【平成27年9月29日(東京地裁平成25年(ワ)第3360号)
※控訴審判決である知財高裁平成28年4月13日(知財高裁平成27年(ネ)第10125号)についても適宜コメントする。】

【判旨】
 原告が、発明の名称を「非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット」とする特許権に基づき、被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するものであるとして、被告に対して、被告製品の製造等の差止めと損害賠償請求を行ったが、裁判所は、本件においては被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するとは認められない等として、請求を棄却した(原告が控訴したが控訴審判決でも控訴棄却となった)。

【キーワード】
クレーム解釈、出願経過の参酌

【事案の概要】
 本件は、原告が被告に対し、被告製品の製造、販売等が原告の特許権の侵害に当たる旨主張して、特許法100条1項に基づき被告製品の製造等の差止めを、民法709条、特許法102条2項に基づき被告製品の販売による損害賠償金30万円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

【争点】
 本件争点の1つは、本件被告製品が本件発明1の構成要件1-B(下記で下線を付した)を満たさない大きさの非磁性材の粒子を含む場合(=非磁性材の粗大粒子を含む場合)、被告製品全体が本件特許発明を充足しないということになるか、という点であった。

【本件発明1の分説】
1-A   Co若しくはFe又は双方を主成分とする材料の強磁性材の中に酸化物、窒化物、炭化物、珪化物から選択した1成分以上の材料からなる非磁性材の粒子が分散した材料からなる焼結体スパッタリングターゲットであって、
1-B  前記材料の研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子は、非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2μmの全ての仮想円よりも小さいか、又は該仮想円と、強磁性材と非磁性材の界面との間で、少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子とからなり、
1-C  研磨面で観察される非磁性材の粒子が存在しない領域の最大径が40μm以下であり、
1-D   直径10μm以上40μm以下の非磁性材の粒子が存在しない領域の個数が1000個/mm2以下である
1-E  ことを特徴とする焼結体からなる非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。

【本件(平成27年9月29日(東京地裁平成25年(ワ)第3360号)の判旨抜粋】
第3 当裁判所の判断
(1(2)アについて)
ア 上記①(不可避的な粗大粒子)について
 (ア)構成要件1-Bに係る特許請求の範囲の記載は「前記材料の研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子は、非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2μmの全ての仮想円よりも小さいか、又は該仮想円と、強磁性材と非磁性材の界面との間で、少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子とからなり、」というものであり、非磁性材の全ての粒子が「非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2μmの全ての仮想円よりも小さい」か、又は「該仮想円と、強磁性材と非磁性材の界面との間で、少なくとも2点以上の接点又は交点を有する」形状及び寸法であること、すなわち、半径2μmの仮想円を内包する大きさでないことを要件としている。そうすると、特許請求の範囲の文言上、非磁性材の粗大粒子が存在する場合には構成要件1-Bを充足しないと解するのが相当である。
 このような解釈は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載(後記(イ)及び(ウ))及び本件特許の出願経過(同(エ))から裏付けることができる。
 (イ)本件明細書には次の趣旨の記載がある一方、本件発明1において非磁性材の粗大粒子の存在が許容されることをうかがわせる記載は見当たらない。(甲2)
a 背景技術(段落【0005】、【0006】)…略…
b 発明が解決しようとする課題(段落【0007】)…略…
c 課題を解決するための手段(段落【0008】~【0010】)…略…
d 発明の効果(段落【0014】)…略…
 (ウ)上記(イ)の事実関係に照らすと、本件発明1は、粗大な非磁性材の粒子が存在することによりパーティクルが発生するとの従来技術の問題点を解決するため、非磁性材の粒子を特許請求の範囲に記載された形状及び寸法に限定するという構成を採用したものであり、これにより上記の効果が得られたと認められる。そうすると、非磁性材の粒子の大きさが上記の範囲内にあること、すなわち、非磁性材の粗大粒子が存在しないことは課題解決のための本質的部分であり、粗大粒子の存在は本件発明1の目的に反するとみることができる。
 (エ)これに加え、原告は、本件特許の出願経過において、① 本件各発明のスパッタリングターゲットにおいては、半径2μmの仮想円を超える球形の粒子は存在せず、球形以外の粒子については仮想円と少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法を有しており、これ以外の粒子が存在すると発明の目的を達成することができないので、その存在は許容されない旨(早期審査に関する事情説明書。乙8)、② 存在しては困る非磁性材の粒子は、半径2μmの全ての仮想円よりも大きく、しかも2点以上の接点又は交点を有しない形状及び寸法の粒子であり、このような「太った粒子」が存在すると、本件各発明の効果を得ることができない旨(拒絶理由通知に対する意見書。乙6)を述べている。そうすると、原告が不可避的な粗大粒子が存在しても構成要件1-Bを充足すると主張することは許されないと解すべきである。

【本件の控訴審である知財高裁平成28年4月13日(知財高裁平成27年(ネ)第10125号)の判旨抜粋】
2 争点(1)(被控訴人製品1の構成要件1-B充足性)のうち、文言侵害について
  (1) 「非磁性材の全粒子」
   ア 本件発明は、特許請求の範囲の記載において、研磨面で観察される非磁性材の粒子につき、構成要件1-Bで「全粒子」としており、半径2μmの仮想円を内包する大きさではないという制約について、例外を認める趣旨の記載はない。また、合金の技術分野において、「不可避的」な不純物が生じる場合には、例えば、「不可避不純物を含んでなる」とか、「○○μmの粒子を実質的に含まない」といった表現を使用するなどして、その点を特許請求の範囲に明示する場合もあるが(甲67参照)、本件発明では、そのような記載はない。
   イ 本件明細書の記載において、「全粒子」という文言が使用されている段落は下記の3つであり、そこには、以下のとおりの記載がある。
【0009】 …略…
【0016】 …略…
【0017】 …略…
このように、本件明細書の記載上も、半径2μmの仮想円を内包する大きさではないという制約について、例外を許容する趣旨の記載はない。
   ウ 出願経過上も、控訴人から、本件発明において、「全粒子」に該当する上で例外を許容することをうかがわせる旨の積極的な主張はない。
  すなわち、早期審査に関する事情説明書(乙8)において、控訴人は、本件各発明のスパッタリングターゲットでは、半径2μmの仮想円を超える球形の粒子は存在せず、球形以外の粒子については仮想円と少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法を有しており、これ以外の粒子が存在すると発明の目的を達成することができないので、その存在は許容されない旨主張した。また、拒絶理由通知に対する意見書(乙6)において、控訴人は、本件発明では、半径2μmの全ての仮想円よりも大きく、しかも、2点以上の接点又は交点を有しない形状及び寸法の粒子が存在しては困る、このような粒子があると本件発明の効果が得られないとして、「全粒子」が重要な発明特定事項であると説明している。
  エ もっとも、本件発明は、強磁性材としてのCo若しくはFe又は双方を主成分とする材料の粒径1~5μmの微粉と、非磁性材として酸化物、窒化物、炭化物、珪化物から選択した1成分以上の材料を、ボールミル等に混入し、長時間混合した後、ホットプレス法を用いて焼結するという過程を経て製造されるものであるから、混合過程において、マクロ的には材料を全体に均一化することができるとしても、ミクロ的には均一にならないという状態が生じるのは、技術的に不可避であり、しかも、微細なSiO2粒子は凝集しやすいという性質があり(甲60~63)、かつ、焼結によっても組織状態が変動する可能性がある(乙36)。そこで、本件発明において、材料の組成や大きさから見て、どの程度の大きさのSiO2粒子の塊が、どの程度の割合で生じることが、技術的に見て不可避か否か、そして、どの程度の組成、大きさ、割合の不純物であれば、当該発明の効果を実現することができなくなるのか等を検討する必要があるが、本件では、発明の効果の実現を妨げない不純物の発生やその大きさ、割合に関する的確な証拠はない。・・・結局、本件明細書上も、その他の一般的な技術文献に関する証拠上も、粗大粒子の割合や単位面積当たりの個数、及びその大きさが、ターゲットの導電性、スパッタリング時における異常放電発生の有無やパーティクルの形成等に対し、定量的にどの程度の影響を及ぼすのかについての記載はなく、どの程度の大きさの粗大粒子がどの程度の割合であれば、発明の効果を実現できるかということについて、何らかの技術的知見を理解することはできない。
   オ そうすると、構成要件1-Bの「全粒子」に該当しない不可避的な粗大粒子の具体的内容については不明といわざるを得ず、材料や製法如何にかかわらず、「半径2μmの仮想円を内包する大きさ」の粒子は、本件発明で許容されないというほかない。

【解説】
 本件、控訴審ともに、裁判所は、構成要件1-Bの解釈を、(ア)特許請求の範囲の文言、(イ)・(ウ)明細書の発明の詳細な説明の記載、(エ)出願経過に基づき、「非磁性材の粗大粒子が存在する場合には構成要件1-Bを充足しない」と判断した。クレーム解釈を、特許法70条1項及び70条2項に加えて、出願経過を参酌して行った事案であるといえる。
 特許請求の範囲の文言を見る限り、構成要件1-Bは「前記材料の研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子は…」と記載されている。したがって、構成要件1-Bの所定形状・寸法を満たさない「粗大粒子」を含む場合、「全粒子」が所定形状・寸法を有しているといえないというのが通常の解釈であると考えられる。裁判所が、文言上非充足であるとした判断は妥当なものと思われる。
 また、このような解釈の裏付けとして、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し、粗大粒子の存在が許容されることをうかがわせる記載がないこと、及び、出願経過において、粗大粒子の存在が存在すると発明の目的を達成することができないと主張していることを、用いている。本件は、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌するだけでも、上記結論に至ることができたともいえそうであるが、裁判所は、出願経過における「早期審査の事情説明書」の記載を参酌した。早期審査の事情説明書の記載をクレーム解釈の一要素と捉えたる事案は、本件以外にも大阪地裁平成14年(ワ)第12752号がある。
 特許庁の早期審査ガイドライン(https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/souki/pdf/v3souki/guideline.pdf)によれば、「早期審査の事情説明書」において、「先行技術文献の開示及び対比説明」の記載が原則的に必要であるとされているが、明細書でそれを記載することで、早期審査の事情説明書の記載を省略できるとされている(同ガイドラインp.9の*2、3)。先行技術文献に対する説明に関し、明細書の記載と早期審査の事情説明書の記載で「バランス」が取れていればよいが、早期審査の事情説明書で過度な対比説明・効果主張等をしてしまうと、かえって、クレーム解釈において限定解釈の根拠を与えることになりかねない。早期審査の有無にかかわらず、明細書に先行技術文献情報の開示(特許法36条4項2号)が必要であることを考えると、原則的には、先行技術文献との対比説明も含めて明細書に記載しておき、早期審査の事情説明書では「省略(あるいは引き写し)」という形をとる方が「バランス」は取りやすく、無難なところではないかと思われる。

 なお、本件の控訴審では、上記争点につき、「ミクロ的には均一にならないという状態が生じるのは、技術的に不可避」との考えを前提に、「本件発明において、材料の組成や大きさから見て、どの程度の大きさのSiO2粒子の塊が、どの程度の割合で生じることが、技術的に見て不可避か否か、そして、どの程度の組成、大きさ、割合の不純物であれば、当該発明の効果を実現することができなくなるのか等を検討する必要がある」として、本件発明の効果を阻害しない不可避的な粗大粒子であれば、その存在を許容するような考えを採用している。しかし、本件では、「明細書上も、その他の一般的な技術文献に関する証拠上も、粗大粒子の割合や単位面積当たりの個数、及びその大きさが、ターゲットの導電性、スパッタリング時における異常放電発生の有無やパーティクルの形成等に対し、定量的にどの程度の影響を及ぼすのかについての記載はなく、どの程度の大きさの粗大粒子がどの程度の割合であれば、発明の効果を実現できるかということについて、何らかの技術的知見を理解することはできない」との事情から、「材料や製法如何にかかわらず、「半径2μmの仮想円を内包する大きさ」の粒子は、本件発明で許容されないというほかない」との解釈を導いた。あらゆる材料や製法に基づく粗大粒子が「本件発明の効果を阻害しない不可避的な粗大粒子」と言える根拠がなく、また明細書にそのような(許容される)粗大粒子の例示がない以上は、控訴審のようなクレーム解釈となってもやむを得ないところであると思われる。

(文責)2016.10.3 弁護士 高野芳徳