【平成27年11月24日判決(知財高判平成27年(行ケ)第10026号)】

【判旨】
当業者は,訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載から,いかなる場合において課題に直面するかを理解できないのであり,したがって,特許請求の範囲に記載された発明は,発明の詳細な説明の記載等や,出願当時の技術常識に照らしても,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えたものである。

【キーワード】
特許法36条6項1号,サポート要件,審決取消訴訟,知財高裁2部判決

【事案の概要】
 本件は,特許無効審判の不成立審決(特許権者による特許請求の範囲の訂正請求を認めた上での不成立審決)に対する審決取消訴訟である。争点(取消事由)は,①実施可能要件違反の有無,②サポート要件違反の有無,③明確性要件違反の有無,④新規性・進歩性の有無である。
 知財高裁は,これら①~④の争点のうち,②を判断し,訂正された訂正発明1は,サポート要件違反であると判断して,審決を取り消した。訂正発明1は以下のとおりの内容である。

 【請求項1】(訂正発明1)
 金属製の本体ハウジングと,
 この本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石と,
前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状のカバーと,
 このカバー側に固定された磁気検出素子とを備え,
 前記磁石と前記磁気検出素子との間にはエアギャップが形成され,
 前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において,
 前記磁気検出素子は,その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。

 訂正発明1(上記下線部が発明のポイントのようである。)を理解するため,以下判示を紹介する前に,簡単に明細書の記載を引用して上記訂正発明1の意義を説明する。

 訂正発明1の回転角検出装置は,磁気検出素子と磁石を用いて被検出物の回転角を検出する回転角検出装置であって,自動車の電子スロットルシステムに使用するものである(本件特許の明細書(以下略)【0001】【0002】)。
 本件特許の明細書の【0004】【0005】等によれば、従来技術では,カバー9が縦長の形状であったため,カバー9の長手方向の熱変形が大きくなるところ,磁気検出方向と,(樹脂製の)カバー9の長手方向とが平行であったために,カバー9が熱変形してホールIC52の出力が変動しやすくなって,回転角の検出精度が低下するとの問題があった,とのことである。
      
※・・・「ホールIC」は、ホール素子(磁気検出素子)と信号増幅回路とを一体化したICとされている(【0018】)。

 そこで,訂正発明1では,下記図に示すとおり,磁気検出方向と,(樹脂製の)カバー24の長手方向とを垂直に配置することによって,(樹脂製の)カバー24の熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ,回転角の検出精度を向上させることができる,とのことである(【0007】)。
       

【争点】
サポート要件につき,審決の判断に誤りがあるか。

【判旨抜粋(下線筆者)】
2 取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)について
 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合するものでなければならないと定めている。特許法がこのような要件を定めたのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を認めることになり,特許制度の趣旨に反するからである。
 特許請求の範囲の記載が上記要件に適合するかどうかについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明について,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうか,また,その記載や示唆がなくとも出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討して判断すべきものである。
 そして,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは出願時の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できるというためには,当業者が,いかなる場合において課題に直面するかを理解できることが前提となるというべきであるから,以下,この観点から,訂正発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。

 (1) 訂正発明に係る特許請求の範囲について
 訂正発明1の特許請求の範囲は,前記・・・に記載のとおりであるところ,磁気検出素子の位置について「縦長形状のカバー」側に固定されていることは特定されているものの,この磁気検出素子がカバーのどの位置に固定されるかは特定されておらず,磁気検出素子がカバー側の任意の位置に固定されること,又は,磁気検出素子が固定されたステータコアがカバー側の任意の位置に成形されることを包含するものである。また,「カバー」について,金属製の「本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状」であることの特定はあるが,カバーの形状,厚み等についての特定はなく,均一な平板でないものや,凸凹があるもの,左右対称でないもの等も包含するものである。
 また,訂正発明1においては,回転角検出装置の用途についての特定はない。
・・・(中略)・・・

 (2) 課題について
 訂正明細書によれば,訂正発明1の課題は,次のとおりである。すなわち,スロットルバルブの回転角(スロットル開度)を検出する従来の回転角検出装置において,ホールIC(ホール素子(磁気検出素子)と信号増幅回路とを一体化したIC)を固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく,縦長形状に形成されているため,その長手方向の熱変形量が大きく,しかも,ホールICの磁気検出方向(磁気検出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため,カバーの熱変形によって,ステータコアと磁石とのギャップが変化して,磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていたので,カバーの熱変形によってホールICの出力が変動しやすく,回転角の検出精度が低下するという欠点があった。そこで,カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ,回転角の検出精度を向上することができる回転角検出装置を提供することを目的とするものである。
 上記によれば,
 A 樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属製の本体ハウジングに比べて熱膨張率が大きいことにより,カバーの熱変形が生じ,本体ハウジングとの間に横(水平)方向の相対的な位置ずれが生じること(以下「横すべり」ともいう。),
 B カバーが縦長形状に形成されているため,長手方向の熱変形量が大きく,Aの横すべりの長さ(延び)は,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,
 C Bの横すべりの結果,カバーに固定された磁気検出素子の位置がずれ,磁気検出素子と金属製の本体ハウジングに固定された磁石との間のエアギャップが変化すること(以下「磁気検出素子と磁石との位置ずれ」ともいう。),
 D Cの位置ずれは,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,
が備われば,当業者は,訂正発明1の上記課題に直面し,これを理解できると解される。

 (3) 以上を前提として,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは出願時の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。
 ア ・・・(中略)・・・
 もっとも,カバーと本体ハウジングとの間の相対的な位置ずれ(横すべり)は,常に生じるものではなく,審決が述べるように,ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力との関係において強い場合には,横すべりはそもそも生じず,ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力を下回る場合にのみ,横すべりが生ずる場合があり得るということになる。
 イ また,カバーの熱変形が生じ,本体ハウジングとの間に横方向の相対的な位置ずれ(横すべり)が生ずるとしても,短尺方向よりも長手方向に大きくずれるということ(上記B)が常に生ずるものではない。
 すなわち,審決も,「熱膨張率が方向によらず均一であり,カバーが縦長形状であれば,その長手方向が短尺方向より大きい」としているように,カバーが均質組成の平板形状でなかったり,カバー内部の温度分布が均一でなかったり,熱膨張により3次元的に変形したりする場合には,実証実験を行うなどして確認しない限り,縦長形状のカバーにおいて横すべりが生じるものとしたとしても,縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて,熱変形量(延び)が常に大きくなるともいえない。
 上記において述べたとおり,訂正発明1の特許請求の範囲にはこの点を特定する
記載はない。
 ウ これらの点を措いて,カバー内部の温度分布を均一とするとともに,カバー自体が均質組成で,熱膨張により2次元的に変形し,3次元的変形量は無視できるものと仮定したとしても,以下のとおり,横すべりの結果,横すべりが長手方向に大きく生じること(上記B),磁気検出素子の位置がずれ,磁石とのギャップが変化すること(磁気検出素子と磁石との位置ずれ,上記C),及び,その位置ずれは,短尺方向よりも長手方向が大きいこと(上記D)が生じるとは限らない。
 すなわち,縦長形状のカバーにおいて,長手方向及び短尺方向の寸法変化(位置ずれ)の大きさは,カバーのボルト等による係止位置とカバー内における磁気検出素子の取付位置との相互の位置関係や,ボルト等の締付力と大いに関係するもので,このことは当業者にとって明らかであり,審決も認めるところである。例えば,長方形のカバーを,その左右の長辺に沿ってそれぞれ均等に3か所,計6か所をボルト等で係止した際に,熱応力とボルト固定力との関係で,カバーの熱応力が勝って熱変形が生じ,かつ,その熱変形量について長手方向が短尺方向よりも大きいとしたとしても,つまり,上記のA及びBを満たすとしても,磁気検出素子をカバーの中心点(対角線の交点)に配置した場合には,磁気検出素子の位置を起点として熱変形が生ずることとなるから,長手方向にも短尺方向にも位置ずれは生じないこととなる。また,左辺側のボルトの締付けが右辺側のボルトに対して相対的に強い場合,右辺側ボルトの近傍の位置においては,短尺方向が長手方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなることは,当業者にとって明らかである。
 そうすると,磁気検出素子の位置は,少なくとも,長尺方向の熱変形の影響により,短尺方向よりも大きく動く位置に配置される場合でなければ,訂正発明1の課題に直面することはないといえるが,訂正発明1に係る特許請求の範囲には,前記のとおり,カバーにおける磁気検出素子の位置についての特定はない。
 以上によれば,訂正発明1の特許請求の範囲の特定では,訂正発明1の前提とする課題である「熱変形により縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなること」に直面するか否かが不明であり,結局,上記課題自体を有するものであるか不明である
 そして,仮に,磁石と磁気検出素子とのずれが,短尺方向に大きく生じる場合においては,磁石と磁気検出素子との間のエアギャップの磁気検出方向への寸法変化は大きくなってしまうのであるから,訂正発明1の課題解決手段である「磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するよう配置」したとしても,出力変動は抑制されず,回転角の検出精度も向上しない。
 よって,訂正発明1は,上記課題を認識し得ない構成を一般的に含むものであるから,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであり,サポート要件を充足するものとはいえない。

【検討】
 本件では,知財高裁は,サポート要件違反はないと判断した審決(特許庁)の判断に誤りがあり,訂正発明1はサポート要件を充足しないと判断した。
 具体的には,知財高裁は,サポート要件の規範については,平成17年の大合議判決(偏光フィルム事件:知財高判平成17年11月11日,H17(行ケ)10042)を引用しつつ,
「当業者が,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは出願時の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できるというためには,当業者が,いかなる場合において課題に直面するかを理解できることが前提となるというべきである」
とした上で,本件の訂正発明1については,
「訂正発明1の特許請求の範囲の特定では,訂正発明1の前提とする課題である『熱変形により縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなること』に直面するか否かが不明であり,結局,上記課題自体を有するものであるか不明である。」
と判示した。
 すなわち,訂正発明1の課題たる「カバーの熱変形によるホールICの出力変動に基づく回転角の検出精度の低下を抑制」するためには,訂正発明1において「熱変形により縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなる」という上記課題が前提とする課題に直面する必要があり,この点が,(現時点の)訂正発明1の特定では不明であるから,サポート要件違反があるとされた。
 本件は,サポート要件判断の興味深い類型(サポート要件を充足するためには特許請求の範囲に記載された発明が,当該発明が解決しようとする課題に直面することが必要となる。)を示すものと解釈され,実務上参考になると考え紹介した。

(文責)弁護士 柳下彰彦