【平成27年6月8日判決(知財高裁 平成26年(ネ)第10128号)】

【判旨】
 商標法26条1項2号における「原材料・・・を普通に用いられる方法で表示する商標」に該当し、控訴人の商標権の効力は及ばないと判断された事例
【キーワード】
 商標法26条1項2号、後発医薬品、原料、薬食審査発第0922001号

【事案の概要】
 本件は,控訴人が,被控訴人による被控訴人各標章,あるいは被控訴人各全体標章(被控訴人各全体標章は,それぞれ横書きの「ピタバ」と「スタチン」を上下二段に配して成る標章であり,被控訴人各標章は,被控訴人各全体標章からそれぞれ「ピタバ」の部分を抜き出したものである。)を包装に付しての薬剤の販売が,控訴人が有する商標権を侵害するとして,商標法(以下「法」という。)36条1項及び2項に基づき,主位的に,被控訴人各標章のいずれかを付したPTPシートを包装とする薬剤の販売の差止め及び同薬剤の廃棄,予備的に,被控訴人各全体標章のいずれかを付したPTPシートを包装とする薬剤の販売の差止め及び同薬剤の廃棄を,それぞれ求める事案である。
 控訴人は,控訴審において、本件商標権につき,指定商品を「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とするもの(登録第4942833号の1)と,指定商品を「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」とするもの(登録第4942833号の2。以下「本件商標権2」といい,これに係る商標を「本件商標2」という。)に分割し,当審において,本件商標権2に基づき控訴の趣旨記載の請求をする旨の訴えの交換的変更を行い(以下,変更後の主位的請求を「当審における主位的請求」と,変更後の予備的請求を「当審における予備的請求」と,それぞれいう。),被控訴人はこれに同意した。

登録番号 第4942833号の2
商品の区分 第5類
指定商品 ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤
登録商標 PITAVA(標準文字)

【争点】
被控訴人各全体標章の使用が,法26条1項2号に該当するか否か。

【判旨抜粋】
 ア 前記争いのない事実等(3)ウによれば,被控訴人各全体標章を構成する語である「ピタバスタチン」とは,被控訴人各商品の有効成分である本件物質の慣用名で,本件物質の一般的名称である「ピタバスタチンカルシウム」から,塩についての記載である「カルシウム」を省略したものであり,本件商標権2の指定商品である「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」の「原材料」に当たるものである。
 そこで,本件における被控訴人による被控訴人各全体標章の使用が,法26条1項2号の「原材料」を「普通に用いられる方法で表示する」ものに当たるか否かを検討する。
 イ まず,「普通に用いられる方法で表示する」とは,一般的には,取引者や需要者の観点から見て,当該標章を自他商品識別力を発揮する態様で使用する場合を含まないと解されるところ,被控訴人各全体標章については,PTPシートに和文販売名を記載すべきとする本件取扱いに準拠して被控訴人各商品のPTPシートに付されたものと認められる以上,被控訴人各商品の販売名の一部として使用されているとも解し得るから,自他商品識別力を発揮する態様での使用に当たることを否定することができないのではないかが問題となる。
 しかし,被控訴人各商品のような「後発医薬品」に関しては,本件留意事項により,販売名を,有効成分の一般的名称を基本としたものにすることが要求されているところ,その趣旨は,有効成分が同一の後発医薬品に関しては,すべて同一の有効成分名が販売名に記載され,薬(有効成分)の取り違えが起きないようにすることにあると解される。したがって,後発医薬品について,PTPシートに販売名を記載するという取扱いの趣旨は,自他識別力のある販売名を表示させるというよりは,有効成分名をきちんと記載させるというところにあるとも解することができるから,少なくとも,後発医薬品のPTPシート等に,「ピタバスタチン」(あるいはピタバスタチンカルシウム)などといった有効成分名のみが記載されている限りにおいては,それがPTPシートに販売名を記載するという本件取扱いに準拠して行われたものであったとしても,その実質は,有効成分名(原材料名)を記載したものにとどまると評価することができるものというべきである。
 そして,PTPシートに「ピタバスタチン」という語を記載する行為が,原材料名を「普通に用いられる方法で表示する」場合に当たるかどうかを,需要者の観点も踏まえて検討してみると,・・・「ピタバスタチン」の語は,指定商品の需要者や取引者のうち少なくとも医師,薬剤師,看護師等の医療従事者においては,脂質異常症の治療に用いられるHMG-CoA還元酵素阻害薬である本件物質を指すものであることは広く認識されていたと認めることができる。
 これに対し,需要者のうち患者については,・・・被控訴人各商品は,いずれも処方箋医薬品に指定されているから,患者は,医師等の処方箋なしにこれを購入することはできず 医師から処方を受ける際には,医師から,少なくともどのような性質で,どのような効能を持った薬剤を処方されるのかの説明を受け,さらに,被控訴人各商品を購入する際には,薬剤師から,被控訴人各商品の性質や効能に加え,購入する商品が,その有効成分である本件物質の一般的名称や慣用名,あるいは販売名を成す「ピタバスタチン」あるいは「ピタバスタチンカルシウム」であるとの説明を受けることが一般的であると考えられる。・・・
 以上の点を総合考慮すると,「ピタバスタチン」の語をPTPシート等に表示する行為は,脂質異常症の治療に用いられるHMG-CoA還元酵素阻害薬である本件物質の原材料名を表示するものであり,これを自他商品識別力を発揮する態様で使用するものではないということができる。
 (中略)
エ 以上によれば,被控訴人が被控訴人各商品のPTPシートに付して使用している被控訴人各全体標章は,本件商標権2の指定商品の原材料である「ピタバスタチン」を,普通に用いられる方法で表示するものと認められるから,法26条1項2号に当たり,これに対し,控訴人の有する本件商標権2の効力は及ばないというべきである。

 【解説】
 本件では、先発医薬品メーカーが、医薬品の有効成分に係る名称を商標登録し、これに基づいて、後発医薬品メーカーに対して、商標法36条1項及び2項に基づき、差止め等を請求したものである。
 裁判所は、商標法26条1項3号の「原材料」を「普通に用いられる方法で表示する」ものに当たると判断した。
 商標が「普通に用いられる方法で表示する」ものであるかは、現実の使用態様が普通であるか否かを含め、取引の実情を考慮して判断するものであるところ、本件では、厚生労働省の留意事項という、行政上の規制に加えて、実際の取引者、需用者である医師、薬剤師及び患者について、個別具体的に、取引の実態を判断した上で、自他商品識別力を発揮する態様で使用するものではないと判断した。
 裁判所の結論としては、妥当なものであると思料する。
 本件は、できるだけ長期間にわたって、医薬品の独占的な販売を行いたい、先発医薬品メーカーが、特許権以外の権利を用いて、当該独占的な販売を実現しようとしたものであり、医薬品に係る権利行使の事例として参考になると思われるので、ここに取り上げる。


厚生労働省医薬食品局審査管理課長発出の「医療用後発医薬品の承認申請にあたっての販売名の命名に関する留意事項について」(薬食審査発第0922001号平成17年9月22日。甲22。以下「本件留意事項」という。)によれば,医療用後発医薬品の販売名については,(ア)原則として,含有する有効成分に係る一般的名称を基本とした販売名とすること,(イ)含有する有効成分に係る一般的名称に剤型,含量及び会社名(屋号等)を付すこととされ,有効成分の一般的名称については,その一般的名称の全てを記載するのが原則であるが,当該有効成分が塩,エステル及び水和物等の場合にあっては,これらに関する記載を元素記号等を用いた略号等で記載しても差し支えないし,他の製剤との混同を招かないと判断される場合にあっては,塩,エステル及び水和物等に関する記載を省略することができるとされている。

以上

(文責)弁護士 宅間仁志