【平成27年2月26日判決(東京地方裁判所 平成24年(ワ)33752号) 意匠権侵害差止等請求事件】

【判旨】
 本件意匠1と被告意匠とでは、透明ガラス板の形状に大きな差異があり、透明ガラス板に配置された電極部分やスイッチ模様の具体的形状の差異等の差異も併せれば、看者に対し異なる美感を与えるから類似していない。
 本件意匠2と被告意匠とでは、透明ガラス板の縦横比の差異は極めて小さく、また、被告意匠には、液晶表示窓の周囲にある縁取模様があることが認められるが、さほど大きいものではなく、目立つ色彩でもない。さらに、電極部分の幅と長さの比やスイッチ模様の個数に差異があるが、これらは、透明ガラス板の形状がほぼ同じであることから看者に対して与える共通の美感を凌駕するものとはいえないから、本件意匠2と被告意匠は類似している。

【キーワード】
 意匠法、意匠権侵害、意匠の類否、意匠法23条、意匠法37条、FitScan

【事案の概要】
 原告X(オムロンヘルスケア株式会社)が、被告Y(株式会社タニタ)に対し、Yによる体組成計の生産、譲渡、引渡し、譲渡の申出、輸入及び輸出行為がXの意匠権を侵害すると主張して、Yに対し、意匠法37条に基づき、体組成計の生産等の差止め及びその廃棄を求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき損害2億8904万0660円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

 Xの意匠権
  本件意匠1
  登録番号: 意匠登録第1425652号
  登録日: 平成23年9月22日
  意匠に係る物品:体重測定機付体組成測定器 

 本件意匠2
  登録番号: 意匠登録第1425945号
  登録日: 平成23年9月22日
  意匠に係る物品: 体重測定機付体組成測定器

 争点は、Y製品の生産等は本件意匠権1を侵害するか(具体的には本件意匠1とY意匠の類否)、Y製品の生産等は本件意匠権2を侵害するか(具体的には本件意匠2とY意匠の類否)である。
 東京地方裁判所は、本件意匠権1の侵害を認めなかったが、本件意匠権2の侵害を認めて、被告に対し、1億2915万3662円及びこれに対する遅延損害金の支払いを命じた。
 なお他の争点としては差止請求の可否及びXが受けた損害の額があるが本稿では割愛する。

<本件意匠1>
 

       
   

<本件意匠2>
 

<Y意匠>
 

 

【判旨】
1 本件意匠権1の侵害について
 (1)要部の認定
  「体組成計を宣伝する際や店舗において陳列する際は正面を購入者となる者に対して見せるように配置していることに加え、需要者である消費者が体組成計を使用する際は、液晶表示窓やスイッチ模様が配置されている本体正面から体組成計を見て操作すると当然考えられることによれば、需要者が体組成計を購入する際には、製品を使用することも想定して、本体正面に電極がどのように配置されているか、電極部分がどのような形状をしているか、スイッチの位置や形状、測定結果が表示される液晶表示窓の位置や形状等、正面視の形状についてまず着目するといえる。また、本件意匠1と同一意匠を有する原告製品1は薄さを特徴として宣伝されていることからすると、需要者は製品の薄さにも注意を払うと考えられるから、側面視の形状についても着目するといえる。他方、背面の形状については、需要者が体組成計を通常の用法で使用する際に見るところではないし、体組成計の販売に際して宣伝されている部分でもないのであるから、需要者が着目しないと認められる。」

  「本件意匠1に係る物品である体組成計の性質、目的、用途、機能及び使用態様によれば本体の正面視、側面視の形状が需要者の注意を惹く部分であるといえること、公知の意匠をみても本件意匠1の構成(前記第2、1、(2)、ア)のうち一部を備えたものはあるが同一の組合せを備えたものはないことを併せ考慮すれば、本件意匠1のうち看者である需要者の注意を最も惹きやすいのは、〈1〉正面視において、隅丸略正方形形状の透明ガラス板の上下左右四隅近傍に同一形状の縦長の隅丸四角形の電極部を配置し、上側の左右に配置された2つの電極部で囲まれた領域のほぼ中央に横長の隅丸四角形であってその縦方向の長さが電極部の縦方向の長さより短い液晶表示窓を配置し、上側に配置された2つの電極部分の上辺を結んだ線、左側に配置された2つの電極部分の左辺を結んだ線、下側に配置された2つの電極部分の下辺を結んだ線、右側に配置された2つの電極部分の右辺を結んだ線からなる四角形の対角線の交点を中心として、隅丸四角形スイッチ模様が構成されている構成を組み合わせた点、〈2〉側面視において、透明ガラス板と本体背面部とを積層一体とした薄いものであるという点であり、これが、本件意匠1の要部に当たると認められる。」
 
(2)類否の判断
  「本件意匠1とY意匠は、上記第3、1、(1)、アのとおり、〈1〉正面視において、板状体の正面ガラス板は隅丸四角形形状であり、板状体の正面には、4つの隅丸縦長四角形形状の電極部分が上下左右に配置されており、上側の左右に配置された2つの電極部で囲まれた領域のほぼ中央には隅丸横長四角形の液晶表示窓があり、該液晶表示窓の下側であって、かつ、上側に配置された2つの電極部分の上辺を結んだ線、左側に配置された2つの電極部分の左辺を結んだ線、下側に配置された2つの電極部分の下辺を結んだ線、右側に配置された2つの電極部分の右辺を結んだ線からなる四角形の対角線の交点を中心として隅丸四角形からなるスイッチ模様を複数配置して構成されており、〈2〉側面視において、透明ガラス板と本体背面部とを積層一体とした構造であるという構成を有する点で共通している。
  しかしながら、本件意匠1とY意匠では、上記第3、1、(1)、イのとおり、透明ガラス板の縦横比が異なることに起因して、本件意匠1は看者に対し略正方形状であるとの印象を与えるが、Y意匠は看者に対し横長の長方形状(その縦横比は約1:1.43)であるとの印象を与えるのであり、この印象の差異は大きい。このことに加え、本件意匠1とY意匠では、電極部分の幅と長さの比(本件意匠1が1:2.5であるが、Y意匠は1:1.43である。)、スイッチ模様の並べ方(本件意匠1は2行2列に配置されるのに対し、Y意匠は横一列に配置される。)も異なっている。そうすると、Y意匠と本件意匠1とでは、透明ガラス板の形状に大きな差異があり、透明ガラス板に配置された電極部分やスイッチ模様の具体的形状の差異等の差異も併せれば、看者に対し異なる美感を与えるものというべきである
  したがって、本件意匠1とY意匠は類似しているということはできない。」

2 本件意匠権2の侵害について
 (1)要部の認定
  「本件意匠2のうち看者である需要者の注意を最も惹きやすいのは、〈1〉正面視において、隅丸横長四角形の板状体からなる透明ガラス板の上下左右四隅近傍に同一形状の縦長の隅丸四角形の電極部を配置し、上側の左右に配置された2つの電極部で囲まれた領域のほぼ中央に横長の隅丸四角形であってその縦方向の長さが電極部の縦方向の長さより短い液晶表示窓を配置し、上側に配置された2つの電極部分の上辺を結んだ線、左側に配置された2つの電極部分の左辺を結んだ線、下側に配置された2つの電極部分の下辺を結んだ線、右側に配置された2つの電極部分の右辺を結んだ線からなる四角形の対角線の交点を中心として、隅丸四角形スイッチ模様が構成されている構成を組み合わせた点、〈2〉側面視において、透明ガラス板と本体背面部とを積層一体とした構造であるという点であり、これが、本件意匠2の要部に当たると認められる。」

 (2)類否の判断
  「本件意匠2とY意匠は、上記第3、2、(1)、アのとおり、〈1〉正面視において、板状体の正面ガラス板は隅丸横長四角形形状であり、板状体の正面には、4つの隅丸縦長四角形形状の電極部分が上下左右に配置されており、上側の左右に配置された2つの電極部で囲まれた領域のほぼ中央には隅丸横長四角形の液晶表示窓があり、該液晶表示窓の下側であって、かつ、上側に配置された2つの電極部分の上辺を結んだ線、左側に配置された2つの電極部分の左辺を結んだ線、下側に配置された2つの電極部分の下辺を結んだ線、右側に配置された2つの電極部分の右辺を結んだ線からなる四角形の対角線の交点を中心として隅丸四角形からなるスイッチ模様を複数配置して構成されており、〈2〉側面視において、透明ガラス板と本体背面部とを積層一体とした構造であるという構成を有する点で共通している。
  相違点について検討すると、正面視において、上記第3、2、(1)、イのとおり、本件意匠2とY意匠とでは透明ガラス板の縦横比が異なっている(本件意匠2が約1:1.4であり、Y意匠が約1:1.43である。)ものの、その差異は極めて小さく、いずれも看者に対し横長長方形であるという印象を与えるものというべきである。また、Y意匠には、液晶表示窓の周囲にある縁取模様があることが認められるが、これは液晶表示窓の大きさと比較してさほど大きいものではなく、正面視において目立つ色彩でもない。さらに、透明ガラス板の隅丸半径、電極部分の幅と長さの比、液晶表示窓の底辺と上側の左右に配置された電極の底辺との関係やスイッチ模様の個数に差異があるが、これらは、透明ガラス板の形状がほぼ同じであることから看者に対して与える共通の美感を凌駕するものとはいえない
  本件意匠2とY意匠とでは、背面視において、上記第3、2、(1)、イのとおり、本体部の背面の形状に差異があるが、これは要部における差異ではない。
  さらに、上記第3、2、(1)、イのとおり、Y意匠には側面視において不透明プロテクタ体があるが、不透明プロテクタ体は本体背面部と同系統の色彩であり厚みも薄いことから、この点も要部における具体的構成の共通性から看者に与える美感の同一性を凌駕するものとはいえない。
  したがって、本件意匠2とY意匠とは上記のような差異点があることを考慮しても、看者に対して共通の美感を与えるものと認められるから、本件意匠2とY意匠は類似しているというべきである。」

【解説】
1 意匠権侵害
  意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有する(意匠法23条)。それゆえ第三者が権原なく、業として登録意匠又はこれに類似する意匠を実施すると意匠権侵害となる。ここで登録意匠の実施とは、登録意匠又はこれに類似する意匠に係る物品を製造し、使用し、譲渡し、貸し渡し、輸出し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為をいう(2条3項参照)。
  意匠権の侵害に当たるか否かの具体的な判断は、登録意匠と相手方の物品における意匠とを対比して両意匠の類否を検討し、類似であると認められる場合には、侵害にあたると判断されることになる。

2 意匠の類否判断
 (1)登録意匠とY意匠の類否の判断は、両意匠の全ての共通点及び差異点を総合的に観察した場合に、需要者(取引者を含む)に対して異なる美観を起こさせるか否かによって決する。異なる美観を与える場合は類似しているとはいえず、共通する美観を与える場合は類似している。
 
 (2)ここで、意匠の差異点が、需要者(取引者)において異なる美観を起こさせるものか否かの認定は、差異点が注意を引く部分(要部)か否かの認定及び注意を引く程度の評価によって行われる。

   ア その部分が意匠全体の中で占める割合の大小
      ここで、基本的構成態様(意匠を大づかみに捉えた際の骨格的形態)は、視覚的印象に与える影響は
      通常最も大きい(22.1.3.1.2(4)(ⅰ)(a))。
      本件意匠1及び2の例でいうならば、透明ガラス板正面の上下左右四隅近傍に4個の電極部分が配
            置されていること、透明ガラス板の正面の中央上部寄りに本体部に設けた液晶表示窓が表れているこ
            と、透明ガラス板の正面の上記液晶表示窓の下方に複数のスイッチ模様が表れていることが基本的
            構成態様である。本件意匠1及び2とY意匠を対比すると、いずれも基本的構成態様において共通して
            いるため、一般論でいえば類似性が肯定されやすいが、これらの態様は体組成計であれば一般的に
            備えるものであるため、本件の場合は基本的構成態様の共通性だけで意匠の類似が肯定されるわけ
            ではない。

   イ その部分が意匠に係る物品の特性からみて視覚的印象に大きな影響を及ぼす部分か
      意匠には視覚観察を行う場合に観察されやすい部分があり、意匠に係る物品の用途及び機能、大き
            さ等に基づいて選択・購入される際に見えやすい部位か否か、需要者(取引者)が関心を持って観察
            する部位か否かによって抽出する(22.1.3.1.2(4)(i)(c))。
      本判決では、需要者が着目するのは本体正面の電極の配置、電極部分の形状、スイッチの位置や
            形状、液晶表示窓の位置や形状等、正面視の形状であり、製品の薄さ、つまり側面視の形状にも着目
            すると判示している。本件意匠1の例でいうならば、本件意匠1とY意匠は透明ガラス板の縦横比が異
            なり、Y意匠の液晶表示窓の周囲には縁取り模様があり、また電極部分の幅と長さの比も異なる等、具
            体的構成態様においては差異がある。物品の特性からみると、かかる差異は視覚的印象に大きな影響
            を及ぼすから、類似性が否定される方向に働く。

 (3)同様に、先行意匠群と対比した場合に注意を引きやすい形態か否かという観点から認定が行われる。
   同じ形態を持つ先行する公知意匠の数が多数に上るときは、形態の創作的価値が低くなるから、強い印象を与えない(22.1.3.1.2(4)(ⅱ))。
本判決では、「公知の意匠をみても本件意匠1の構成のうち一部を備えたものはあるが同一の組合せを備えたものはない」とされていることから、本件意匠1及び本件意匠2の形態の創作的価値は低くない。それゆえ、本件の例でいうならば、両意匠の基本的構成態様、具体的構成態様のいずれも、需要者(取引者)に強い視覚的印象を与える。

 (4)以上の(2)及び(3)を総合して、両意匠の共通点及び差異点が、意匠全体の美観に与える影響の大きさを判断することになる。
   共通点の影響が大きく、差異点の影響が小さければ、需要者(取引者)に対して共通の美観を与えるから意匠は類似している。逆に、共通点の影響が小さく、差異点の影響が大きければ非類似となる。これらの中間にある場合は、類否判断が難しくなるが、相対的な判断であるため、共通点が与える印象が強ければ類似しているという結論となり、差異点が与える印象が強ければ非類似という結論になりうる。

3 本判決のポイント
  本判決は、本件意匠1と本件意匠2とで、Y製品の類否判断の結論が分かれた点が特徴的である。
  本件意匠1と本件意匠2の違いは、体組成計の縦横比(本件意匠1は正方形であり、本件意匠2は長方形である)とスイッチ模様の並べ方(本件意匠1は2行2列に配置されるのに対し、本件意匠2は横一列に配置される)だけである。
  このうち縦横比については、体組成計の物品としての特性から需要者(取引者)から見た場合に意匠全体の美観に与える影響は大きく、要部に当たると判断された。スイッチ模様の並べ方は要部として認定されていない。
  そして本件意匠1に関しては、要部である体組成計の縦横比においてY意匠との間に差異があり、(要部ではないが)スイッチ模様の並べ方にも差異があるため、この差異が、基本的構成態様の共通性を凌駕する程度であるから非類似という結論になっている。本判決は、要部として認定してないスイッチ模様についても非類似の根拠としているため判旨が若干分かりにくいものとなっている。
  本件意匠2に関しては、要部である縦横比(長方形)についてY意匠との間に差異がほとんどなく、スイッチ模様の並べ方は同一(横一列)であるため類似性が肯定されている。
  なお報道によれば、本件は平成28年1月に知財高裁において最終的に和解によって解決している。

以上
(文責)弁護士 山口 建章