【平成24年1月27日(知財高裁 平成21年(行ケ)第10284号)】

【事案の概要】

本件は,被告を特許権者とする特許第3737801号(発明の名称「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物」,請求項の数9,以下「本件特許」という。)について,原告がその全請求項につき特許無効審判請求をし,これに対し被告は訂正請求をして対抗したところ,特許庁が,訂正を認めた上で請求不成立の審決をしたことから,これに不服の原告がその取消しを求めた事案である。

【キーワード】

特許法第29条第1項第2号,公然実施発明,試験目的使用のみ

【争点】

争点は,訂正の可否,訂正前の各発明が本件特許の優先日前に公然実施されたか,訂正前の各発明及び訂正後の各発明の新規性欠如,進歩性欠如などがあるが,本稿においては,公然実施該当性についてのみ紹介する。なお,公然実施該当性が問題となったサンプルは,以下のとおりである。

・甲2: BIOGAL 社作成の「PRODUCT SPECICATIONS AND CERCIFICATE OFANALYSIS:Certificate No.205/00・Batch No.PR-00100」(訳・ビオガル社「製品の使用および分析結果の証明」,以下「甲2文献」といい,これに記載された発明を「甲2発明」という。また,甲2文献に記載されたサンプルを「甲2サンプル」という。)

1.裁判所の判断

(以下,下線部等の強調は筆者による。)

新規性の欠如(取消事由2)及び進歩性の欠如(取消事由3)に関する主張について
ア 甲2文献及び甲2サンプル等の公知性の有無
(ア) 原告は,審決が,「これらの証拠をもって秘密保持契約が締結されていなければ秘密保持義務はないとするのが医薬品業界における常識であるとすることはできず,秘密保持契約書が提出されていないことをもって,甲第2号証の書面及びその分析対象のサンプルが誰でも入手可能であったとすることはできない」(13頁15行~19行)としたことに対し,「甲2文献及び甲2サンプルは,甲3に記載されているとおり,本件特許の優先日前にビオガル社を介して訴外製薬会社に,秘密事由であるとの契約・説明等がなく配布された」から公知性はそれだけで肯定される等と主張するので,以下検討する。
(イ) 証拠(甲2,3,17,58,乙32,証人G,同H)及び弁論の全趣旨によれば,甲2文献は,被告の前身であるビオガル社が本件特許の優先日以前の2000年(平成12年)3月31日に作成した書面で,その内容は,同社が売却を検討しているプラバスタチンナトリウム製品バッチNo.PR-00100仕様及び分析結果の説明に関する書面であること,同書面(甲2)は,2000年(平成12年)4月6日以前に,商社であるC社を通じて,日本の後発医薬メーカーである複数のメーカー(B社ほか)に製品サンプルと共に送付されたが,後発医薬品メーカーは,ビオガル社と明示の秘密保持契約を締結することはなかったこと,甲2文献には「Sample for Experimental purposes only」(試験目的使用のみのサンプル)との記載があったこと,ビオガル社が日本の後発医薬品メーカーに対して甲2文献と甲2サンプルを送付したのは,基本特許を持つA社の特許期間がまもなく切れることから,上記基本特許に抵触するが特許期間満了後は後発医薬品として販売することができる甲2サンプルを日本の後発医薬品メーカーに納入すべく,その試験用として送付したものであること,甲2文献とそのサンプルを受け取ったB社は,これを試験用に使用したが,甲2文献やそのサンプルを他の第三者に開示することはなかったこと,以上の事実を認めることができる。
(ウ) 確かに原告主張のとおり,被告の前身であるビオガル社が後発医薬メーカーに配布した甲2文献及び同サンプルに関し,同メーカーとビオガル社との間で明示の秘密保持契約を交わしたことはないものの,甲2文献には前記のとおり,「Sample for Experimental purposes only」(試験目的使用のみのサンプル)との表示があり,現にこれを受け取ったB社等においても基本特許の特許期間満了前である事情等もあって,これを第三者に開示したことはなかったのであるから,甲2文献及びそのサンプルの後発医薬メーカーへの配布をもって特許法29条1項2号の「公然実施」ないし3号の「配布された刊行物」に該当すると解することは相当でないというべきである。

2.検討

特許法第29条第1項第2号の公然実施については,「特許法29条1項2号にいう『公然実施』とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいうものである。本件のような物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からはわからなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となる。」と判示した裁判例(知財高判平成28年1月14日・平成27年(行ケ)第10069号)や「発明の内容を秘密にする義務を負わない不特定の者によって技術的に理解されるか,そのおそれのある状況で実施されたのであれば,発明は公然実施されたと認めるのが相当である」と判示した裁判例(知財高判令和3年5月27日・令和2年(ネ)10063号)がある。
本件のような物の発明の場合,サンプルを開示した者と開示を受けた者との間に秘密保持契約が締結されており,かつ,開示を受けた者が秘密保持契約に基づく秘密保持義務を遵守していれば,秘密状態を脱したとはいえず,発明は公然実施されたものとはいえないであろう。
一方,このような秘密保持契約が締結されていないとしても,そのことから直ちにサンプルの開示を受けた者が守秘義務を負わないということにはならないと考えられる。開示を受けた者が守秘義務を負うかどうかは,開示をした者と開示を受けた者との関係,開示目的,対象物の性質等を考慮の上,判断されるものだと思われる。本件では,「試験目的使用のみのサンプル」との記載があったことから,開示目的が試験目的に限定されており,これ以外の目的での使用が想定されていなかった,すなわち,第三者への開示も想定されていなかったといえる。したがって,公然実施該当性を否定した判断は妥当だと考える。
本判決は,公然実施該当性を判断する上で参考になる事例であるため,紹介した。

以上
文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順