【平成27年10月30日判決(知財高判平成25年(ワ)第32394号)】

【判旨】
原告は,本件各発明を単独で発明した者とも,被告の従業員らと共同して発明した者であるとも認められないから,その余の争点について検討するまでもなく,本件請求は理由がないというべきである。

【キーワード】
発明者,特許を受ける権利,東京地裁民事第29部判決

【事案の概要】
  本件は,原告が,別紙特許出願目録記載1の特許出願(以下「本件出願1」という。)の請求項1ないし11記載の各発明(以下,請求項の番号に従い,「本件発明1-1」「本件発明1-2」などといい,これらを併せて「本件発明1」という。)及び同目録記載2の特許出願(以下「本件出願2」という。)の請求項1ないし4記載の各発明(以下,請求項の番号に従い,「本件発明2-1」「本件発明2-2」などといい,これらを併せて「本件発明2」という。また,本件発明1と本件発明2を併せて「本件各発明」という。)は,いずれも原告が発明したものであると主張して,被告との間において,本件各発明について,原告が特許を受ける権利を有することの確認を求めた事案である(なお,原告は,平成27年6月12日の本件第2回口頭弁論において,本件請求は,仮に,本件各発明が原告と被告の従業員らとの共同発明であると認定された場合には,原告が本件各発明につき特許を受ける権利の共有持分を有することの確認を求める趣旨を含むものである旨陳述した。)。

(本件出願1)
特許請求の範囲
【請求項1】(本件発明1-1)
 補酵素Qを母豚に投与することを特徴とする,豚の分娩成績の改善または出生以降の子豚の成長・生産性を向上させる方法。
【請求項2】(本件発明1-2)
 妊娠時期に補酵素Qを投与する、請求項1の方法。
【請求項3】(本件発明1-3)
 少なくとも交配後1ヶ月間,妊娠中の母豚に補酵素Qを投与する請求項2記載の方法。
【請求項4】(本件発明1-4)
 少なくとも出産前の1ヶ月間,母豚に補酵素Qを投与する請求項2記載の方法。
【請求項5】(本件発明1-5)
 授乳中の母豚に補酵素Qを投与する請求項1記載の方法。
【請求項6】(本件発明1-6)
 さらに前記母豚より出生した子豚にも補酵素Qを投与する請求項1~5いずれか1項記載の方法。
【請求項7】(本件発明1-7)
 分娩成績の改善が,産子数の増加または生存頭数の増加である請求項1~6いずれか1項記載の方法。
【請求項8】(本件発明1-8)
 出生以降の子豚の成長・生産性の向上が,離乳頭数の増加,増体重の向上,または離乳時体重の増加である請求項1~6いずれか1項記載の方法。
【請求項9】(本件発明1-9)
 補酵素Qを含有する飼料を母豚に投与する請求項1~8いずれか1項記載の方法。
【請求項10】(本件発明1-10)
 補酵素Qが酵母由来である請求項1~9いずれか1項記載の方法。
【請求項11】(本件発明1-11)
 補酵素Qを20ppm以上含有する母豚用飼料。

(本件出願2)
特許請求の範囲
【請求項1】(本件発明2-1)
 補酵素Qを母豚に投与することを特徴とする,受胎率の向上方法。
【請求項2】(本件発明2-2)
 種付け前の期間に補酵素Qを投与する,請求項1記載の方法。
【請求項3】(本件発明2-3)
 受胎率の向上が,再種付け時の受胎率の向上である,請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】(本件発明2-4)
 補酵素Qを100ppm以上,400ppm以下含有する母豚用飼料。

【争点】
1 原告は,本件各発明の発明者又は共同発明者であるか(争点1)
2 原告は,本件契約により,本件各発明について特許を受ける権利を被告に譲渡したか(争点2)
3 本件契約は,心裡留保,虚偽表示又は錯誤により無効であるか(争点3)

 以下では,争点1について,かつ本件発明1-1(補酵素Qを母豚に投与することを特徴とする,豚の分娩成績の改善または出生以降の子豚の成長・生産性を向上させる方法)に関する判示部分を紹介する。

【判旨抜粋(下線筆者)】
1 争点1(原告は,本件各発明の発明者又は共同発明者であるか)について
(1) 発明者の意義について
 発明者とは,特許請求の範囲に記載された発明について,その具体的な技術手段を完成させた者をいう。ある技術手段を着想し,完成させるための全過程に関与した者が一人だけであれば,その者のみが発明者となるが,その過程に複数の者が関与した場合には,当該過程において発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した者が発明者となり,そのような者が複数いる場合にはいずれの者も発明者(共同発明者)となる。ここで,発明の特徴的部分とは,特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち,従来技術には見られない部分,すなわち,当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分をいう。なぜなら,特許権は,従来の技術では解決することのできなかった課題を,新規かつ進歩性を備えた構成により解決することに成功した発明に対して付与されるものであり(特許法29条参照),特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術課題の解決を実現するための,従来技術には見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的構成をもって社会に開示した点にあるから,特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち,当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分の完成に寄与した者でなければ,同保護に値する実質的な価値を創造した者とはいい難いからである(知財高裁平成18年(行ケ)第10048号同19年7月30日判決参照)。

(2) 本件各発明の特徴的部分について
ア 本件明細書1(甲1参照)及び本件明細書2(甲36参照)の各発明の詳細な説明の欄には,要旨,次の記載がある・・・。
・・・(中略)・・・
ウ 本件各発明の特徴的部分について
 以上を前提に,本件各発明の特徴的部分について判断する。
(ア) 前記アにおいて認定した本件明細書1及び本件明細書2の記載からすれば,従来,豚の分娩成績を改善させる方法又は出生以降の子豚の成長・生産性を向上させる方法については,種々の報告があったものの,必ずしも効果が十分ではなく,また,方法が実用的ではないなど,実農場における継続的な利用に適するものとして完成されていないという課題が存したが,他方で,補酵素Qを飼料成分として用いることについては,家畜への好影響も複数報告されていたという状況にあって,本件各発明は,補酵素Qを母豚に投与することにより,豚の分娩成績を改善させ又は出生以降の子豚の成長・生産性を向上させることを指向し,また,これを実農場における継続的な利用に適するものとすべく,その効果を実証し,実用的な方法として完成させることを企図して創作されたものと認められる。
 そうすると,本件発明1-1の特徴的部分は,「補酵素Qを母豚に投与することを特徴とする,豚の分娩成績の改善または出生以降の子豚の成長・生産性を向上させる方法」という特許請求の範囲に記載された構成のすべてであり,とりわけ,従来技術には見られない当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける要素は,補酵素Qを母豚に投与する方法を採用したことのほか,これにより現実に豚の分娩成績の改善又は出生以降の子豚の成長・生産性を向上させるという効果を挙げ得ることを具体的に見いだしたことにあるというべきである。
・・・(中略)・・・

(3) 本件各発明の特徴的部分への原告の関与について
ア ・・・(中略)・・・
イ 以上に認定した事実を前提に,原告が本件各発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したといえるかについて検討する。
(ア)a 本件発明1-1の特徴的部分は,「補酵素Qを母豚に投与することを特徴とする,豚の分娩成績の改善または出生以降の子豚の成長・生産性を向上させる方法」という特許請求の範囲に記載された構成のすべてであり,とりわけ,従来技術には見られない当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける要素は,①補酵素Qを母豚に投与する方法を採用したことのほか,②これにより現実に豚の分娩成績の改善又は出生以降の子豚の成長・生産性を向上させるという効果を挙げ得ることを具体的に見いだしたことにあることは,前記のとおりである。

   b まず,①補酵素Qを母豚に投与する方法を採用したことにつき,原告が創作的に寄与したといえるかについて検討する。
 原告は,平成21年1月から同年2月にかけて,被告に対し,ウサギ実験1及び同2に関するデータを紹介するなどして,母豚を対象に補酵素Q10を含有する飼料を投与し,新生児の健康改善(死亡率低減)効果を検証する試験の実施を提案している。被告は,前年(平成20年)には,家畜に対する補酵素Q10を含有した飼料の展開可能性を広範囲にわたって具体的に検討していたが,日本国内における豚の生産性向上については,同年12月期の営業会議(飼料分野)において,これまでの実績や試験計画の進展等を考慮して,優先順位として劣るものと評価されており,平成22年(2010年)上期に展開することが予定されていたところ,原告による提案を契機に,豚の生産性向上に係る被告内部での検討が高まったこと,また,それまでなかなか実現に至らなかった農場等での豚の評価試験の実施について,原告の存在が梃子となって説得力を増し,おおやファームでの評価試験の実施や,ひいては本件各発明の完成に至った部分があることは否定できないというべきである。
 しかしながら,前記アにおいて認定したところによれば,母豚を対象に補酵素Q10を投与することにより繁殖成績の改善や生産性向上等の効果を期待できることは,原告による被告への提案に先立ち,既に被告において検討されており,ここにいう繁殖成績の改善や生産性向上には,新生児の死亡率の低減も含まれているものと認められるほか,「補酵素Q10の投与により胎児の抗酸化能が向上する効果が見込まれるところ,豚の新生児の死亡率が高い原因として抗酸化能が低いことによる酸化ストレス障害が挙げられ,補酵素Q10の投与により抗酸化能を高めることで,死亡率低減効果が期待できること,母豚に補酵素Q10を投与すれば,胎盤又は母乳を通じて胎児又は新生児へ到達するため,新生児の死亡率の低減へつながるのではないか」との効果発生機序についての原告の仮説も,原告が被告に同提案をした時点で,母豚の妊娠初期と妊娠後期に母豚にかかる酸化ストレスが高いこと,補酵素Q10が胎児に抗酸化効果をもたらすこと,補酵素Q10が哺乳動物において母体から胎児に移行すること,補酵素Q10が,ビタミンEに比して,生体内の酸化ストレスを低減する効果を有することがいずれも公然と知られていたことからすれば,原告の提案自体が,従来技術に見られない格別に創作的な技術的思想であると評価することは困難である。
 前記のとおり,必ずしも被告において優先順位が高くなかった豚の生産性向上に関する評価試験の実現を促進したことは,原告による貢献というべきではあるが,どちらかといえば事業上の戦略や計画を推進・実現していく過程への貢献であって,従来技術には見られない課題解決手段(技術的思想)を創作していく過程への貢献とはいえない。
 したがって,①補酵素Qを母豚に投与する方法を採用したことについて,原告が創作的に寄与したとはいえない。

    c 次に,原告が,②これ(補酵素Qを母豚に投与すること)により現実に豚の分娩成績の改善又は出生以降の子豚の成長・生産性を向上させるという効果を挙げ得ることを具体的に見いだしたことについて,原告が創作的に寄与したといえるかについて検討する。
・・・(中略)・・・原告は,おおやファームでの評価試験の実施について,補酵素Q10の投与量及び投与時期を絞ることが望ましいこと,試験期間を8か月とすること,試験期間中の一定時期に,飼料を全面的に切り替えること,評価項目として出産数,死産数,離乳数のほか,母乳の分析及び飼料中の補酵素Q10の分析を行うことなどを提案し,結果として,これらの多くは,おおやファームでの評価試験の試験計画の概要と大筋において一致しているといえる。
 しかしながら,前記アのとおり,当時,豚の繁殖成績を向上させるためには繁殖豚のステージに合わせた飼料管理を要し,妊娠の各ステージにおいて必要とされる栄養上・管理上のポイントが異なることは公知の事実であったこと,被告は,補酵素Q10を含有する飼料の価格政策について,生産性の向上に関連するキーポイントとしては,価格を落とさず,その範囲で可能な配合量で得られる最大限の生産性追求にあると指摘していたことなどからすれば,評価試験の実施において,補酵素Qの投与量及び投与時期を限定してその効果を確認することは当然に検討されるべきことであるし,対照区を限定できないと指摘されたおおやファームにおいて評価試験を行うためには,試験期間中の一定時期に飼料を全面的に切り替えることも,有力な選択肢として当然に検討されるべき事項である。出産数,死産数,離乳数は,豚の分娩成績と出生後の成長・生産性を評価する項目として当然に選択されるべきである。したがって,仮に,原告がこれらの点について被告やおおやファームに先立って提案していたとしても,そのことをもって評価試験の実施につきその内容の策定や結果を獲得する過程に具体的かつ実効的な貢献をしたとは評価し難い
 また,母乳中や飼料中に存する補酵素Q10の含有量を分析することは,それ自体が分娩成績の改善又は出生以降の子豚の成長・生産性の向上に属する成果ではなく,試験結果と補酵素Q10との関連性を基礎付けるための補助的な評価項目というべきであるから,原告がこの点を発案していたとしても,そのことをもって評価試験の実施につきその内容の策定や結果を獲得する過程に具体的かつ実効的な貢献をしたものとは評価し難い。
・・・(中略)・・・
 したがって,②補酵素Qを母豚に投与することにより現実に豚の分娩成績の改善又は出生以降の子豚の成長・生産性を向上させるという効果を挙げ得ることを具体的に見いだしたことについても,原告が創作的に寄与したとはいえない。

   d 以上によれば,原告は,本件発明1-1の特徴的部分の完成に創作的に寄与したとはいえないから,本件発明1-1を単独で発明した者とも,被告の従業員らと共同して発明した者であるとも認められない。

【検討】
 本件判決は,発明者の認定については,「発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した者が発明者となる」と従来の裁判実務で用いられている規範を踏襲しつつ,本件発明1-1の発明の特徴的部分(従来技術には見られない当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分)は,
①酵素Qを母豚に投与する方法を採用したこと
②これにより現実に豚の分娩成績の改善又は出生以降の子豚の成長・生産性を向上させるという効果を挙げ得ることを具体的に見いだしたこと
にあると判示している。ここで,上記①は「着想の提供」にあたると解され,上記②は「着想の具体化(具体的解決手段の実現)」にあたると解される。
 当職の上記解釈が正しいとすると,上記①,②を用いた判断枠組は,二段階説(※)を採用したものと解釈される。その意味でも,本件判決は従来の裁判実務や学説を踏襲したものとなっていると考える。

※二段階説とは
発明の成立過程を着想の提供(課題の提供または課題解決の方向づけ)と着想の具体化(さらにこれは実験的・試作的研究と理論的研究とに分けることができるとされる)の二段階に分け、(ア)提供した着想が新しい場合には、着想(提供)者は発明者であり(着想を具体化する前に公表し、その後別の者により同着想が具体化された場合を除く)、(イ)新着想を具体化した者は、その具体化が当業者にとって自明程度のことに属しない限り、共同発明者である、とする説をいう(吉藤幸朔(熊谷健一補訂)「特許法概説〔第13版〕」p.188参照)。

 以後は,本件事案における裁判所の事実認定の問題となる。本件では,裁判所は,詳細な事実認定をした後以下のとおり判断している。
 まず,上記①の「①酵素Qを母豚に投与する方法を採用したこと(着想の提供)」については以下の事実認定及び法的評価がされている。
 すなわち,原告(自己が発明者又は共同発明者の一人であると主張する者)は,被告に対し,「母豚を対象に補酵素Q10を含有する飼料を投与し,新生児の健康改善(死亡率低減)効果を検証する試験の実施を提案」したものの,「母豚を対象に補酵素Q10を投与することにより繁殖成績の改善や生産性向上等の効果を期待できることは,原告による被告への(上記)提案に先立ち,既に被告において検討されて(いた)」とされた。その結果,原告による上記提案は「従来技術には見られない課題解決手段(技術的思想)を創作していく過程への貢献とはいえない」と判断された。
 次に,上記②の「これにより現実に豚の分娩成績の改善又は出生以降の子豚の成長・生産性を向上させるという効果を挙げ得ることを具体的に見いだしたこと(着想の具体化)」については以下の事実認定及び法的評価がされている。
 すなわち,原告は,被告に対し,「補酵素Q10の投与量及び投与時期を絞ることが望ましいこと,試験期間を8か月とすること,試験期間中の一定時期に,飼料を全面的に切り替えること,評価項目として出産数,死産数,離乳数のほか,母乳の分析及び飼料中の補酵素Q10の分析を行うことなどを提案」してはいるが,これらの提案もそれぞれ「公知の事実」「(試験方法や試験項目)として当然検討されるべき事項」「補助的な評価項目」等であるから,「原告がこの点を発案していたとしても,そのことをもって評価試験の実施につきその内容の策定や結果を獲得する過程に具体的かつ実効的な貢献をしたものとは評価し難い」と判断された。

(文責)弁護士 柳下彰彦