【平成27年11月12日判決(知財高裁平26(行ケ)10239号)】

【要旨】
 発明の名称を「回転角検出装置」とする本件特許について,被告による特許請求の範囲の本件訂正を認め,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消しを求めた事案において,原告は,弁論準備手続期日において,第1次訂正後の請求項1に係る発明は,「同方向引き出し態様」を意味し,「別方向引き出し態様」を含まない旨陳述したが,特許請求の範囲及び明細書の記載は,「同方向引き出し態様」のみならず「別方向引き出し態様」をも含むと解される以上,弁論準備手続期日における陳述内容は,客観的にみて,特許請求の範囲請求項1の文言解釈として,採用することができないとして,直ちに禁反言の問題は生じないと判断された。

【キーワード】
要旨認定,禁反言,弁論準備手続の陳述,調書、サポート要件、実施可能要件

【事案の概要】
1 特許庁における手続の経緯等
 (1) 被告は,平成15年7月11日,発明の名称を「回転角検出装置」とする発明について特許出願(特願2003-273606号。以下「本件出願」という。平成12年5月19日にした特許出願(優先権主張日:平成11年11月1日及び平成12年1月31日,日本国。特願2000-147238号)の分割出願)をし,平成18年8月25日,特許第3843969号(請求項の数1。以下「本件特許」という。)として特許権の設定登録を受けた(甲12,13)。
 (2) 原告は,平成24年8月31日,本件特許について特許無効審判(無効2012-800141号事件)を請求し,被告は,同年11月30日付けで本件特許の特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正請求(以下「第1次訂正」という。)をした。特許庁は,平成25年5月20日,上記無効審判事件について,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「第1次審決」という。)をし,その謄本は,同月30日,原告に送達された。
 (3) 原告は,平成25年6月25日,第1次審決の取消しを求める訴訟を提起し,知的財産高等裁判所平成25年(行ケ)第10174号審決取消請求事件として係属し,同裁判所は,平成26年2月26日,第1次審決を取り消すとの判決をした。
 (4) 特許庁は,さらに無効2012-800141号事件について審理したところ,被告から,同年5月22日,特許請求の範囲の訂正請求がされ(以下「本件訂正」という。なお,本件訂正がされたことから,特許法134条の2第6項の規定により,第1次訂正は取り下げられたものとみなされた。),同年9月30日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年10月9日,原告に送達された。
 (5) 原告は,平成26年11月5日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載
 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,次のとおりである。以下,請求項1に係る発明を「本件発明」という。また,本件発明に係る明細書(甲12)を,図面を含め,「本件明細書」という(なお,「/」は原文の改行部分を示す。以下同じ。)。
 磁石を有し,被検出物の回転に伴って回転するロータコアと,このロータコアの磁石の磁力を受けて前記被検出物の回転角度を検出し同じ配列の3つの端子を有し且つ同形状を有する複数の磁気検出素子と,2つは前記磁気検出素子の出力を外部に取り出し,また1つは前記磁気検出素子に電源電圧を外部から印加し,さらに1つは前記磁気検出素子を外部に接地するための,少なくとも4つの外部接続端子とを備えた非接触式の回転角度検出装置であって,/前記磁気検出素子の3つの端子は,電源電圧を印加する信号入力用,信号出力用,及び接地用の端子であり,前記複数の磁気検出素子は,並列に180度逆方向で配置されて3つの端子は前記磁気検出素子の同一面より引き出され,前記複数の磁気検出素子が夫々有する前記3つの端子の内の各磁気検出素子の同一位置に配置された端子の少なくとも2つの同一位置に配置された各端子であって前記信号入力用及び前記接地用の端子は各磁気検出素子の同一位置に配置された端子毎に同じ方向へ引き出されて前記外部接続端子のうち電源電圧を印加する信号入力用端子及び接地端子と接続されていることを特徴とする回転角度検出装置。

【争点】
サポート要件及び実施可能要件についての判断の誤り 1

【判旨】
(1) サポート要件について
 ア 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
 イ 原告は,本件発明の「前記信号入力用及び前記接地用の端子は…端子毎に同じ方向へ引き出されて」とは,別紙1の参考資料2のように,信号入力用端子と接地用端子が,それぞれ間に別の端子を挟まないような形でまとめられてそれぞれ別々の方向に引き出されるような態様を意味するものと解すべきところ,かかる引き出しの態様について,第1実施例はかかる構成を開示するものではなく,そのほか本件明細書には一切記載されていない上,当該構成によって何故「組み付けを簡単にする」という効果と結び付くのかが理解できないことから,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず,サポート要件に違反する旨主張する。
 ウ そこで,検討するに,特許請求の範囲の「前記信号入力用及び前記接地用の端子は各磁気検出素子の同一位置に配置された端子毎に同じ方向へ引き出されて」とは,各磁気検出素子の信号入力用の端子は同じ方向へ引き出され,また,各磁気検出素子の接地用の端子は同じ方向へ引き出されるという意味であることは,文言上,明らかである。
 したがって,本件発明の「前記信号入力用及び前記接地用の端子は各磁気検出素子の同一位置に配置された端子毎に同じ方向へ引き出されて」には,①各磁気検出素子の信号入力用の端子の引き出し方向と,接地用の端子の引き出し方向とが同じであるために,各磁気検出素子の信号入力用の端子と接地用の端子がいずれも同じ方向へ引き出される態様(以下,この引き出し態様を「同方向引き出し態様」という。)と,②各磁気検出素子の信号入力用の端子の引き出し方向と,接地用の端子の引き出し方向とが異なるために,各磁気検出素子の信号入力用の端子と接地用の端子が別々の方向へ引き出される態様(以下,この引き出し態様を「別方向引き出し態様」という。)とが含まれることになる。
 原告は,この点について,本件発明の「前記信号入力用及び前記接地用の端子は…端子毎に同じ方向へ引き出されて」とは,別紙1の参考資料2のように,信号入力用端子と接地用端子が,それぞれ間に別の端子を挟まないような形でまとめられてそれぞれ別々の方向に引き出されるような態様,すなわち,別方向引き出し態様に限定される旨主張するけれども,特許請求の範囲の文言上も,本件明細書の記載からも,このように限定解釈すべき理由はない。
 そして,同方向引き出し態様が,第1実施例として本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていることについては,当事者間に争いがないから,別方向引き出し態様が発明の詳細な説明に記載され又は記載されているに等しいか否かについて検討する。
 エ 前記1(1)オ(ア)ないし(ウ)において摘示した本件明細書の第1実施例に関する記載中には,別方向引き出し態様についての記載はない。
 ところで,第1実施例は,2個のホールIC31,32を,並列に180度逆方向で配置することにより,リードフレーム33を含めた2個のホールIC31,32の組付けが簡単になる構成であるところ(【0040】),当該構成とは異なり,請求項1の実施例ではないものの,本件明細書は,第2実施例として,2個のホールIC31,32を,直列に同方向で配置することにより,リードフレーム33を含めた2個のホールIC31,32の組付けが簡単になる構成を,【図8】(別紙3の【図8】)とともに開示している(【0043】,【0044】)。上記【図8】によれば,第2実施例には,各磁気検出素子の信号入力用の端子と接地用の端子が別々の方向へ引き出される別方向引き出し態様が記載されていることが認められる。
 確かに,第2実施例は,請求項1が「複数の磁気検出素子は,並列に180度逆方向で配置され」と記載されているのに対して,「複数の磁気検出素子は,直列に同方向で配置され」と記載されていること以外は,発明特定事項を共通にする請求項2の実施例として記載されたものであり,請求項2は,本件補正により補正され,平成18年6月21日付け手続補正書による補正によって削除されたものの,第2実施例の記載は本件明細書にそのまま残されたものであって(甲8,11),第2実施例自体は,本件発明に係る請求項1の実施例ではない。
 しかし,第2実施例は,ホールIC31,32の配置態様が請求項1とは異なるものの,組付けが簡単になる効果を奏する構成を提示するものであり(【0044】),第2実施例においても第1実施例のように同方向引き出し態様を採用することに何らの技術的困難性がないにもかかわらず,あえて別方向引き出し態様を記載していることからすれば,当業者であれば,第2実施例の別方向引き出し態様は,第1実施例の同方向引き出し態様の別例として示され,同様に組付けが簡単になる効果を奏するものと理解するというべきである。このように,本件明細書において,別方向引き出し態様は,第2実施例のホールIC31,32の配置態様(第1実施例のように並列に180度逆方向で配置するのではなく,直列に同方向で配置すること)とは区別して理解し得る技術的事項であるから,当業者であれば,第2実施例の別方向引き出し態様を,第1実施例のホールIC31,32の配置態様に適用することは,容易に理解し得る技術的事項であるということができる。
 したがって,本件明細書の全体をみれば,本件発明に関しても,別方向引き出し態様が記載されているに等しいと認められる。
 オ そうすると,本件発明は,前記ウのとおり,同方向引き出し態様及び別方向引き出し態様のいずれをも含むものであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,同方向引き出し態様が記載されているのみならず,別方向引き出し態様も記載されているに等しいということができ,かつ,これらの引き出し態様によって,組付けが簡単になるという本件発明の課題を解決できることが認識できるから,本件発明は,サポート要件を充足するというべきである。
 カ 原告の主張について
 原告は,被告が,本件特許に対する第1次審決の取消請求事件の平成25年11月12日の弁論準備手続期日において,第1次訂正後の請求項1に係る発明は,同方向引き出し態様を意味し,別方向引き出し態様を含まない旨陳述したことから,以後の訴訟手続等において,請求項1が別方向引き出し態様を含むとして,上記陳述と矛盾する権利解釈を主張することは,禁反言の法理に照らし,許されない旨主張する。
 しかし,前記ウないしオのとおり,特許請求の範囲請求項1は,文言上,同方向引き出し態様のみならず別方向引き出し態様をも含むと解され,本件明細書の発明の詳細な説明においても,同方向引き出し態様のほか別方向引き出し態様がサポートされており,別方向引き出し態様を除外する記載及び示唆は見当たらない以上,被告の第1次審決の取消請求事件の平成25年11月12日の弁論準備手続期日における上記陳述内容は,客観的にみて,特許請求の範囲請求項1の文言解釈として,当裁判所において採用することができないものである。よって,直ちに禁反言の問題は生じない。
 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

(2) 実施可能要件について
 ア 原告は,本件発明の「前記信号入力用及び前記接地用の端子は…端子毎に同じ方向へ引き出されて」とは,別方向引き出し態様に限定されるところ,第1実施例は,同方向引き出し態様を開示するにすぎず,第1実施例からは,別方向引き出し態様の構成や,その構成によって,組付けが簡単になるという効果が得られることを理解することは不可能であるから,当業者であっても,端子をどのような引き出し方とすれば組付けが簡単になるという効果が得られるのかを理解できず,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件に違反する旨主張する。
 イ しかし,前記(1)のとおり,本件発明は同方向引き出し態様のみならず別方向引き出し態様をも含むものであるから,原告の上記主張は,その主張の前提において失当である。
 そして,前記1(1)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,発明を実施するための最良の形態として,第1実施例の構成(【0010】~【0012】,【0014】,【0015】,【0019】~【0022】,【0028】),第1実施例の組付方法(【0030】~【0033】),第1実施例の効果(【0040】,【0042】)が記載され,さらに,前記(1)エのとおり,第2実施例において,別方向引き出し態様が開示され(【0043】,【0044】,【図8】),これにより,請求項1に関しても,別方向引き出し態様が本件明細書に記載されているに等しいと認められる。
 そうすると,当業者であれば,かかる本件明細書の記載及び本件特許の優先権主張日当時の技術常識に基づいて,本件発明を実施することが可能であったというべきである。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件を充足する。

(3) 小括
 以上によれば,本件発明は,サポート要件及び実施可能要件に違反するものではないから,取消事由1は理由がない。

【検討】
 本件では,特許請求の範囲の「前記信号入力用及び前記接地用の端子は各磁気検出素子の同一位置に配置された端子毎に同じ方向へ引き出されて」には,①同方向引き出し態様及び②別方向引き出し態様の双方が含まれると解釈できるか,あるいは②は含まれないと解釈できるかが争われた。
 ここで,特許請求の範囲の文言上は①及び②の双方が含まれると解釈でき,明細書においては,第1実施例が①を開示し,第2実施例が②を開示するものであった。そうすると,特許請求の範囲及び明細書の記載上は①及び②の双方が含まれることは明らかであるが,本件では,原告代理人が,弁論準備手続において,②は含まれない旨の陳述をし,これが調書に記載されたことから,禁反言の法理により,②は含まれないと解すべきかどうかが問題となった。
 禁反言の法理は,特許成立後の無効審判手続における主張にも適用があることから,無効審判の審決取消訴訟における主張にも適用があると考えられる。そして,本判決もそれを前提としている。したがって,禁反言の法理から,原告代理人の②は含まない旨の主張により,②を含まないと解釈する余地は十分にあるようにも思える。
 しかし,本判決では,「弁論準備手続期日における上記陳述内容は,客観的にみて・・・・・・,特許請求の範囲請求項1の文言解釈として,当裁判所において採用することができない」と判断し,特許請求の範囲及び明細書の記載と明らかに矛盾する主張をしたとしても,禁反言の法理の適用はされない旨を判示した。禁反言の法理とは,他人に虚偽の表示をした者は,それを信頼して行動した者に対し,表示の内容が虚偽であったとして後で改めて真実を主張することは許されない法理であることからすると,特許請求の範囲及び明細書の記載と明らかに矛盾する主張をしたとしても,当該主張に接した第三者は,当該主張を信頼して行動することはないと考えられることから,禁反言の法理の適用はないとの判断は妥当なものであると考えられる。
 本判決は,禁反言の法理の適用の限界について判断を示した点に先例性があると考え,取り上げる次第である。


  1 本件では,特許法17条の2第3項違反,新規性違反,進歩性判断の有無も争われたが,本稿では,サポート要件及び実施可能要件を取り上げる。

(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一