【平成27年5月27日(知財高裁判決 平成26年(ネ)第10058号)
 (原審・大阪地方裁判所平成25年(ワ)第3742号)】

【キーワード】
実験、構成要件充足性、立証

【事案の概要】
 控訴人が,被控訴人が販売等をするイ号~ヘ号製品(本件製品)等は,控訴人が特許権者である,発明の名称を「通気口用フイルター部材」という発明にかかる特許権(特許番号第2791553号。ただし,平成24年12月6日付けの訂正審決〔訂正2011-390120号〕により訂正された後のもの)を侵害すると主張して,被控訴人に対し,特許法100条1項,2項に基づき,これらの製品及びこれらの製品と同一の構成を有するフィルター装置の製造等の差止め及び廃棄を求めた事案。被控訴人補助参加人Z1は,上記各製品のうちイ号,ロ号,ハ号及びヘ号製品の製造者であり,被控訴人補助参加人Z2は,ニ号及びホ号製品の製造者である。
原審は,本件製品に使用される不織布は,本件特許の特許請求の範囲記載の「120~140%まで自由に伸びて縮む」という構成要件(構成要件B)に該当する不織布であると認めることはできないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。原判決を不服として,控訴人が本件控訴をした。

【クレーム】
A 幅広の不織布を取り付けようとするレンジフードの角形の通気口に合わせて切断し,切断した不織布の周囲
  を前記通気口に仮固定してこの通気口を不織布で直接覆って使用する通気口用フィルター部材であって,
B 前記不織布として,一軸方向にのみ非伸縮性で,かつ該一軸方向とは直交する方向へ伸ばした状態で仮固
    定して使用したとき,120~140%まで自由に伸びて縮む合成樹脂繊維からなるものを使用し,
C 前記不織布を前記一軸方向とは直交する方向へ伸ばして,この不織布により前記通気口を覆うことを可能
    としたことを特徴とする
D 通気口用フィルター部材。

【争点】
構成要件Bの充足性

【結論】
構成要件Bを充足しない。

【判旨で認定された権利者(控訴人)・被控訴人補助参加人の試験内容の要点】
[権利者実施の試験(充足立証目的)]
(ア) 甲19試験
主体:控訴人の従業員
方法要点:

試験片の縦方向の一端を,亜鉛鍍金鋼板(未塗装)に,イ号,ロ号,ニ号製品は,面状ファスナー4個で,ホ号,ヘ号製品は付属磁石4個で固定
③ 試験片の縦方向の他端の中央に,幅32mmのダブルクリップを付け,そのクリップを引張速度毎分100mmにて,オートグラフ精密万能試験機で引っ張り,引張力(荷重)と不織布の伸び量(引張距離)の関係を測定
(イ) 甲21試験  (一審判決後の甲19の追試)
主体:一般財団法人カケンテストセンター
方法要点
① 縦46cm,横60cmの試験片とし,縦のつかみ間隔は42cmとする。ただし,ロ号製品については,縦46cm,横15cmの試験片とし,不織布の厚みが厚いため,不織布を手で30%伸張させた状態で2秒間固定して不織布に伸び癖をつける。
② 試験片の縦方向の一端を,磁石4個又は面ファスナ4個で金属板に固定する(各製品ごとに2通りの固定方法で試験)。ただし,イ号製品について面ファスナで固定した試験については,面ファスナ14個で固定する。
イ号製品,ヘ号製品には,これらの製品付属の磁石ではなく,より磁力の強いロ号製品付属の磁石が使用され,ニ号製品の試験にも,同製品付属の磁石ではなく,より磁力の強くヨーク付の磁石が使用された
③ 甲19試験の上記③と同様の方法で,試験片の縦方向の他端中央部に付けたクリップを引っ張り,引張力(荷重)と不織布の伸びの関係を測定

[参加人実施の試験(非充足立証目的)]
(ア)丙3、丁8試験
主体:株式会社エフシージー総合研究所
② 試験片の600mmの辺を固定端,移動端とし(伸び率の比較的高い方向である600mmの辺と直交方向に引っ張る),引っ張る有効長を350mmとし,端から55mm,及びそこからさらに350mmの間隔で二本の直線でマーキング線を入れる。
③ 試験片の上端のマーキング線を,島津製作所製卓上試験機EZ-Lの上側治具に,ネジで完全に固定する。
④ 同じく,下側は,JFE製カラー鋼板を治具とし,各製品付属の磁石4個で固定
引張速度100mm毎分で引っ張り,目視で磁石の状態を観察し続け,いずれかの磁石が動いた瞬間の引張試験機のストローク値を記録。磁石が4個あるため見落としする可能性があるため,伸び量と張力のグラフから,直線性が変化する部分を抽出し,目視の値と比較して,小さいほうの値を磁石が動いた伸び量とする。
(イ) 丙19試験,丁17試験 (甲21の反証)
主体:一般財団法人カケンテストセンター
甲21試験①ないし③と同様の方法により,ただし,試験片を仮固定する磁石については製品同梱のものとして,引張試験を行った

【判旨抜粋】
(結論)
立証不十分

(クレーム解釈)
本件特許発明は,「仮固定して使用したとき,120~140%まで自由に伸びて縮む」ものであり,同構成に該当するというためには,不織布が,通気口に仮固定して,通気口全体を覆うように伸ばしたときに,仮固定が維持できる状態で,120%から140%までの長さの範囲内のいずれかの長さまで自由に伸ばして,縮むことができる性能を有することが必要である。

(権利者甲21試験について)
本件製品が,仮固定が維持できる状態で,通気口全体を覆うように120%ないし140%の範囲内の長さまで伸ばせることを証するものとはいえない。
∵①試験片の縦方向の一端については,その全辺を仮固定具で固定しているものの,他方の辺については,その辺の中央部のみをダブルクリップで把持し,試験片を山形に引っ張っているものであり,同辺の両端部付近は伸ばしていないから,通気口全体を覆うことができるように試験片を伸ばしているものではない。
∵②中央部だけではなく,同辺の両端部付近をも引っ張り,辺全体が通気口を覆うようにすれば,縦方向の引っ張っていない方の辺を保持している仮固定具に係る総合的な引張力が大きくなることは明らかであり,仮固定具が抗することができる範囲内の力で中央部のみを120~140%の範囲内の長さまで伸ばすことができるとしても,仮固定具が抗することができる範囲内の力で,通気口全体を覆うことができるように辺全体を120~140%の範囲まで伸ばせるとは限らない。

参加人が行った丁17試験によれば,最大荷重時には簡易固定具が動いたり,不織布に亀裂等が生じており,甲19,甲21で定められた「データポイント」(荷重最大時点)も同様の状況であった可能性が高く,甲19試験及び甲21試験が,同各試験の平均伸び率まで,本件製品の中央部を,仮固定が維持できる状態で,120~140%まで伸ばすことができることを証するものであるとも直ちにいえない。

(丙3試験及び丁8試験について)
以下のとおり、試験内容が甲19,甲21より適切とした上,非充足の値となったと認定。
実際に用いられる幅の不織布の一端を製品同梱の磁石で仮固定して,他端全体を引っ張り,磁石がずれたときの伸びを測定するものであるから,不織布を通気口に仮固定して,通気口全体を覆うように伸ばしたときに,仮固定が維持できる状態で,120%ないし140%までの長さの範囲内のいずれかの長さまで自由に伸ばして縮むことができるかどうかを確認する上では,甲19試験及び甲21試験よりは適切な試験であるといえるところ,前記ウ(ア)のとおり,丙3,丁8試験の結果によれば,本件製品については,仮固定が維持できる状態で,120%から140%までの範囲内の長さまで伸ばすことはできなかったものである。

【解説】 
 明細書中に,クレームの数値範囲等の充足の実験条件等を記載しておかないと,被疑侵害者に、非充足となる条件での実験を実施される自由度を与えることになる。本件でも、控訴審において追加した実験を含め、構成要件B充足を立証するに不十分であると判断された。

(文責)弁護士・弁理士 和田祐造