(平成27年6月24日知財高裁判決・平成27年(ネ)第10002号育成者権侵害差止請求控訴事件 原審:東京地判平成26年11月28日・平成21年(ワ)47799号/平成25年(ワ)21905号) キーワード:種苗法3条1項2号、種苗法3条1項3号、育成者権、現物主義、特性表主義、DNA

第1 はじめに
 本件は、なめこの育成者権(種苗法下で認められる、登録品種を独占的に育成できる権利)侵害が争われた事案(東京地判平成26年11月28日・平成21年(ワ)47799号/平成25年(ワ)21905号)の控訴審である。
 原審は、登録品種と被疑侵害品種が明確に区別されないとはいえないとして育成者権侵害の成立を否定した上で、「事案に鑑み・・」として、育成者権侵害に基づく差止請求が “権利濫用”にあたるか否かついても判示している。
 本件は、原審と結論は同じであるものの、登録品種と被疑侵害品種の異同の判断において、「特性表主義」ではなく、「現物主義」を採用すべきことを明らかにした重要判決である。
 
第2 事案
 1 概要
 なめこの育成者権者である原告が、品種登録されたなめこを許諾なく又は許諾の範囲を超えて販売しているとして被告組合及び被告会社に対して販売差し止め、損害賠償等を求めた事案である。

 なめこ栽培の課題として、なめこの継代培養の過程で「脱二核化」と呼ばれる現象が発生しやすいことが知られている。脱二核化が発生すると、核を2つ有していた菌糸が、核をひとつ失って、1核菌糸になってしまい、菌株系統が維持できなくなってしまう(要するに、ある品種として栽培していたものが別のものに変わってしまう)。

 本件では、下図に示すとおり、被告が販売していたなめこ(以下「G株」と称する。)と、品種登録時に独立行政法人種苗管理センターに預けられていた菌株に係るなめこ(以下「K1株」と称する。)、原告が保有していた菌株(以下「K2株」と称する。)との同一性について、第三者機関に、鑑定嘱託がなされた。ところが、K1株は、子実体を形成せず(おそらく脱二核化によるものと思われる)、本来同一株であるはずのK1株とK2株との間で、栽培特性が大きく異なるという結果になった。また、K2株とG株の間でも、特性の一部(収量、菌柄の太さ・長さ)に有意差があった。それでも、鑑定書は、K1株、K2株およびG株を遺伝的に別の特性を有するということは言えないと結論づけている。
 原告は、鑑定の結果を補強するという名目で、K1株及びK2株のDNA分析(大学教授Aが実施した試験と、大学教授Bが実施した試験。それぞれDNA分析は手法が異なる。)を行い、K1株は、K2が脱二核化したものであるとの主張をした。
 (つまり、本来であれば、鑑定において、標準株であるK1株と被疑侵害株であるG株との比較の結果、特性の同一性が示されればよいところ、K1株が正常ではなかったことから、K2株とG株が比較されたので、原告としては、DNA分析により、K2株とK株との同一性を立証しようとしたのである。)

2 主な争点
 本件育成者権侵害の有無
 
第3 判旨
 1 育成者権侵害の存否に関する判断基準について
 法の品種登録制度により保護の対象とされる「品種」とは,特性の全部又は 一部によって他の植物体の集合と区別することができ,かつ,その特性の全部 を保持しつつ繁殖させることができる一の植物体の集合をいい(法2条2項), これは,現実に存在する植物体の集合そのものを法による保護の対象とするも のである。
 そして,法は,育成者権の及ぶ範囲について,「品種登録を受けている品種 (以下「登録品種」という。)及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種」を「業として利用する権利を専有する」と定める(法20条1項) ところ,ここに,「登録品種と特性により明確に区別されない品種」とは,登録品種と特性に差はあるものの,品種登録の要件としての区別性が認められる程度の明確な差がないものをいう。具体的には,登録品種との特性差が各形質毎に設定される階級値(特性を階級的に分類した数値)の範囲内にとどまる品種は,ここにいう「登録品種と特性により明確に区別されない品種」に該当する場合が多いと解されるし,特性差が上記の範囲内にとどまらないとしても, 相違する項目やその程度,植物体の種類,性質等を総合的に考慮して,「登録品種と特性により明確に区別されない品種」への該当性を肯定することができる場合もあるというべきである。
 ところで,品種登録の際に,品種登録簿の特性記録部(特性表)に記載される品種の特性(法18条2項4号)は,登録品種の特徴を数値化して表すものと理解することができるが,品種登録制度が植物を対象とするものであることから,特性の評価方法等の研究が進展したとしても,栽培条件等により影響を受ける不安定な部分が残ることなどからすると,栽培された品種について外観等の特徴を数値化することには限界が残らざるを得ないものということができる。
 このような,品種登録制度の保護対象が「品種」という植物体の集団であること,この植物の特性を数値化して評価することの方法的限界等を考慮するならば,品種登録簿の特性表に記載された品種の特性は,審査において確認された登録品種の主要な特徴を相当程度表すものということができるものの,育成者権の範囲を直接的に定めるものということはできず,育成者権の効力が及ぶ品種であるか否かを判定するためには,最終的には,植物体自体を比較して, 侵害が疑われる品種が,登録品種とその特性により明確に区別されないものであるかどうかを検討する(現物主義)必要があるというべきである。

 2 本件鑑定嘱託の結果について
 控訴人は,本件鑑定嘱託の結果に基づき,被控訴人らが,本件登録品種の種菌と同じ種菌を使用してなめこを生産等していることが裏付けられると主張する。そこで,その当否について,以下に検討する。
 ・・・(中略)・・・
 よって,本件鑑定書に記載の鑑定嘱託の結果に基づいて,K1株(種苗 管理センターに寄託された本件登録品種の種菌株)と,その余の2つの供 試菌株であるK2株(控訴人が本件登録品種の種菌として保有していたと 主張する種菌株)ないしG株(被控訴人会社の販売するなめこから抽出した種菌株)とが「特性により明確に区別されない」と認めることはできない。
 イ K2株とG株との特性上の異同について
 控訴人は,鑑定嘱託の結果に基づいて,K2株とG株との同一性は肯定される旨主張することから,この点について検討する。
 ・・・(中略)・・・
 以上の点を総合的に考慮すると,とK2株とG株とは,両者の特性差が各形質毎に設定される階級値の範囲内に概ねとどまっているということができるから,両者は,「特性により明確に区別されない」認めることは可能であるというべきである。したがって,何らかの形でK1株とK2株の 同一性を立証することができるならば,K1株(本件登録品種)とG株も 「特性により明確に区別されない」と認める余地が生じることになる。
 3 控訴人の提出するDNAの分析結果について
 控訴人は,A報告(甲19),A追加報告(甲22)及びB報告(甲23) を提出し,これらのDNA分析結果によれば,種苗管理センターに寄託された 本件登録品種の種菌(K1株に相当するもの)と,控訴人が本件登録品種の種菌と主張する種菌(K2株に相当するもの)との同一性を肯定することができると主張する。そこで,この点について,以下,検討する。
 ・・・(中略)・・・
 (3) 検討
 DNA分析の手法は,全ゲノムを解析するのではなく,特定のプライマーを用いることにより,品種に特徴的であると考えられる一部のDNA配列を分析するものであるから,品種識別に利用する際には,その正確性,信頼性を担保するためにも,妥当性が確認されたものとして確立された分析手法を採用することが必要であるというべきである。
 しかるに,なめこについては,品種識別のためのDNA分析手法として, その妥当性が確認されたものとして確立されているものが存在することを認めるに足りる証拠はない(乙41によれば,いちご,リンゴなどの一部の植 物体についてはDNA分析による品種識別技術が確立しているものの,なめ こについては,そのようなDNA分析手法は存在しないことは原判決も説示 しているとおりである。)。そして,A報告,A追加報告及びB報告において用いられているDNA分析手法は,一科学者の研究手法としては傾聴に値するものであるとしても,それが,なめこの品種識別を行うための手法として妥当なものであるかどうかについて,他の研究者による追試や検証等が行われ,科学界において,その評価が確立しているとまで認めるに足りる証拠はないのであるから,これを「その妥当性が確認されたものとして確立された」DNA分析手法と同視し得るものとして,そのまま採用することには躊躇を覚えざるを得ない。 特に,A報告及びA追加報告は,6種類のプライマーのうち1種類を用いた分析において,K1’株とK2’株のバンドパターンが一致しなかったことから,K1’株がK2’株の原菌株であることを直接裏付けるものとはいえず,また,B報告については,実験に用いたプライマーの配列などの再現実験に必要なデータが不足していることや,塩基に変異があったとするそれぞれの箇所において異なる塩基がどのような割合で出現するのかが解明されていないことなどからすると,これをもってK1’株はK2’株が脱二核化したものであるとの結論を採用することは困難である。
 よって,これらの報告に基づき,種苗管理センターに寄託された本件登録品種の種菌と,控訴人が本件登録品種の種菌と主張する種菌との同一性を肯定できるとする控訴人の主張は,採用することができない。
 
第4 検討
 1.現物主義の採用について
 育成者権侵害の判断において、「同一品種であるか否かを判断するには、常に植物自体を比較する必要がある」という「現物主義」と、品種登録簿の特性表に記載された特性をもって、特許権における特許請求の範囲のごとく考える「特性表主義」とがある。
 原審は現物主義を採用したようにもみえるが、現物主義及び特性表主義のいずれにも言及し、本件においてはどちらであっても結論が変わらないとしており、どちらか一方を採用したと結論づけることはできないと考えられる。
 それに対して本件控訴審判決では、現物主義を採用すべきことを明確に判示した。

 2.DNA分析について
 また、脱二核化により、比較基準であるべきはずのK1株が子実体を形成しないようになってしまっており、被疑侵害株(G株)との比較ができないことについて、原告・控訴人は、K1株とK2株の同一性をDNA分析によって証明しようとしたが、原審では、そもそもK2株とG株との特性の共通性、類似性すら認められなかった(鑑定書がG株=K2株としているので、原告としてはK2株=K1株を示し、K1株=G株を立証するはずが、G株=K2株も認定されなかった。)。
 これに対して、本件控訴審判決では、鑑定書の記載等から、K2株=G株であると認めることは可能であるとし、何らかの形でK1株=K2株であることを示すことができれば、K1株=G株と判断する余地があるとして、控訴人提出のDNA分析の妥当性について判断した。
 そして、本件控訴審判決は、DNA分析の手法は,全ゲノムを解析するのではなく,特定のプライマーを用いることにより,品種に特徴的であると考えられる一部のDNA配列を分析するものであるから,品種識別に利用する際には,その正確性,信頼性を担保するためにも,妥当性が確認されたものとして確立された分析手法を採用することが必要であるというべきである。しかるに,なめこについては,品種識別のためのDNA分析手法として, その妥当性が確認されたものとして確立されているものが存在することを認めるに足りる証拠はないと判示した。
 原告の提出したDNA分析を、なめこの品種の同一性を判断手法として確立されたものではないとして採用を否定した点は原審と同様であった。

以上

(文責)弁護士 篠田淳郎