【平成27年2月26日判決(東京地方裁判所平成23年(ワ)14368号 職務発明対価請求事件】

【判旨】
 Yは本件各発明の実施品以外のピストンリング製品についても相当高いシェアを有していること、競業他社がY各製品の競合品の製造販売をしていること、TPR社は本件発明1及び2の代替技術に係る特許を保有していたこと、本件発明1及び2に係る特許には無効理由があり、これを一因としてYによる競業他社に対する権利行使が奏功しなかったこと、Yは本件特許1については権利行使を試みていないことなど本件における諸事情を考慮すれば、Y各製品の売上げのうち本件各特許権に基づく超過売上げの割合はいずれも20%である

【キーワード】
 職務発明、特許法35条、相当の対価、超過売上、知財高裁平成21年2月26日判決[キャノン職務発明事件]

【事案の概要】
 本件は、被告Y(株式会社リケン)の従業員であった原告Xが、Yに対し、3件の特許権に係る職務発明についての特許を受ける権利をYに承継させたことによる平成16年改正前の特許法35条(以下「35条」という。)3項に基づく相当の対価1億1380万7102円及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 ① 本件特許権1
  登録番号 特許第2732519号
  発明の名称 ピストンリング及びその製造方法
  登録日 平成9年12月26日
  存続期間満了日 平成16年10月5日
  なお、本件特許1については、本件訴訟提起後の無効審判請求により無効とする旨の審決が確定した。

② 本件特許権2
  登録番号 特許第2692758号
  発明の名称 ピストンリング
  登録日 平成9年9月5日
  登録抹消日 平成16年9月5日
  発明者 X
 
③ 本件特許権3
  登録番号 特許第2771947号
  発明の名称 摺動部材
  登録日 平成10年4月17日
  発明者 X、B(以下「B」という。)
 
なおYは、本件各特許につき、第三者に実施許諾をしていない。

【東京地裁の判旨】
1 裁判所は、223万9585円及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を認めた。
 相当の対価の計算については次の通りである。

2 時効消滅の主張について
 「Yによる消滅時効の援用は、〈1〉 本件発明1及び2の相当の対価支払請求権のうち平成10年4月1日から平成12年3月31日までの実施に対応する部分、〈2〉 本件発明3の相当の対価支払請求権のうち平成11年4月1日から平成12年3月31日までの実施に対応する部分について理由がある。」

3 対価の計算方法について
 「勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた従業者は、当該勤務規則等による対価の額が旧35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができる(省略)。もっとも、使用者は、特許を受ける権利を承継しない場合でも、職務発明につき通常実施権を有するから(同条1項)、同条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは、使用者が通常実施権により得るべき利益を控除したもの、すなわち、特許発明の実施を排他的に独占することにより得るべき利益のことであり(以下、この利益を「独占の利益」という。)、特許権者である使用者が自ら発明を実施している場合の独占の利益は、通常実施権による売上げを超えた超過売上げを基礎として、それが他者に実施許諾された場合の実施料相当額として算定するのが相当であり、具体的には、実施品の売上高に超過売上げの割合及び仮想実施料率を乗じることにより算定することができる。

4 実施品の売上高について
 平成12年4月1日以降の本件各発明の実施品の売上高の合計は次のとおりとなる。
 ① 本件発明1 合計 29億7732万3966円
 ② 本件発明2 合計 31億9886万6086円
 ③ 本件発明3 合計 36億1792万9445円

5 超過売上げの割合について
 「Yは本件各発明の実施品であるY各製品だけでなくそれ以外のピストンリング製品についても相当高いシェアを有していること、競業他社がY各製品の競合品の製造販売をしていること、TPR社は本件発明1及び2の代替技術に係る特許を保有していたこと、本件発明1及び2に係る特許には無効理由があり、これを一因としてYによる競業他社に対する権利行使が奏功しなかったこと、Yは本件特許1については権利行使を試みていないことなど本件における諸事情を考慮すれば、本件各発明が本件各製品の売上げに寄与したといえるとしても、その程度が高いとみることは困難である。以上によれば、Y各製品の売上げのうち本件各特許権に基づく超過売上げの割合はいずれも20%であると認めるのが相当である
  オ これに対し、Xは、〈1〉 Yがオイルリング製品の市場を独占していること、〈2〉 TPR社及びNPR社のピストンリング製品は、その性能上Y各製品の競合品となり得ないこと、〈3〉 Y各製品はYの他の製品より利益率が高いこと、〈4〉 TPR社が保有する特許権はIP300のトップリングのうちCrアンダーコート品に対応する技術にすぎず、その余のY各製品との関係で代替技術であるとはいえないこと、〈5〉 相当の対価の支払請求に対し、特許権者であるYが特許の無効理由を主張することは許されないことを根拠に、超過売上げの割合はオイルリングが50%、トップリングが25%であると主張する。
  しかし、〈1〉及び〈2〉について、前記ア(ア)a~cに認定したところに照らし、Yがオイルリング製品の市場を独占していたとは認められず、国内の競業他社が製造販売するイオンプレーティング法による窒化クロムの被覆層を形成したピストンリング製品がY各製品の競合品となっていたということができる。〈3〉について、利益率が高いことを裏付ける的確な証拠はない上、利益率が高いとしてもそのことから上記エの判断を覆すことは困難である。〈4〉について、前記ア(ア)dの特許請求の範囲の記載によれば、本件発明1及び2の実施品に代替し得る技術であると解することができる。〈5〉について、特許発明を独占的に実施した使用者が、その後、従業員による相当の対価の支払請求を拒むために特許無効を主張することは適切といい難いが、本件においては、本件特許権2については現に無効理由の存在が競業他社に対する権利行使不奏功の一因となっており、また、本件特許権1についてはYがその権利行使をしたとすれば競業他社が無効理由の存在を指摘する可能性が高かったと考えられるから、これら無効理由の存在がYによる本件発明1及び2の独占的実施の妨げになっていたといい得る。」

6 仮想実施料率について
 「本件各発明と同一又は類似の技術分野における実施許諾契約について調査した文献によれば、平均的な実施料率は3~4%程度であるとされている。」
 「 イ 以上に認定した事実関係によれば、〈1〉 本件各発明はピストンリングのうち専ら摺動面の表面処理に関するものであり、〈2〉 本件発明1及び2は、基本的技術に関するものであるが、いわゆるパイオニア発明とは認められず(省略)、〈3〉 本件発明3は性能の改善に関するものであるということができる。本件各発明の実施に係るこれらの事情を考慮すると、本件発明1及び2の仮想実施料率は各4%、本件発明3の仮想実施料率は2%と認めるのが相当である。

7 Yの貢献度について
 「本件各発明がXの努力及び創意工夫によることは確かであるが、Xは、Yによる費用負担の下、Y入社後に得た知識経験に基づき、上司の指示に従い、開発グループでの職務を通じて、本件各発明を完成させるに至ったとみることができる。また、本件各発明の実施品である本件各製品が前記3(2)のとおり多大な売上げを計上したことに関しては、Yがピストンリングの分野で長年の実績を有していること、量産化のための設備投資を行ったこと、研究開発のみならず製造、営業その他の部署に属する多数の従業員の協力によるものであることは明らかと解される
  これらの諸事情を総合考慮すると、本件各発明の実施に係る相当の対価の算定に当たっては、Yの貢献度を95%と認めるのが相当である
  ウ これに対し、XはYの貢献度は60~80%である旨、YはXの貢献度は1%程度である旨それぞれ主張するが、以上に説示したところに照らし、いずれも採用することができない。」

8 共同発明者間の寄与率について
 「本件発明3はXが主体となって行ったことが認められ、Xの寄与の割合は70%と認めるのが相当である。

9 相当の対価の額の計算
(1)本件発明1
  (計算式)29億7732万3966円×20%×4%×(100-95%)=119万0929円
(2)本件発明2
  (計算式)31億9886万6086円×20%×4%×(100-95%)=127万9546円
(3)本件発明3
  (計算式)36億1792万9445円×20%×2%×(100-95%)×70%=50万6510円

10 まとめ
 「したがって、平成12年4月1日以降の実施に対応する本件各発明の相当の対価の額は合計297万6985円となる。上記金額から、上記相当の対価の一部としてYがXに支払った平成12年度分以降の実施賞73万7400円(省略)を控除すると、残額は223万9585円である」

【解説】
 特許法35条が定める職務発明の対価(平成27年改正前の特許法35条3項は「相当の対価」と規定していた)の計算について、裁判所は、本裁判例でも示されているように、使用者等における対象製品(特許発明の実施品)の売上高に、超過売上の割合(率)、仮想実施料率、寄与度(率)をそれぞれ掛けて算出するのが一般的である(共有の場合はこれにさらに寄与率を掛ける。)。
 ここで「超過売上の割合」とは、対象製品の売上の全体から、使用者等(会社)が法定の通常実施権(特許法35条1項)に基づいて売り上げた部分を除いた売上の割合である。超過売上高は、「対象製品の売上高×(1-通常実施権による減額割合)」で求められる。対象製品の売上高から通常実施権による減額を行う趣旨は、使用者等はもともと法定の通常実施権(特許法35条1項)を有しており、この通常実施権は無償であることによる。この部分の売上高は従業者等に対価を支払う際の計算の基礎から除外される。
 もっとも、使用者等が売り上げたうち、どの範囲が、使用者等が通常実施権に基づき売り上げたものであり、どの範囲が「特許発明の実施を排他的に独占することにより得るべき利益(独占の利益)」に該当するのかについては、実際には正確に知りようがない。そこで、仮に特許発明をライセンスしていたとすれば、どのような競合他社が存在して、そのシェアがどうなっていたかという、架空の状態を想定した上で、このように想定した場合における使用者等の売上高(法定の通常実施権による売上高と同視される)と現実の売上高との差額を、超過売上として計算することになる。
 

 それゆえ使用者等が、特許発明を競合他社にライセンスを付与したか否かにかかわらず、同程度の売上高を達成したと考えられるケースでは、通常実施権による減額割合は1に近くなり、超過売上高は0に近くなる(例えば、製品における特許発明の寄与が極めて小さいというケースや、特許発明とは別の強力な参入障壁が存在するケース、実施能力に大きな差があるケース、そもそも競合他社がライセンスを必要としないケースなどが想定される。)。
 逆に、使用者等がライセンスをしていたとすれば売上高が減少したと考えられるケースについては、上記と逆に通常実施権による減額割合は0に近くなり、超過売上高は1に近くなるように思われるが、そうではない。仮に1社にライセンスしたと考えた場合に、競争条件が等しいならばシェアは50パーセントずつとなる。そうすると、この時の超過売上(シェア)は50パーセントとなり、通常実施権による減額割合は0.5ということになる。
 裁判例においては、通常実施権による減額割合は通常50~60パーセント程度となる旨を判示するものが出ているが、このような考慮によるものと思われる(知財高裁平成19年第10021号同21年2月26日判決[キャノン職務発明事件]など。)。裁判例のように、減額率を50~60パーセントと推定することが合理性を有するのは、競合他社が業界に1~2社しか存在せず、かつ特許発明以外の競争条件がほぼ等しい場合などに限られよう。
 本件では、超過売上を20パーセントと認定しており、その理由として次の事情を挙げている。
 ・ Yは本件各発明の実施品であるY各製品だけでなくそれ以外のピストンリング製品についても相当高い
   シェアを有していること
 ・ 競業他社がY各製品の競合品の製造販売をしていること
 ・ TPR社は本件発明1及び2の代替技術に係る特許を保有していたこと
 ・ 本件発明1及び2に係る特許には無効理由があり、これを一因としてYによる競業他社に対する権利行使が
    奏功しなかったこと、Yは本件特許1については権利行使を試みていないこと
 これらの事情からすれば、仮に、Yが競合他社にライセンスをしようとしたとしても他社はライセンス契約に応じなかった可能性があることを示している。加えて、そもそもYの売上高は本件発明のライセンスを付与したか否かにかかわらず変わらなかったともいえる。それゆえ裁判所は、通常実施権による減額割合を0.8とし、超過売上を20パーセントと低めに認定したものと考えられる。

以上
(文責)2015.11.2 弁護士 山口建章