【ポイント】
国内優先権主張の要件(特許法41条1項)を充足せず、同法29条等の規定の適用については優先権主張の利益を享受できず、本件特許は新規性(同条1項2号)を欠き、無効とされるべきで、当該特許権侵害に基づく差止請求等を棄却した事例。
【キーワード】国内優先権、特許法41条1項、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明の意義、無効の抗弁
 


【事案の概要】
X:特許権者
Y:Xの有する特許権を侵害するとして提訴された者 

XはYに対して、X特許権を侵害するとして、Y製品の製造、販売等の差止、損害賠償請求訴訟を提起した。
Yは、Y製品が本件発明の技術的範囲に属していないことを争うとともに、新規性欠如を理由とする無効の抗弁を主張した。 

【争点】
優先権主張出願に記載の旋回溝の傾斜角度に関する「10度から30度の範囲」が、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明といえるか否か。 

【結論】
優先権主張出願に記載の傾斜角度に関する「10度から30度の範囲」は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明といえない。したがって、当該分割出願は新規性等の要件判断に際し優先権主張の利益を享受できず、現実の出願日を基準として新規性等を判断すべきところ、現実の出願日前の公然実施の事実から、新規性を欠如し、無効にされるべきもので、当該特許権侵害に基づく差止請求等は認められない。

 【判旨抜粋】
下摺動部分12の外周面を展開した状態における螺旋溝27(旋回溝)に傾斜角度を付けることは開示されているものの,傾斜角度の具体的範囲については記載も示唆もされておらず,本件特許発明1の構成のうち,「第2摺動部分(12)の外周面を展開した状態における上記の旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定」するとの構成(発明特定事項)については,平成14年法律第24号による改正前の特許法41条1項にいう先の出願「の願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載された発明に基づ」いて特許出願されたものでないから,本件特許発明1についての特許法29条等の規定の適用については,優先権主張の利益を享受できず,現実の出願日である平成14年10月2日を基準として新規性等を判断すべきである。この点,控訴人は,当業者であれば基礎出願明細書1の段落【0005】等の記載から基礎出願において従来技術にはない小さな傾斜角度の旋回溝という技術的事項を採用したことを理解できるところ,旋回溝の傾斜角度やガイド溝の具体的な構成を開示するために明細書に添付されたのが,クランプロッドの下摺動部分の展開図である図2であって,当業者は図2から具体的な傾斜角度を理解できるなどと主張する。しかしながら,下記図2には寸法や角度等の数値が一切記載されておらず,左右の端を合わせても一つの円筒としてきれいに繋がるものではないことに照らしても,下記図2は装置の部材の概要を示した模式図にすぎず,図面から具体的な傾斜角度を読み取ることができる性格のものではないことが明らかである。また,本件特許発明1のクランプ装置のようなクランプ装置において,クランプロッドの旋回動作をガイドするガイド溝の傾斜角度を従来のクランプ装置におけるそれより小さくすると「10度から30度の範囲に」なるとの当業者の一般的技術常識を認めるに足りる証拠はない。したがって,控訴人の上記主張を採用することはできない。

【解説】
特許法41条1項には、国内優先権主張の要件として、「先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した発明」に基づいて優先権主張をしたことを求めている。本件では、Xは、旋回溝の傾斜角度が通常の角度よりも小さいという技術的事項を明確にするために、傾斜角度30度超と10度未満の構成を除いたにすぎずかかる除外によって新たな技術的事項を付加したものでないこと、旋回溝の傾斜角度に関する「10度から30度の範囲」は、傾斜角度等の具体的な構成を開示した以下の【図2】から具体的な傾斜角度(10度から30度)を理解できるから、当該傾斜角度は先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていると主張した。

           【図2】

しかし、裁判所は、上記【図2】に寸法や角度等の数値が一切記載されておらず、装置の部材の概要を示した模式図にすぎず、旋回溝の具体的な傾斜角度(10度から30度)を読み取ることができないし、旋回動作をガイドするガイド溝を従来装置より小さくすると、10度から30度の範囲になるという当業者の一般的技術常識を認めることができないとして、当該Xの主張を認めなかった。
本件事例は、3つの基礎出願を基に優先権主張をした事例であり、当該基礎出願後で優先権主張出願前の公然実施の事実に基づき新規性が欠如すると判断された。
【図2】をみても、一切寸法・角度等の数値が記載されていないし、当業者の一般的技術常識が、従来装置が30度超、10度未満ということも考えられず、裁判所の判断は妥当と思われる。
優先権主張出願に基づき権利行使をする際には、権利行使に先立ち優先権主張の基礎とされた出願ではなく、優先権主張出願に基づき公知例調査を行いつつ、優先権主張出願で追加された発明(基礎出願にのみ記載された発明)の新規性等の有無を別途判断等することが肝要である。

2011.11.28 (文責)弁護士・弁理士 和田祐造