【平成26年12月18日(東京地裁 平成25年(ワ)32721号)】

【判旨】

 原告らにおいて、原告Aが「コンクリート製サイロビンの内壁の検査方法及び補修方法」に関する発明をしたところ、その発明に係る特許を受ける権利を被告に移転していないのに、被告が特許権者として設定登録されているなどと主張して、原告Aが、主位的に、被告に対し、上記発明が原告Aの自由発明であることを理由に、平成23年法律第63号による改正後の特許法74条の類推適用又は不当利得返還請求権に基づき、原告Aに対する本件特許権の移転登録手続を求め、二次的に、本件特許権が冒認出願によるもので無効であることを理由に、被告が本件特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認等を求めた事案。裁判所は、原告Aが本件発明の発明者であると認めることはできないなどとして、各請求をいずれも棄却した。

【キーワード】

発明者,特許を受ける権利,特許法第74条

1 事案の概要及び争点

 被告は,建築,土木工事,ビルメンテナンス,タンククリーニング業等を業務の目的とする株式会社である。

 原告Aは,昭和50年4月に被告に入社して,平成8年2月にプラント事業部営業部長,平成9年12月にプラント事業部部長になり,平成16年6月に従業員兼務取締役に就任し,平成22年6月に常務取締役になり,平成24年6月に任期満了により取締役の地位を喪失し,その後,原告会社を設立した。被告は,平成22年2月24日,原告Aを発明者として,本件特許に係る特許出願(以下,この出願を「本件特許出願」という。)をし,同年7月2日,特許権の設定の登録がされた。

 被告は,本件発明を実施しており,原告らに本件発明を実施する権原はない旨主張している。また、被告の平成22年2月1日付け社員就業規則15条は,「社員が,職務に関する著作,発明,考案をした場合は,その著作権,特許権,実用新案権等の無形財産権は,すべて会社に帰属するものとする。」旨定めていた。

 本件の主たる争点は,原告Aが本件発明の発明者かという点である。原告Aは、本件発明は原告Aの自由発明であり,そうでないとしても職務発明であるとして,原告Aが単独の発明者であると主張した。これに対し、被告は、本件発明は当時の被告代表者Cと被告従業員Bが共同でしたものであって原告Aの発明ではなく、原告Aは出願当時に被告プラント部の部長であったことから,便宜的に発明者として願書に記載されたに過ぎないと主張した。

2 裁判所の判断

(1)本件発明の特徴部分

 まず、裁判所は、本件発明について、以下のとおり「減圧チェックステップ」「気密補修ステップ」「気密テストステップ」の各ステップとその具体的内容に特徴があると認定した。

※判決文より抜粋(下線部は筆者付与。以下同じ。)

 1  本件発明の特徴的部分について   
 証拠(甲10,乙8)によれば,本件発明は,「コンクリート製サイロビンの内壁の補修において,内壁の損傷箇所を特定できる検査方法を開発し,かつその部分のみを重点的に補修できる方法を開発する。上記検査方法と補修方法を密接にリンクさせて,最終的にコンクリート製サイロビンの気密状態を,築造当初の等級に保持できるようにする。」(本件特許出願の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の段落【0012】)という課題を解決するためのものであって,サイロビンの内部を減圧して内壁の石鹸水の泡により重点補修箇所を特定するためのステップ(同段落【0014】,【0018】ないし【0020】。以下「減圧チェックステップ」という。),サイロビンの内壁の重点補修箇所に気密補修を行うためのステップ(同段落【0015】。以下「気密補修ステップ」という。),及び気密補修後に気密テストを行い,補修が完全でない場合には減圧チェックステップに戻り,チェック洩れの箇所を重点的に補修することができるようにするステップ(同段落【0016】,【0021】ないし【0023】。以下「気密テストステップ」という。)を有し,それぞれのステップの具体的実施方法を詳細に開示していること(同段落【0013】,【0017】)に特徴があるということができる。

(2)特徴部分に係る発明者の認定

 そして、原告らの主張根拠である「ア 原告Aの陳述内容,イ本件特許出願の願書に記載した発明者の氏名,ウ 訴外Gの陳述内容,エ 発明者でなければ技術的説明が難しい事項」などについて検討した結果、本件発明の特徴である上記各ステップを原告Aが発明したとは認められないから、原告Aを発明者と認めることはできないと判示した。

※判決文より抜粋(下線部は筆者付与)

   (1)  原告Aの陳述内容について   
 原告らは,原告Aの陳述については,陳述書(甲11,17)を提出して書証の申出だけをするところ,そのうちの甲17については,審理の経過に照らすと,時機に後れて提出したものということもできるが,この点を措くとしても,上記陳述書の内容から原告Aが発明者であると認定することは到底できない。     
 ア 陳述書(甲11)において,原告Aは,減圧チェックステップを発明した経緯につき,昭和の終わりころ,被告プラント部の営業担当の職務に就いていたとき,取引先の担当者の話を受けて,コンクリート製サイロビンの内壁に石鹸水を塗って内部を減圧した場合,要修正箇所から気泡が発生するのではないかと考え,自宅で食品保存用のタッパーを用いて実験するなどして要修理箇所を特定する新たな工法を見いだしたこと,Hからコンクリート製サイロビンはマイナス700mmAq程度までなら減圧に耐えられることなどの技術的教示を受け,取引先のサイロビンでの実験等により最適な減圧レベルを試行錯誤で確かめ,マイナス450mmAq程度まで減圧するのが有効であることを突き止めたことなどを陳述する。また,原告Aは,気密補修ステップを発明した経緯につき,被告からの業務指示を受けずに,一人で取引先現場における補修工事のなかで部分補修の有効性を確かめていったなどと陳述する(なお,原告Aは,気密テストステップを発明した経緯については何ら陳述しない。)。   
 しかしながら,証拠(乙8)によれば,減圧チェックステップについては,被告及び大成建設が昭和55年8月26日にD及びBを発明者として特許出願している事実が認められ,かかる発明者の特定は,Dが上記特許出願に係る発明をした経過について所属する大成建設に対して報告した書類(乙7)や本件発明の特徴的部分全体をほぼ実施する内容である被告の昭和61年1月23日付け施工計画書において主任技術者がBと記載されていること(乙9)によって裏付けられているのであって,原告Aの上記陳述内容はこれらに反する。また,気密補修ステップについては,何ら具体的な補修方法に係る着想の経緯を陳述するものではない。        
 イ 原告らは,被告による上記ア記載の証拠の提出を受けて,原告Aの陳述書(甲17)を追加提出し,これにおいて,原告Aは,昭和50年に被告に入社し,港工場技術部技術課に配属されたが,昭和53年ころから,港工場の工作工場において,コンクリート製サイロビンのための材料の付着力や圧力について検討していて,コンクリート製のテストピースの内部をマイナス圧にしたときに水分が内部にしみ出る現象を発見し,同様の方法でコンクリートの検査ができると考えて減圧の程度などを実験してその結果を当時の上司であったBらに報告したところ,被告は,原告Aの発案と実験データをもとに,原告Aに説明をしないまま,四港サイロ株式会社でのサイロビン補修工事や特許出願をしたものと考えられるなどと陳述する。   
 しかしながら,原告らは,訴状において,平成2年ころから平成22年にかけて原告Aが個人的に本件発明をしたなどと主張していたにも関わらず,被告による証拠提出を受けて,原告Aの記憶違いであったなどとして,昭和53年ころに本件発明をしたと訂正するなどと主張を変遷させているのであって,原告Aが真の発明者であれば,昭和50年に被告に入社後,昭和53年ころに本件発明に係る減圧チェックステップを着想したのか,平成2年ころに本件発明の着想を得たのかという重要な点に関して記憶違いをするはずがないから,このような記憶違いをしていたなどとする原告Aの陳述内容は,採用することができない。さらに,原告Aが本件発明の単独発明者であるとしながら,原告Aの知らない間に,本件発明の減圧チェックステップが取引先で実施され,特許出願までされたという陳述内容は,あまりにも不自然である。     
 ウ 原告らは,原告Aの陳述内容を裏付ける証拠として,Hの陳述書(甲14)を提出するが,Hは,本件特許の関係で原告Aにコンクリート製サイロビンの減圧に関する助言を行った状況についてはっきりとした記憶はないが,原告Aから昭和の終わりころから平成の初めころ,コンクリート製サイロビンの設計や構造に関する質問を受けて助言をしたことがあった旨述べるにとどまり,これをもって原告Aが本件発明の発明者であることの裏付けとすることはできない。かえって,被告において昭和55年ころには減圧チェックステップが実施されていたと認められることに照らすと,原告AがHの助言を受けて減圧チェックステップを発明したというのは,Hの陳述内容,特に原告Aに対する助言をした時期に照らして不自然である。なお,原告Aは,Hから助言を受けた時期が昭和61年以降であるとも述べる(甲17)が,そうであるとすれば,原告Aは,コンクリート製サイロビンの構造や強度に関する専門的知識はなかった(甲11)というのであるから,この点においても,原告Aが減圧チェックステップを発明したとは考え難い。   また,原告らは,原告Aの陳述内容を裏付ける証拠として,「サイロ気密補修工事 施工計画書」(甲8)を提出し,これは原告Aが被告の事業に本件発明を利用可能なように作成させた施工計画書である旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない上,同施工計画書はその作成時期ですら不明であり(もっとも,表紙の記載によれば,平成元年以降に作成されたものであると考えられるから,乙9より後に作成されたものであると考えられる。),原告Aが発明者であることの根拠となるものではない。     
 エ そうであるから,原告Aの陳述内容は,採用することができない。    
(2)  本件特許出願の願書に記載した発明者の氏名について   
 証拠(乙6ないし9)によれば,本件発明のうち減圧チェックステップについては昭和55年以前に発明され,本件発明の特徴的部分全体についても昭和61年ころには被告においてほぼ実施されていたと認めることができるところ,本件特許出願は平成22年であり,昭和61年ころから25年間程度経過していることとなる。原告Aは,本件特許出願当時,被告プラント部の部長であったもので,便宜的に発明者として願書に記載されたに過ぎないとの被告の主張は,上記約25年間の期間の経過に鑑みれば,合理的であるし減圧チェックステップに係る昭和55年の特許出願の発明者がD及びBと特定されていたこと(乙8),及び本件特許出願時において被告プラント部内でサイロビンの補修業務を専門に担当していたE及びFを発明者とすることを検討した経過が認められること(乙1)によって一応裏付けられている。そうであるから,本件においては,本件特許出願の願書に記載された発明者が原告Aと特定されていたことをもって,原告Aが本件発明の発明者であると認めることはできない。  
(3)  Gの陳述内容について   
 原告らは,Gの陳述についても,陳述書(甲16)を提出して書証の申出だけをするところ,これは,審理の経過に照らすと,時機に後れて提出したものということもできるが,この点を措いて,念のためその内容について検討する。     
 Gは,担当が違うことから,減圧チェック工法がいつ頃開発されたのか良く分からず,開発経緯の詳細は知らないが,原告Aが入社当初からコンクリート製の実験マスを用いて気密補修に用いる材料の強度や劣化状況に関するテストを実施していたことや減圧チェックに関する技術開発や営業拡販のほとんどを主として担当していたことは知っていたし,原告Aが主となって減圧チェック工法を開発したと聞いている旨陳述するが,原告Aが本件発明をしたことに関する立証としては極めてあいまいな内容であって,採用することができない。なお,Gは,被告が取得した特許権で発明者が実際の発明者と異なるということは聞いたことがないとも陳述するが,前記(2)の認定,特に減圧チェックステップに関する昭和55年の特許出願の発明者がD及びBと特定されていたことに照らすと,上記陳述内容も原告Aが本件発明の発明者であることの根拠となるものではない。    
  (4)  発明者でなければ技術的説明が難しい事項について    
 原告らは,①サイロビン下部に垂れ幕を設置した理由及び②高圧水洗浄技術を開発した経緯は,発明者でなければ説明できない事項であると主張する。しかしながら,①については,その主張の趣旨が判然としないし,②については,本件特許出願の願書に添付した明細書の記載等に照らして,発明者でなければ技術的説明が難しい事項であるとは認められない。原告らの主張は,採用することができない。    
  (5)  原告らのその余の主張について   
 さらに,原告らは,昭和55年ころないし昭和61年ころの時点では本件発明は完成していなかったなどと縷々主張し,弁理士の意見書(甲15)や原告Aの陳述書(甲17)を提出するが,いずれの主張も,本件発明(特許請求の範囲)の特定事項について述べるものでないか,又は明細書の記載等に照らして本件発明の発明者でなければ技術的説明が難しい事項であるとは認められない。なお,原告らの主張が,原告Aは本件発明に係る具体的工法の技術改善に関与したとの趣旨をいうものであると解するとしても,前記(1)記載のとおり,これに係る原告Aの陳述内容が採用できない以上,このような事実を認めるに足りる証拠がない。原告らの主張は,採用することができない。   
  (6)  そうすると,上記の諸点から原告Aが本件発明の発明者であると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠もない。

3 検討

 本件は、願書の「発明者」欄に原告Aの名前が記載されていたにも関わらず、発明者として認められなかった事案である。通常、このようなケースは珍しいと思われるが、発明の完成から特許出願までに約25年が経過していた特殊な事案であったこと等もあり、原告Aの名前が「便宜的に発明者として願書に記載されたに過ぎない」との被告の主張が採用された。

 原告側の立証は陳述書が中心で、客観的証拠の裏付けを欠くものであった感は否めないが、「発明者」該当性の判断手法としては、まず特許発明の特徴部分を認定し、各特徴部分について誰が発明者であったかを証拠に基づき事実認定するというオーソドックスな手法を採用しており、実務上参考になると思われる。

以上

弁護士・弁理士 丸山真幸