【平成27年11月11日判決(知財高判平成27年(行ケ)第10157号)】

【判旨】
商標登録の不使用取消審判での審理の中心となるのは,被請求人が主張する具体的な登録商標の使用の事実の存否であり,審判体が,商標登録の取消しという「結論」を導き出すための「理由」としては,被請求人が主張する具体的な登録商標の使用の事実を特定した上で,同主張に係る使用の事実が認められるか否かについての判断(同主張に係る使用が商標法50条2項の「使用」に該当するかについての法的判断を含む。)及びその根拠を,証拠に基づいて具体的に明示することを要するものと解するのが相当である。

【キーワード】
商標法50条,商標法56条で準用する特許法157条2項4号,不使用取消審判,審決の理由,審決取消訴訟,知財高裁1部判決

【事案の概要】
 本件は,不使用による商標登録の取消審判(商標法50条1項)の取消審決を不服とする,商標権者(原告)が提起した審決取消訴訟である。主たる争点は,審決に理由不備があったかである。

 対象の商標権は,商標登録第5037336号である。この商標権に係る商標(以下「本件商標」という。)は,「Mariquita」の欧文字と「マリキータ」の片仮名文字とを上下2段に横書きしてなり,平成18年10月11日に出願され,第3類「化粧品,香料類,植物性天然香料,エッセンシャルオイル,精油,ジャスミン油,ちょうじ油,はっか油,バニラ,ばら油,ベルガモット油,ラベンダー油,吸香,薫香,線香,におい袋,せっけん類,歯磨き,つけづめ,つけまつ毛,かつら装着用接着剤,つけまつ毛用接着剤,家庭用帯電防止剤,家庭用脱脂剤,さび除去剤,染み抜きベンジン,洗濯用柔軟剤,洗濯用漂白剤,洗濯用でん粉のり,洗濯用ふのり,塗料用剥離剤,靴クリーム,靴墨,つや出し剤,研磨紙,研磨布,研磨用砂,人造軽石,つや出し紙,自動車用洗剤,自動車用つや出し剤,つや出し布」を指定商品として,平成19年3月30日に設定登録されたものであり,原告は,その商標権者である。

 被告は,平成26年3月28日,商標法50条1項に基づき,本件商標の指定商品中第3類「化粧品,香料類,植物性天然香料,エッセンシャルオイル,精油,ジャスミン油,ちょうじ油,はっか油,バニラ,ばら油,ベルガモット油,ラベンダー油,吸香,薫香,線香,におい袋,せっけん類,自動車用洗剤」について,商標登録の取消しを求める審判の請求をし,同年4月17日,審判請求の登録がされた。
 特許庁は,上記請求を取消2014-300237号事件として審理をした上,平成27年6月29日,「登録第5037336号商標の指定商品中,第3類『化粧品,香料類,植物性天然香料,エッセンシャルオイル,精油,ジャスミン油,ちょうじ油,はっか油,バニラ,ばら油,ベルガモット油,ラベンダー油,吸香,薫香,線香,におい袋,せっけん類,自動車用洗剤』については,その登録は取り消す。」との審決をし,その謄本を,同年7月9日,原告に送達した。

 本件審決取消訴訟において、原告(商法権者)は、
「原告は,審判において,商標使用に関する具体的な事実主張として,①・・・(以下「使用行為1」という。),②・・・(以下「使用行為2」という。),③・・・(以下「使用行為3」といい,使用行為1及び2と併せて「本件各使用行為」という。)を主張した。しかし,特許庁は,審決において,本件各使用行為のいずれについても判断を一切行っておらず,結論を導く『理由』を記載したものとはいえない。」
と主張し、

これに対して、被告(不使用取消審判の審判請求人)は、原告の主張する本件各使用行為について、
「無償交付物は『商品』ではないから,無償交付物に商標を付しても『商標の使用』に該当しないのであり,かつ,商品に商標が用いられていても,『商品の出所表示標識』として用いられているのでなければ,『商標の使用』には該当しない。本件各使用行為は,いずれも明白に商標の『使用』に該当しないから,証拠によって裏付けられるか否かの判断を行なう対象ではない事項であるとして,審判体は,かかる判断を記載することは全く不要と考えたものである。」
と反論した。

【争点】
審決に理由不備があったかである(取消事由1)。

【判旨抜粋】(下線筆者)
 当裁判所は,原告の主張する取消事由1には理由があり,審決は取り消されるべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。

1 商標法は,審決は,「審決の結論及び理由」を記載した文書をもって行わなければならない旨を定めている(商標法56条1項,特許法157条2項4号)。
  商標法が,民事訴訟手続に準じた審判手続を設け,商標登録の取消事由があるかどうかについては審判手続において法律上及び事実上の争点について十分な審理判断をすべきものとし,また,当事者の関与の下でそのような十分な審理判断がされていることを前提として,事実審を省略し,審決に対する訴えを東京高等裁判所の専属管轄としていること(商標法63条1項)に鑑みると,上記審決の記載事項を義務付けた規定の趣旨は,審判官の判断の慎重,合理性を担保しその恣意を抑制して審決の公正を保障すること,当事者が審決に対する取消訴訟を提起するかどうかを考慮するのに便宜を与えること及び審決の適否に関する裁判所の審査の対象を明確にすることにあるというべきであり,したがって,審決書に記載すべき理由としては,特段の事由がない限り,審判における最終的な判断として,その判断の根拠を証拠による認定事実に基づき具体的に明示することを要するものと解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷昭和59年3月13日判決・裁民141号339頁参照)。
  そして,商標登録の不使用取消審判においては,審判請求の登録前3年以内に日本国内において商標権者等がその請求に係る指定商品・役務のいずれかについての登録商標の使用をしていることを証明しない限り,商標権者はその指定商品・役務に係る商標登録の取消しを免れないとされ(商標法50条2項),使用についての立証責任は被請求人が負うものとされている。したがって,商標登録の不使用取消審判での審理の中心となるのは,被請求人が主張する具体的な登録商標の使用の事実の存否であり,審判体が,商標登録の取消しという「結論」を導き出すための「理由」としては,被請求人が主張する具体的な登録商標の使用の事実を特定した上で,同主張に係る使用の事実が認められるか否かについての判断(同主張に係る使用が商標法50条2項の「使用」に該当するかについての法的判断を含む。)及びその根拠を,証拠に基づいて具体的に明示することを要するものと解するのが相当である。
・・・(中略)・・・
2 証拠(文中掲記)によれば,原告は,審判手続において,平成27年2月13日付けで,口頭審理陳述要領書(乙6)を提出し,同書面においては,「本件審判請求の登録前3年以内の商標の使用」との見出しの下,「使用行為①」ないし「使用行為③」として,本件各使用行為を詳細に主張するとともに,これらの本件各使用行為が商標法2条3項の「使用」に該当する旨を主張し,これらの本件各使用行為を裏付ける書証として,A,B及びCの各陳述書を含む審判乙4号証ないし同乙15号証(甲4ないし甲15)を提出したこと,これに対する反論として,被告は,平成27年2月27日付けで口頭審理陳述要領書(乙7)を提出したことが認められる。
  しかし,審決の理由においては,「被請求人の主張」として,本件各使用行為の主張が摘示されているにもかかわらず,「当審の判断」においては,前記第2の3のとおりの判断が記載されているのみである。同記載のうち,前記第2の3の②の記載部分は,平成26年2月28日付け納品書が実態を反映したものではない旨を原告が自認していることを根拠として,無償譲渡も含めて,「同時期に使用商品が同納品書の名宛人である龍IMPROVEに譲渡されたものということはできない」との判断をしたものと一応理解することもできるから,そのような根拠が無償譲渡の事実をも否定する理由として合理的なものといえるかどうかは別として,使用行為3についての判断を記載したものと理解する余地もないではない。しかし,それ以外には,審決には,使用行為1及び2の事実が認められるかどうかについての判断は一切記載されておらず(なお,前記第2の3の③は,平成25年11月5日にエッセンシャルオイルを提供したという使用事実について判断したものであり,同年10月19日にBにMariquitaボトル入りのエッセンシャルオイル数種類及び価格表を交付したという使用行為2についての判断を示したものではない。),判断を示さないことについての特段の事由も認められない。
  そうすると,審決が,法が要求する「理由」を記載したものと解することはできないから,審決は違法であり,取り消すのが相当である。

3 以上に対し,被告は,本件各使用行為は,いずれも商標の使用には該当しないから,審決には取り消されなければならない程の瑕疵が存在するとはいえず,仮に取り消されたとしても,差戻し後の審判における審決の結論が変わるものではない旨主張する。
(1) しかし,仮に本件各使用行為が,解釈上,商標法50条2項の「使用」に該当しないと審判体が判断したものであるとしても,そのことは,審判体が同判断に係る理由を記載しないことについての特段の事由とはいえない。
(2) この点を措くとしても,原告は,エッセンシャルオイルの販売事業を行っている者であり,使用行為1及び2につき,有償販売の対象物であるMariquitaボトル入りのエッセンシャルオイルと同じ物を,取引の見込み客に対する営業活動の一環として,サンプルとして交付した旨主張しているのであり,使用行為1及び2における同エッセンシャルオイルの譲渡が無償であったとしても,そのことのみをもってMariquitaボトル入りのエッセンシャルオイルが独立して商取引の対象となることを目的とした「商品」でないとはいえない。また,原告は,Aに対しては,不特定多数にネット通信販売をしてもらうこと,Bに対してはその取引先である大和自動車交通株式会社に見せて,そのセミナーにおける使用を決定してもらうことを前提として,使用商標を付した商品及び価格表を交付した旨主張しているのであるから,その使用商標が商品であるエッセンシャルオイルの出所を表示するための標識として付されていることも明らかである。したがって,原告の主張する事実を前提としてもエッセンシャルオイルが「商品」に当たらない,又は使用商標が出所表示機能を有しないとの被告の主張は理由がない。
(3) そして,原告は,使用行為1及び2を裏付ける書証として,A及びBの各陳述書その他の書証を提出するのみならず,これらの者の証人尋問の申出もしているのであって,これらの証拠の審理の結果によっても審決の結論が左右されることがないとは直ちにいえないから,仮に取り消されたとしても,審決の結論が変わるものではないとの被告の主張も理由がない。

【検討】
 特許法の下で請求される審判に対する審決には「審決の理由」を付さなければならないとされている(特許法157条2項4号)。この規定の趣旨について、特許無効審判の審決に特許法の要求する審決理由を記載したといえるか否かが問題となった事案で、最判昭和59・3・13は、
「特許法一五七条二項四号が審決をする場合には審決書に理由を記載すべき旨定めている趣旨は、審判官の判断の慎重、合理性を担保しその恣意を抑制して審決の公正を保障すること、当事者が審決に対する取消訴訟を提起するかどうかを考慮するのに便宜を与えること及び審決の適否に関する裁判所の審査の対象を明確にすることにあるというべきであり、したがつて、審決書に記載すべき理由としては、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者の技術上の常識又は技術水準とされる事実などこれらの者にとつて顕著な事実について判断を示す場合であるなど特段の事由かない限り、前示のような審判における最終的な判断として、その判断の根拠を証拠による認定事実に基づき具体的に明示することを要するものと解するのが相当である。」
と判示している。本判決はこの最高裁の判示を踏襲している。その上で、商標登録の不使用取消審判では、被請求人(商標権者)が指定商品・指定役務についての登録商標の使用についての立証責任を負うという審理構造であるために(商標法50条2項)、審理の中心となるのは被請求人(商標権者)が主張する具体的な登録商標の使用の事実の存否であることに鑑み、審決の「理由」には、被請求人(商標権者)が主張する具体的な登録商標の使用の事実を特定した上で,同主張に係る使用の事実が認められるか否かについての判断及びその根拠を,証拠に基づいて具体的に明示することが必要であると判示した。この判示は妥当であろう。

 むしろ,本件において,なぜ特許庁合議体が,被請求人(商標権者)が主張した使用行為1~3について判断しなかったのか,疑問が残る。
 この点については,被告は,使用行為1~3は無償交付物(無償サンプル品)を配布したに過ぎないところ,無償交付物は「商品」ではなく,無償交付物に商標を付しても『商標の使用』に該当しないから,審決の理由に記載する必要がなかったとの趣旨の反論をしている。この反論も特許庁自身の見解ではないので,特許庁合議体がなぜ上記使用行為1~3について判断しなかったのかについては依然として疑問が残る。
 知財高裁は,被告の上記反論に対し,「仮に本件各使用行為が,解釈上,商標法50条2項の『使用』に該当しないと審判体が判断したものであるとしても,そのことは,審判体が同判断に係る理由を記載しないことについての特段の事由とはいえない」と判示した。当然であろう。
 加えて,「無償交付物は『商品』ではない」との被告の反論についても,知財高裁は,有償販売の対象物であるMariquitaボトル入りのエッセンシャルオイルと同じ物を無償で配布したことのみをもって,Mariquitaボトル入りのエッセンシャルオイルが独立して商取引の対象となることを目的とした「商品」でないとはいえない,と判示した。特許庁が発行する「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説(第19版)」においても,商品とは「商取引の目的たり得るべき物、特に動産をいう。」と明確に定義されているから,知財高裁の判示は妥当である。
 なお,広告用の無料配布のちらしは交換価値がないから商品ではないとした裁判例がある(東京地判昭和36・3・2(S32(ワ)5278))が,この裁判例の事案は本件では妥当しないと考えられる。

 本件は,使用行為1~3について全く判断がなされないという特殊な事案との印象を受けるが,実務においては,審決で証拠に基づくことなく技術常識・周知技術が認定されるような場合を時折見かける(これは特許庁が技術の専門官庁だからかもしれない。)。こうした審決がなされた場合に,当該技術常識・周知技術の証拠に基づかない認定に誤りがあり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすような場合には,審決の「理由」は特許法の要求する審決理由を記載したとはいえない場合もあり得ると考える。こうしたケースでは,最判昭和59・3・13の判示や本件裁判例の判断は参考になると考える。

(文責)弁護士 柳下彰彦