【知的財産高等裁判所平成27年7月9日判決(知財高裁27(行ケ)10004)】

【要旨】
原告は,遊戯用器具の表示器に関する本件部分意匠の意匠登録無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟を提起し,創作容易性(意匠法3条2項)の認定判断の適否を争ったが,請求棄却判決がされた。

【キーワード】
意匠法3条2項,創作非容易性,寄せ集め,部分意匠

【審決の認定】
(1)本件部分意匠
 ① 登録番号     意匠登録第1264441号
 ② 登録日       平成18年1月20日
 ③ 出願日       平成17年1月13日
 ④ 意匠に係る物品  遊戯用器具の表示器
 ⑤ 意匠に係る物品の説明
    本物品は,パチンコ,スロットマシン等の遊戯用器具の上部に設置されるもので,データ表示部に遊戯者の各データを表示する数字に対応するセグメントを点灯させることにより所望の数字,色などを変動表示すると共に,上部に輝度,色調を可変できる上部ランプと,左右に各ボタンを押すことによって点灯する左右ランプが設けられたものである。
 ⑥ 意匠の説明  
   別紙の図面代用写真において黄色で塗りつぶした部分以外が,部分意匠として意匠登録を受けようとする部分である。
 ⑦ 図面((注)赤字・赤線部分は筆者追記)

(2)引用意匠の認定
  ア 引用部分意匠1

  イ 引用部分意匠2

  ウ 引用部分意匠3

  エ 部分意匠4

  オ 引用部分意匠5
      ホームページに掲載されたパチンコ台の遊技盤の数字表示部(判決文中に意匠の図面等の掲載なし)

(3)共通点
   本件部分意匠と引用部分意匠1~4とは,遊戯用器具のデータ表示器の表示画面で,暗色の表示画面に各種表示部が配置されている点で共通する。
    
(4)差異点
   本件部分意匠と引用部分意匠1~4とは,①表示画面の形状,②中央の大型の3桁の数字表示部の有無又は位置,③中型の数字表示部の配列,④小型の数字表示部の配列,⑤ドット表示部の形状又は位置において差異がある。
 本件部分意匠と引用部分意匠5とは,①表示部の用途及び機能,②表示画面の形状,③数字表示部の大きさ及び配列において差異がある。

(5)創作容易性の判断
  ① 引用部分意匠1の各数字表表示部は,本件部分意匠の各数字表示部の態様とは異なるから,引用部分意匠1の各数字表示部をそのまま使用しても,本件部分意匠の態様を導き出せない。
  ② 引用部分意匠3の表示画面の形状は,本件部分意匠の表示画面の形状とは異なるから,引用部分意匠3の表示画面の形状を採用しても,本件部分意匠の態様を導き出せない。
  ③ 引用部分意匠1の数字表示部に引用部分意匠2の中央の大型の3桁の数字表示部を配しても,そのままでは本件部分意匠の各数字表示部の態様とはならない。
  ④ 引用部分意匠1の数字表示部に引用部分意匠2の中央の大型の3桁の数字表示部を配して,さらに,引用部分意匠3の外形状と組み合わせたとしても,本件部分意匠の態様を導き出すことができない。
  ⑤ 本件部分意匠の大型数字表示部は,極めて目立つものであるところ,引用部分意匠4の中型数字表示部又は引用部分意匠5の数字表示部に基づいて,本件部分意匠の大型数字表示部を導き出すことは困難である。
  ⑥ 引用部分意匠2の表示画面をそのまま用いても,本件部分意匠の態様を導き出すことはできない。
(6)審決判断のまとめ
   本件部分意匠は,本件部分意匠の登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠である公知の引用部分意匠1~5に係る意匠に基づいて,容易に創作することができたものとは認められない。
   したがって,本件部分意匠は,原告の主張する無効理由によって,その登録を無効とすることはできない。

【原告の主張する取消事由】
1 取消事由1(本件部分意匠と引用部分意匠1との差異点の認定の誤り)
以下,判決においては,引用部分意匠1の数字表示部の各区域を,次のように指示番号(①~⑧)を定めて原告の主張を整理した。なお,上段左端の区域①の桁数には,争いがある。
 上段につき,左から,3桁(①)―2桁(②)―2桁(③)
 中段につき,左から,       2桁(④)―2桁(⑤)
 下段につき,左から 2桁(⑥)―2桁(⑦)―2桁(⑧)
 なお,審決は,原告の主張する差異点(オ)を差異点として認定していない。
(1)審決の認定について
   審決は,本件部分意匠と引用意匠部分1との差異点を,(ア)表示画面の形状,(イ)中央の大型数字表示部の有無,(ウ)中型数字表示部の配列,及び(エ)小型数字表示部の配列と認定する。
   しかしながら,審決の本件部分意匠や引用部分意匠1の認定は,誤認や一貫性のない視点でされたものであり,その結果,差異点(ウ)及び差異点(エ)の内容に誤りがある。
(2)数字表示部の認定について
   審決は,引用部分意匠1の区域①の桁数を3桁と認定しているが,これは4桁の誤りである(甲32)。
   そして,審決は,引用部分意匠1の数字表示部分について,次の趣旨の認定をした。
   「表示画面の上段に,大きめの数字表示部が左から区域①~③と右寄りに配置され,表示画面の右下部分に,区域④⑤と区域⑥~⑧とが2段に配置されている。」しかしながら,引用部分意匠1の数字表示部は,次のとおりに認定されるものである。
   「表示画面の左側上辺寄りに区域①を設け,表示画面の右側から下側にかけて倒L字状に数字表示部を設け,この上辺寄りに大きめの数字表示として区域②③を,同中盤には小さめの数字表示部として区域④⑤を,同下辺寄り中央から右側にかけて小さめの表示部として区域⑥~⑧を設けている。」
(3)数字表示部の共通点について
   上記(1)の認定を前提にすると,本件部分意匠の数字表示部と引用部分意匠1の数字表示部との共通点は,次のとおりとなる。
   「区域①が,表示画面の左側上辺寄りに4桁の中型数字表示部である。
 区域②~⑧が,表示画面の下側から右側にかけての倒L字状の数字表示である。
 区域②~⑤が,表示画面の右側中盤から上辺寄りに2段4個の数字表示部である。
    区域⑥~⑧が,表示画面の中央下辺寄りから右側にかけての複数の小型数字表示部である。」
(4)数字表示部の差異点について
   以上を前提にすると,本件部分意匠の数字表示部と引用部分意匠1の数字表示部との正しい差異点は,次のとおりとなる。
 【差異点(ウ´)】
 区域②~⑤について,本件部分意匠が,区域②~⑤に相当する数字表示部が同じ大きさで,区域②④に相当する数字表示部の桁数が3桁であるのに対し,引用部分意匠1は,区域②③の数字表示部が区域④⑤の数字表示部よりも大きく,区域②④の数字表示の桁数が2桁である点。
 【差異点(エ´)】
 区域⑥~⑧について,本件部分意匠が,その相当する部分において,3桁,2桁,3桁,2桁の4個の数字表示部となっているのに対し,引用部分意匠1は,2桁,2桁,2桁の3個の数字表示部となっている点。
(5)小括
   以上のとおり,審決の差異点の認定には,誤りがある。
2 取消事由2(創作容易性の判断の誤り)
(1)差異点(ア)について
  ① パチンコ,スロットマシン等の遊戯用器具の表示として需要者(看者)が最も注意を惹く部分は,データの表示内容であり,データ表示部の外枠の形状に需要者の注意が惹かれることは考え難い。また,本件部分意匠も引用意匠部分1のいずれも,横長であるという形状の特徴は同じである。
    そうであれば,差異点(ア)は,看者の美感に影響を及ぼすような創作上の工夫とは認められない。
  ② 同一物品・同一部分に関する意匠である引用部分意匠3は,データ表示部の外形の形状として,本件部分意匠と同じ横長の六角形としたものが採用されている。
 そうであれば,差異点(ア)は,引用部分意匠3のデータ表示部の外形から,当業者であれば容易に思いつく範囲で微修正の上で採用したものであり,そこに特段の創意は存在しない。すなわち,引用部分意匠3の表示画面の外形の形状と本件部分意匠の形状とは,左右の上下の辺の長さや左右両端の角の角度や角が隅丸か否かが異なるが,それらは,データ表示部の外形の範囲内において,ありふれた手法により変更を加えたにすぎない。
  ③ 本件部分意匠の出願当時,遊技機のデータ表示部の外形の形状を横長の六角形にするということは,ありふれたものであった(例えば,甲4の155頁の右最下段のユーエフ産業製の呼出ランプ「トリック」)。
  ④ 以上のとおり,差異点(ア)は,ありふれた手法による変更によって生じるものであり,また,少なくとも看者の美感に影響を及ぼすような創作上の工夫とは認められない。
   したがって,当業者において,引用部分意匠1の画面の外形形状に変更を加えて差異点(ア)の構成することは,容易である。
(2)差異点(イ)について
  ① 引用部分意匠1及び引用部分意匠2は,同一物品・同一部分に関するものであり,引用部分意匠2の主要な構成要素である中央部に3桁の大型数字表示部を設けたという点を,引用部分意匠1と組み合わせることは,当業者にとって容易である。
  ② 数字表示部の一部を大きくして強調するという手法は,引用部分意匠4に顕れているとおり,呼出ランプのデータ表示部では従来から行われていたことであり,何ら創意工夫が必要なものではない。そして,数字表示部をどの程度大きくするかは,当業者が適宜変更し得る事項である。
  ③ 中央部に目立つように大きな数字を配するということは,引用部分意匠5に顕れているとおり,パチンコ業界では従来から行われていたことである。そして,その具体的な態様における各数字の大きさは,中央部に大きな数字を配置する手法がありふれたものかどうかということとは,関係がない。
  ④ 以上のとおり,当業者が,引用部分意匠1に引用部分意匠2の中央部の3桁の大型数字表示部を組み合わせて差異点(イ)の構成とすることは,容易である。
(3)差異点(ウ´)について
  ① 差異点(ウ´)とは,引用部分意匠1の区域②~⑤の数字表示部の数字をすべて同じ大きさにそろえて統一し,かつ,区域②④の数字表示部の桁数をそれぞれ1桁増やしたものにすぎない。
    大きさが異なる数字表示部を同じ大きさにそろえて整えることは,統一的で整えられた美感を呈するために,数字を表示する多くの周知意匠が採用しているありふれた手法である。また,数字の桁数を増加させることも,意匠の構成要素の単位の数をありふれた手法で変更したものにすぎない。
  ② 引用部分意匠1の区域②③における数字表示部の大きさと区域④⑤の数字表示部の大きさの差は,それほど違いが目立つものではなく,また,区域②④の数字の桁数の相違についても,4つの数字表示部のうち2つの数字表示部のものであるほか,増加している百の位は1しか表示できないものであるため,全体としての数字表示部の大きさはそれほど変わらない。
    そうすると,差異点(ウ´)は非常に微細なものであって,看者の美感に影響を及ぼすような意匠創作上の工夫をしたものとはいえない。
  ③ 以上からすると,当業者が,引用部分意匠1の区域②~⑤の数字表示部に変更を加えて差異点(ウ´)の構成することは,容易である。
(4)差異点(エ´)について
  ① 桁数の相違については,上記(3)①のとおり,ありふれた手法による変更である。
  ② 横に数字表示部を4つ並べて配置するということは,公知意匠である呼出ランプ「ランカー」(甲4の155頁の左中段)や「デー太郎ランプγ」(甲34)でも採用されているとおり,本件部分意匠の出願時においてありふれた配置であった。
 そうすると,数字表示部を1個追加したとしても,意匠の構成要素の単位の数をありふれた手法で変更したものにすぎないといえる。
  ③ 本件部分意匠における区域⑥~⑧に相当する部分と引用部分意匠1の区域⑥~⑧とは,数字表示部郡を全体としてみると,個々の数字表示部が少し間を空けて横一直線上に並んでいるという点で共通しており,個々の数字表示部の桁数の違いや数字表示部の個数の違いは目立たない。さらに,これらの数字表示部は,本件部分意匠及び引用部分意匠1のいずれにおいても,最も小さい数字表示部であり,しかも,表示画面の最下段に位置しており,看者にとって表示画面の中で最も目に着きにくい箇所である。
 そうすると,差異点(エ´)は,非常に微細なものであって,看者の美感に影響を及ぼすような意匠創作上の工夫をしたものではない。
  ④ 以上からすると,当業者が,引用部分意匠1の区域⑥~⑧の数字表示部に変更を加えて差異点(エ´)の構成とすることは,容易である。
(5)組合せの容易性
   引用部分意匠1の中央上半分に,引用部分意匠2の大きな3桁の数字表示部を設けた場合,これに伴い,横長の表示画面の内部に収まるように,区域①の数字表示部,画面左下のドット表示部,区域②~⑤の数字表示部,区域⑥~⑧の数字表示部をずらさざるを得ず,この結果,本件部分意匠の構成とかなり類似した構成となる。そして,数字の桁数を増やすことは当業界における常套手段であり,意匠全体の美感に与える影響も極めて弱いものであるから,目立たない箇所に配置された数字表示部が全体の美感の印象に与える影響は微弱である。
 してみれば,引用部分意匠1に引用部分意匠2を組み合わせようと試みることによって必然的に生み出される形態と,本件部分意匠の形態とは,全体の美感に印象を与えるほどの差異はないのであるから,当業者が,本件部分意匠と引用部分意匠1の各差異点に係る構成を一括して本件部分意匠の構成とすることは,容易である。

【取消事由に対する被告の反論】
1 取消事由1(本件部分意匠と引用部分意匠1との差異点の認定の誤り)及び取消事由2(創作容易性判断の誤り)に対して
  意匠法の保護対象である意匠と特許法の保護対象である発明とは異なるから,意匠の創作非容易性について検討する際に,原告が主張するような発明の進歩性の判断手法を用いることは不当であり,原告には,創作非容易性についての前提理解に明らかな誤りがある。
  したがって,原告が主張する引用部分意匠1の形態の認定方法には重大な誤りがあり,取消事由1及び取消事由2には,理由がない。

2 取消事由2に対して
  本件部分意匠は,公知形態を組み合わせたものや極めて簡単な構成態様ではない。
 原告は,進歩性について検討する際の判断手法を用いて取消事由2の主張をしているから,取消事由2は,理由がない。
  引用部分意匠1~5を寄せ集めるだけでなく,さらに,桁数や配列をそれぞれ変更しなければ本件部分意匠にならないが,このような場合には,当業者であっても容易に想到することは困難であるから,取消事由2は,理由がない。

【争点】
1 本件部分意匠と引用部分意匠1との相違点の認定に誤りはあるか。
2 本件部分意匠は,引用部分意匠の形態に基づいて当業者に創作容易かどうか。

【判旨】
1 取消事由1(本件部分意匠と引用部分意匠1との差異点の認定の誤り)について
(1)審決の認定について
   審決は,引用部分意匠1について,「ホームページに掲載された商品名『デー太郎ランプ7α』」の遊戯用器具のデータ表示器の中央の表示画面」としているから,ホームページの掲載そのもの(表示画面の写真)ではなく,そこから認められる実際の器具の形態(実物の表示画面)を引用部分意匠1としたものと認められる。しかるところ,「デー太郎ランプ7α」の実際の表示画面における区域①の数字表示部の桁数は,4桁と認められるから(甲32),この数字表示部の桁数を3桁と認定した審決には,誤りがあることになる。しかしながら,後記のとおり,この点についての審決の誤りは,結論に影響しない。
   そこで,更に進んで検討するところ,引用部分意匠1は,上記のとおりに区域①の数字表示部の桁数を4桁と補正するほかは(この結果,区域①~③は,若干右寄りに配置されている程度ということになるが,右寄りと認定した審決に誤りがあるとまではいえない。),審決の認定(前記第2,2(2)ア)が相当であり,審決の意匠構成の認定に誤りはないというべきである。
(2)数字表示部の認定について
   原告の主張は,要するに,審決が前記第2,2(2)アのとおり区域①~③と区域④~⑧とをそれぞれひとかたまりの群として認定したのに対し,区域①と区域②~⑧とをまず区別した上で,区域②~⑧を更に区域②~⑤と区域⑥~⑧との2つに分けて認定すべきである,というものである。
   しかしながら,区域①と区域②③とを対比すると,その数字表示部はそれぞれ同一の大きさであるが,区域①~③と区域④~⑧とを対比すると,その数字表示部はそれぞれ大きさが異なることは,容易に看て取れることであり,そして,区域①~③が表示画面上段に一連に配置されていることも加味すれば,看者は,審決の認定するとおり,区域①~③と区域④~⑧とをそれぞれひとかたまりととらえるものといえる。
   原告の上記主張は,採用することができない。
(3)数字表示部の共通点・差異点について
   上記(2)のとおり,引用部分意匠1の認定に係る原告の主張は,採用することができないから,その余の点について判断するまでもなく,原告の数字表示部の共通点・差異点に係る主張は,採用することができない。
(4)小括
   以上のとおり,審決の本件部分意匠と引用部分意匠1との差異点の認定には,原告の主張する点において,誤りがあるとはいえない。
   したがって,取消事由1は,理由がない。

2 取消事由2(創作容易性判断の誤り)について
(1)差異点(ウ)及び差異点(エ)について
   原告の主張する差異点(ウ´)及び差異点(エ´)と,審決の認定する差異点(ウ)及び差異点(エ)とは,両者を併せた同一部分に差異があるというものであるから,原告は,差異点(ウ)及び(エ)の創作容易性の判断の誤りも主張していると解される。そこで,以下,これを前提に判断する。
   上記のとおり,差異点(エ)とは,大型数字表示部の下側から右側にかけて倒L字状に設けられた2~3桁の小型数字表示部の配列の差異をいうところ,この小型数字表示部は,表示画面中央上辺寄りに設けられた3桁の大型数字表示部(差異点(イ)),表示画面左側上辺寄りに設けられた4桁の中型数字表示部(差異点(ウ)),表示画面左側下辺寄りに設けられたドット表示部と共に,本件部分意匠の美感上の特徴の一部,すなわち,極めて目立つ大型数字表示部を上辺の中心に置き,その周囲に比較的小さな各種データ表示部を配置するという特徴を構成している要素である。
   ところが,この差異点(エ)に係る倒L字状の数字表示部群,すなわち,小型数字表示部の形態は,引用部分意匠2~5のいずれにも見られないものであり,また,通常の需要者の視覚を通じて生じる美感を基準とする限り,引用部分意匠1の区域④~⑧を倒L字状の数字表示部群ととらえることもできない。そして,この倒L字状の形態が,ありふれた手法に基づくものであるとか,又は特段の創意を要さないで創作できるとは認め難い(シンプルであるからといって,直ちに,創作が容易であるとか,美感への影響が微弱であるとはいえない。)。
   原告の主張するように,数字表示部の桁数,数字表示部の大きさ,又は数字表示部の配置を多少変更させることは,個別に分断して検討すれば,それほどの創意工夫とはいえないであろうが,これらを全体的に観察すると,大型数字表示部に隣接して配置された多数の数字よりなる小型数字表示部が,倒L字状のものとして,一体の美感を形成しているのである。
(2)差異点(イ)について
   前記のとおり,差異点(イ)とは,表示画面中央上辺寄りに設けられた3桁の大型数字表示部の有無をいうところ,この形態は,引用部分意匠2~5のいずれにも見られない。また,この形態が,ありふれた手法に基づくものであるとか,又は特段の創意を要さないで創作できるとは認め難い。
 原告は,引用部分意匠2に差異点(イ)に係る構成が顕れている旨を主張する。
   しかしながら,本件部分意匠の大型数字表示部は,表示画面の最上段に配置されているところ,引用部分意匠の3桁の大型数字表示部は,表示画面上方寄りには配置されているものの,最上段のドット表示部よりは下に配置されているのであり,大型数字表示部の配置された位置は,両者で異なるものである(このような数字表示部の配置の入替え〔左右上下前後反転のようなものは含まない。〕と,上記(1)に説示した数字表示部の単なる配置の変更とは区別されなければならない。)。しかも,本件部分意匠では,小型数字表示部及び中型数字表示部という二段階の対象数字表示部との比較において,大型数字表示部の大きさがより強調されているものである。
 数字を大きくすること自体がありふれた手法であるとしても,ありふれた手法に基づく複数の構成要素を組み合わせることによっても新たな美感は生じ得るのであり,そして,その組合せにこそ創意が発揮されるのである。したがって,意匠の構成要素の位置を異にする意匠から,その位置を捨象した構成要素のみを取り出してその創意を論じることは,相当ではない。
   原告の上記主張は,採用することができない。
(3)差異点(ア)について
   差異点(ア)とは,本件部分意匠の表示画面の形状が,平行な上辺及び下辺を横長にし,左右辺は上辺側が短く角部が隅丸の「く」の字型と逆「く」の字型で左右対称に横長の略六角形状となっているとの差異であるが,この形態は,引用部分意匠2~5のいずれにも見られず,また,この形態が,ありふれた手法に基づくものであるとか,又は特段の創意を要さないで創作できるとは認め難い。
   原告は,引用部分意匠3に差異点(ア)に係る構成が顕れている旨を主張する。
   しかしながら,引用部分意匠3の表示画面の外形形状は,ほぼ長方形状であって,寸胴な印象を与えるのに対し,本件部分意匠の表示画面の外形形状は,角部が強調され,シャープな印象を与えるのであって,その美感は異なる。
   原告の上記主張は,採用することができない。
(4)小括
   以上から,本件部分意匠は容易に創作できるものでないと認められる。
   したがって,取消事由2は,理由がない。
   そのほか,原告のるる主張するところも,いずれも当裁判所において採用するところではない。

【検討】
 本件は,登録意匠及び引用意匠の意匠に係る物品は,共に「遊戯用器具の表示器」であることから,同一物品間での3条2項の適用に関する問題である。ここで,同一又は類似の物品の意匠間においては,3条1項が適用されるが,最判昭49年3月19日〔可撓伸縮ホース事件〕が,「同一又は類似の物品の意匠については同条二項を適用する余地がないとした原審の判断には,同条の解釈を誤つた違法があるというべきである。」と判示しており,3条1項のみならず,3条2項が適用されることとなる。また,意匠審査基準23.5「容易に創作することができる意匠と認められるものの例」においても同一又は類似の物品の意匠間における3条2項の適用類型が示されている。
 しかし,同一又は類似の物品の意匠間において3条2項が適用されるのは,3条1項各号に該当しない場合,すなわち意匠が非類似の場合でも,当業者に創作容易といえるときである(3条2項かっこ書)。そして,同一又は類似の物品の意匠間において,意匠審査基準23.5に例示された類型(置換の意匠等)で3条2項が適用されることはあるが,例示された類型以外の場面で3条2項が適用されることは多くない。これは,同一又は類似の物品間において,意匠が非類似だが,創作容易であるいえる場合が,例示された類型以外には,多くないからであると考えられる。
 本件では,本件が同一物品の事例において例示された類型以外の観点から3条2項の適用が争われ、同項の適用が否定されたことからすると,無効理由を3条1項で構成して争うこともできたのではないかと考えられる。

以上

(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一