【平成27年7月16日判決(知財高裁平成26年(行ケ)10223号)】

【判旨】
サポート要件違反の有無について、明細書の記載を参酌した上で、違反はないと判断された。進歩性違反の有無について、主引例に課題が記載されていないことから、副引例を適用する動機付けがなく、違反はないと判断された。

【キーワード】
サポート要件違反、36条6項1号、進歩性違反、29条2項、生海苔異物分離除去装置

1.事案の概要
(1)本件特許
 特許番号  特許第3966527号
 発明の名称 生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置
 出願日   平成10年6月12日出願
 登録日   平成19年6月8日設定登録

(2)経緯
 被告は,本件特許につき訂正審判を請求し,訂正認容審決が確定した。原告は,本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件発明1」という。また、明細書を「本件明細書」という。)について特許無効審判請求をしたが,請求棄却審決がされたため、審決取消訴訟を提起した。

(3)本件発明1
 ア 特許請求の範囲
生海苔排出口を有する選別ケーシング、及び回転板、この回転板の回転とともに回る生海苔の共回りを防止する防止手段、並びに異物排出口をそれぞれ設けた生海苔・海水混合液が供給される生海苔混合液槽を有する生海苔異物分離除去装置において、
  前記防止手段を、突起・板体の突起物とし、この突起物を、前記選別ケーシングの円周端面に設ける構成とした生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置。
 イ 本件明細書
【発明が解決しようとする課題】
 前記生海苔の異物分離除去装置、又は回転板とクリアランスを利用する生海苔異物分離除去装置においては、この回転板を高速回転することから、生海苔及び異物が、回転板とともに回り(回転し)、クリアランスに吸い込まれない現象、又は生海苔等が、クリアランスに喰込んだ状態で回転板とともに回転し、クリアランスに吸い込まれない現象であり、究極的には、クリアランスの目詰まり(クリアランスの閉塞)が発生する状況等である。この状況を共回りとする。この共回りが発生すると、回転板の停止、又は作業の停止となって、結果的に異物分離作業の能率低下、当該装置の停止、海苔加工システム全体の停止等の如く、最悪の状況となることも考えられる。
【実施例】
【0026】
 防止手段6は、一例として寸法差部Aに設ける。図3、図4の例では、選別ケーシング33の円周端面33bに突起・板体・ナイフ等の突起物を1ケ所又は数ヶ所設ける。また図5の例は、生海苔混合液槽2の内底面21に1ケ所又は数ヶ所設ける。さらに他の図6の例は、回転板34の円周面34a及び/又は選別ケーシング33の円周面33a(一点鎖線で示す。)に切り溝、凹凸、ローレット等の突起物を1ケ所又は数ヶ所、或いは全周に設ける。また図7の例は、選別ケーシング33(枠板)の円周面33a(内周端面)に回転板34の円周端面34bが内嵌めされた構成のクリアランスSでは、このクリアランスSに突起・板体・ナイフ等の突起物の防止手段6を設ける。また図8の例では、回転板34の回転方向に傾斜した突起・板体・ナイフ等の突起物の防止手段6を1ケ所又は数ヶ所設ける。
【発明の効果】
 請求項1の発明は、生海苔排出口を有する選別ケーシング、及び回転板、回転板の回転とともに回る生海苔の共回りを防止する防止手段、並びに異物排出口をそれぞれ設けた生海苔・海水混合液が供給される生海苔混合液槽を有する生海苔異物分離除去装置において、防止手段を、突起・板体の突起物とし、突起物を、選別ケーシングの円周端面に設ける生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置である。従って、この請求項1は、共回りの発生を無くし、かつクリアランスの目詰まりを無くすこと、又は効率的・連続的な異物分離(異物分離作業の能率低下、当該装置の停止、海苔加工システム全体の停止等の回避)が図れること、またこの防止手段を、簡易かつ確実に適切な場所に設置できること等の特徴がある。
 ウ 図面
  【図1】

 
  【図2】

 
  【図3】
 

  【図4】
 

2.争点
  本件発明1には、サポート要件違反、進歩性違反1があるかどうか。

3.判旨
(1)取消事由1(サポート要件(特許法36条6項1号)に係る判断の誤り)について
 「(1)  原告は,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,その発明特定事項として,「クリアランス」を規定しておらず,「選別ケーシング」と「回転板」との配置関係も規定しないものとなっているから,当業者が,「クリアランスの目詰まりを無くす」という本件発明1の課題を解決できることを本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて認識できる発明である,クリアランスの配置位置を考慮して「共回り防止手段」たる突起物を「選別ケーシング33の円周端面33b」に設ける態様のものを超える発明を包含するものとなっており,本件発明1はサポート要件を満たさないものであって,この点に係る本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下検討する
    (2)  本件明細書・・・の記載によれば,本件発明1は,回転部材(第一回転板)と固定部材(環状枠板部)のクリアランスに生海苔を導入しつつ異物を回転部材による遠心力で円周方向に追いやり,生海苔のみが前記クリアランスを通過するようにした生海苔異物分離除去装置を前提とする発明であることが理解される
  したがって,請求項1の「生海苔排出口を有する選別ケーシング,及び回転板,この回転板の回転とともに回る生海苔の共回りを防止する防止手段,並びに異物排出口をそれぞれ設けた生海苔・海水混合液が供給される生海苔混合液槽を有する生海苔異物分離除去装置において,」との記載から,本件発明1においては,固定部材である「選別ケーシング」と回転部材である「回転板」との間にクリアランスがあることは自明であると認められる
  そうすると,請求項1に「クリアランス」との用語が記載されていなくても,本件発明1において「クリアランス」が形成される位置と,「回転板の回転とともに回る生海苔の共回りを防止する防止手段」である「突起物」が配備される位置との関係は,実質的に請求項1に規定されているといえる。
  そして,この「クリアランス」が形成される位置と「回転板の回転とともに回る生海苔の共回りを防止する防止手段」である「突起物」が配備される位置との関係を実質的に規定した請求項1に記載された発明(本件発明1)は,本件明細書の段落【0023】ないし【0026】,【0029】,図1ないし図4等により裏付けられており,発明の詳細な説明に記載したものであると認められる。
  以上によれば,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載が,特許法36条6項1号の規定する要件を満たさないものであるとはいえない。
  なお,本件明細書の記載によれば,「突起物」を「選別ケーシング」の「円周端面」に設けたことと,共回り防止という本件発明の効果は対応しているものといえるから,共回り防止という効果を期待することができないような態様が本件発明1に包含されているとは認められない。
     (3)  以上のとおり,サポート要件(特許法36条6項1号)に係る本件審決の判断に誤りはなく,取消事由1に係る原告の主張は理由がない。」

(2)取消事由2(本件発明1と甲1発明との相違点に係る容易想到性判断の誤り)について
   「(1)  取消事由2-1(甲1発明への甲2発明の適用容易性についての判断の誤り)について
      ア 原告は,本件発明1と甲1発明とは,前記第2の3(2)イ記載の相違点(本件発明1が「防止手段を,突起・板体の突起物とし,この突起物を,前記選別ケーシングの円周端面に設ける構成とした」「回転板の回転とともに回る生海苔の共回りを防止する防止手段」を具備する生海苔の共回り防止装置であるのに対して,甲1発明はかかる防止装置でない点)において相違するが,甲1発明において,甲2発明を適用し,相違点に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到し得たことである旨主張するので,以下において判断する。」
    「ウ 相違点の容易想到性について
 ・・・本件発明1は,前記1(2)記載のとおり,甲1発明を従来技術とし,その有する課題の解決を目的として発明されたものであって,回転板方式による異物分離除去装置である甲1発明には,「共回り」の課題があることを見い出し,これを克服するために,回転板方式による異物分離除去装置において,回転板の回転とともに回る生海苔の共回りを防止する防止手段を設けたものである
  そうすると,甲1発明は,回転板方式を前提とする発明である点で本件発明1と共通するものであるが,甲1には,本件発明1の課題である「共回り」,すなわち,「回転板を高速回転することから,生海苔及び異物が,回転板とともに回り(回転し),クリアランスに吸い込まれない現象,又は生海苔等が,クリアランスに喰込んだ状態で回転板とともに回転し,クリアランスに吸い込まれない現象であり,究極的には,クリアランスの目詰まり(クリアランスの閉塞)が発生する状況等」(本件明細書の段落【0003】)についての記載はない
  他方,甲1発明は,前記(ア)記載のとおり,従来方式では,分離孔の周縁に異物が蓄積し,目詰まりが発生するという問題があったことから,この問題を解決することを目的とし,回転板方式を採用することにより,異物がクリアランスに詰まりにくく,従来の異物分離除去装置のように,目詰まり洗浄装置等を別途設けることを不要としたものであって,甲1には,その効果として,「第一回転板は回転しているため,前記クリアランスには生海苔が詰まりにくいものである。」(段落【0028】),「よって,この異物分離除去装置を使用すれば,異物が前記クリアランスに詰まりにくいため,従来のように目詰まり洗浄装置等を別途に設ける必要がない結果,装置の維持がしやすいとともに取扱いが簡易になり,この結果,生海苔の異物分離除去作業の作業能率を向上させることができる。」(段落【0029】)などと記載されており,甲1においては,回転板方式を採用したことにより,クリアランスには生海苔や異物が詰まりにくいことが記載されている。
  そして,回転板方式を採用した異物分離除去装置において,前記「共回り」の現象が生じることが自明であることを認めるに足りる証拠はない。原告が「回転体の回転に伴って生じる共回り」の課題及びその解決手段を開示した文献であるとして挙げる甲8ないし甲10には,「共回り」についての記載はあるが,後記(3)ウ(イ)記載のとおり,「共回り」を防止しようとする対象物は,甲8発明では繊維屑,甲9発明では粉流体,甲10発明では,カーボンファイバーのミルド粉などの原料であり,本件発明1の生海苔混合液のような液体を主流体としたものではなく,また,本件発明1のように,回転部材と固定部材のクリアランス部分において生じる「共回り」を対象としたものでもないから,本件発明1における「共回り」の防止と,甲8ないし甲10発明における「共回り」の防止は,技術的意義が相違する。
  したがって,甲1に接した当業者において,回転板方式による異物分離除去装置である甲1発明に前記「共回り」の課題があることを想起し得たと認めることはできない
  (ウ) 加えて,本件発明1及び甲1発明は,固定部材と回転部材との間のクリアランスに生海苔を導入しつつ,異物を回転部材による遠心力により円周方向に追いやり,生海苔のみがクリアランスを通過するようにした回転板方式を前提とするものであるのに対し,甲2発明は,これとは異なり,生海苔混合液を分離ドラムの周壁に設けられた分離孔を通過させることによって,生海苔混合液中の異物を分離ドラムの分離孔の周縁に引っ掛けて分離除去するという従来方式を前提とするものであって,甲1発明と甲2発明とでは,前提とする異物分離除去に係る技術思想(方式)が異なるから,仮に,甲1に接した当業者において,甲1に「前記クリアランスには生海苔が詰まりにくい」(段落【0028】),「異物が前記クリアランスに詰まりにくい」(段落【0029】)との記載から,甲1発明には,なお,クリアランスに異物や生海苔の詰まりが生じるという問題があるという課題を想起し得たとしても,甲1発明に,それとは前提とする異物分離除去に係る技術思想の異なる甲2発明を適用する動機付けがあったとは認められない
  さらに,甲2発明において,分離ドラム15は,本件発明の「回転板」には相当せず,また,清掃ブラシ44は,前記従来方式の異物分離除去過程において生じた分離孔21の詰まりを,単に清掃するための手段にすぎず,回転板方式の異物分離除去過程において生じる「回転板の回転とともに回る生海苔の共回り」を防止する手段でもないから,仮に,当業者において,甲1発明に甲2発明を適用することを試みたとしても,甲1発明において,相違点に係る本件発明1の構成を備えるようにすることが容易に想到し得たことであるとは認められない。

4.検討
(1)サポート要件違反について
 本件発明1の課題は、「クリアランスの目詰まりを無くす」点にあるが、特許請求の範囲の記載は、「クリアランス」を規定していなかったことから、明細書に開示されたクリアランスの位置関係を考慮してケーシングの円周端部に共回り防止たる突起物を設ける態様を超える発明を包含しているのではないかという点でサポート要件違反の有無が争われた。本判決は、特許請求の範囲に記載された「選別ケーシング」、「回転板」及び「突起物」の意義や位置関係を明細書の記載を参酌して認定した上で、クリアランスの存在が自明であり、クリアランスと突起物の位置関係は実質的に特許請求の範囲に規定されているとし(最判平3.3.8〔リパーゼ事件〕における「特段の事情」により明細書の記載を参酌したものと考えられる。)、サポート要件違反を否定した。サポート要件違反の有無について、明細書の記載を参酌した上で、請求項の記載から自明又は実質的に規定されているという枠組みで判断が示された点に、実務上、意義があると考えられる。

(2)進歩性違反について
 本件では、本件発明1と甲1発明は、異物分離除去装置において、従来方式と異なる回転盤方式を採用している点で一致するが、本件発明1が備える共回りを防止する防止手段を甲1発明は備えない点が相違するところ、甲2発明に記載された清掃ブラシを、甲1発明に適用することが容易想到といえるかどうかが争われた。
 本判決では、甲1に、クリアランスに異物が詰まる旨は記載されていたが、共回りについては記載されていなかったため、本件発明1に、本件発明2を適用する動機付けがないと認定された。異物が詰まることと、共回りが生じることは、完全には一致しないと考えられるため、甲1に共回りについて明記されていない以上、かかる認定は妥当であると考えられる。
 しかし、甲1発明も回転盤方式である以上、甲1発明に係る異物分離除去装置を使用すれば、共回りの現象が発生すると思われることから、甲1発明の構成を知ることができれば、共回りの課題も自明であるようにも思える。この点については、甲1発明に係る異物分離除去装置が現に存在する場合、すなわち公然実施されているような場合は、現に存在する当該装置を作動させれば、必然的に、共回りが生じると思われるため、共回りの課題が自明であったといえる余地があると思われる。しかし、刊行物公知の場合は、当該装置の構成が記載されていても、その記載のみから共回りが発生することを認識することは困難であると思われるため、共回りの課題が明記されていなければ、課題が知られていたことにはならないと考えられる。
 なお、原告の主張は、甲1に、回転盤方式を採用したことによりクリアランスに異物が詰まるということは記載されていたため、かかる異物を除去する手段として、甲2の清掃ブラシを適用できるというものであった。判決では、クリアランスに異物の詰まりを除去する手段として、清掃ブラシを適用することの容易想到性についても否定されているが、仮に、原告の主張を認めたとしても、異物の詰まりを防止する手段が、共回りを防止できないと思われることから、本件発明1に至らず、進歩性違反を認めることはできないと考えられる。


 1本件で、進歩性違反は、甲1発明に甲2発明を適用することの容易想到性(取消事由2)、甲1発明に甲3発明を適用することの容易想到性(取消事由3)、甲1発明への甲8ないし甲10発明を適用することの容易想到性(取消事由4)が争われたが、ここでは、取消事由2のみを検討する。

(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一