【平成26年(ワ)第2839号(大阪地裁平成27年8月20日判決)】

【判旨】
以上の諸点を総合考慮すると,本件契約の交渉過程において本件更新条項を最初に提示したのが被告であることを考慮しても,本件においては,被告が契約更新を拒絶するのにやむを得ない事由があると認めるのが相当であり,本件契約は期間満了により終了したというべきである。

【キーワード】
ライセンス契約,契約期間の更新,民法651条,大阪地裁第26民事部判決

【事案の概要】
 本件は,原告が,原告と被告との間で締結されたライセンス契約及びサポート契約が,当初の契約期間満了後も更新されているとして,被告に対し,更新された上記ライセンス契約及びサポート契約上のライセンス料支払請求権に基づき,平成24年4月1日から平成26年3月31日までの分の年間サポート費用1344万円及びうち672万円に対する契約上の履行期の翌日である平成24年4月1日から,うち672万円に対する同平成25年12月1日から,各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 上記ライセンス契約及びサポート契約の締結とその内容については,以下の事実が争いないものとして認定されている(下線筆者)。

(1) 本件ライセンス契約の締結
 原告,被告及び技研商事インターナショナル株式会社(以下「技研」という。また,原告と技研とを併せて「原告ら」という。)は,平成18年12月28日,以下の内容の「ライセンス契約書」により,ライセンス契約(以下「本件ライセンス契約」という。)を締結した(甲1。なお,契約当事者名は,本判決の表記に従い読み替え,日本語表記については適宜改める。)。

前文
被告と技研と原告は,原告が所有するプログラム(以下「本プログラム」という。)と被告が所有するフォント技術(以下「本フォント技術」という。)を組み合わせて原告が情報セキュリティ製品(以下「本製品」という。)を開発し,これを技研(※1)を通じて被告に販売する本製品の使用について,次のとおり契約する。(なお,原告の上記プログラムの名称は,「FontsCloaker」とされる。)

第3条(使用の権利)
1 原告は被告に本契約に従い,フォント製品利用に関して本製品に組み込まれた本プログラムの非独占的な使用を許諾する。
2 被告は,次の目的で本製品を使用する。
  (1) 暗号化ソフトを使って被告のフォントに暗号化処理を施すこと。
  (2) 前号の暗号の解読を目的として,被告が被告の製品に復号化ソフトを組み込んでエンド・ユーザーに被告が販売すること。
3 被告は,本条に定められた目的のために復号化ソフトを複製し,被告の製品に組み込んでエンド・ユーザーに販売することができる。

第6条(ライセンス料)
1 本製品の開発と第3条に規定する本製品に組み込まれた本プログラムの使用,2006年12月28日被告・技研・原告間で締結したサポート契約(※1)実施の対価として,ライセンス料を被告は技研(※2)に支払う。原告は,被告から技研への支払を原告に対する支払であることを認める。
2 ライセンス料は,初期費用と毎年の年間サポート費用とし,金額は下記とする。
  (1) 初期費用 3200万円(税別)
    開発費用と,期限の定めのない復号化ソフトのライセンス費用
  (2) 年間サポート費用 640万円(税別)
    年間サポート実施料と暗号化ソフトの年間ライセンス費用

※1・・・次に紹介する「本件サポート契約」のことをいう。

第13条(契約期間)
契約の期間は,2006年12月28日から2011年12月27日までの5年間とする。また,契約終了の3か月以前に被告・技研・原告のいずれからも相手方に対して書面にて解約の申入れを行い協議の上合意した場合を除き,この契約は更に1年間自動延長し,その後も同様とする。(以下略)

(2) 本件サポート契約の締結
 原告,被告及び技研は,平成18年12月28日,「年間サポート契約書」により,次の内容の年間サポート契約(以下「本件サポート契約」という。また,本件ライセンス契約と本件サポート契約とを併せて「本件契約」という。)を締結した(甲2)。

前文
被告と技研と原告は,三者間で2006年12月28日に締結したライセンス契約…に基づき本製品のサポートについて,次のとおり契約を締結する。

第2条(サポートの範囲)
技研・原告は被告に対し,本製品に関して以下のサポートを行う。
(1) サービスパック,アップグレード(OSやCPUなどのアーキテクチャ変更によりドライバの実装が変わった場合は除く)などwindows32bitOSがバージョンアップされた後も,本製品が仕様通りに動作するように維持,改良すること。
(2) サービスパック,アップグレード(OSやCPUなどのアーキテクチャ変更によりドライバの実装が変わった場合は除く)などMacOSがバージョンアップされた後も,本製品が仕様通りに動作するように維持,改良すること。(以下略)

第7条(支払条件及び方法)
技研は,年間サポート更新日の2か月前までに,被告に年間サポート費用更新に関する請求書を提出し,被告は,請求代金について請求書を受領した月の翌月末日までに支払う。(以下略)

第9条(契約期間)
本契約の発効日は,ライセンス契約書第8条に定める年間サポートの起算日とし,契約期間を5年間とする。また,契約終了の3か月以前に被告・技研・原告のいずれからも相手方に対して書面にて解約の申入れを行い協議の上合意した場合を除き,この契約は更に1年間自動延長し,その後も同様とする(以下「本件更新条項」という。)。

(3) 本件契約に基づくライセンス料の支払(争いがない)
本件ライセンス契約の発効日は平成19年4月1日とされ(※3),被告は,本件契約に基づき,初期費用として3360万円を,同日から平成24年3月31日までの5年間のサポート費用として計3360万円をそれぞれ支払った(いずれも税込)。

※3・・・本件ライセンス契約の契約期間は,同契約の第13条によれば,2006年(平成18年)12月28日から5年間とされている。もっとも,「争いのない事実」として認定されていることから,契約期間は当事者の合意で平成19年4月1日から5年間に変更されたことを前提としているようである。

(4) 原告らの被告に対するライセンス料の支払請求
 技研は,被告に対し,平成24年2月29日,同年4月1日以降のライセンス料として672万円の支払を求めた(甲3)。
 また,原告は,被告に対し,平成25年10月16日,同年4月1日以降のライセンス料として672万円の支払を求めた(甲4)。
 上記支払の求めに対し,被告はいずれの支払も行わなかった。

【争点】
 本件訴訟の争点は以下のとおりであるが,本稿では,契約の終了に関する下記(5)の争点についての裁判所の判断のみ紹介する。
 (本案前の争点)
 (1) 本件の訴え提起が違法行為により行われたか。
 (2) 原告に原告適格があるか。
 (3) 本件訴えに訴えの利益があるか。
 (本案の争点)
 (4) 本件契約が解除により終了したか。
 (5) 本件契約が契約期間満了により終了したか。
 (6) 本件契約は錯誤により無効か。
 (7) 被告が危険負担によりライセンス費用支払義務を負わないか。
 (8) 本件請求は権利の濫用か。

【判決文抜粋】(下線筆者)
4 争点(5)(本件契約が契約期間満了により終了したか)について
・・・(中略)・・・
オ 契約終了に関する原告らと被告との間の交渉経緯
・・・平成22年10月,原告ら及び被告は,本件契約の途中解約について協議を行い,その上で,被告は,原告に対し,平成23年11月30日付けの「契約終了申し入れ書」と題する書面を送付し,本件サポート契約が平成24年3月末で満了となることから,それをもって同契約を終了させる旨を申し入れた。そこでは,被告は,契約を終了させる理由として,「弊社は,フォント製品利用のため本契約を締結いたしましたが,OSやアプリの主力プラットフォームメーカーに本機能についての理解が得られなかったため採用を見送りました。また,今後も利用する予定がありません。」と述べた(甲8)。
  これに対し,原告らは,平成23年12月9日付け「回答書」と題する書面を送付した(乙4)。そこでは,「契約締結交渉当初より,貴社からの長期継続割引の強いご要望をいただいていたため,当該ご要望にお応えできるよう,設備投資や人員配置等のサポート体制構築を行ってまいりました。契約開始から5年での解約では原価割れとなるため,最低でも10年間(残り5年間)の手当をしていただきたいと存じます。お支払いは一括でも分割でも構いません。」と述べた。
・・・(中略)・・・
(2) 判断
ア 本件契約においては,契約書上,契約終了の3か月以前に,原告,被告及び技研のいずれからも相手方に対して書面にて解約の申入れを行い協議の上合意した場合を除き,更に1年間自動延長するとの条項(本件更新条項)が設けられている。この条項を文言どおり解するならば,当事者間の合意がない限り,本件契約は永続的に自動更新され,各当事者は契約上の義務を負い続けることになる
  しかしながら,ソフトウェア製品の開発,保守,ライセンス契約を締結する事業者が,このような事態を想定するとは通常は考え難いことである。
  また,本件契約の契約期間については,前記認定のとおり,被告が当初1年と提示し,その後原告から10年との提示があり,これに対して被告が5年又は7年を提示し,最終的に5年との合意がなされたものである。そして,このような経緯に関し,原告は,投下資本回収のために10年の契約期間を提示していたが,本件更新条項が存在するゆえに,原告の要求は実質的に満たされたものと判断して契約期間を5年と定めたと主張し,被告は,契約長期化のリスクとエンドユーザーに対するサポート打切りのリスクを考慮し,5年を提案して原告が了解したものであって,本件更新条項は契約期間を1年と提示した際の名残にすぎない,とそれぞれ主張している。
  かかる経緯並びに原告及び被告の主張からすると,5年という契約期間は,原告ら及び被告の双方が,契約期間の長短についてのリスクをそれぞれ勘案した上で交渉を行い,その上で定められたものであって,原告らも被告も,契約期間の定めを契約上の重要な利害関係事項であると考えていたと認められる。にもかかわらず,本件更新条項を前記のようにその文言どおりに解する場合には,永続的に自動更新されることとなり,契約期間の定めは全く無意味なものとなる。また,同時に,契約更新期間を1年ごととしたことも全く無意味なものとなる。
  これらの点を勘案すれば,5年という契約期間については,約定の期間が満了するまで契約を継続させるという強い拘束力を有するものとして定めたと認めるのが相当であるが,その後の1年間ごとの更新を定める本件更新条項については,特段の交渉対象とされなかったことからしても,そのような強い拘束力を有するものとして定められたと認めるのは相当でないというべきである
  そして,本件サポート契約は,原告が被告のために開発した本製品について,維持改良を行うことを内容とするものであるから,委任契約に類似した継続的契約の性質を有するものと解するべきところ,やむを得ない事由があるときに当事者は契約を解除することができるとする民法651条の趣旨を考慮すると,少なくとも,更新を妨げるやむを得ない事由がある場合には更新を拒絶することができると解するのが相当である。
・・・(中略)・・・本件においては,被告が契約更新を拒絶するのにやむを得ない事由があると認めるのが相当であり,本件契約は期間満了により終了したというべきである。

【検討】
 本件ライセンス契約の第13条,本件サポート契約の第9条には,契約期間の更新につき,
「・・・契約終了の3か月以前に被告・技研・原告のいずれからも相手方に対して書面にて解約の申入れを行い協議の上合意した場合を除き,この契約は更に1年間自動延長し,その後も同様とする。」
と規定されていた。
 この規定を文言どおり解釈すると,裁判所が認定するとおり「当事者間の合意がない限り,本件契約は永続的に自動更新され,各当事者は契約上の義務を負い続ける」という非現実的な結果となる。
 このため,裁判所は,この条項が定められた契約の経緯や裁判における両当事者の主張に鑑み「5年」という契約期間に意味があることから,このこととの対比で「半永久的な自動更新」は意味のない規定であると認定した上で,本件サポート契約が委任契約(準委任契約)の性質を有することも考慮し,民法651条の趣旨からも,
本件においては,「更新を妨げるやむを得ない事由がある場合には更新を拒絶することができると解する」と判示した(紙幅の関係で,判決文の引用を省略したが,裁判所は,上記事情に加え,原告・被告の主張をさらに斟酌し慎重に判断して上記判示を導いている。)。
 裁判所の認定は妥当であり,異論を唱える実務家はほとんどいないと考える。
 この裁判例は,あくまで事案限りの判断ではあるものの,日々契約をドラフトする実務家にとっては参考になる事案であると考える。一端契約関係に入ると,契約の解除(民法に規定される解除も含む),両当事者の合意解約,又は期間満了等の特定の事情がない限り,その束縛から逃れることはできない。この裁判例は,契約期間の更新条項の重要性を改めて認識させてくれるものであり,実務的にとって有用な事案と考え,紹介した次第である。

(文責)弁護士 柳下彰彦