平成24年11月29日判決(知財高判 平成24年(ネ)第10023号)
【判旨】
構成要件オにおける「液体の流速が、十分に高く」とは、「レーザービームの一部がノズル壁を損傷しないところまで、熱レンズの形成が抑圧される」程度に流速が高いことを意味するものと解される。Y製品ではノズル壁の損傷が防がれていること等を総合すれば、Y製品は「流速が、十分に高く」したとの構成が採用されていると解するのが自然であり、構成要件オを充足する。
【キーワード】
充足性。特許請求の範囲の解釈。機能的クレーム。
【事案の概要】
本件は、特許権を有するX(シノバ・ソシエテ・アノニム)が、Y(スギノマシン)によるウォータービームマシン(Y製品)の製造及び販売が特許権の侵害に当たる旨主張して、平成20年5月9日、Yに対し、Y製品の製造、販売等の差止め並びにY製品及びその半製品の廃棄を求めるとともに、弁護士費用相当額の損害賠償を求め、東京地裁に訴訟提起した事案である。
Xは、平成7年5月22日、発明の名称を「レーザーによつて材料を加工する装置」とする発明について国際特許出願(以下「本件出願」という。)をし、平成17年5月27日、特許第3680864号として特許権の設定登録を受けた(以下、この特許を「本件特許」、この特許権を「本件特許権」という。)。本件特許は,液体とレーザーを高効率で統合(カップリング)するための技術に関するものである。
レーザービームによる加工においては、加工過程に必要な強度を発生させるために、例えば光学レンズによって加工すべき材料上にビームが収束されるが、この場合、焦点又はすぐ近くの周囲しか加工が可能ではない。この欠点を補うため、水ビーム内にレーザービームを誘導し、材料まで案内することで材料を切断する技術がある。このウォータービームマシンは,数十μm径のノズルから噴射された液体の内部を,レーザーが全反射しながら流れることで,加工用のビームを形成する装置である。このビームにより金属や半導体の微細加工(切断、穴あけ、溶接、マーキング、材料切除)を行うことができる。
しかし、従来技術では、水ビーム内にレーザービームを誘導する手段が光ファイバ方式だったことから、水ビームを光ファイバよりも細くすることができず効率化に限界があり、かつファイバが水流を乱すことから30mmを超す水ビーム長を得られなかった。
これを補うものとして、ビームガイドと水の通路をガラス板等で分離し、水の通路の外からビームを照射し、水の通路において光学レンズを用いてノズルへ収束し、水ビームへと導く方法が考え出された。この場合、ファイバ先端が水ビームに突き出さないことから上記の問題を解決できる。しかし、この方法の欠点は、水の通路の内部の水が、ビームをわずかに吸収することで、温度勾配が生じてしまうということであった。すなわち温度勾配の影響で場所により屈折率に差が生じ、ビームに乱れが生じるのである。それを解決するため、この従来技術では、水が静止状態になるよう「液体せき止め空間」を設けて、温度勾配の影響を受けにくくしている。もっとも、この場合には同空間内に「熱レンズ」が発生し、やはりビームの焦点が乱れて、ノズル表面に損傷を起こすことがあった。
本件特許はこのような従来技術における「熱レンズ」の問題を生じさせないために、ビームには吸収性の小さな液体を用いるとともに、液体を迅速に移動させ、加熱時間が短くなるようノズル装置を構成するとしている。従来のような「せき止め空間」を設けず、液体容量をできるだけ少なく、かつ流速を早く維持することにより、ノズル表面に損傷を起こすことがなくなるとしている。
23: ビーム通路
30: ノズル入口開口
35: 液体供給空間(通路)
36: 光学ガラス
43: ノズルブロック
56: ビーム光束
なお、本件訴訟の継続後にYは無効審判を請求している。無効審判請求において特許庁は、同法29条2項の進歩性の要件を満たしていないとして特許を無効とする審決をしたが、知財高裁は、審決取消訴訟において、進歩性の判断に誤りがあるとして、審決を取り消している。
XとYの両社は以前,合弁会社設立に向けた交渉を進めていたことがあり,幾つかの展示会に両社名でレーザー加工機を出品していた。しかし,合弁会社設立の交渉は合意に至らなかったという経緯がある。
【争点】
争点は、本件各発明の技術的範囲の属否である。Y製品を使用する加工方法が、本件発明の構成要件エ~カを充足するか否か、具体的には下線部の各文言の解釈が問題となった。
オ それによりレーザービームのフォーカス円錐先端範囲(56)における液体の流速が、十分に高く決められるようにし、
カ したがってフォーカス円錐先端範囲(56)において、レーザービームの一部がノズル壁を損傷しないところまで、熱レンズの形成が抑圧されることを特徴とする、
原審(東京地判平成23・12・27)は構成要件エないしカを充足すると認めるに足りる証拠はないとして、Xの請求を棄却した。これに対して、知財高裁は、いずれも充足性を認め、Xの請求を認容した。
【判旨】
(ア) 構成要件エにおける「せき止め空間のない」の意義
a 「せき止め空間」あるいは「せき止め空間のない」は、本件発明1の技術分野である流体力学の分野における学術用語ではない(証拠略)。一般に、「せきとめる」には、「さえぎりとめる。さえぎる。」の意味があり(広辞苑)、流体力学の分野では「せき」とは、「水路を板又は壁でせき止め、これを越えて水が流れる場合」を意味するが(証拠略)、これらを前提としても、特許請求の範囲の記載のみから「せき止め空間」あるいは「せき止め空間のない」の意義を確定することは困難である。
b そこで、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参照することとする。発明の詳細な説明・・・の記載を参照すると、構成要件エにおける「せき止め空間」(液体せき止め空間)とは、同空間において液体が静止するために、透過するレーザービームにより温度が上昇し、これによって発生した熱レンズによってレーザービームの焦点がずれ、ノズル壁の損傷を引き起こす空間を意味すると解すべきであり、構成要件エの「せき止め空間のない」とは、上記の意味での空間がないとの意味に解するのが相当である。もっとも、流体空間が一つの連通空間である場合、空間内で流速は連続的に変化し、流速が完全に零になることはないと認められるから、ここでの「静止」とは、流速が完全に零であることを意味するものではなく、ほぼ零を含むと解すべきである。
(イ) 構成要件オにおける「液体の流速が、十分に高く」の意義
構成要件オには「十分に高」いとされる液体の速度については特段の数値限定等はされておらず、その意義を、特許請求の範囲の記載のみから確定することは困難である。そこで、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参照すると・・・これらの記載からすると、「液体の流速が、十分に高く」することは、液体がレーザービームによって加熱される時間を短くすることで熱レンズの発生を防止しようとするものであるから、「液体の流速が、十分に高く」とは、「フォーカス円錐先端範囲(56)において、レーザービームの一部がノズル壁を損傷しないところまで、熱レンズの形成が抑圧される」(構成要件カ)程度に流速が高いことを意味するものと解される。
(ウ) 構成要件カにおける「ノズル壁を損傷しないところまで」の意義
構成要件カに「ノズル壁を損傷しないところまで」についても、その意義を特許請求の範囲の記載のみから確定することは困難である。そこで、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参照することとする。「予想された熱レンズが生じ、この熱レンズは、ノズル壁の、とくにノズル入口の範囲におけるノズル表面の損傷を引起こし、かつ結局液体ビームを形成するノズルの破壊を引起こす。」(前記ア(ア)f)と記載されていることからして、「ノズル壁を損傷」とは、層流からなるビームガイドとして機能する液体ビームが形成できなくなる程度のノズル壁の損傷を意味すると解するのが相当である。・・・
(エ) 構成要件エないしカについて
構成要件オの「それにより」、構成要件カの「したがって」との文言を併せて読めば、構成要件オの「液体の流速が、十分に高く」するとの構成は、「液体が、ノズル入口開口(30)の周りにおいてせき止め空間のないように導かれ」ること(構成要件エ)によってもたらされており、構成要件カの「ノズル壁を損傷しないところまで、熱レンズの形成が抑圧される」との効果は、「液体が、ノズル入口開口(30)の周りにおいてせき止め空間のないように導かれ」(構成要件エ)、「液体の流速が、十分に高く」された(構成要件オ)ことによる必要がある。
ウ Y製品の構成要件エないしカへの充足性について
(ア) 以上を前提に、構成要件エないしカの充足性の有無を判断する。
次のとおり、〈1〉Y製品においては、グリーンレーザーが使用されているところ、グリーンレーザーにおいても、流速が十分でなく、水がフォーカス円錐先端範囲内に長時間滞留している場合には、時間の経過により熱レンズが発生し、ノズル壁が損傷することがあり、〈2〉Y製品においてノズル壁の損傷を防ぐための対応がされることが必要であること等からすると、Y製品の液体貯留室内のフォーカス円錐先端範囲においては、レーザービームの一部がノズル壁を損傷しないところまで、熱レンズの形成が抑圧される程度に、流速が十分に高いものといえるから、Y製品は構成要件エないしカを充足すると認められる。
(イ) グリーンレーザーの使用と熱レンズによるノズル壁の損傷との関係について
省略
(ウ) 熱レンズの形成が抑圧される程度に、流速が十分に高いものといえることについて
・・・ノズル壁の損傷防止に影響を与えるファクターとしては、熱レンズの形成が抑圧されること以外にも、〈1〉使用するレーザービームの種類(液体による吸収率の違い)、〈2〉ノズル径がレーザースポットサイズよりも相当程度大きいこと、〈3〉ノズルの耐久性が高いこと、〈4〉レーザー出力、使用する液体の種類・純度、〈5〉液体供給空間に液体を供給する圧力、〈6〉液体供給空間の高さ等のさまざまなファクターが考えられる(証拠略)。・・・
そして、〈1〉前記(イ)のとおりレーザービームとしてグリーンレーザーを使用した場合であっても、液体供給空間内にノズル壁を損傷する程度の熱レンズが形成されることがあり得ること、〈2〉被告製品では、前記(1)イ(ウ)の意味でのノズル壁の損傷が防がれていること、〈3〉乙7では、液体貯留室の高さは「2~40mmの間で適宜設定する」(【0046】)、「液体貯留室の高さHを低くして液体貯留室内における流速を大きくし熱レンズを抑制」(【0071】)するとされているところ、被告製品(乙7記載の発明の実施例であるとされる。)では、液体貯留室の高さは、乙7で開示された範囲の下限近くに設定され(証拠略)、このことは、流速を高める目的でされていると認められること(証拠略)、〈4〉ノズル径やレーザースポットサイズは、加工形状、製造限界等から、その選択の余地は、必ずしも多くな
いと認められること(証拠略)を総合するならば、被告製品は、「ノズル入口開口(30)の周りにおいてせき止め空間のないように導かれ(る)」(構成要件エ)との構成が採用され、そのことによって「フォーカス円錐先端範囲において、レーザービームの一部がノズル壁を損傷しないところまで、熱レンズの形成が抑圧される」程度(構成要件カ)に「流速が、十分に高く」(構成要件オ)したとの構成が採用されていると解するのが自然である。
【解説】
特許請求の範囲の記載が不明確であったがゆえに、地裁と知財高裁で判断(結論)が分かれた事案である。
特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法70条1項)。この場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする(同2項)。これに従い、知財高裁は、明細書の記載から構成要件の意味を解釈している。
本件特許の第一の問題点は、特許請求の範囲の記載が機能的・作用的に表現された、いわゆる機能的クレームを記載していながら、期待される機能についても不明確であったことである。本件発明において、液体の流速は「ノズル壁を損傷しないところまで、熱レンズの形成が抑圧される」程度に十分に高くすることを要するが、ノズル壁が「損傷」しないことの意味は、明細書の記載によると、水ビームが形成できる能力が一定期間にわたり維持できるようノズル壁の寿命を延ばすことである。しかし、その期待される寿命がどのように判定されるかの記述は明細書にもないから、結局は、明細書等を参照しても「損傷」の意味は不明である。1審はこの点を指摘して、原告はY製品が構成要件に該当することを立証できないと指摘している(控訴審はこの点を「通常の使用の範囲において」ビームが形成できなくなる程度の損傷が生じるのでなければ構成要件を充足すると判示するが、その「通常の使用の範囲」に関する認定はされていない。)。
さらに、第二の問題点は、機能としての「ノズル壁が損傷していないこと」及び「熱レンズが形成されていないこと」が立証できたとしても、それが「流速が十分であること」の立証にはならないことである。すなわち、熱レンズの発生には〈1〉使用するレーザービームの種類(液体による吸収率の違い)、〈4〉レーザー出力、使用する液体の種類・純度等が関わってくるため、熱レンズが形成されていないことが立証されても、液体の流速が十分であったという証明にはならない。他方、ノズル壁の損傷には、〈2〉ノズル径がレーザースポットサイズよりも相当程度大きいこと、〈3〉ノズルの耐久性が高いこと等が関わってくるため、ノズル壁の損傷がなかったことが立証されても、液体の流速が十分であったという証明にはならない。控訴審(知財高裁)の認定においては、上記〈1〉〈2〉については若干触れているものの、〈3〉〈4〉の点については特に触れずに、構成要件オに該当する旨認定しており、説得力を欠くものになっている。構成要件を充足すると認めるに足りる証拠はないと判示した一審の判断の方が正当である。
特許請求の範囲を書く際に、機能・作用を明確に書かなければ権利の範囲を広くとることができ、逆に機能・作用を具体的かつ明確に記載すると権利の範囲は狭くなる。もっとも、本件特許における「ノズル壁を損傷しないところまで、熱レンズの形成が抑圧される」との記載のように、機能・作用が明確に記載されていない場合には、権利行使をする際に、イ号製品が技術的範囲に属するか否かの判断も難しくなる。当事者間での交渉による解決が困難になるだけでなく、訴訟においても審級ごとに判断(結論)が正反対になったりするため、結局はコストと時間を要し、ビジネスにとってマイナスとなる。
本判決は、不明確な機能的クレームの記載が原因となって、1審と2審で裁判所の充足性判断が正反対に分かれた一つの例として参考となる。
なお、控訴審においては、充足性が認められることを前提に、引き続きYの無効主張についても判断しているが(Yの抗弁を排斥)、この点について本検討では割愛する。
参考
<「Tech On!」2009年1月26日日経BP社>
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090126/164614/