【平成27年10月14日(東京地裁平成27年(ワ)第14339号)】

【判旨】
 原告が,発明の名称を「地盤強化工法」とする特許権についての専用実施権に基づき,市営団地の敷地内に施工された「免震人工地盤」が本件特許発明の技術的範囲に属するものであるとして,市営団地を賃貸して賃料収入を得てきた被告に対して不法行為等に基づく損害賠償請求を行ったが,裁判所は,本件においては当該「免震人工地盤」が本件特許発明の技術的範囲に属するとは認められないとして、請求を棄却した。

【キーワード】
特許法2条3項

【事案の概要】
 本件は,発明の名称を「地盤強化工法」とする特許第3793777号の特許権について専用実施権を有するという原告が,相模原市営上九沢団地(以下「本件市営団地」という。)を賃貸して賃料収入を得てきた被告(相模原市)に対し,本件市営団地の建設工事に伴って本件市営団地の敷地内に施工された免震人工地盤(以下「本件免震人工地盤」という。)は,本件特許に係る発明の技術的範囲に属するものであり,被告は,上記賃貸行為により,本件免震人工地盤を原告の許諾なく使用したものであるから,本件専用実施権を侵害して原告に同発明の実施料相当額の損害を被らせ又は法律上の原因なく原告の損失の下に同発明の実施料相当額の利得を得たとして,不法行為による損害賠償金又は不当利得金1000万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

【争点】
 争点は,本件免震人工地盤が,「地盤強化工法」の本件特許発明の技術的範囲に属するか否か。

【判旨抜粋】
第4 当裁判所の判断
1 争点1-ア(本件特許発明は物の発明か)について
(1)ア 「発明」は,「自然法則を利用した技術的思想のうち高度のもの」をいい,「物の発明」と「方法の発明」に分類され,「方法の発明」は,さらに,生産物を伴わない単純な方法の発明と物を生産する方法の発明に分類されるところ,「物の発明」と「方法の発明」とは,特許法上,明文で判然と区別されており,与えられる特許権の効力も明確に異なる(特許法2条3項参照)。そして,当該発明がいずれの発明に該当するかは,まず,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである(最高裁平成10年(オ)第604号同11年7月16日第二小法廷判決・民集53巻6号957頁,平成14年法律第24号による改正前の特許法70条1項参照)。
  イ そして,「物の発明」は,技術的思想である発明が生産,使用又は譲渡のできる対象として具現化されているものをいうと解されるから,「物の発明」についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになる(なお,特許が「物の発明」についてされている場合において,特許請求の範囲にその物の製造方法〔経時的要素〕の記載があるいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームも存在するところであるが,「物の発明」についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である〔最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・裁判所時報1629号参照〕。)。
 これに対し,方法の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,経時的要素(時間的要素)を記載して特定することになる。
(2)ア 以上を前提に,本件特許発明について見るに,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1には,その末尾に「地盤強化工法」と記載されているところ,「工法」の通常の意味は,「工事の方法」であると解される。
 この点,原告は,建設業界において,「工法」を「構造・構成」と同義に使用することは当業者の常識である旨主張するが,本件証拠によっても,そのような常識の存在を認めるには足りない。
  イ また,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに当たっては,願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮すべきところ(平成14年法律第24号による改正前の特許法70条2項参照),本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,「上記構成の地盤強化工法によれば,鉄骨などの構造材で強化され,テーブルを地盤上に形成し,前記テーブルの上部に,建築物や道路,橋,などの構造物,または,人工造成地を配置するようにしたので,」(段落【0005】),「施工手順としては,…テーブル1を配置し,しかる後に,テーブル1内に基礎6を設けて,建築物7を築造する」(段落【0008】)などと記載されており,分説Aと分説Bの時間的前後関係を裏付ける記載がある。
 そうすると,本件特許発明の構成要件のうち,分説A「鉄骨などの構造材で強化,形成されたテーブルを地盤上に設置し,」と分説B「前記テーブルの上部に,立設された建築物や道路,橋などの構造物,または人工造成地を配置する地盤強化工法であって,」によれば,本件特許発明は,地盤に「テーブル」を設置した後に,「テーブルの上部」に構造物等を配置する「工法」であると解され,分説A及び分説Bの「テーブル」は,そのような順序で施工されるものと解するのが相当である。
 この点,原告は,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載のうち,「設置し」,「配置する」との文言については,施工の手順を意味するものではなく,「物の発明」であっても,仕様説明のために動詞によって記載することは本件特許の出願時の当業者にとって常識であった旨主張し,これを裏付けるものとして鹿島特許を掲げる。
 しかし,鹿島特許(平成15年6月30日以前にされた出願に係るものであるから,特許請求の範囲は明細書から分離されていない。)に係る明細書の特許請求の範囲の各請求項の末尾には,「防災都市。」と記載されていることから(甲7),同特許に係る各発明は,「防災都市」に関するものであることが一義的に明らかであって,「工法」に関するものと解する余地はなく,したがって,鹿島特許の存在は,何ら原告の主張の根拠となるものでない。
  ウ 以上によれば,本件特許発明は,「物の発明」でなく,「方法の発明」であることが明らかであるというべきである。
(3) …(中略)…
2 上記1のとおり,本件特許発明は,「物の発明」とは認められないから,争点1-イに関する原告の主張は,そもそも,その前提を欠くものであって,採用することができず,したがって,本件免震人工地盤が本件特許発明の技術的範囲に属するとは,認められない。

【解説】
1.    発明のカテゴリー
 裁判所は,原告が本件市営団地の敷地であると主張する「免震人工地盤」について,発明の名称を「地盤強化工法」とする本件特許発明は「方法の発明」であって「物の発明」とは認められず,したがって,本件特許発明の技術的範囲に属するとは認められないとして,原告の請求を認めなかった。
 なお,本件特許発明は以下のとおり(判決文で誤記と判示された部分は筆者が修正した)。

A 鉄骨などの構造材で強化,形成されたテーブルを地盤上に設置し,
B 前記テーブルの上部に,立設された建築物や道路,橋などの構造物,または,人工造成地を
     配置する地盤強化工法であって,
C 前記テーブルと地盤の中間に介在する緩衝材を設け,前記テーブルが既存の地盤との関連
     を断って,地盤に起因する欠点に対応するようにしたこと
D を特徴とする地盤強化工法。

 また,判決文における原告の主張に基づくと,原告が本件市営団地の敷地であると主張する「免震人工地盤」は以下のとおり。

ア 緑で囲まれた街区の中央部にクスノキ広場とせせらぎ広場を設け,この二つの広場を8の字
   型に囲む人工地盤を構築し,
イ 前記人工地盤上に6階建てから14階建てまでの21棟の集合住宅群を配置し,
ウ 前記人工地盤と地盤との中間に介在させた242体の免震装置が街区全体を支持する免震
      構造物となっている
エ 免震人工地盤。

 裁判所は,当該発明が特許法2条3項各号のいずれの発明に該当するかは,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものであるとする,いわゆる生理活性物質測定法事件(最高裁平成10年(オ)第604号)を引用した上で,本件特許発明の末尾に「地盤強化工法」と記載されているところに照らし,また「工法」の通常の意味が「工事の方法」であるとして,本件特許発明を「方法の発明」であるとした。この際,特許法70条2項に基づく検討も併せて行って,本件特許発明の分説Aと分説Bに時間的前後関係が存在することが,発明の詳細な説明の記載からも裏付けられているとした。
 「当該発明が特許法2条3項各号のいずれの発明に該当するか」の考え方として上記生理活性物質測定法事件の判例を踏襲した点,「特許請求の範囲の記載に基づいて」の判定にあたり,特許請求の範囲の記載を通常の意味で判断し,さらに,発明の詳細な説明の記載を考慮した点において,いずれも実務の原則的な考え方に則ったものといえる。

2.    考察
 本件のように,被告の侵害行為を「本件免震人工地盤を原告の許諾なく使用した」として捉えるのであれば,「物の発明」であるとする法律構成のほかに,本件特許発明を「物を生産する方法(特許法2条3項3号)」の発明であるとする法律構成もあり得たと思われる。本件特許発明の「地盤強化工法」を「物を生産する方法(特許法2条3項3号)」の発明とし,例えば「強化した地盤の製造方法」であるとし,「その方法により生産された物(同号)」を「本件免震人工地盤」として,「本件免震人工地盤」の使用行為を上記被告の侵害行為と捉える構成である。
 少なくとも,「物」か「方法」かという判断よりは,「(単純)方法」か「物を生産する方法」かという判断の方が,同じ「方法」のカテゴリーの中での判断となるだけに難しい判断になるように思われる(生理活性物質測定法事件でも,控訴審と上告審で「(単純)方法」か「物を生産する方法」かで,判断が分かれた)。
 また,本件特許発明の「地盤強化工法。」が「物を生産する方法」ではない(例えば,強化した地盤の製造方法ではない)とは,特許請求の範囲の記載だけでは直ちに言い切れないようにも思える。
 もちろん,上記法律構成は,充足論における原告の立証の困難性を詳細に検討せずに言うものである(本件では「時系列的な要素」の立証が困難であったゆえに原告は「物の発明」であるとの主張を行ったと推測される)が,「物を生産する方法」の発明と言うことができれば,特許法104条の生産方法の推定規定の適用も有るので,仮に,「物(地盤)」として新規性があるのであれば考慮に値したものと思われる。
 いずれにしても,本件の根本的なところとしては,「本件免震人工地盤を原告の許諾なく使用した」ことを侵害行為として捉えるのであれば,はじめから特許請求の範囲を,「物(地盤)」自体に新規性があるのであれば「~地盤。」とし,物(地盤)自体は新規性・進歩性がなく,あくまで製法に新規性があるに過ぎないのであれば,そのことが分かるように(物を生産する方法の発明であることが明確に把握できるように),記載すべきであった,ということに尽きるように思われる。特許請求の範囲の作成に当たり,具体的に,誰のどのような行為を侵害行為と捉えるのかという点を予め十分に考慮しながら記載を行わないと,被告の侵害行為を的確に捉えることができなくなって,権利行使の場面で困難を来してしまう。

(文責) 2016.5.9 弁護士 弁理士 高野 芳徳