【平成24年3月26日(東京地裁平成21年(ワ)第17848・10819号)】

【ポイント】
被告の製造販売するワークステーションについて,特許法101条5号に規定する「その発明による課題の解決に不可欠なもの」との要件(以下,「不可欠要件」という。)の該当性が争われた事例において,ワークステーションである被告製品は,本件発明による課題の解決に不可欠なもの(特許法101条5号)に該当せず,被告製品につき,同号所定の間接侵害が成立する余地はないとして,間接侵害の成立を否定した例

【キーワード】
間接侵害,技術的範囲の属否,不可欠要件


【事案の概要】
 原告は,放射線医療診断システムを用いた医療用可視画像の生成方法にかかる特許権者である。被告製品はCT装置等により撮影された二次元画像から医療用疑似三次元画像を生成する動作をコンピュータに実行させ,上記画像をディスプレイに表示させることができるワークステーションである。原告は,被告の製造販売するワークステーションが「その発明による課題の解決に不可欠なもの」(特許法101条5号)に当たると主張して,被告に対し,100条1項及び2項に基づき,被告製品の製造・販売等の差止め及び廃棄を請求するとともに,特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金として,4000万円等の支払を求めた事案である。

【争点】
 被告の製造販売するワークステーションが,不可欠要件(特許法101条5号)に該当するか。

【結論】
 被告の製造販売するワークステーションはいずれも,本件各発明の課題の解決に不可欠なものであるとは認められない。したがって,本件ワークステーションを製造・販売等する行為は,原告の特許権を侵害するものとみなされない(特許法101条5号)。

【判旨抜粋】
 本判決は,「「その発明による課題の解決に不可欠なもの」とは,それを用いることにより初めて当該発明の解決しようとする課題が解決されるような部品,道具,原料等をいうものであり,従来技術の問題点を解決するための方法として,当該発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらす,特徴的な部材,原料,道具等がこれに該当するものと解するのが相当である。」と述べた上で,明細書の記載から技術分野,従来技術,課題,解決手段,発明の効果を詳細に認定し,「本件発明における特徴的技術手段についてみると,前記第4の1(1)アでみた本件明細書の記載内容にかんがみ,本件発明は,従来技術において,小区間内で色度及び不透明度を一定値に設定した場合,画像データ値(CT値)の差が互いに小さい生体組織間の違いを明確に認識できるような可視化が困難であるという問題点があったことにつき,これを解決するための方法として,小区間内に補間区間を設定し,該補間区間内で色度及び不透明度を画像データ値の大きさに応じて連続的に変化させるという方法を採用したものであり,この点に本件発明における技術的特徴があるものというべきである。 これに対し被告製品は,本件各証拠上,上記技術的特徴に係る方法(補間区間を設定し,該補間区間内で色度及び不透明度を画像データ値の大きさに応じて連続的に変化させる方法)を実現するような使用方法があるものと認めるに足りず,仮にそのような使用方法があり得るとしても,極めて例外的な使用方法であるというべきものであるから,本件発明1の技術的特徴を基礎付ける方法をもたらすことを予定しているものではないというべきであり,これが,上記技術的特徴を基礎付ける構成を直接もたらす道具に当たると評価することは相当ではないものというべきである。したがって,仮に,被告製品において,本件発明1の技術的範囲に属するような使用態様があり得るとしても,被告製品は,本件発明による課題の解決に不可欠なもの(特許法101条5号)に該当せず,被告製品につき,同号所定の間接侵害が成立する余地はない。」と判示して,間接侵害の成立を否定した。

【解説】
 特許法101条5号では「その発明による課題の解決に不可欠なもの」(不可欠要件)であることを要件する。不可欠要件については,東京地判平成16・4・23判例時報1892号89頁[プリント基板用治具に用いるクリップ]の示した基準が,裁判例では繰り返し採用されており,学説上も多くの支持を集めており多数説といえる。つまり,前掲[プリント基板用治具に用いるクリップ]は,「それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決されるような部品,道具,原料等が「発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するというべきである。これを言い換えれば,従来技術の問題点を解決するための方法として,当該発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらす特徴的な部材,原料,道具等が,これに該当すると解するのが相当である。したがって,特許請求の範囲に記載された部材,成分等であっても,課題解決のために当該発明が新たに開示する特徴的技術手段を直接形成するものに当たらないものは,「発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するものではない。」との基準を判示した。
 しかし,上記基準に対しては,知財高判平成17・9・30判時1904号47頁[一太郎(2審)]大合議判決が,上記基準とは異なる条件関係説を採用したと評価されている。
 このような裁判例の状況の中で,本件は,「「その発明による課題の解決に不可欠なもの」とは,それを用いることにより初めて当該発明の解決しようとする課題が解決されるような部品,道具,原料等をいうものであり,従来技術の問題点を解決するための方法として,当該発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらす,特徴的な部材,原料,道具等がこれに該当するものと解するのが相当である。」と説示した上で,不可欠要件の該当性を否定した。つまり,条件関係説を採用せず,前掲[プリント基板用治具に用いるクリップ]に沿った判断をなしたものと評価できる。
 本件は,上記のように裁判例に2つの流れが存在する中で,多数説を採用した点に意義を有するものである。不可欠要件については,多数的見解を採用する裁判例が多いものの,前掲[一太郎(2審)]は大合議判決であり,かつ一部これに続く下級審判例も存在することから,今後の裁判例の動向に注意を払う必要があろう。

以上
(文責)弁護士 高橋 正憲