平成27年2月18日東京地裁判決(平成25年(ワ)21383号)
【キーワード】FRAND、信用毀損、虚偽告知、

(1)事案の概要
 原告イメーションは、米国のImation Corporation(以下「米Imation」とも称する。)を中心とするグループに属する日本法人で、ブルーレイディスク(以下「BD」と称する。)を大手家電量販店に販売していた。他方、被告One-Blue,LLC(以下「被告One-Blue」とも称する。)は、ブルーレイディスクに関する標準必須特許の保有会社により設立されたパテント管理会社であり、国内外の企業15社から委託を受けて15社が保有するBD規格の標準必須特許(海外特許を含めた合計で4227件。以下、被告が委託を受けている全ての特許権を合わせて「本件特許権」という。)を一括してライセンスしていた。15社はいずれも、BD標準規格の策定団体「Blu-ray Disc Association」(以下「BDA」と称する。)の会員であり、FRAND宣言(ライセンスを希望する者に対して公正、合理的かつ非差別的な条件によるライセンスを付与する意思を有することを宣言すること)を行っている。原告イメーション製品は、BDの標準規格に準拠しているため、これを日本国内において販売することは、必然的に本件特許権の侵害に該当することになる。
 被告One-Blueは、原告イメーション及び米Imationに対して本件特許権のライセンス交渉を持ちかけたが、原告イメーション及び米Imationはいずれも、被告One-Blueの提示する実施料は「公正で合理的」ではない、「公正で合理的」な実施料を支払う意思はあると回答し、ライセンス契約の合意には至らなかった。
 その後、被告One-Blueは、原告イメーションの取引先である大手家電量販店3社に対して、被告One-Blueの管理する特許権に係るライセンスを受けていないBDの販売は特許権侵害を構成し、特許権者は差止請求権及び損害賠償請求権を有する旨の通知書を送付した(以下「本件告知」と称する。)。
 事実関係を時系列にまとめると以下のとおりとなる。
・平成24年6月25日 被告One-Blueが、米Imationに対して本件特許権のライセンス契約を提案。
・平成24年9月4日   米Imationが上記提案に対して実施料が「公正で合理的」ではない等と回答。
・平成25年4月11日 被告One-Blueが日本子会社を通じて、原告イメーションに対してライセンス契約を提案。
・平成25年5月9日   原告イメーションが上記提案に対して実施料が「公正で合理的」ではない等と回答。
・平成25年5月22日 被告One-Blueが米Imationに対して米国で特許権侵害訴訟を提起。
・平成25年6月4日  本件告知。
・平成25年8月12日 本件訴訟提起。

<事実関係概要図>

(2)判旨
第4 当裁判所の判断
 1 争点(1)ア(本件告知が不競法違反(虚偽の事実の告知)に当たるか)について
 (4)「虚偽の事実」について
ア 本件告知は、「上記特許権の各特許権者は、貴社に対し、上記特許権侵害行為の差止めを請求する権利及び上記特許権侵害行為によって生じた損害の賠償をする請求する権利を有しております。」と記載しているところ (甲4)、原告は、FRAND宣言を行った被告プール特許権者による差止請求権の行使は権利濫用となり、被告プール特許権者が即時の差止請求権を有しているとはいえないのに、これを有しているかのように記載したことは虚偽の事実の告知に該当する、と主張する。
イ そこで、まず、FRAND宣言と差止請求権の行使の関係について検討するに、・・・(中略)・・・ そうすると、必須宣言特許についてFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者に対し、FRAND宣言をしている者による特許権に基づく差止請求権の行使を許すことは、相当ではない。
 他面において、標準規格に準拠した製品を製造、販売する者が、FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しない場合には、かかる者に対する差止めは許されると解すべきである。FRAND条件でのライセンスを受ける意思を有しない者は、FRAND宣言を信頼して当該標準規格への準拠を行っているわけではないし、このような者に対してまで差止請求権を制限する場合には、特許権者の保護に欠けることになるからである。もっとも、差止請求を許容することには、前記のとおりの弊害が存することに照らすならば、FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないとの認定は厳格にされるべきである。
 以上を総合すれば、FRAND宣言をしている特許権者による差止請求権の行使については、相手方において、特許権者が本件FRAND宣言をしたことに加えて、相手方がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者であることの主張立証に成功した場合には、権利の濫用(民法1条3項)に当たり許されないと解される(以上につき、知財高裁平成26年5月16日決定・判時2224号89頁[乙21大合議決定])。
ウ これを本件についてみると、被告プール特許権者は、被告パテントプールに属する本件特許権につきFRAND宣言をしているのであるから、FRAND条件によるライセンスを受ける意思のある者に対して差止請求権を行使することは権利の濫用として許されない。
 そして、原告がFRAND条件によりライセンスを受けた場合には、原告が適法に製造又は輸入した原告製品を小売店が販売することも適法となるのであるから、原告がFRAND条件によるライセンスを受ける意思があると認められる場合には、被告プール特許権者が、原告の製造又は輸入した原告製品を販売する小売店に対し差止請求権を行使することは、権利の濫用となるものと解するのが相当である。
エ 原告のFRAND条件によるライセンスを受ける意思の有無について
 原告は、FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者であると主張するので、以下、この点について検討する。
 (ア) 前提となる事実・・・(中略)・・・
 (イ) 上記に鑑みると、原告ないし米イメーション社は、被告ないしOne-Blue Japan株式会社に対し、FRAND条件によるライセンスを受ける意思があることを示してライセンス交渉を行っていたものと認められ、原告が米イメーション社を中心とするイメーショングループに属する日本法人であること(前記前提となる事実(1))、前記のとおり、FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないとの認定は厳格にされるべきことにも照らすと、原告はFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者であると認めるのが相当である。・・・(中略)・・・
オ 上記のとおり、本件告知の時点では、原告はFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有していたと認められるから、被告提示実施料がFRAND条件に違反するものであったか否かにかかわらず、被告プール特許権者が原告やその顧客である小売店に対し差止請求権を行使することは、 権利の濫用として許されない状況にあったと認められる。 そして、上記のように、差止請求権の行使が権利の濫用として許されない場合に、差止請求権があるかのように告知することは、「虚偽の事実」 を告知したものというべきである。
 このように解することは、平成16年法律第120号により特許法104条の3が追加される前は、無効事由を有する特許権の行使は権利の濫用とされていたところ(最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決・民集 54巻4号1368頁[キルビー事件])、そのような特許権に基づく特許権侵害警告は「虚偽の事実」の告知と解されていたこと(東京地裁平成16年3月31日判決・判時1860号119頁等参照)とも整合する。

(3)解説4
 不正競争防止法2条1項14号(以下「14号」とも称する。)は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」を不正競争行為として規定する。
 原告競業者(原告)が不正競争防止法2条1項14号、同3条に基づいて特許権者(被告。専用実施権者も含まれる。以下「被告特許権者」とも称する。)に対して取引先への警告等の差止めを求める場合の請求原因事実は、以下の要件1~3であるとされている。
<要件1> 原告と被告が競争関係にあること
<要件2> 被告が原告の営業上の信用を害する事実を告知又は流布したこと
<要件3> 要件2の事実が虚偽であること(虚偽の事実)
 取引先に対する警告などが「虚偽の事実」に該当するとして争われた例は枚挙にいとまがないところであるが、この「虚偽の事実」の立証責任について判示した裁判例やそれについて論じた文献は少ない。通説では、「虚偽の事実」の立証責任は、原告にあるとされている。
 本件は、FRAND宣言がされた特許権に基づく権利行使が権利濫用となるかが争われており、「虚偽の事実」の立証責任について特徴的な判示がなされている。
 本件では、被告に本件特許権の管理、ライセンス交渉を一括して委任している15社の特許権者が、本件特許権につきFRAND宣言をしている下で、本件特許権に基づく差止請求権を原告に対して行使することができるかが争いとなった。この点について、本判決は、以下に述べるとおり、立証責任を原告競業者に負わせつつも、一定の配慮をしているといえる。
 権利濫用について、本判決は、知財高裁の大合議決定(知財高裁平成26年5月16日決定・判時2224号89頁)を引用して、原告競業者において、特許権者が本件FRAND宣言をしたことに加えて、原告競業者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者であることの主張立証に成功した場合には、(差止請求が)権利の濫用(民法1条3項)に当たり許されないと解される、と判示した。したがって、原告競業者が特許権者がFRAND宣言をしたことと、原告競業者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有することを立証できれば、特許権者による権利濫用として差止請求は許されないから、特許権者が差止請求権を有するとした本件告知は虚偽ということになる。これは、告知内容が虚偽であることの立証責任を原則どおり原告競業者に負わせるものである。もっとも、本判決は、上記大合議決定の「FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないとの認定は厳格にされるべきである。」との部分も引用しており、原告競業者の立証の負担に対して配慮しているといえる。特許権者がFRAND宣言したことは通常、特許権者が所属している標準化団体等の規約をみれば明らかであるから、その立証は容易である。一方、原告競業者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者であることについては、現に原告競業者と特許権者との間で紛争が生じているような状況下では、ライセンスを受ける意思があることを原告競業者が立証することは困難を伴うことも想定される。
 本件では、原告競業者と被告との間でライセンス交渉が行われているが、実施料につき双方の主張に隔たりがあった。このような場合に、原告競業者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者であるといえるかの判断は難しい。被告が主張したように、真実はライセンスを受ける意思などないのに、格安な実施料を提示して外形的に特許権者との交渉を行いつつ、実施料を支払わないまま特許発明を実施するケースもないとは言い切れないからである。「FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないとの認定は厳格にされるべき」とすることは、ライセンス意思の有無の判断が難しい事例において、原告競業者側でFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有することを示すような事実をある程度主張・立証できれば、原告競業者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者であると認めていくとの判断基準を示していると考えられる。

以上

 (文責)弁護士 篠田淳郎

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