平成27年8月6日判決言渡
平成26年(行ケ)第10268号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成27年6月4日

【キーワード】
商標法4条1項11号、分離観察、要部、つつみのおひなっこや事件

【事案の概要】
 本件は、「オルガノサイエンス」(標準文字)からなる、指定商品及び役務を化学剤等とする本件商標に関し,「オルガノ」の文字からなる、指定商品を化学剤等とする引用商標と対比すると、称呼、外観及び観念のいずれの点からみても非類似であると判断した審決の認定が誤りであるとして,審決を取り消した事例である。

【特許庁における手続の経緯】

H20.4.28 被告、商標を「オルガノサイエンス」(標準文字)、指定商品及び役務を化学剤(第一類)等とする商標(以下「本件商標」という。)につき、商標登録出願
H22.5.28 商標登録
特許第5325691
H26.3.27 原告、本件商標登録につき商標登録無効審判を請求
無効2014-89001
H26.10.31 特許庁、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決

【本件審決の理由の要点】
審決は,原告が使用する「オルガノ」の商標(使用商標)は,水処理装置事業について使用する原告の商標として,本件商標登録出願時には既に周知であったが,原告の薬品事業を表示するものとして周知著名になっているものとまではいえないとした。その上で,本件商標は全体として一体不可分の造語として認識され,引用商標と対比すると,称呼,外観及び観念のいずれの点からみても,非類似であると判断した。
【争点】
本件商標「オルガノサイエンス」は、引用商標「オルガノ」と類似するか(商標法4条1項11号該当性)

【判旨抜粋】
1 引用商標及び使用商標の周知著名性について
原告は,昭和21年に株式会社日本オルガノ商会として設立され,同41年に現商号である「オルガノ株式会社」に商号変更した。原告は,純水製造装置,超純水製造装置,排水処理装置,発電所向けの復水脱塩装置,官公需向けの上下水設備等の製造,納入,メンテナンスといった水処理装置事業と,水処理薬品,イオン交換樹脂,食品添加物等の製造,販売といった薬品事業を主に行っており(甲7,8),本件商標の登録出願時(平成20年)には資本金が約82億円に達し,該期の売上高は735億9200万円(そのうち,水処理装置事業が581億7200万円,薬品事業が154億2000万円)に及ぶ(甲10)。特に,超純水製造装置は,水処理事業の主力商品であり,市場シェアの3割以上を占める(甲15)。また,原告は,多数の子会社,孫会社を有しており,これら子会社,孫会社のほとんどがその商号中に「オルガノ」の文字を含んでいる(甲7)。
原告発行にかかる総合カタログ及び個別商品カタログには,いずれの表紙にも,図形と「ORGANO」又は「オルガノ」の文字との組合せからなる標章が表示されている(甲30ないし79)。そして,かかる図形と「ORGANO」又は「オルガノ」の文字とは,常に不可分一体のものとして認識し把握されるべき格段の理由は見いだし難いから,それぞれが独立して出所識別標識としての機能を果たし得るものといえる。
昭和39年から現在に至るまで50年以上にわたり,新聞の題字広告(1面の新聞紙名の真下に表示される広告)として「オルガノ」の文字からなる使用商標が,「総合水処理・イオン交換装置」,「純水装置・排水処理装置」,「水の高度処理全システム」,「すべての水は資源」,「水のプラントメーカー」,「水のトータルエンジニアリング」,「工場の節水支援 排水処理・水リサイクル技術」,「心と技で水の価値を創造する」等の語句とともに定期的に掲載されており,近年では朝日新聞,読売新聞及び日本経済新聞の3紙に掲載されている(甲80ないし83)。
図形と「ORGANO」又は「オルガノ」の文字との組合せからなる標章を表示した原告の企業広告が,昭和51年頃から平成24年頃まで,日本経済新聞,朝日新聞等に不定期に掲載されているが,これらは,原告の薬品事業やその製造販売に係る薬品に限定された広告ではなく,原告の水処理関連技術,装置ないしシステムや,原告の事業全体を抽象的に広告したものと認められる(甲89ないし91)。そして,原告の広告は,日本工業新聞広告大賞(日本工業新聞),日本産業広告賞(日刊工業新聞)を度々受賞している(甲86,87)。
原告については,各種雑誌,新聞等の記事に取り上げられ,多くは「オルガノ」として紹介され,中には,図形と「ORGANO」又は「オルガノ」の文字との組合せからなる標章を表示した広告が共に掲載されているものもある(甲99ないし127)。これらは主に,原告の水処理関連事業ないし装置に言及したものであるが,超純水の製造には薬剤が使用される場合があるとされ(甲106),また,大手水処理メーカーとして原告と並び称される栗田工業が,超純水システムを販売した顧客とメンテナンスや薬品販売で長期関係を築くと紹介される(甲114)など,水処理事業には薬品販売が伴うものであると認識されていたものと認められる。その他,2007年に社団法人日本産業機械工業会主催の「第33回優秀環境装置表彰」において,原告の電子部品洗浄用機能水製造装置が経済産業大臣賞を受賞し,そのことが新聞報道された(甲130ないし132)。
以上より,引用商標及び使用商標は,本件商標登録出願時には,原告及び原告の事業ないし商品・役務を示すものとして相当程度周知となっており,原告の事業は水処理関連事業であるが,これには薬品事業が伴うものと認識されていたものと認められる。 2 商標法4条1項11号該当性についての判断の誤り
本件商標「オルガノサイエンス」は,「オルガノ」と「サイエンス」の結合商標と認められるところ,その全体は,9字9音とやや冗長であること,後半の「サイエンス」が科学を意味する言葉として一般に広く知られていること,前半の「オルガノ」は,「有機の」を意味する「organo」の読みを表記したものと解されるものの,本件商標登録出願時の広辞苑に掲載されていない(甲133)など,「サイエンス」に比べれば一般にその意味合いが十分浸透しているものとは考えられないことが認められ,さらに,上述のような引用商標の周知性からすれば,本件商標のうち「オルガノ」部分は,その指定商品及び指定役務の取引者,需要者に対し,商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められ,他方,「サイエンス」は,一般に知られている「科学」を意味し,指定商品である化合物,薬剤類との関係で,出所識別標識としての称呼,観念が生じにくいと認められる(最(二)判平成20年9月8日,裁判集民事228号561頁参照。)。したがって,本件商標については,前半の「オルガノ」部分がその要部と解すべきである。  本件商標の要部「オルガノ」と,引用商標とは,外観において類似し,称呼を共通にし,一般には十分浸透しているとはいえないものの,いずれも「有機の」という観念を有しているものと認められる。したがって,両者は,類似していると認められる。
【解説】
1 争点
 本件商標「オルガノサイエンス」は、引用商標「オルガノ」と類似するかが争われた事案であるが、争点は、「オルガノサイエンス」を「オルガノ」と「サイエンス」に分離観察することができるか否かである。
2 分離観察について
 知財高裁は判旨の中でつつみのおひなっこや事件(最判平20.9.8)を引用し、「オルガノ」部分を要部と判断している。つつみのおひなっこや事件において最高裁は、「複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである」(最判昭37.12.5)を引用し,分離観察は原則として許されないとした。そして「各文字の大きさ及び書体は同一であって,その全体が等間隔に1行でまとまりよく表されているものであるから,「つつみ」の文字部分だけが独立して見る者の注意を引くように構成されているということは出来ない」「「つつみ」の文字部分が本件指定商品の取引者や需要者に対し引用各商標の商標権者である被上告人が本件指定商品の出所である旨を示す識別標識として強く支配的な印象を与えるものであったということはできない」「本件商標の構成中の「おひなっこや」の文字部分については,これに接した全国の本件指定商品の取引者需要者は,ひな人形ないしそれに関係する物品の製造,販売等を営む者を表す言葉と受け取るとしても,「ひな人形屋」を表すものとして一般に用いられている言葉ではないから,新たに造られた言葉として理解するのが通常であると考える。そうすると,上記部分は,土人形等に密接に関連する一般的,普遍的な文字であるとはいえず,自他商品を識別する機能がないということはできない」として,「つつみのおひなっこや」と「つつみ」「堤」は類似しないとしている。
3 知財高裁の判断
 本判決は,引用商標及び使用商標は,本件商標登録出願時には,原告及び薬品事業を伴う原告の事業ないし商品・役務を示すものとして相当程度周知となっていたと認定した。その上で,「オルガノ」はその意味合いが一般に浸透しているとはいえないことに加えて引用商標の周知性から,「オルガノ」部分が出所識別標識として支配的な印象を与え,他方,「サイエンス」は一般に知られている「科学」を意味し,指定商品との関係で出所識別標識としての称呼,観念が生じにくいと認められることから,本件商標の要部は「オルガノ」と解すべきとした。そして,本件商標の要部と引用商標とは,外観において類似,称呼及び観念を共通にするから,両商標は類似すると認定した。
4 考察
 特許庁と知財高裁の判断が分かれた理由は、原告が使用する「オルガノ」の商標の周知性である。特許庁は、「オルガノ」の商標は、水処理装置事業については原告の商標として本件商標登録出願時には既に周知であったが、薬品事業については周知著名になっているものとまではいえないと判断した。一方、知財高裁は、上記のとおり、原告及び薬品事業を伴う原告の事業ないし商品・役務を示すものとして相当程度周知となっていたと認定している。
 知財高裁は、①「オルガノ」の意味合いが一般に浸透しているとはいえないこと、②「オルガノ」が周知であったこと、の2点に基づいて、「オルガノ」が支配的な印象を与えること、「サイエンス」が出所識別標識としての称呼、観念が生じにくいと判断している。
 「オルガノ」が原告及び薬品事業を伴う原告の事業ないし商品・役務を示すものとして相当程度周知となっていたのであれば、知財高裁の判断はつつみのおひなっこや事件に沿うものであり、妥当である。
 分離観察を認めなかった事例として、「インテルグロー」事件が挙げられる(知財高判平25.4.18)。この事例では、知財高裁は、「インテル」と「グロー」の分離観察を認めなかった。「インテルグロー」と、本件における「オルガノサイエンス」の判断が分かれた理由としては、「インテルグロー」の指定商品が第19類(木材や石材等)や第37類(建設工事等)で、世界的に著名な「インテル」の指定商品である半導体等とは全く異なる商品であった一方で、「オルガノ」は、「オルガノサイエンス」と同一の薬品事業について周知であった点である。すなわち、商標の一部について世界的に著名な商標が含まれるとしても、指定商品及び役務が異なるのであれば、称呼がまとまりよく表されているかも考慮したうえではあるが、分離観察は原則として許されないことになる。
 本判決は、最判平20.9.8の規範に沿うものではあるが、いかなる考慮要素が重視されるかにつき判断した分離観察の事例判決として参考になるものとして紹介した次第である。

2015.9.7 弁護士 幸谷泰造