【知財高裁令和4年7月6日判決(令和3年(ネ)10094号)】

【ポイント】

 公然実施による特許無効の抗弁が認められた事案

【キーワード】

 特許法29条

 特許法104条の3

 公然実施

第1 事案

 控訴人(原審原告)は、被控訴人(原審被告)らに対して、被控訴人らの製品が原告の有する特許権(発明の名称を「電気工事作業に使用する作業用手袋」)に係る発明の技術的範囲に属するとして、損害賠償請求等を求めた。

 これに対して、被控訴人らは、被控訴人が本件特許出願前から、本件特許発明の技術的範囲に属する製品等を製造販売していたので、裁判所が公然実施による特許無効の抗弁を認めた事案である。

 なお、原審においても、公然実施による特許無効の抗弁は認められた。

 以下では、公然実施による特許無効の抗弁に関する箇所について述べる。

第2 判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)

2 控訴人の当審における補充主張について

(1) 乙1手袋は本件特許出願前に存在したものではないとの点について

ア 控訴人は、前記第2の3(1)アのとおり、乙1手袋の東北電力の検査合格証の年月日の「’16」のアポストロフィは、西暦を省略するときに付すものであり年号を省略するときには使わないから、同合格証の年月日は平成16年(2004年)ではなく「2016年」であり、製造年月の「04」の「0」や「4」は、元は全角の「1」の数字であったと考えざるを得ない痕跡が見て取れるから、「11」すなわち2011年(平成23年)であり、乙1手袋の表記から乙1手袋が本件特許出願前に存在したとはいえない旨主張する。

 しかし、「アポストロフィ」は西暦を省略するときに付すときに限るといった商慣行等があると認めるに足りる証拠はないし、また、当審で実施した検証の結果によれば、乙1手袋の製造年月の「04」の「0」の数字には若干の歪みや左右に濃淡の差があるが(検証調書の写真〈3〉ないし〈8〉)、「1」を「0」に書き換えたような痕跡があるとまで認めることはできず、当審において提出された「「二層構造低圧作業手袋小」の受入試験の実施について(報告)」と題する書面(乙26の2。原審で提出された白黒のもの(乙26)につきカラー部分が鮮明になったもの)によれば、検査合格証の印は、職員が各手袋に手作業で押印していることが認められるから、こうした作業の過程で数字に若干の歪みや濃淡が生じた可能性も否定することができない(なお、控訴人が当審で提出する「鑑定結果について(報告)」(甲40)にも、「この資料の状態(画像)では、「04」の字の「0」の部には濃度(濃淡)の差異がみられるなど不自然な状態ではあるものの、「04」の字が「14」字を改ざんしたものか否か、明確な結果は得られない。」とするものであり、改ざんしたものと断定するものではない。)。なお、「04」が元は「14」であって、2014年(平成26年)を示すとすると、「(財)東北電気保安協会」の「試験合格証」の記載に基づく試験年の平成23年の方が製造年の平成26年よりも先になり、矛盾することから、控訴人は、「04」の「4」についても、元は全角の「1」の数字であったと主張するが、このような主張は単なる憶測を述べるものといわざるを得ず、到底採用し得ない。

 かえって、引用に係る原判決の第4の2(2)ア及びイ(補正後のもの)のとおり、乙1手袋の「検査合格証」、「試験合格証」の各円形印は、平成16年2月改訂に係る「二層構造低圧作業用手袋」の仕様書において袖口付近に記載すべきものとされた事項を満たすとともに、平成3年1月25日付けの物品審査成績書に掲載された「表示図」の書式に合致するものであるから、乙1手袋は、被控訴人ヨツギテクノが製造した型式名称「YS―108-5-1」とする小サイズの低圧二層手袋であると認めるのが相当であり、また、上記手袋は、東北電力の作業員の意見等を聴いた上で、平成16年頃に仕様を確定し、平成16年3月23日、東北電力による受入試験に合格し、合格印の押印を受けた上で、同年3月24日に東北電力の各営業所向けに出荷されたものであり、乙1手袋の円形印の「’16.3.23」は、この押印時期に一致するものである。こうした事実経過等は、関係証拠に裏付けられたものであって、乙1手袋は、控訴人が求める現物の専門家による鑑定等を経るまでもなく、この出荷に係る660双の1双であると認めるのが相当である。

イ また、控訴人は、前記第2の3(1)イのとおり、乙1手袋は作業用手袋を製造する会社であれば容易に作成することができるものであるし、これまで提出されなかった乙1手袋が本訴になって突然提出された経緯は不自然である旨主張する。

 当審において提出されたメール(乙33)によれば、被控訴人ヨツギは、特許無効審判の口頭審理が行われた翌日の平成31年3月5日、各営業所の関係者に対して、平成22年6月15日以前製造の低圧二層手袋の捜索を依頼した経緯が認められる。これに前記アの事実経過等も併せ考慮すれば、このような依頼に基づき、乙1手袋が発見されるに至ったことは何ら不自然とはいえない。

ウ 以上によれば、乙1手袋は、平成16年3月に製造され、同月23日に東北電力の受入試験に合格し、そのころ、東北電力の各営業所に宛てて出荷された660双のうちの1双であって、本件特許出願前に存在していたものであり、これに反する控訴人の主張は理由がない。

(2) 乙1発明は公然実施されたものではないとの点について

 控訴人は、前記第2の3(2)のとおり、被控訴人ヨツギと東北電力間の乙1製品の取引は事業者間取引であり、動産売買基本契約書(ひな型)では守秘義務条項があることから、同取引でも東北電力には乙1製品に関して守秘義務があることを理由として、乙1発明の公然実施を争う旨主張する。

 しかし、控訴人が証拠として提出する動産売買基本契約書(甲41)は、買主が製造するデジタルカメラの部品としての電子部品の継続的売買契約に関して控訴人が指摘する守秘義務条項があるというものであり、デジタルカメラ部品といった電子部品には一般的には高度の技術上の情報が含まれるものといえるから、ひな型にこうした守秘義務条項が設けられていることがうかがわれるが乙1手袋のような電気工事作業に従事する作業員が使用する消耗品である作業用手袋について、このような電子部品と同視することができるとはいい難く実際に、電気工事作業に使用する作業用手袋に関する事業者間取引において契約当事者にその構成を明らかにしないなどの守秘義務が課せられた上で売買されているといった具体的な証拠も提出されていない。また、そもそも控訴人主張の上記守秘義務条項は、「取引に関して知り得た相手方の営業上または技術上の事実・資料その他情報」を機密として保持することを定めるものであり、当該動産自体を第三者に開示することを制限するものとは解し得ない(デジタルカメラは消費者に販売されることが予定される以上、その電子部品も当然に第三者である消費者の手に渡ることになる。)。したがって、守秘義務の存在に係る控訴人の主張は、いずれにしても当を得ないものというほかない。

 そして、不特定多数の者が知り得る状況で実施されている発明であれば、「公然実施された発明」(特許法29条1項2号)に当たるものというべきであるところ、乙1製品の構成等は、外部機関に委託するなどすれば、通常の分析方法から知り得るものであることは、引用に係る原判決の第4の2(3)カのとおりであるから、乙1発明は、公然実施された発明であるというべきであって、控訴人の主張は理由がない。

第3 検討

 本件は、控訴人(原審原告)が被控訴人(原審被告)らに対して、控訴人が有する特許権に基づき損害賠償請求等をしたが、被控訴人が本件特許出願前に、本件特許発明の技術的範囲に属する製品を製造販売していたことを理由とした公然実施による特許無効の抗弁が認められた事案である。

 被控訴人が、本件特許出願前に公然実施品である「乙1手袋」を取引先に販売したことを理由に、公然実施による特許無効の抗弁を主張した。これに対して、控訴人は、①「乙1手袋」は本件特許出願前に存在したものではないこと、②「乙1発明」は公然実施されたものではないことを述べ、公然実施による特許無効の抗弁が認められない旨を反論した。以下、具体的に控訴人の当該反論及び裁判所の判断をみていく。

 上記①について、控訴人は、乙1手袋に記載された製造年月のフォントや色の濃淡から製造年月が書き換えられた旨や、乙1手袋に押印された検査合格証の印の色合いから検査合格証の印が押印された時期が異なる旨等を述べ、「乙1手袋」の記載の字や印は改ざんされたものであり、「乙1手袋」は本件特許出願前に存在したものではない旨を主張した。また、被控訴人は本件特許の無効審判を申し立てたが、同審判においては「乙1手袋」が提示されなかったこと等を理由に、「乙1手袋の入手経緯が不自然であるとも主張した。

 しかし、裁判所は、「(記載された製造年月において)「1」を「0」に書き換えたような痕跡があるとまで認めることはできず」や「検査合格証の印は、職員が各手袋に手作業で押印していることが認められるから、こうした作業の過程で数字に若干の歪みや濃淡が生じた可能性も否定することができない」と述べ、「乙1手袋」の記載の字や印は改ざんされたものではない旨を判示した。

 また、「乙1手袋」の入手経緯が不自然であるという控訴人の主張に対しては、「当審において提出されたメール(乙33)によれば、被控訴人ヨツギは、特許無効審判の口頭審理が行われた翌日の平成31年3月5日、各営業所の関係者に対して、平成22年6月15日以前製造の低圧二層手袋の捜索を依頼した経緯が認められる。これに前記アの事実経過等も併せ考慮すれば、このような依頼に基づき、乙1手袋が発見されるに至ったことは何ら不自然とはいえない」と述べた。

 また、上記②については、控訴人は、被控訴人と「乙1手袋」を販売した取引先との間の動産売買基本契約書には守秘義務条項が規定されていることや、乙1発明は特別な分析を行わなければ認識することができないことから、乙1発明は公然実施されたものではない旨を主張する。

 しかし、裁判所は、当該動産売買基本契約書の守秘義務の対象として、「乙1手袋」のような消耗品が対象になっているとは解釈できない旨や、その他に「乙1手袋」の構成を明らかにしない等の守秘義務があったことは認めない旨を述べ、また、「乙1手袋」の構成は「通常の分析方法から知り得るものである」と述べ、乙1発明は公然実施されたものではないとする控訴人の主張を排斥した。

 これを踏まえると、新規性を喪失させないためには、第三者との契約を締結する際に、単に通常の秘密保持条項では足りず、秘密保持されるべき秘密情報の対象として、当該発明が含まれることを明記する必要があるので、この点、留意すべき点であると考える。

 以上のように、本件は、公然実施発明の立証や反証等の攻撃防御の内容が実務上参考になる事案である。

 なお、本件は、控訴人が控訴理由書において本件発明を訂正する旨(訂正の再抗弁)を主張したが、裁判所は、以下の理由により、これを時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下した。「当該訂正の再抗弁は、原審裁判所が本件特許は無効であるとの心証開示をした後にされたものであるため、原審で時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下されたものであるところ、適宜の時機に原審で主張することができなかった事情は見当たらないから、当審における上記主張は、明らかに時機に後れたものであって、そのことについて控訴人には少なくとも重過失があり、また、この攻撃防御方法の主張を許せば、本件訴訟の完結が著しく遅れることは明らかであるためである」ことを理由に、当該訂正の再抗弁を却下した。

以上

弁護士 山崎臨在