、XはYを提訴するに至った。

4 一審判決(東京地裁平成25年10月17日)は、Yらの行為が不正競争に該当するとして、本件顧客情報の価値は4815万1000円となるから、Xは、この額の利益を失い、同額の損害を被ったと認定した。
これを不服としてYらが控訴した。

【判旨】
 知財高裁は、Yらの行為につき不正競争防止法2条1項9号の該当性を認め、不正競争にあたるとした。Xに生じた損害額に関しては、Xが、同法5条2項に基づく損害を主張したのに対し、知財高裁は同項の推定規定の適用の前提を欠くとして認めなかった。他方、Xの同法5条3項3号に基づく損害の主張については、Yが悪意となった平成22年9月以降の売上髙を基準として、これに3%を掛けた金額が、「受けるべき金銭の額」であるとして、Xの損害額は1010万4450円になると認定した。

「 (3) 不正競争行為該当性について
  ア ・・・Xにおいては、本件規定3や本件就業規則9条11号、11条、50条により、Xを退職する前後を問わず、正当な理由なく、従業員がXの顧客情報、その他の機密情報等を取得したり、社外に持ち出したり、第三者に開示したりすることを禁止しており、さらに、・・・Aは、Xに入社した際、「勤務契約書」(甲84)を差し入れて、退職する前後を問わず、業務上知り得たXの機密を他に漏洩しないことを誓約していた。
  しかるに、顧客情報を管理する管理部の総務課長であったAは、平成22年3月26日ころ、顧客に対して本件移管を通知する本件通知書の発送作業を行う際に、Bに指示して、顧客管理パソコンから電光表示器変更パソコンに本件顧客情報をエクセルファイルの形式で複製させたが、同パソコン内に本件顧客情報が記憶されていることを上司であるEに報告することはなかった。そして、同月27日にXで開催された社内会議において、電光表示器変更パソコンを本件移管に伴いYに引き渡すことが提案されたが、Aは、同会議に出席していたにもかかわらず、同パソコン内に本件顧客情報が記憶されていることに言及せず、電光表示器変更パソコン内に本件顧客情報が記憶されていることを知らないEによって、同パソコンをYに引き渡すことが決定された。さらに、Aは、本件移管に伴い電光表示器変更パソコンがYに引き渡されることを知りながら、本件通知書の発送作業を終えた後においても、同パソコン内に記憶された本件顧客情報を自ら削除することも、Bに指示して削除させることもしなかった。このため、同年4月1日に本件顧客情報のデータが記憶されたままの状態の電光表示器変更パソコンがXからYに引き渡される事態となり、本件移管後においては、本件顧客情報は、Yにおいて、顧客対応業務におけるサービスカードの作成やその本店あるいは柏支店での営業活動に使用されていたものである。
  Aによる上記一連の行為は、秘密を守る法律上の義務に違反して、Xの営業秘密である本件顧客情報をYに開示する行為であるというべきであるから、不正競争防止法2条1項8号に規定する不正開示行為に該当するものと認めるのが相当である。
  イ Xのような販売会社における顧客情報は、通常、販売に役立つ営業上の秘密情報として管理されていることが多く、のれんの一部を構成するものである。加えて、Y2は、平成21年5月以降、Eとの間で、のれんを含めたXの事業や資産等をYで譲り受けるための交渉を断続的に行い、Y3も、平成22年3月以降、Yによる顧客対応業務の引受けに係る作業に従事していたが、本件顧客情報はYが引き受けた顧客対応業務において有用なものであったにもかかわらず、本件移管において、XがYに対し本件顧客情報を明示して開示する手続をしておらず(原審におけるY2の本人尋問において、Y2は、Xとの間で、本件移管に伴いXの顧客情報をYに移転するという話をしたことはない旨供述し、また、原審におけるY3の本人尋問において、Y3は、Xが本件移管に伴いXの顧客情報をYに移転することに同意しているという話を聞いたことはない旨供述している。)、また、本件移管後においても、Eは、Yから覚書(甲35)の作成を求められてもこれに応じず、かえって、Yに対し、Xの営業権を買い取ることを求めていたのであるから、Y2及びY3は、本件顧客情報がXの営業秘密に当たるとの認識を有していたものというべきである。
  しかるに、Y2は、平成22年8月下旬ころ、Eから、Yの業務の遂行に本件顧客情報がXの許可なく使用されていることについて問い質されたにもかかわらず、本件顧客情報の使用を止めるような対策を何ら講ずることなく、Yの柏支店における使用等を継続させていたものであるから、遅くとも同年9月以降、Yの代表取締役としての職務を行うにつき、Aの不正開示行為によってYに本件顧客情報が開示されたことを知って、若しくは重大な過失により知らないで本件顧客情報を使用したものというべきであり、Y2の上記行為は不正競争防止法2条1項9号の不正競争行為に該当するものと認めるのが相当である。
  ウ また、Y3は、Yの取締役として、本件移管や本件移管に際してのXの元従業員のYでの採用にもY側の窓口として関与し(証拠略)、平成22年当時はYの管理部、本店営業部及びサービス部の部長の職にあった者であるが(証拠略)、同年8月下旬ころ、Aから、本件顧客情報をXの許可なく使用しているとしてEに問い質されたことについて報告を受けた後も、Aを始めYの従業員らに対し、本件顧客情報の使用の停止を指示することはなく、かえって、Aに対し、「東関東販売のユーザーサポートをするのだから、顧客情報があってもいいだろう。」などと述べ、従業員らが今後もYの業務の遂行に本件顧客情報を使用することを承認したものである。
  Yの営業部門を担当する取締役であり、かつ、本件移管やこれに際してのXの元従業員の採用にも関与しているY3がYにおける本件顧客情報の使用を承認し、実際、その後も同社では本件顧客情報を使用した営業が継続されていることからすると、Y3においても、遅くとも平成22年9月以降、Yにおける自己の職務の執行につき、Aの不正開示行為によってYに本件顧客情報が開示されたことを知って、若しくは重大な過失により知らないで、本件顧客情報を使用したものというべきであるから、Y3の上記行為は不正競争防止法2条1項9号の不正競争行為に該当するものと認めるのが相当である。
「エ Y2はYの代表取締役(略)であり、Y3はYの取締役(略)であるが、Y2の前記イの不正競争行為及びY3の前記ウの不正競争行為は、Yの職務を行うについてされたものであるから、Y2及びY3の上記不正競争行為は、Yの不正競争行為にも該当するものと認められる。」

「(4) Yらの主張について
  ア Yらは、Xは、本件移管の約1か月前には自らの意思で営業活動を停止し、Yとの間で、同社に対して顧客対応業務全般を移管する旨を合意したのであるから、Yに対し、本件顧客情報の開示も認めていたというべきである旨主張する。
  しかしながら、本件通知書には、YがXに替わり提供する業務の内容は、顧客からの問い合わせ(修理依頼等)に対する応対及び修理・メンテナンスに関する現場対応であって、Xとの契約に関する問い合わせ等にはYでは対応しない旨が記載されており、XからYに移管された業務は顧客との取引に係る業務の全てではなかったこと、本件移管に伴いXからYに引き渡すものとして、Xの顧客情報に係るデータや物件は挙げられていなかったこと(証拠略)、EとY2又はY3との間で、本件移管に伴いXの顧客情報をYに移転するという話がされたことはないこと(原審Y2本人、Y3本人)、Eは、本件移管後においても、Yに対して、Xの営業権を買い取るよう求めたり、AやY2に対し、Yの業務の遂行に本件顧客情報がXの許可なく使用されていることを問い質したりしていたこと、Eから本件顧客情報の使用を問い質された際、Y2は、Eに対し、Yにおいて本件顧客情報を使用している理由について明確な回答をしなかったことや、Yにおいては、その後はXに送付するサービスカードに本件顧客情報を使用しなければ記載することができないような情報を記載しなくなったことなどに照らせば、XがYに対し、本件移管に伴って本件顧客情報を開示することを認めていたとは考え難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
  したがって、Yらの上記主張は、採用することができない。
  イ Yらは、不正競争防止法2条1項9号が適用されるには、当事者たる事業者間に事業活動上の競争関係が存在することが必要であるが、Xは、Yが本件営業秘密を入手した平成22年4月1日より1か月以上前の段階で、事業停止状態に陥っていたから、YとXとの間には、既に平成22年3月上旬の段階で競争関係はなく、本件において、Yらによる本件顧客情報の使用について、同号を適用するのは誤りである旨主張する。
  しかしながら、不正競争防止法2条1項9号は、法文上、営業秘密の冒用者と被冒用者との間の競業関係の存在を要件としていない。
  また、この点を措くとしても、Xは、平成22年4月1日の本件移管後は、移管した顧客対応業務を行っておらず、主たる業務であった一審被告メックスの製品の営業販売活動は停止したものの、廃業したわけではなく、同日以降も一定の法人としての事業活動を行っていたものであるから(弁論の全趣旨)、XとYとの間に競業関係自体がなくなったということはできない。YらがXにおける営業の成果である本件顧客情報を冒用する行為は、自由競争の範囲を逸脱し、競争秩序を破壊する行為であるというべきであるから、不正競争防止法2条1項9号の不正競争行為に該当することは明らかである。」

【解説】
 不正競争防止法は、営業秘密の保護のため、一定の営業秘密の使用行為を不正競争行為として規定した上で、その使用等に対する差止請求権(3条)及び損害賠償請求権(4条)を規定している。営業秘密の使用行為としては、例えば不正競争防止法2条1項9号には、「その取得した後にその営業秘密について不正開示行為があったこと若しくはその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないでその取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為」と規定されている。営業秘密の取得の時点では、不正開示行為を知らなくても、保有者から取得後に警告を受けたり、ニュース報道を見たりして、不正開示行為を知ることにある。知ってから以降の使用等が、2条1項9号に該当することになる。ここでいう「不正開示行為」とは同項7号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう(同項8号)。本件では、総務課長AがXとの雇用契約上負う秘密保持義務に違反したことが、「不正開示行為」に該当するとされている。
 他方、本件では、YがXから顧客対応業務等を引き継いでおり、XからYに転職したA及びBはこの業務の遂行のために、本件顧客情報を使っている。かかる業務に使用する限りにおいては、XはYに対して、本件顧客情報の開示を許諾していたと思われる。また、不正競争防止法19条1項6号は適用除外を規定しており、「取引によって営業秘密を取得した者(その取得した時にその営業秘密について不正開示行為であること・・・を知らず、かつ、知らないことにつき重大な過失がない者に限る。)がその取引によって取得した権原の範囲内においてその営業秘密を使用し、又は開示する行為」については差止及び損害賠償の対象にならないところ、Yが顧客対応業務等に使用する場合には、この適用除外に該当する。つまり、総務課長Aが、電光表示器変更パソコンに記憶されている本件顧客情報を削除しなかったという不作為が、不正開示行為に該当するという本判決の認定は、いささか技巧的すぎるように思われる。
 また、YがXの柏支店を引き継ぎ、その営業担当者を継続雇用していることからすれば、柏支店の営業活動のために本件顧客情報を使用することは、Xの営業上の利益を侵害していないようにも思われる(不競法3条、4条。なお、そもそも不正競争に該当しないという認定もありうるように思われる。)。
 本判決を踏まえた実務上の注意点としては、事業譲渡の方式をとらずに、資産の移転と従業員の採用により事実上、営業を引き継ぐ場合には、営業秘密の移転についても明確に合意しておくことが無難である。

以上

(文責)弁護士 山口建章