【令和4年8月23日(知財高裁 令和3年(行ケ)第10137号】

【キーワード】
 公然実施、技術的思想の内容の認識、技術的思想の再現、展示会

【事案の概要】

 本件は、名称を「作業機」とする発明に係る特許(特許第5976246号、請求項の数1。以下「本件特許」という。)の無効審判請求は成り立たないとする審決(以下「本件審決」という。)の取消しを求めた事案である。

【本件発明】

 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は、以下のとおりである(A~Jの分説は本件審決において付与された(本件審決第3〔本件審決7~8 頁〕)。以下、本件訂正後の請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。
A 走行機体の後部に装着され、耕うんロータを回転させながら前記走行機体の前進走行に伴って進行して圃場を耕うんする作業機において、
B 前記作業機は前記走行機体と接続されるフレームと、
C 前記フレームの後方に設けられ、前記フレームに固定された第1の支点を中心にして下降及び跳ね上げ回動可能であり、その重心が前記第1の支点よりも後方にあるエプロンと、
D 前記フレームに固定された第2の支点と前記エプロンに固定された第3の支点との間に設けられ、前記第2の支点と前記第3の支点との距離を変化させる力を作用させることによって前記エプロンを跳ね上げる方向に力を作用させる、ガススプリングを含むアシスト機構とを具備し、
J 前記ガススプリングは、シリンダーと、前記シリンダーの内部に挿入されたピストンと、前記ピストンから延長されるピストンロッドとを有し、
E 前記アシスト機構は、さらに、前記ガススプリングがその中に位置し、前記第2の支点及び第3の支点を通る同一軸上で移動可能な第1の筒状部材と第2の筒状部材とを有し、
F 前記第1の筒状部材の前記フレーム側の一端には前記第2の支点が、前記第1の筒状部材の前記エプロン側の他端には前記ピストンロッドの先端が接続され、前記第2の筒状部材の前記フレーム側の一端には前記シリンダーの先端が接続され、
G 前記第2の筒状部材の外周に突設された第1の突部が前記第3の支点を回動中心とし、前記エプロンに台座を介して設けられた第2の突部に接触して前記第3の支点と前記第2の支点との距離を縮める方向に変化することにより、前記エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少し、
H 前記ガススプリングは、前記エプロンが下降した地点において収縮するように構成される
I ことを特徴とする作業機。

【争点】

 本件訴訟において争点は複数があるが、本件発明の内容が、検甲1(原告製「ニプログランドロータリーSKS2000(製造番号1007)」〔本件審決13頁〕)に係る発明(以下「検甲1発明」という。)によって、本件特許の出願前に公然知られた又は公然実施されたかどうかという点についてのみ検討する。

【裁判所の判断】

2 取消事由1-1(検甲1発明の認定の誤り〔無効理由1関係〕)について
⑴ 原告は、本件発明は本件特許の出願前に公然知られた又は公然実施された検甲1に係る発明と同一であるから、法29条1項1、2号に該当し、特許を受けることができないものであると主張する。
  法29条1項1号の「公然知られた」とは、秘密保持契約等のない状態で不特定多数の者が知り、又は知り得る状態にあることをいい、同項2号の「公然実施」とは、発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい、物の発明の場合には、対象製品が不特定多数の者に販売され、かつ、当業者がその製品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん、外部からは認識できなくても、当業者がその製品を通常の方法で分解、分析する等によって発明の内容を知り得る場合を含むというべきである。そして、発明の内容を知り得るといえるためには、当業者が発明の技術的思想の内容を認識することが可能であるばかりでなく、その認識できた技術的思想を再現できることを要するというべきである。
  本件では、検甲1発明が、本件発明の構成要件Gの「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という構成を備えていたこと、あるいは本件発明の内容が検甲1発明によって公然知られていたとも公然実施されていたとも認めることはできない。その理由は、次のとおりである。

⑵ 原告主張の理由について
ア 構成要件Gの理論的説明に対する認識(理由1)について
(ア) 本件審決の判断
a 本件審決は、力学に関する技術常識を勘案し、本件訂正後の請求項1及び本件明細書等により認められる本件発明に係る作業機の構造に照らすと、エプロンを跳ね上げるのに要する力(Fs)とエプロンの角度について、次の関係が成り立つと判断した(本件審決第6の2⑵イ(ウ)〔本件審決97頁〕)。
 Fs>(Rw・W・sin(θ+α0)-Ra・Fg・sinθa)/(R・sin(θ+β0))
(Fs:エプロンを跳ね上げるのに要する力
 Rw:第1の支点からエプロンの重心までの距離
 Ra:第1の支点から第3の支点までの距離
 R:第1の支点からエプロンを持ち上げる位置までの距離
 W:エプロンの重心に鉛直方向に働く重力
 Fg:第3の支点に働くアシスト力
 θ:エプロンが、第1の支点を通る直線に対してなす角度(エプロンが最も下降したときに θ=0°とする。)
 α0:θ=0°のときの、第1の支点とエプロンの重心とを結ぶ直線の鉛直方向に対する角度
 β0:θ=0°のときの、第1の支点とエプロンを持ち上げる位置とを結ぶ直線の鉛直方向に対する角度
 θa:第1の支点と第3の支点とを結ぶ直線と、第2の支点と第3の支点とを結ぶ直線がなす角度)
b 本件審決は、検甲1の作業機が、エプロンを跳ね上げるのに要する力は徐々に減少する構成を有していたといえるかについて、次のとおり判断した(本件審決第6の3⑵〔本件審決115頁〕)。
  「前記『2(2)イ(ウ)』で検討したとおり、『エプロンを跳ね上げるのに要する力』が『エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少』するとは、『エプロンを跳ね上げるのに要する力』(Fs)について、前記『2(2)イ(ウ)』に示した関係(判決注:前記aに示した式の関係)を満たすFsが、エプロンが、本件発明における第1の支点を通る直線に対してなす角度 θ(エプロンが最も下降したときを θ=0°とする。)が増加する所定角度範囲内において徐々に減少するような構成である。
  前記『2(2)イ(ウ)』に示した関係中の各パラメータのうち、θ以外の項目を適宜設定し、Fsが、θ が増加する所定角度範囲内において徐々に減少するような構成を実現することにより、構成要件Gにおける『エプロンを跳ね上げるのに要する力』が『エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少』するとの構成は実現される。
  したがって、エプロンを跳ね上げるのに要する力が徐々に減少する構成を有するか否かには、上記関係式中のFg(第3の支点に、第2の支点の方向に働くアシスト力)が影響し、Fgは、『第2の支点と第3の支点との距離を変化させる力を作用させることによってエプロンを跳ね上げる方向に力を作用させる、ガススプリングを含むアシスト機構』(構成要件D)によるものであるから、アシスト機構で採用される『ガススプリング』の特性(ストローク長とガス反力の関係等)に依存する。
  そうすると、構成要件Gにおける『エプロンを跳ね上げるのに要する力』が『エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少』するとの構成を有しているか否かは、外観のみから認識できる性質のものではなく、上記展示会において展示された検甲1作業機の外観のみから、検甲1作業機が、エプロンを跳ね上げるのに要する力が徐々に減少する構成を有しているとすることはできない。」
(イ) 原告の主張に対する判断
  原告は、本件展示会において、本件発明に係る作業機と同じ構造(ガススプリングの向きが逆である点を除く。)を有する検甲1を見た当業者は、力学的な技術常識から構成要件Gの理論的説明を認識できると主張し、構成要件Gは検甲1を見れば認識できるから検甲1は構成要件Gを備えると主張する(前記第3の1〔原告の主張〕⑵ア)。
  しかし、本件審決は、エプロンを跳ね上げるのに要する力(Fs)とエプロンの角度に係る前記(ア)aの関係を、力学に関する技術常識を勘案し、本件訂正後の請求項1及び本件明細書等により認められる本件発明に係る作業機の構造から認定したものであり、本件訂正後の請求項1及び本件明細書等の記載内容を検討した上でそれを導いたものであると認められる。本件審決は、検甲1の作業機を見ることによって本件明細書の記載から導くことができる本件発明の技術的思想を認識できると判断したものではないし、当業者が本件明細書の記載から理解できる技術的思想と、検甲1の作業機の実物を見て理解できることが同じであると解すべき理由はないから、検甲1を見た当業者が、力学的な技術常識から構成要件Gの理論的説明を認識できるとする原告の主張は、採用することができない。さらに、エプロンを跳ね上げるのに要する力(Fs)とエプロンの角度に係る前記(ア)aの関係に照らすと、本件審決が述べるように、構成要件Gにおける「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少」するとの構成を有しているか否かは、アシスト機構で採用される「ガススプリング」の特性(ストローク長とガス反力の関係等)に依存するものであり、外観のみから認識できる性質のものではないと認められる。したがって、この点からしても、構成要件Gは検甲1を見れば認識できるから検甲1は構成要件Gを備えるという原告の主張は採用することができない。

イ エプロンを跳ね上げるのに要する力の減少に対する認識(理由2)について
  原告は、本件展示会で検甲1を見た当業者であれば、力学的な技術常識に基づいて、構成要件Gを当然に理解認識することができ、その具体例をシミュレーションすることができるから、検甲1発明は構成要件Gを備えると主張するが(前記第3の1〔原告の主張〕⑵イ)、前記アで述べたと同様の理由により、原告の上記主張は採用することができない。

ウ 補助的資料による認定その1(理由3)について
(ア) 甲103について
  原告は、検甲1を、本件展示会と同じスタンド姿勢(前傾約30°)に設定した状態で、本件審判の第1回口頭審理及び証拠調べ(平成30年10月30日実施)における検証の時と同様の方法により、エプロンを跳ね上げるのに要する力(アシスト操作力)を実際に測定したところ、エプロンを跳ね上げるのに要する力が、エプロン角度の増加に伴って、一般的な作業者が感じることができる程度に徐々に減少する結果を示すグラフ(甲103の7頁のグラフ)が得られたとして、検甲1は、エプロンを跳ね上げるのに要する力がエプロン角度の増加に伴って徐々に減少する構成を有したものであると主張する(前記第3の1〔原告の主張〕⑵ウ(ア) )。
  しかし、甲103は、本件訴訟が提起された後の令和3年(2021年)11月5日に測定された結果を示すものであり、約6年半前の平成27年(2015年)7月に開催された本件展示会における検甲1の状態を示すものとは認められないから、甲103によって、本件展示会における検甲1の構成が認められるとはいえない。また、甲103の測定値によれば、エプロン角度が60度となるあたりでアシスト操作力は約17kgf になると認められ(甲103の6頁の調査結果のアシスト有1及び2のエプロン角度60.0のときの測定データ)、これは、エプロン角度が小さいときに比べればアシスト操作力は軽減されているが、それでも、17kgf の力で持ち上げなければならないことを意味する。他方、甲106の2(動画2)は、本件訴訟が提起された後の令和3年11月30日に撮影された映像であるところ、これには、エプロン角度が60度のときに手を離すとエプロンが下がらなくなり、軽く押し下げると下に回動することが示されており、これは、エプロン角度が60度のときにアシスト操作力が0となることを示しているものと認められる。そうすると、甲103の測定結果は、甲106の2に撮影された作業機の挙動とは整合しないものと認められ、その測定結果に信用性があるとは認められない。
(イ) 甲104及び甲105について
本件展示会から約2か月後の平成27年9月29日付けの乙のブログである甲20には、「バネがキツくて持ち上がらない均平板がラクに持ち上がるようになる・・・みたいです。」と記載されており、乙が作成した令和3年11月9日付けの証明書である甲104には、「私と『Nさん』は、前記製品の均平板の斜め後方に立って、その均平板を片手で持ち上げる行為を行うことにより、前記製品のそのアシストオン状態のアシスト機構(『均平板らくらくアシスト』)を体感したこと。」を「証明いたします」という記載が存在する。また、丙作成の令和3年11月25日付けの陳述書である甲105には、「一般の見学者は、新製品の写真撮影をしたり、新製品のアシスト機構(『均平板らくらくアシスト』)のレバーを握って操作して、実際にエプロン(均平板)を上げ下げしていました。」(甲105〔2頁13~16行〕)と記載されている。
  しかし、これらの記載によれば、アシスト機構によって均平板を持ち上げるのに要する力が軽くなるようにされていたことは窺われるものの、「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」ということを体験できたことが記載されていると認めることはできない。
  甲7、甲20〔1、3頁〕の写真によれば、本件展示会において、検甲1のエプロンの後ろには、多数のカタログ等を貼った大きなパネルが置いてあったものと認められる。甲80の別紙の表によれば、検甲1は、アシスト機能がオンの場合であっても、エプロンを持ち上げるために13.0ないし14.2kgf の力を要すると解されるし、甲103によるとしても、持ち上げ当初に約25kgf の力が必要であり、持ち上げるのに要する力が最も少なくなったエプロン角度60度のときにも16.7又は17.3kgf の力が必要であり、いずれにしても、エプロンを持ち上げるために13.0kgf 以上の相当程度の力を入れる必要があったと認められる。そうであるとすれば、本件展示会において、一般の見学者にエプロンを持ち上げる際のアシスト機能を体験してもらうとすれば、持ち上げの体験を希望する者がエプロンの後ろの中央付近において力を入れることのできる態勢で体験できるようにするものと推認される。そして、本件展示会において実際に見学者がアシスト機能を体験していたとすれば、体験方法の説明資料が用意されていたり、説明者が適切な体験方法を促したりするなどし、体験の際には、エプロンの後ろに置かれていたパネルが移動されていたものと考えられる。しかしながら、甲104には、パネルを移動してエプロンを持ち上げたとの説明はないし、体験方法の説明資料が用意してあったことや、説明者が適切な体験方法を促したことへの言及もない。そして、甲105には、見学者が、パネルの上に乗った状態でエプロンの後方に立ってエプロンを両手で持ち上げたり、パネルの上に乗らずにエプロンの斜め後方(パネルの横のスペース)に立ってエプロンを両手又は片手で持ち上げていたと記載されている。しかし、エプロンを持ち上げるときの自然な態勢は、エプロン後方の左右の中心付近において、安定した地面や床面の上で、脚や腕に力を入れやすい姿勢で持ち上げるものであると認められ、そのような自然な態勢において、「エプロンを跳ね上げるのに要する力が、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という効果をよく体感できるものと推認される。甲105に記載された上記の態勢は、パネル上に乗っていたり、パネルの横の狭いスペースに立っているなど、不安定な状態を前提とするものであり、エプロンを持ち上げるときの自然な態勢とは異なる不自然なものであって、このような態勢で見学者がエプロンを持ち上げるならば、十分な力が入れられずに持ち上げに失敗したり、持ち上げに失敗した見学者に重量のあるエプロンが当たって見学者の安全を害することが容易に想定されるものであって、そのようなことが展示会において行われていたとは考え難い。また、そのような不安定な状態における不自然な態勢において、「エプロンを跳ね上げるのに要する力が、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という効果をよく体感できるものとは考え難い。
  そうすると、本件展示会において、見学者が、エプロンを跳ね上げるのに要する力が、本件発明の構成要件Gに記載された技術的思想の内容であるエプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少することを認識することが可能であったとは認められないから、本件展示会において、検甲1により、本件発明の構成要件Gに係る構成が公然実施されていたと認めることはできず、本件発明が本件優先日前に検甲1により公然実施されていたとは認められない。

エ 補助的資料による認定その2(理由4)について
甲106の1ないし4(動画1ないし4)は、本件訴訟が提起された後の令和3年1月30日に撮影された時の検甲1の状態を示すものであり、約6年半前の平成27年(2015年)7月に開催された本件展示会における検甲1の状態を示すものとは認められないから、甲106の1ないし4によって、本件展示会における検甲1の構成が認められるとはいえない。さらに、前記ウ(ア)のとおり、甲103は甲106の2と矛盾する内容であって、その測定結果を信用することはできず、検甲1が、エプロンを跳ね上げるのに要する力が、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少するという本件発明の構成要件Gを備えていたことを認めるに足りる証拠はない。

オ 検甲1の展示状況
原告は、検甲1は、「展示のみ」(展示機)とされており、圃場実演(耕うん作業)は行われなかったが、展示ブースでの実演(操作体験)は可能であったと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕⑵オ)。しかし、本件展示会において、検甲1により、エプロンを跳ね上げるのに要する力がエプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少するという構成要件Gに係る構成が公然実施されていたと認めることはできないのは、前記ウ(イ)のとおりである。

⑶ 検甲1発明の認定の誤りの有無
  検甲1発明は、「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という構成(本件発明の構成要件Gに相当する。)を備えていたとは認められないし、少なくとも本件発明が検甲1発明により公然知られたとも公然実施されたとも認めることできないので、検甲1発明がそのような構成を備えないとした本件審決による検甲1発明の認定に誤りはない。

【検討】

1 特許法29条1項2号の「公然実施」の意義については、知財高判平成28年1月14日・平成27年(行ケ)第10069号が、「特許法29条1項2号にいう『公然実施』とは、発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいうものである。本件のような物の発明の場合には、商品が不特定多数の者に販売され、かつ、当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん、外部からはわからなくても、当業者がその商品を通常の方法で分解、分析することによって知ることができる場合も公然実施となる。」と判示している。一方、本判決は、「同項2号の『公然実施』とは、発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい、物の発明の場合には、対象製品が不特定多数の者に販売され、かつ、当業者がその製品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん、外部からは認識できなくても、当業者がその製品を通常の方法で分解、分析するによって発明の内容を知り得る場合を含むというべきである。そして、発明の内容を知り得るといえるためには、当業者が発明の技術的思想の内容を認識することが可能であるばかりでなく、その認識できた技術的思想を再現できることを要するというべきである。」と判示している。両者は下線部において表現が異なるが、下線部のうち「知ることができる場合」と「知り得る場合」は実質的に同じ内容だと考える(「公然実施」とは、発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいうとの解釈を前提とすると、前者の判決における「知ることができる場合」は「知り得る場合」を意味したものと解される。)。また、前者の判決においては、「当業者がその商品を通常の方法で分解、分析することによって知ることができる場合」とする一方、本判決では、「当業者がその製品を通常の方法で分解、分析する等によって発明の内容を知り得る場合」とし、「等」との表現を用いている点において、前者の判決の表現とは異なる。これは、分解、分析という方法が発明を認識する方法として最も考え得る方法であるものの、発明を認識する方法としてこれらに限られないことを意図するものと解される。特に、本件で問題となった、本件発明の構成要件Gの「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という構成については、分析することによっても認識することは可能だと思われるが、エプロンを持ち上げるという行為(体験)によっても認識することは可能だと思われるため、これを含めるために、「等」との表現を用いたのではないだろうか。
  前者の判決と異なり、本判決では、発明の内容を知り得る場合について、一歩進んで、「発明の内容を知り得るといえるためには、当業者が発明の技術的思想の内容を認識することが可能であるばかりでなく、その認識できた技術的思想を再現できることを要するというべきである。」と判示しているが、本件においては、当業者が発明の技術的思想の内容を認識することが可能でないと判断しているため、「認識できた技術的思想を再現できる」かどうかについては判断が示されていない。なお、「特許出願前に公然実施された発明(公用発明)には特許は付与されない。実施の概念は2条3項で規定されている。付与されない理由は、公然に実施された発明を見れば、当業者であればその発明を実施することができるので、そのような発明に特許を付与してインセンティヴを与える必要がないからである。その意味から公然実施とは、当業者がその発明を再現できるような実施でなければならず、実施自体は公然であっても、当業者がその内容を知りえないような方法での実施であるならば、公然実施とはいえない。」とする学説がある(中山信弘「特許法」第4版、130頁)。
 
2 本件において、原告は様々な証拠により、公然実施の立証を試みているが、いずれによっても、その立証ができていると認められていない。
  例えば、甲103(原告従業員丁作成の報告書)について、本判決は、「甲103は、本件訴訟が提起された後の令和3年(2021年)11月5日に測定された結果を示すものであり、約6年半前の平成27年(2015年)7月に開催された本件展示会における検甲1の状態を示すものとは認められない」と判示する。この判示内容によれば、「約6年半前の平成27年(2015年)7月に開催された本件展示会における検甲1の状態を示す」ことが必要となる。本件展示会時点の証拠がない場合には、例えば、当時の作業機があれば、これを用いて検証を行うことが考えられるが、この場合には、検証時の作業機の状態が本件展示会時の作業機の状態と変わりないこと(経年劣化がないこと等)を立証する必要があり、また、例えば、当時の作業機がなければ、当時の作業機と同等ものを検証時に準備する必要が出てくるが、この場合には、当時の作業機の状態と検証時の作業機が同等であることを立証する必要があり、いずれにしても立証のハードルが非常に高いと考える。
  本判決は、「公然実施」の意義を示し、具体的事案について判断した事例判例ではあるものの、公然実施発明に基づく主張立証をする際に参考になり得ることから紹介した。

以上
文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順