平成27年2月12日判決(東京地裁平成26年(ワ)33433号)
【キーワード】
114条3項,実施料相当額,ソフトウェア,著作権侵害
【判旨】
判旨① 
「被告が本件ソフトウェアの違法複製版を ダウンロード販売したという事案においては,本件ソフトウェアを複製した商品を販売する者から原告が受けるべき使用料相当額を算定すべきであるところ, 本件においては,著作権者の標準小売価格を前提としてこれに相当な実施料率を乗じて使用料相当額を算定するのが相当であると解される。」
判旨②
「ソフトウェア等の技術分野における実施 料率に関する統計データ(特に,上記「実施料率【第5版】」中のソフトウェアを含む「電子計算機・その他の電子応用装置」の技術分野における外国 技術導入契約の実施料率に関する統計データによれば,平成4年度から平成10年度までのイニシャル・ペイメント条件がない契約における実施料率の平均は33.2パーセントとされていること)に加えて,被告による侵害行 為の態様が本件ソフトウェアのアクティベーションを無効化して実質的に同一のプログラムを販売したという悪質なものであることなど本件に現れた一切の事情を考慮すれば,実施料率を50パーセントと認めるのが相当である。」

第1 はじめに 

 本件は,原告が権利を有する建築 CADソフトウェアが無断で複製・販売された事案に関する判決です。被告が口頭弁論期日にせず,答弁書等も提出しなかったため,事実関係については原告主張のとおり認定され,著作権侵害が認められています。
 しかし,裁判所は,原告が被った損害額(実施料相当額の損害)については,原告の請求がやや過大だったこともあり,原告の言い分をそのまま認めることはしていません。裁判所は,原告製品と被告製品の販売価格が異なる本件において,原告製品の価格を基準に実施料相当額を算出すべきであり(判旨①),被告の行為の悪質性等を考慮すれば,損害額算出のための実施料率については統計データ等に基づく平均実施料率33.2%より相当程度高い50%とすべきであるとしつつ(判旨②),原告の請求のうちの半額を認容しています。
 本件は,著作権侵害に基づく損害額算定の参考になると思われますので,紹介します。

第2 事案

 先に述べたとおり、本件では被告からの反論がなされていないため、事実関係については原告主張のとおり認定されています。
1 当事者
(1)原告
 建築設計関連のプログラム開発及びこれらに関連するインターネッ トの技術開発を業とする会社である。原告は,いわゆる建築 CAD ソフトウェア であり,建築設計図面の作成,編集,印刷ならびに建築3次元モデル作成,レンダリングを行う機能を有するプログラムである DRA-CAD シリーズの著作権を有する。
(2)被告
 訴外ヤフー株式会社(以下「訴外ヤフー」という。)が運営する 「ヤフオク!」(以下「ヤフオク」という。)という名称でのインターネットサイトにおいて,原告製品である DRA-CAD10(以下「本件ソフトウェア」とい う。)を販売すると宣伝し,本件ソフトウェアを一部改変した違法複製品(以下「本件商品」という。)をいわゆるダウンロード販売して対価を得た個人である。

2 被告の侵害行為
 (1)複製権侵害

 被告は,落札者に対し著作物を販売譲渡する目的で,本件ソフトウェアのファイルを,原告に無断で,ヤフオクで販売した。本件ソフトウェアの購入者は、被告の作成したインストールマニュアルに従って,本件商品のファイルを被告の指示したサイト(以下「本件ダウンロードサイト」という。)からダウンロードすることにより本件ソフトウェアのプログラムを入手することができた。本件ダウンロードサイトに記録・蔵置された本件商品のプログラムは,本件ソフトウェアと実質的同一性が認められるから,被告による当該記録・蔵置行為は,本件ソフトウェアに関する原告の複製権を侵害する。
(2)送信可能化権侵害
 被告は,上記のとおり,インターネットを使用して,本件商品のプログラムファイルをヤフオクでアップロードした。 被告の上記行為は,公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に著作物の情報を記録する行為であるから,著作物の送信可能化(著作権法第2条1項9号の5イ)にあたる。 よって,被告は、当該行為により原告の送信可能化権を侵害した。
(3)翻案権侵害及び同一性保持権侵害
 本件ソフトウェアの正規製品には,いわゆるアクティベーションが設定され ており,シリアルナンバーを入力しないと本件ソフトウェアが起動しない設定 がなされている。 しかし,本件商品の落札者が,被告の作成したインストールマニュアルに従 って実行ファイル<以下略>.exe をコピー,貼り付けすると,本件ソフトウ ェアのファイルが上書きされ,アクティベーションが無効化されて,シリアル ナンバーを入力しなくても本件ソフトウェアが起動するように変更が加えられ る。 本件ソフトウェア正規版と,本件商品のプログラム実行ファイル<以下略 >.exe が上書きされた後のプログラムを対比すると下記のような違いがある。 アドレス <以下略>.exe(Ver.10.0.1.8) <以下略>.exe8 (本件ソフトウェア正規版) (本件商品) 003A13C4: E8 B8 003A13C5: C7 01 003A13C6: 2C 00 003A13C7: C6 00 003A13C8: FF 00 003A13CB: 0F 90 003A13CC: 85 E9 上記ソフトウェアの<以下略>.exe ファイルの改変はプログラム実行フ ァイルをコピー,貼り付けすることにより行われ,その操作は被告ではなく 落札者が行う。しかし,落札者は,被告の作成したインストールマニュアル の指示に従って操作するのであるから,実質的には,被告が落札者を利用し て改変行為を行ったといえる。 よって,被告は本件ソフトウェアの改変行為を行い,原告の著作者人格権 (同一性保持権)及び翻案権を侵害した。

3 損害額に関する原告の主張

(1)被告は,Yahoo! JAPAN ID「<以下略>」の名称で,2013(平成25) 年12月17日から2014(平成26)年2月25日の間に56回にわたって,「建築設計・製図 CAD DRA-CAD10」という商品名を掲載してヤフオクで本件商品を4,980円で出品し,その出品情報が本件サイトに掲載された。 また,56回すべての出品について入札があり,本件商品が落札された。なお, この56回のうち,2014(平成26)年1月13日に出品された本件商品 は,上述の通り,本件ソフトウェアと実質的に同一のプログラム(いわゆるデ ッドコピー)であったし,被告による販売形態は全く同一であったから,残り55回分についてもいわゆるデッドコピーであることは明らかである。したが って,原告は被告の不法行為により本件商品を正規に販売する機会を56回分 (56本分)失ったというべきである。
(2)本件商品の標準小売価格は19万9500円(消費税込み)であり,その56本分は合計1117万2000円である。
(3)本件においては,原告が本件商品を販売する場合に購入者が通常支払う金額 は1本あたり19万9500円(消費税込み)であるのだから,上記のような 違法行為を行った被告に同額を負担させることが正義にかなうというべきである。

第3 判旨 -損害額に関する判示部分-
 1 基準とすべき販売価格 -原告の販売価格を基準とする-

 著作権法114条3項は,著作権の侵害行為があった場 合に,著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額である使用料相当 額については,権利者に,最低限の損害額として損害賠償請求を認める趣旨の 規定である。そして,本件のように,被告が本件ソフトウェアの違法複製版を ダウンロード販売したという事案においては,本件ソフトウェアを複製した商 品を販売する者から原告が受けるべき使用料相当額を算定すべきであるところ, 本件においては,著作権者の標準小売価格を前提としてこれに相当な実施料率 を乗じて使用料相当額を算定するのが相当であると解される。」

 2 実施料率の認定 -50パーセントとするのが相当-

 「実施料率の認定については,本件において原告が第三者に本件ソフトウェ アの使用許諾をしているか否かが明らかでないため,実施料率の一般的水準 を一応の目安として算定すべきところ,顕著な事実である社団法人発明協会 研究センター編集の「実施料率【第5版】」(社団法人発明協会発行)及び 経済産業省知的財産政策室編「ロイヤルティ料率データハンドブック」(財 団法人経済産業調査会発行)記載のソフトウェア等の技術分野における実施 料率に関する統計データ(特に,上記「実施料率【第5版】」中のソフトウ ェアを含む「電子計算機・その他の電子応用装置」の技術分野における外国 技術導入契約の実施料率に関する統計データによれば,平成4年度から平成 10年度までのイニシャル・ペイメント条件がない契約における実施料率の 平均は33.2パーセントとされていること)に加えて,被告による侵害行 為の態様が本件ソフトウェアのアクティベーションを無効化して実質的に同 一のプログラムを販売したという悪質なものであることなど本件に現れた一 切の事情を考慮すれば,実施料率を50パーセントと認めるのが相当である。」。

 3 結論

 「以上によれば,原告の請求は,558万6000円(19万9500円×5 6×0.5)及びこれに対する平成26年12月28日から支払済みまで民法 所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。」

第4 若干の検討
 1 正規品の販売価格を基準に実施料相当額を算定

 本件は、著作権法114条3項に基づく実施料相当額の算定方法について判示された事例です。同項は以下のとおり規定しています。
著作権者は…、故意又は過失によりその著作権…を侵害した者に対し、その著作権…の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。
  同項は「実施料相当額」の賠償請求を認めるものですが、著作権者が販売する商品と侵害者が販売する商品の価格が異なる場合(通常は侵害品は廉価で販売されます。)、 どちらの価格を基準に計算するかにより、結果として算出される実施料相当額は相当程度変わってきます。本件に即していえば、原告が販売する本件ソフトウェアの価格は19万9500円(消費税込み)であるのに対し、本件商品の販売価格は4980円ですから、本件商品を基準にした場合には同じ実施料率を乗じても賠償額は40分の1になってしまいます。
 このように著作権者の商品と侵害品の価格が異なる場合、侵害品の販売価格を基準に実施料相当額を算出すべきなのか著作権者の商品の販売価格を基準にすべきかについては、裁判例の立場が分かれていました。
 このような状況の中、本判決は、著作権者である原告が販売する本件ソフトウェアの価格を基準に実施料相当額を算出すべきとしました。被告が販売する本件商品の価格は原告が販売する正規品の約40分の1であったため、本件商品の販売価格を基準に相当実施料を算出しても、原告の損害は十分には填補されないとの判断があったものと思われます。

2 裁判所が実施料相当額を算定する際に重視する資料の明示

 次に、本判決は、以下の各書籍記載のソフトウェアの実施料率に関する統計データについて、各書籍が証拠提出されていなかったにも関わらず、「顕著な事実」として認定しています。
・社団法人発明協会 研究センター編「実施料率【第5版】」(社団法人発明協会発行)
・経済産業省知的財産政策室編「ロイヤルティ料率データハンドブック」(財団法人経済産業調査会発行)
証拠提出されていない文献に関する記載を「顕著な事実」として判断の基礎に取り込むのは、余り例がないように思います。
 本判決が上記各書籍の記載を「顕著な事実」として認定したことは、裁判所が著作権法114条3項の実施料相当額を算出する際、上記各書籍の記述を重要な参考資料と位置付けていることを伺わせるものといえ、興味深いところです。
以上
(文責)弁護士 高瀬亜富