【判旨】
本件商標の登録出願は,被告の承諾を得ないで本件商標の登録出願の日前1年以内に代理人若しくは代表者であった者と同等の地位にあった商標権者によってされたものであり、本件商標登録は,「正当な理由がないのに,その商標に関する権利を有する者の承諾を得ないで」されたものであると認定するのが相当であるから、商標法53条の2の規定により取り消されるべきものである。
【キーワード】
商標登録の取消しの審判、商標法53条の2、3部判決
【事案の概要】
本件は、「Chromax」の文字を標準文字で表してなり,第28類「ゴルフボール,ゴルフ用具」を指定商品とする本件商標の商標権者(原告)に対して、被告が本件商標の登録は,商標法53条の2の規定により取り消されるべきであるとして取消審判の請求につき、取り消すべきものとする特許庁の審決に対する審決取消訴訟である。なお、以下の2つの事実について争いはなかった。
①被告(審判請求人)は,世界貿易機関の加盟国である台湾において
の構成からなり、指定商品が第28類「ゴルフボール,ゴルフクラブ,ゴルフクラブヘッド,ゴルフクラブ用グリップ,ゴルフ練習用発球機,ゴルフクラブ用ラック,グリーンマーカー,キャディバッグ,スポーツバッグ,スポーツ用手袋」である被告商標の商標権を有する者であること
②本件商標の指定商品は,被告商標の指定商品に含まれるから,被告商標の指定商品と同一又は類似の商品と認められ,本件商標と被告商標は,本件商標を付した商品と被告商標を付した商品との間で,商品の出所について誤認混同を生ずるおそれがあり,両商標は類似する商標であること
【争点】
①原告は、商標法53条の2所定の「当該商標登録出願の日前1年以内に代理人若しくは代表者であった者」に該当するか。
②原告の本件商標の登録出願には,正当な理由があるか。この点につき、原告は、「『Chromax』という本件商標の価値を高めるため,テレビでの露出,芸能人,有名モデルの起用などにより,宣伝活動を行い・・・多額の宣伝広告費用を投じ,これにより,日本国内における本件商標の価値は高まった。したがって,原告の本件商標の登録出願には,正当な理由があり,本件商標の登録は取り消されるべきではない。」と主張した。
【判旨抜粋】
争点①について
「原告ないし原告代表者が,本件商標の登録出願の日前1年以内に,被告ないし被告との間で日本における輸入代理店契約を締結している者から,日本における独占販売権を付与されていたわけでいないものの,原告及び原告代表者と被告との間には,継続的な取引により慣行が形成され,原告及び原告代表者は,日本国内における被告の商品の販売体系に組み込まれるような関係にあった者とみることができるから,商標法53条の2所定の『当該商標登録出願の日前1年以内に代理人若しくは代表者であった者』に該当する。
本件商標の登録出願は,被告の承諾を得ないで本件商標の登録出願の日前1年以内に代理人若しくは代表者であった者と同等の地位にあった商標権者によってされた。」
争点②について
「前記の事実を基礎として,商標法53条の2所定の『正当な理由がない』ことの有無について,以下のとおり,判断する。
原告は,本件商標出願をした『正当理由』に係る事情として,『本件商標の価値を高めるため,宣伝活動を行い,多額の宣伝広告費用を投じて,これにより,日本国内における本件商標の価値が高まったこと』のみを挙げている。
証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば,原告が,被告の製造するゴルフボール(「クロマックスボール」)の日本国内における販売を促進するため,雑誌等に広告を掲載するなどの宣伝広告活動を行ったことが認められるものの,原告がその費用として負担した金額,規模及び上記宣伝広告活動によって,本件商標が,上記ゴルフボールを表示するものとして,商標の価値を高めた事実は認定できない。そうすると,原告は,日本における輸入代理店契約を締結している者から,日本における独占販売権を付与されていたわけではなく,原告及び原告代表者が,被告との間で,継続的な取引を続けていたとの事実があるにすぎないこと等の諸事実を総合すると,本件商標登録は,『正当な理由がないのに,その商標に関する権利を有する者の承諾を得ないで』されたものであると認定するのが相当である。」
「第5 結論
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。」
【解説】
本件は、商標法53条の2に基づく取消審決の審決取消訴訟という点で珍しい事案である。商標法53条の2は、パリ条約6条の7の規定(以下参照)を実施するために昭和40年の法改正で新設されたものである。
パリ条約6条の7(1)
同盟国において商標に係る権利を有する者の代理人又は代表者が,その商標に係る権利を有する者の許諾を得ないで,1又は2以上の同盟国においてその商標について自己の名義による登録の出願をした場合には,その商標に係る権利を有する者は,登録異議の申立てをし,又は登録を無効とすること若しくは,その国の法令が認めるときは,登録を自己に移転することを請求することができる。ただし,その代理人又は代表者がその行為につきそれが正当であることを明らかにしたときは,この限りでない。
本件では、商標法53条の2の「当該商標登録出願の日前1年以内に代理人若しくは代表者であった者」に該当するか否かが争われた。
同様の要件の該当性が問題となった事件として、平成23年1月31日の知財高裁第1部判決(中野裁判長、平成21年(行ケ)第10138号及び平成21年(行ケ)第10264号)がある。この事案では、「商標法53条の2が適用されるためには,本件に即していえば,本件商標登録出願がなされた平成17年5月12日の1年前である平成16年5月12日から平成17年5月12日までの間に原告(商標権者)が被告(イタリアにおいて商標に係る権利を有する者)の『代理人』であったことが必要となるところ,原告は本件商標登録出願後3か月余を経過した平成17年9月1日付けで被告との間で独占的販売契約(Exclusive Distributorship Agreement)を締結して,原告が何らかの意味で被告の代理人となったことは認められるが,それ以前は,被告から顧客として商品サンプルを購入して上記契約を締結するかどうかを検討する期間であったにすぎず(原告が被告から商品を業として大量に購入するようになったのは,前記のとおり上記契約締結後である),本件商標登録出願がなされた平成17年5月12日より1年前以内に原告が被告の『代理人』であったとした審決は誤りである」とされた。
他方、本件では、「原告ないし原告代表者が,本件商標の登録出願の日前1年以内に,被告ないし被告との間で日本における輸入代理店契約を締結している者から,日本における独占販売権を付与されていたわけではないものの,原告及び原告代表者と被告との間には,継続的な取引により慣行が形成され,原告及び原告代表者は,日本国内における被告の商品の販売体系に組み込まれるような関係にあった者とみることができるから,商標法53条の2所定の『当該商標登録出願の日前1年以内に代理人若しくは代表者であった者』に該当する。」と判示された。
両事件に共通しているのは、「代理人」の該当性につき、法的代理権を有するかという形式面にこだわることなく、実質的な取引関係を考慮して判断している点である。これに対して、工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第19版〕(特許庁編:いわゆる青本)には、「『代理人』は、自然人であると法人であるとを問わず商標所有者からなんらかの代理権を授与されたものを指す。」と記載されており、知財高裁の考え方とは対照的な印象を受ける。
知財高裁は、実質的な見地に立ち、平成23年1月31日判決では、商標登録出願の日前の一年以内は被告(イタリア国で商標に係る権利を有する者)と原告(商標権者)との間で取引関係がなかったために「代理人」ではなかったと判断する一方で、本件は、原告(商標権者)が被告商品の販売体系に組み込まれるような関係にあった者であるから「代理人・・・であった者と同等の地位にあった」とされている。こうした知財高裁の実質的な考え方は、実務で同様の事案に当たった場合には参考になろう。
2つめの争点である、正当要件については、原告主張(本件商標の価値を高めるため,宣伝活動を行い,多額の宣伝広告費用を投じて,これにより,日本国内における本件商標の価値が高まったこと)自体が商標法53条の2の「正当な理由」を根拠づけるものなのかそもそも疑問があるが、知財高裁は、①原告が,被告の製造するゴルフボール(「クロマックスボール」)の日本国内における販売を促進するため,雑誌等に広告を掲載するなどの宣伝広告活動を行ったことが認められるものの,原告がその費用として負担した金額,規模及び上記宣伝広告活動によって,本件商標が,上記ゴルフボールを表示するものとして,商標の価値を高めた事実は認定できないこと、②原告が日本における独占販売権を付与されていたわけではなく,原告及び原告代表者が,被告との間で,継続的な取引を続けていたとの事実があるにすぎないこと、等の諸事情を総合すると正当な理由があったとはいえないと判断した。この判断は妥当と考える。
2013.2.1 (文責)弁護士 栁下彰彦