平成27年3月20日判決(東京地裁 平成26年(ワ)第21237号)
【キーワード】キャッチフレーズ、著作物性、商品等表示、スピードラーニング
【判旨】
①「音楽を聞くように英語を聞き流すだけ 英語がどんどん好きになる」というキャッチフレーズは、平凡かつありふれた表現であるから、著作物とは認められない。
②キャッチフレーズが 商品等表示としての営業表示に該当するためには,長期間にわたる使用や広告,宣伝等によって,当該文言が特定人の営業を表示するものとして需要者の間に広く認識され,自他識別機能ないし出所表示機能を獲得するに至っていることが必要である。

第1 はじめに

 本件は、英会話教材を販売する原告が、同教材に関するキャッチフレーズが盗用されたとして、同じく英会話教材を販売する被告を訴えた事案です。原告は、同キャッチフレーズは著作物であるとか、不正競争防止法2条1項1号の商品等表示にあたるなどと主張しましたが、裁判所はいずれの主張も退けています。本件はキャッチフレーズに関する法的保護の可否を考えるのに適した事例と思われますので、以下、概要を紹介いたします。

第2 事案の概要

1 原告は、英会話教材「スピードラーニング」(以下「原告教材」という。)を販売する会社である。原告は、原告教材の販売に際し、以下のようなキャッチフレーズを使用していた。
<原告キャッチフレーズ>

音楽を聞くように英語を聞き流すだけ 英語がどんどん好きになる
ある日突然,英語が口から飛び出した!
ある日突然,英語が口から飛び出した

2 被告は、英会話教材「エブリデイイングリッシュ」(以下「被告教材」という。)を販売する会社である。被告は、被告教材の販売にあたり、以下のようなキャッチフレーズを使用していた。
<被告キャッチフレーズ>

音楽を聞くように英語を流して聞くだけ  英語がどんどん好きになる
音楽を聞くように英語を流して聞くことで上達
英語がどんどん好きになる
ある日突然,英語が口から飛び出した!
ある日,突然,口から英語が飛び出す!

3 原告は、被告による原告キャッチフレーズの使用は、原告キャッチフレーズに関する著作権を侵害する、商品等表示としての原告キャッチフレーズを使用するものであり不正競争防止法に違反するなどと主張して、被告キャッチフレーズの利用差止などを求めて本訴を提起した。

第3 判旨
 1 原告キャッチフレーズの著作物性について

(1)判断基準
 「著作物といえるためには,『思想又は感情を創作的に表現したもの』であることが必要である(著作権法2条1項柱書き)。『創作的に表現 したもの』というためには,当該作品が,厳密な意味で,独創性の発揮されたものであることまでは求められないが,作成者の何らかの個性が表現されたものであることが必要である。文章表現による作品において,ごく短かく,又は表現に制約があって,他の表現が想定できない場合や,表現が平凡でありふれたものである場合には,作成者の個性が現れていないものとして,創作的に表現したものということはできない。 」
(2)あてはめ
 「原告キャッチフレーズ1は,『音楽を聞くように英語を聞き流すだけ /英語がどんどん好きになる』というものであり,17文字の第1文と12文字の第2文からなるものであるが,いずれもありふれた言葉の組合せであり,それぞれの文章を単独で見ても,2文の組合せとしてみて も,平凡かつありふれた表現というほかなく,作成者の思想・感情を創 作的に表現したものとは認められない。
 原告キャッチフレーズ2は,『ある日突然,英語が口から飛び出し た!』というもの,原告キャッチフレーズ3は,『ある日突然,英語が 口から飛び出した』というものであるが,17文字(原告キャッチフ レーズ3)あるいはそれに感嘆符を加えた18文字(原告キャッチフ レーズ2)のごく短い文章であり,表現としても平凡かつありふれた表現というべきであって,作成者の思想・感情を創作的に表現したものとは認められない。」

2 不正競争防止法違反について

(1)判断基準
 「キャッチフレーズは,通常,商品や役務の宣伝文句であって,これに接する需要者もそのようなものとして受け取り,自他識別機能ないし出所表示機能を有するものとして受け取られることはないといえ,キャッチフレーズが商品等表示としての営業表示に該当するためには,長期間にわたる使用や広告,宣伝等によって,当該文言が特定人の営業を表示するものとして需要者の間に広く認識され,自他識別機能ないし出所表示機能を獲得するに至っていることが必要であるというべきである。」
(2)あてはめ
 「原告と被告がいずれも英会話教材の通信販売等を業とする株式会社であり(…),原告キャッチフレーズが,平成16年9月から平成26年2月にかけて原告広告で使用されており(…),原告商品の売上が,平成24年4月期に約106億円,平成20年4月期に約21億円 に上っていたことは被告も認めている(…)としても,原告キャッチフレーズが平凡かつありふれた表現であることに加え,原告キャッチフレーズは原告広告の見出しの中で,キャッチフレーズの一つとして使用されているにすぎないこと,原告広告において,原告商品を指すものとして「スピードラーニング」という商品名が記載されており(証拠略),需要者はこれをもって原告商品を他の同種商品と識別できることなどからすれば,原告キャッチフレーズが,単なるキャッチフレーズを超えて,原告の営業を表示するものとして需要者の間に広く認識され,自他識別機能ないし出所表示機能を獲得するに至っているとは認められない。」

第4 若干の検討
 1 原告キャッチフレーズの著作物性について

  本判決は、原告キャッチフレーズは著作物にはあたらないと判断しました。短い文章表現については、表現に制約があるため、安易に著作物性を認めると後行者の活動を不当に制約することにもなりかねません。そのため、裁判所は、短文表現については相当程度工夫されていると思われるものについても、簡単には著作物とは認めません。たとえば、知財高判平成17年10月6日平成17年(ネ)第10049号では、次のような文章について著作物性が否定されています

マナー知らず大学教授,マナー本海賊版作り販売
A・Bさん,赤倉温泉でアツアツの足湯体験
道東サンマ漁,小型漁船こっそり大型化

 このような従前の裁判例に照らしても、原告キャッチフレーズは短文かつありふれた表現からなるものなので、その著作物性が否定されることには違和感はありません。
 なお、仮に短文表現に著作物性が認められるとしても、著作権侵害が成立するのはその表現をそっくりそのまま盗用したような場合に限られます。たとえば、東京地判平成13年5月30日判時1752号141頁[交通標語]は、下記原告スローガンは著作物にあたると認めつつ、被告スローガンは原告スローガンの著作権を侵害するものではないとしました。

原告スローガン 被告スローガン
ボク安心 ママの膝(ひざ)より 
チャイルドシート
ママの胸より チャイルドシート

2 原告キャッチフレーズの商品等表示該当性について

 本判決は、一般論としてはキャッチフレーズも不正競争防止法上の商品等表示に該当し得るとしつつ、結論としては、原告キャッチフレーズは原告の営業と他者の営業とを区別する機能を有するには至っておらず、商品等表示には該当しないと判断しました。
 この判断には異論もあると思います。判決の事実認定からは離れてしまいますが、個人的には、原告教材のテレビCM等を目にする機会は決して少なくなく、原告キャッチフレーズを目にすれば原告の教材を思い浮かべる需要者も多いのではないかと思います。この点については、需要者のアンケートを証拠として提出するなど、立証方法を工夫することにより、異なる判断を得ることができたもしれません。


1ただし、同判決は一般不法行為の成立を認めていますので、ここで適示した文章表現を全く保護しなかったわけではありません。

以上
(文責)弁護士 高瀬亜富