【平成27年8月25日判決言渡 平成26年(ワ)第25858号 特許権侵害差止等請求事件】

【キーワード】
特許法70条、均等侵害の第1要件

【要旨】
1 本件は,発明の名称を「ステージの背景で動く映像を表示する装置」とする特許権の専用実施権者ないし独占的通常実施権者である原告が、被告による被告装置1及び2の製造等が専用実施権等の侵害に当たると主張して、被告に対し、①特許法100条1項及び2項に基づく被告装置1及び2の製造等の差止め及び廃棄、②民法709条、特許法102条2項に基づく損害賠償金3300万円及びこれに対する不法行為の日の後(訴状送達の日)である平成26年10月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める事案である。
2 本件の争点は,文言侵害及び均等侵害の成否である。本判決は、文言侵害及び均等侵害のいずれも成立しないとした。

【経緯】

H11
5.21
特許権者は,発明の名称を「ステージの背景で動く映像を表示する装置」とする発明につき特許権の設定登録を受けた。
特許第2930219号(以下「本件特許」という。)
H26
8.25
原告は,本件特許権について,特許権者から,地域を日本全国,期間を平成26年7月1日から平成28年8月31日まで,内容を全部とする専用実施権の設定を受けた。
H26
7.9
被告は,少なくとも平成26年7月9日から11日までの間に開催された展示会において,被告装置を使用した。

【発明の概要】
本件の争点となった請求項1にかかる発明(以下「本件発明」という。)は,以下のとおりである。
【請求項1】
A 画像源を使用してステージ等の背景の中で動く映像を表示する装置において,
B 反射面(18)をステージ(28)の床(30)の中央領域に配置し,
C 透明で滑らかなフィルム(20)の下端を反射面(18)と背景の間の一定の個所に,
D また上端を天井(32)のもっと前方の個所に保持するように,
E このフィルム(20)がステージ(28)の床(30)と天井(32)の間にその幅全体にわたり延びていて,
F 画像源を天井(32)のところでそこに保持されているフィルム(20)の上端の前に配置し,G 反射面(18)の方に向けてあること
H を特徴とする装置。
 

本件特許 第2図

【争点】
①被告製品に係る文言侵害の成否
②被告製品に係る均等侵害の成否

【判旨抜粋】(下線部は筆者が付した)
(1) 争点①について
 特許請求の範囲に記載された上記各語の文言上,「床」とはある空間の下部を構成する面を,「天井」とはその上部を構成する面をいうものであり,「上端」とは上部にある端を,「下端」とは下部にある端をいうものであって,その意義はいずれも明確である。また,本件明細書(甲1の2)の【発明の詳細な説明】欄を見ても,これらを上記と異なる意味で用いている記載は見当たらない。そうすると,構成要件Bの「床」,構成要件Cの「下端」,構成要件D,Fの「天井」及び「上端」は,それぞれ上記の意味として解するのが相当であって,「床」を「天井」と,あるいは「上端」を「下端」とみることはできない。
 一方,被告装置2は,スクリーン(「反射面」に対応する。)をステージの天井(上部)に,プロジェクター及びミラー(「画像源」に対応する。)をステージの床(下部)にそれぞれ配置し,フィルムの上端(上部)をスクリーンと背景の間の一定の個所(観客席から見て奥)に,フィルムの下端(下部)を床の前方(観客席から見て手前)にそれぞれ保持するものであり(別,本件発明の「画像源」,「反射面」及び「フィルム」の保持・配置位置の天地を逆にしたものであるから,本件発明と被告装置2とは,反射面と画像源の配置位置(床又は天井)及びフィルムの上下端の保持位置(前方又は後方)の点で相違することになる。
 したがって,被告装置2は,構成要件B,C,D及びFを充足しないから,特許請求の範囲の文言上,本件発明の技術的範囲に属するとは認められない。
(2) 争点②について
 原告は,…本件発明と被告装置2に異なる部分があるとしても,上記各要件を満たすので(なお,被告は第4要件及び第5要件を争っていない。),均等による専用実施権等の侵害が成立すると主張するものである。 まず,第1要件について判断する。
 …(中略)…以上の本件明細書の記載によれば,本件発明は,講演者の立ち位置によってはスクリーンに投影される画像に干渉するという従来技術の問題点を解決するために,自動車のフロントガラスの前に置かれた物(これがフロントガラスの下にあることは明らかである。)がフロントガラス(観測者である運転者から見て上端が手前に,下端が奥にあることは明らかである。)に映り,フロントガラスの背景に存在するように見えるという物理原理をステージ等の背景に映像を表示することに利用したものであって,ステージの床に反射面(上記フロントガラスの例において背景に存在するように見える物が置かれる場所に相当する。)を配置し,フィルム(フロントガラスに相当する。)の上端を観客席側から見て手前に,その下端を奥に保持するとともに,表示される物を反射面に直接置くのではなく,これに対面する天井に画像源を配置するとの構成を採用した点に,本件発明の本質的部分があるものと解される。
 これに対し,原告は,フィルムを反射面に向かい合うように傾斜させて配置したこと及び反射面の反対側に画像源を配置したことが本件発明の本質的部分であり,画像源と反射面の上下その他具体的な保持・配置関係は本質的部分でないと主張する。
 そこで判断するに,本件明細書においては,自動車のフロントガラスの手前にある「保管場所」と本件発明の「反射面」をそのままの位置関係で対応させて面が床(下)にあるものとして記載されているのであって(第1図についても,支持部材22の形の下部保持部と巻取パイプ24の形の上部保持部とを伴うフィルム20(5欄35~37行),第1図の左にいる観客(同41行)との記載によれば,観客から見た上下及び前後を踏まえた上で作図されたものであると解される。),画像源と反射面の位置関係が任意に変更可能であることを示唆する記載はない。かえって,反射面を床に設けることによる効果に触れられていることによれば,本件特許明細書の記載上,特許請求の範囲に規定された画像源と反射面の上下関係等が本件発明の本質的部分に当たらないとみることはできないと考えられる。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。 そうすると,本件発明と被告装置2の相違点は,本件発明の本質的部分についてのものというべきであるから,被告装置2は均等侵害の第1要件を充足しないものと解するのが相当である。
 したがって,他の均等侵害の要件を検討するまでもなく,被告装置2が本件発明の技術的範囲に属するということはできない。

【考察】
1 特許権侵害訴訟において主要な争点の一つは,特許発明の技術的範囲に被告製品が含まれるか(充足性)である。充足性の議論はさらに,文言侵害(特許請求の範囲の文言に当てはまるか)と,均等侵害(特許請求の範囲の文言に形式的に当てはまらないとしても,均等物といえるか)の議論に分かれる。本件では,文言侵害と均等侵害の双方が争点となった。
2 文言侵害について
 本件において問題となった文言は,「床」及び「天井」である。被告製品は,本件特許発明の構成における「床」及び「天井」を逆にして実施していた。これに対し,原告は,上端を「床」とし,下端を「天井」とすれば,被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属すると主張したが,認められなかった。
 権利形成段階において知財部員や弁理士が一番注意を払うのが特許請求の範囲の文言である。構成要件に不用意な限定があると,本件のように文言非充足となってしまうおそれがある。一方,あまりに広い文言では,先願発明との差異がなく新規性・進歩性違反となったり,記載不備となったりするおそれがある。よって,知財部員や弁理士は,発明の本質をしっかり把握し,発明が成立する最低限の構成を記載すべきである。本件においては,果たして「床」及び「天井」と限定をする必要があったのだろうか。「床」及び「天井」と限定しないと,発明が成立しなかったのか,あるいは,上下が逆でも発明が成立するのかを,権利形成過程でしっかり検討しなければならなかったと思われる。そういった意味で,権利形成においては技術的な想像力が広く求められる。
3 均等侵害について
 仮に「床」及び「天井」を逆にしても本件特許発明と同様の作用効果を奏するのであれば,均等侵害の可能性が出てくる。しかしこの点についても,裁判所は均等の第1要件を満たさないため,均等侵害は成立しないとした。すなわち,「床」及び「天井」という構成は,本件特許発明の本質的部分でないとはいえないとした。裁判所は,その理由として,本件特許の明細書において,①画像源と反射面の位置関係が任意に変更可能であることを示唆する記載はない点,②かえって,反射面を床に設けることによる効果に触れられていること,を考慮要素として重視し,本件特許明細書の記載上,特許請求の範囲に規定された画像源と反射面の上下関係等が本件発明の本質的部分に当たらないとみることはできないとした。
 裁判所が上記考慮要素を重視した点については興味深く,権利形成段階における有用なフィードバックとなるだろう。すなわち,①或る実施例において,その他の構成に置換しても同様の作用効果を奏するのであれば,その点を触れておくこと,②或る構成を採ることによって顕著な効果が表れることは,本質的でない部分については触れないほうが良い可能性があること,である。①については,権利形成段階で弁理士等が当然記載すべきであるが,②についてはケースバイケースであり,記載すべきか悩ましいことがある。このあたりは,先行技術文献がどれくらいあるかによって,効果を多く記載しておくべきか否かを検討することになるだろう。
 以上,均等侵害の第1要件における考慮要素について興味深い事案であったので,考察とともに紹介した。

(文責)2016.6.6 弁護士 幸谷泰造