平成27年(ネ)第10025号(知財高判平成27年6月30日判決)
原審:平成26年(ワ)第654号(大阪地判平成27年1月15日判決)

【判旨】
被控訴人(一審被告、以下「被告」という場合がある。)は,本件特許発明につき,「特許出願に係る発明を知らないでその発明をした者から知得して,特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者」に当たるから,少なくとも被告容器の実施形式の範囲で先使用権を有するものである。したがって,被控訴人が本件口紅を販売等することは,控訴人(一審原告、以下「原告」という場合がある。)の有する本件特許権の侵害には当たらない。

【キーワード】
特許法79条,「特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して」,「特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者」,知財高裁4部判決

【事案の概要】
 本件は,発明の名称を「繰り出し容器(※)」とする特許権(特許第4356901号。以下「本件特許権」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である控訴人(一審原告)が,被控訴人(一審被告)が製造,販売する口紅の容器(被告容器)が本件特許に係る発明の技術的範囲に属し,被控訴人による口紅の製造,販売が本件特許権の侵害に当たる旨主張して,被控訴人に対し,本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償として実施料相当額(特許法102条3項)3000万円及び弁護士費用300万円の合計3300万円のうち,500万円及び不法行為の後であり,訴状送達の日の翌日である平成26年2月4日から支払ずみまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 ※・・・具体的には口紅の容器

 原判決は,被控訴人は本件特許権について特許法79条所定の先使用による通常実施権(以下「先使用権」という。)を有するから,被控訴人による上記製造,販売は本件特許権の侵害に当たらないとして,控訴人の請求を棄却した。
 控訴人は,原判決を不服として本件控訴を提起した。

 ところで、本件訴訟については、関連する前訴事件があった(一審:平成23年(ワ)第7407号/控訴審:平成25年(ネ)第10018号)。
 すなわち、被控訴人(一審被告)の親会社である日本ロレアル株式会社(以下「日本ロレアル」という。)らが、自己の口紅(以下「前訴口紅」という。)の製造・輸入・販売・使用につき、控訴人(一審原告)が本件特許権に基づく差止請求権等を有しないことの確認を求める訴訟(以下「前訴」又は「前件」という。)を提起した。そして、一審・控訴審では共に、先使用権の成立を認め、同差止請求権が存在しないことが確認され、前訴控訴審判決は平成25年10月19日に確定した。
 なお、前訴では、控訴人らによる日本ロレアルらの取引先に対する告知(特許権侵害の旨等の告知)が不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為に該当するか否かも争われ、一審裁判所及び控訴審裁判所は、控訴人らに対し、日本ロレアルらに対する損害賠償を支払うべき旨判示した(一審:日本ロレアル株式会社ら各々に対し200万円/控訴審:各々に対し110万円)。
 そして、前訴における先使用権の成立について、本判決で以下のとおり判示されている。

 「前訴口紅容器は,平成17年12月2日に発行された実用新案登録第3116256号にかかる登録実用新案公報(本件の乙5,119号証)に記載の考案(以下,『乙5考案』という。)の技術的範囲に属し,その実施品であること,台湾に本店所在地を有するShya Hsin Plastic Works Co.,Ltd.(以下『台湾シャ・シン社』という。)は,平成17年8月から同年10月にかけ,乙5考案に係る出願をし,その子会社で,かねてから日本ロレアルやエヌ・エル・オーも含めたロレアルグループの口紅である『ランコム』や『メイベリンニューヨーク』の容器の製造を行っていたSuzhou Shya Hsin Plastic Co.,Ltd.(以下『蘇州シャ・シン社』という。)は,遅くとも平成18年2月14日には,本件ランコム図面(本件ランコム図面に記載の口紅容器もまた,上記乙5考案の技術的範囲に属するものである。)を作成したこと,前訴口紅容器を備えた前訴口紅が含まれるロットが,蘇州シャ・シン社から,日本ロレアルに向けて輸出され,平成19年1月15日までには,日本ロレアルの管理する倉庫に入庫し,以後,日本ロレアルが当該口紅を販売したことを認定した上,上記本件ランコム図面は,図面作成日ころには,フランスロレアル社に送付したものと推認され,フランスロレアル社の子会社で,ロレアルグループの一員である日本ロレアル及びエヌ・エル・オーもまた前訴口紅容器の突状部に係る発明を『知得』していたとして,前訴口紅容器の実施形式の範囲で先使用権を有すると判断した。」(下線筆者)

 【争点】
 (1) 被告容器の本件特許発明1の構成要件Gの充足性
 (2) 本件特許発明の進歩性欠如の無効理由の有無
 (3) 本件特許発明の公然実施の無効理由の有無
 (4) 公知技術の抗弁の成否
 (5) 先使用権の成否等
 (6) 控訴人の損害額

 原審では、上記に加え、「本件訴訟の提起が、訴訟上の信義則に違反する不適法なものか」との点も争点となった。これら争点のうち、原審は、争点(1)、(5)について判断し、被告容器は構成要件Gを充足するが先使用権が成立すると判断し、原告の請求を棄却した。控訴審(本件判決)も、その内容を一部改めつつ、原審判断を支持している。
 以下では、争点(5)につき、先使用権の要件のうちの、「特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して」、「特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者」の2要件について、本件判決(原審判決を一部改めたもの)を紹介する。

 【判決文抜粋】(以下、下線部が原審から改められた点である。)
 「1 前提事実(証拠等の記載のないものは,争いがない。)
 ・・・(中略)・・・
 (5) 被告の行為
 被告は,『ランコム ラプソリュ ルージュ(LANCOME L‘ABSOLU ROUGE)』ブランドの口紅を製造,販売している。上記ブランドの口紅の容器については,下記(6)に記載の構成(とりわけ内筒部における突片部)を備えたものが存在する(以下,この構成を備えた上記口紅を『被告商品』といい,その容器を『被告容器』という。)。
 被告は,日本ロレアル株式会社(本店所在地:東京都新宿区西新宿三丁目7番1号,以下『日本ロレアル』という。)の完全子会社であって,薬事法に基づく製造販売業許可を得ている(乙13)。海外で製造された被告製品の各部品は、ロレアルグループの製造業許可を有する別会社(乙4)によって輸入されて、組み立てられ、被控訴人は、同別会社から、組み立てられた被告製品を仕入れ,薬事法に従って出荷のための手続等を取った上,日本ロレアルにその全量を販売している(弁論の全趣旨)。」

特許法79条(先使用権)の要件のうち「特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者」に関する判示
 
「(4) 輸入日
 証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば,ロット番号『2C361』の口紅のうち少なくとも一部に前訴口紅容器を備えた口紅が含まれていたこと,ロット番号『2C361』の口紅が平成18年12月27日に蘇州シャ・シン社の中国工場で製造され,同月28日に尚美公司の保有倉庫に入庫された後,平成19年1月5日には,日本ロレアル,エヌ・エル・オーに輸出すべく上海を出港し,同年1月10日の日本における通関手続を経て,同月15日に日本ロレアルの管理する寿倉庫に入庫したこと,以後日本ロレアルは日本国内で前訴口紅容器が使用された口紅を含め,口紅の販売を行ったことが認められ,この認定を妨げるに足りる証拠はない。
 上記認定は,蘇州シャ・シン社が,乙5考案を,前訴口紅容器として,平成18年2月14日には既に図面化[本件ランコム図面]していたこととも整合する。また,平成19年3月の前訴口紅容器を使用した口紅の発売開始[乙129]から間もない同年7月には,前訴口紅容器が市場で見つかっていることからも,日本ロレアルの口紅の製造開始当初から,前訴口紅容器及び被告容器が利用されていたものとうかがわれる。そして,本件ランコム図面は,まさに,本訴の対象である被告商品(『ランコム』ブランド)向けの図面であるから,被告商品にも同じ容器(被告容器)が使用されたものと推認され,前提事実(5)記載のとおり,被告容器を備えた被告製品の各部品は、本件特許の出願前に、ロレアルグループの別会社によって各部品が輸入され、組み立てられた被告容器を備えた被告製品は、薬事法上の製造販売許可を有する被告において,薬事法に従った出荷のための手続が取られた後,日本ロレアルに販売されたものと認められる。
 したがって,被控訴人は、本件特許が出願された平成19年3月1日の際,本件特許発明1及び同2の技術的範囲に属する前訴口紅容器と同じ構成の被告容器を備えた被告製品を販売し,もって,『現に日本国内においてその発明の実施である事業』(特許法79条)をしていたものといえる。」

特許法79条(先使用権)の要件のうち「特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して」に関する判示

 「(5) 知得
 前訴口紅容器及び被告容器と同部位に同形状の突状部を描いた本件ランコム図面は,平成18年2月14日にはDの指示に基づいて蘇州シャ・シン社によって作成されていたことからすれば,そのころ本件図面に係る『ランコム』の口紅の製造,販売を国際的に展開するフランスロレアル社に送付されたものと推認され,この推認を妨げるに足りる証拠はない。
 そうするとフランスロレアル社の子会社で,ロレアルグループの一員である日本ロレアル及びその完全子会社である被告も,被告製品の輸入時には,『本件特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者』であるP3から,前訴口紅容器及び被告容器の突状部に係る発明を『知得』していたと評価するのが相当である(なお,先使用権の成否を判断するに当たり,発明の実施者が親会社であるか,あるいは,同社が支配する子会社であるかによって結論を左右させることは,特許法79条による利害調整の趣旨に沿う解釈とはいえない。)。」

 「(6) 小括
 以上のとおり,被告は,本件特許発明につき,『特許出願に係る発明を知らないでその発明をした者から知得して,特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者』に当たるから,少なくとも被告容器の実施形式の範囲で先使用権を有するものである。
 したがって,被告が本件口紅を販売等することは,原告の有する本件特許権の侵害には当たらない。」

 【検討】
 上記判決文の抜粋で紹介したように、先使用権との関連で興味深い点は以下の二点である。
 第一に、「特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者」の要件については、前訴と本件訴訟とで当事者が異なるために、事実認定が以下のとおり異なっている。
 前訴では、当事者が、本件被控訴人(一審被告)の親会社の日本ロレアルであったため、
 「前訴口紅容器を備えた前訴口紅が含まれるロットが,蘇州シャ・シン社から,日本ロレアルに向けて輸出され,平成19年1月15日までには,日本ロレアルの管理する倉庫に入庫し,以後,日本ロレアルが当該口紅を販売したこと」
をもって、日本ロレアルが、「特許出願の際(平成19年3月1日)現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者」であると認定された。なお、厳密には、前訴の当事者(差止請求権不存在確認等を求めた原告)は、日本ロレアルとエヌ・アール・オー株式会社(日本ロレアルの100%子会社)であって、前訴では両者が「当該口紅を販売した」として、両者に先使用権が認められている。
 他方、本件訴訟では、当事者が、日本ロレアルの100%子会社の株式会社コスメロールが被控訴人(一審被告)であったため、
 「被告容器を備えた被告製品の各部品は、本件特許の出願前に、ロレアルグループの別会社によって各部品が輸入され、組み立てられた被告容器を備えた被告製品は、薬事法上の製造販売許可を有する被告において,薬事法に従った出荷のための手続が取られた後,日本ロレアルに販売された
との事実認定がされた。
 すなわち、「口紅容器を備えた口紅が輸入→日本ロレアルの販売」という前訴での事実認定を、本件訴訟では、「部品輸入(別会社)→組立(別会社)→被控訴人(一審被告)→日本ロレアル」と認定している。こうした事実認定の違いは、当事者も異なり、裁判で提出される証拠が異なるので当然ではあるものの、興味深い。

 本件訴訟では上記のとおり事実認定し、被控訴人(一審被告)が「その発明の実施である事業をしている者」としているが、被控訴人につき先使用権の保護を受けるという観点から他に考え得る法律構成としては、いわゆる一機関の理論がある。すなわち、先使用権の一機関についての最高裁判決として最判昭44・10・17(地球儀型トランジスタラジオ事件)があるが、同最高裁判決は、

 「 旧意匠法九条にいう『其ノ意匠実施ノ事業ヲ為シ』とは、当該意匠についての実施権を主張する者が、自己のため、自己の計算において、その意匠実施の事業をすることを意味するものであることは、所論のとおりである。 しかしながら、それは、単に、その者が、自己の有する事業設備を使用し、自ら直接に、右意匠にかかる物品の製造、販売等の事業をする場合だけを指すものではなく、さらに、その者が、事業設備を有する他人に注文して、自己のためにのみ、右意匠にかかる物品を製造させ、その引渡を受けて、これを他に販売する場合等をも含むものと解するのが相当である。・・・被上告人らは、訴外D社の注文にもとづき、専ら同社のためにのみ、本件地球儀型トランジスターラジオ受信機の製造、販売ないし輸出をしたにすぎないものであり、つまり、被上告人らは、右D社の機関的な関係において、同社の有する右ラジオ受信機の意匠についての先使用権を行使したにすぎないものである、とした原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、首肯することができる。」

と判示しているため、この判例法理を用いて、本件訴訟の被控訴人(一審被告)が、日本ロレアルとの「機関的な関係において、同社の有する本件特許についての先使用権を行使した」という認定も可能であったと考える。実際、本件判決の「1 前提事実」で、「被告は・・・日本ロレアル・・・の完全子会社であって・・・被控訴人(被告)は・・・被告製品を仕入れ・・・日本ロレアルにその全量を販売している(弁論の全趣旨)。」と認定されているので、あくまでも筆者の勝手な想像であるが、上記判例法理に基づく認定も裁判所の視野にあったのではないかと考えられる。

 第二に、「特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して」の要件については、前訴も本件訴訟も、フランスロレアル社に「本件ランコム図面」が送付されたことをもって、被控訴人(一審被告:フランスロレアル社の孫会社)が「知得」したと認定している。この点について、本件判決では、
「先使用権の成否を判断するに当たり,発明の実施者が親会社であるか,あるいは,同社が支配する子会社であるかによって結論を左右させることは,特許法79条による利害調整の趣旨に沿う解釈とはいえない。」
と判示している。
 この判示は妥当と考えられ、非常に興味深い。本件は親会社・孫会社の関係で親会社が知得した場合に孫会社も知得したと判断(評価)した事例であるが、この判示により、逆に、子会社(孫会社)が知得した場合にこれを親会社の知得と判断(評価)もあり得ると考える。知財実務を行う上で、前訴及び本訴訟の判決の上記判示は非常に参考になる。

以上
 (文責)弁護士 柳下彰彦