【判旨】
「餅事件」の終局判決(損害論)である。知財高裁は、特許法102条2項に基づく損害額として8億275万9264円を認定した。
【キーワード】
餅事件、切り餅事件、損害論、特許法102条2項、3部判決

【事案の概要】
被告製品が原告の特許権(以下「本件特許権」という。)の技術的範囲に属するとの中間判決の判断を受けた後、原告は損害賠償請求の請求額を59億4000万円に拡張した(一審提起時は14億8500万円)ところ、知財高裁は、特許法102条2項に基づく損害として8億275万9264円を認定した。なお、被告は、中間判決がされた後に、「先使用の抗弁」、「権利乱用の抗弁」、「自由技術の抗弁」の主張及び新たな証拠の提出を試みたが、いずれも被告の重大な過失によって時機に後れて提出された防御方法であるとして却下された。本稿では、損害額の認定の部分について紹介する。

 【争点】
 損害の有無及びその額

【判旨抜粋】
1 特許法102条2項に基づく損害
 (1)被告製品の売り上げ(被告の主張を採用)
 「・・・乙155(被告管理本部副本部長兼経理部長であるBが被告の会計書類に基づいて作成した報告書)は,当該会計書類そのものは証拠として提出されていないものの,本件全証拠によるも,虚偽ないし不正確な記載がされたとうかがわせるような事情は存在しない(被告は,上記売上高には,被告社員に対し社内販売した被告製品についての消費税相当分が含まれており,これを控除すると,被告製品の売上高は更に少なくなると主張する。しかし,社内販売分の売上高から当該消費税分を控除すべきとする根拠及びその金額は,必ずしも明らかでないから,この点の被告の主張を採用することはできない。)。
 したがって,被告製品・・・の平成20年5月1日から平成23年10月31日までの売上高は,合計162億1731万7021円(146億2620万2583円+15億9111万4438円)と認められる(なお,平成20年4月18日から同月30日までの間の被告製品・・・の売上高については,原告から具体的な主張・立証がない。)。」
 (2)利益率(原告の主張をほぼ採用)
 「被告の有価証券報告書の損益計算書(甲46~48,乙160~163)に掲載された費用のうち,売上原価(そのうち材料費,消耗品費,電力費,修繕費),発送費,販売手数料,保管費は,被告が製品の製造,販売のために要した費用として控除すべきである。そうすると,被告が製品を製造,販売した場合の利益率(平成20年度ないし平成22年度)は,以下のとおりであり,少なくとも原告が主張する30%を下回ることはない。したがって,被告が被告製品・・・を製造,販売及び輸出した場合の利益率についても,30%と認めるのが相当である。」
 「これに対し,被告は,被告の有価証券報告書の損益計算書(甲46~48,乙160~163)に掲載された費用(変動費及び固定費)を全て売上高から控除すべき旨主張するが,被告製品・・・の製造,販売のために要した費用を特定することができず,上記主張は採用することができない。」
(3)寄与度(被告は寄与度は1.6%程度と主張)
 「・・・被告は,被告製品について,①平成15年9月ころから『サトウの切り餅パリッとスリット』との名称で販売し,切餅の上下面及び側面に切り込みが入り,ふっくら焼けることを積極的に宣伝・広告において強調していること,②平成17年ころから,切り込みを入れた包装餅が消費者にも広く知られるようになり,売上増加の一因となるようになったこと,③平成22年度からは包装餅のほぼ全部を切り込み入りとしたことが認められ,これらを総合すると,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し,切り込みによりうまく焼けることが,消費者が被告製品・・・を選択することに結びつき,売上げの増加に相当程度寄与していると解される・・・。
 上記のとおり被告製品・・・における侵害部分の価値ないし重要度,顧客吸引力,消費者の選択購入の動機等を考慮すると,被告が被告製品・・・の販売によって得た利益において,本件特許が寄与した割合は15%と認めるのが相当である。」
(4)損害額
「特許法102条2項に基づいて算定される損害額は,以下のとおり,合計7億2977万9264円と認められる(平成20年5月1日から平成21年4月30日までの損害については,原審において損害算定期間とされていた平成21年3月11日までと,当審において損害算定期間が変更された同年3月12日以降を,日数により按分して算出した。)。
 a 平成20年5月1日から平成21年3月11日までの損害 1億9459万9524円
 (計算式)
 (●●●●●●+●●●●●●)×30%×15%×315/365=194,599,524(1円未満切り捨て)
 b 平成21年3月12日から平成23年10月31日までの損害 5億3517万9740円
 (計算式)
 (a) 平成21年3月12日から平成21年4月30日までの損害
 (●●●●●●+●●●●●●)×30%×15%×50/365=30,888,813(1円未満切り捨て)・・・①
 (b) 平成21年5月1日から平成23年10月31日までの損害
 (●●●●●●+●●●●●●+●●●●●●+●●●●●●+●●●●●●+●●●●●●)×30%×15%=504,290,927(1円未満切り捨て)・・・②
 (C) ①+②=535,179,740
 c 合計 7億2977万9264円(1億9459万9524円+5億3517万9740円=7億2977万9264円)」
2 その他の損害
 「原告が,本件訴訟の提起及び追行を,原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり,本件での逸失利益額,事案の難易度,審理の内容等本件の一切の事情を考慮し,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用及び弁理士費用としては,7298万円・・・と認めるのが相当である。」
3 まとめ
「以上から,被告は,原告に対し,8億0275万9264円(7億2977万9264円+7298万円=8億0275万9264円)について賠償する義務を負う。」

 【解説】
 特許法102条2項にいう侵害者の受けた「利益」については、学説上、以下の4つの考え方がある(知的財産法の理論と実務2 特許法[II] 牧野利明等編集 p.281~286)。
(1)純利益説
売上高から製造原価又は仕入額を差し引いた粗利益から、さらに販売手数料、運搬保管費用、宣伝広告費、人件費、店舗の賃料等売上げを得るために必要な全ての経費について侵害品の売上高に按分して差し引いた額を「侵害の行為により受けた利益の額」とする考え方。控除すべき費用項目が多いために、損害額が少額になりやすい。
(2)粗利益説
売上高から製造原価又は仕入額を差し引いた粗利益を「侵害の行為により受けた利益の額」とする考え方。控除すべき費用項目が少なく、損害額が高額になりやすい。
 (3)限界利益説
侵害品の販売数が、権利者が追加的費用を講じることなく製造販売できた範囲内と認められる場合には、「侵害者が受けた利益」は、被告製品の売上額からその仕入れ価格等の経費のみを控除した額とすべきであり、その限りで人件費、一般管理費、製造管理費等は控除の対象としないするという考え方。
 (4)直接費用控除説
侵害品の売上高から侵害品の製造、販売のために侵害者が追加的に要した費用を控除した額を「侵害の行為により受けた利益の額」とする考え方。粗利益からさらに費用を控除する見解であるため、純利益説の1つとして説明されることもあるが、控除費用を侵害品の製造販売のために直接必要であった費用に限定しているという観点から純利益説とは区別して扱うのが相当とされる。

  本判決においては、上記いずれの考え方に立っているかは明瞭ではないものの、「被告の有価証券報告書の損益計算書・・・に掲載された費用のうち,売上原価(そのうち材料費,消耗品費,電力費,修繕費),発送費,販売手数料,保管費は,被告が製品の製造,販売のために要した費用として控除すべきである。」との判示からすると、直接費用控除説の考え方に近いといえる。
  もっとも、「被告は,被告の有価証券報告書の損益計算書・・・に掲載された費用(変動費及び固定費)を全て売上高から控除すべき旨主張するが,被告製品・・・の製造,販売のために要した費用を特定することができず,上記主張は採用することができない。」とも判示されていることから、知財高裁は、純利益説に近い考え方を採ったと考えることもできよう。
  なお、上記判示からすると、控除すべき費用項目を被告が証拠により特定していれば、利益率は30%より低く認定された可能性はある。ただ、利益率を30%とする認定(原告の主張をほぼ容れた)につき、原告は、有価証券報告書の損益計算書に基づき、被告における平成20年、21年、22年の利益率が45.3%、47.0%、49.8%となると計算した上で、“余裕”をみて「利益率も30%を下回ることはない」と主張している。このため、被告は、詳細な証拠を提出して費用項目の特定をしても、結果として30%を下回る立証は難しいと判断し、上記「特定」を見送ったのかもしれない。

  最後に、日経ビジネス(2012年5月7日号)に、被告の代表取締役のインタビュー記事が掲載されている。詳細については、同記事を参照していただければと考えるが、被告は、中間判決後に、先使用権等の主張の証拠として、ライバル企業の代表取締役の陳述書(被告が本件特許権の出願以前に側面にスリットが入った切り餅を販売していた事実があったと記憶しているとの陳述が記載された書面)を提出しようとしていたようである。
  先使用権等の主張は、法的には蒸し返しであることは事実で、時機に後れた防御方法をされても仕方がないと考える。もっとも、企業の代表取締役の陳述は、CSR(特に企業コンプライアンス)の観点から虚偽である可能性は極めて低く、証拠としての価値は相当程度あると考える。それゆえ、審理は遅延するものの、真実究明という見地から、例外的に今一度慎重に判断をするという訴訟指揮もあり得たのではないかとも考える。
  本判決では、「・・・とりわけ,仮に,被告が,平成14年10月に,側面に切り込みが入った切餅を製造,販売していたことを前提とするならば,被告が平成15年7月に『被告特許②』(『上面,下面,及び側面に切り込みを入れたことを特徴とする切り餅』)について特許出願をしたことと整合性を欠くことになるが,その点については,何ら合理的な説明がされていない」と判示されている。この点についての被告の行為は確かに不可解であるが、公知化後に敢えて出願をすることも実務上あり得なくはない(例えば、公開公報の発行によって公知主張を容易にするため、又は確実に後願を排除するため)。それゆえ、合理的な説明はなくとも、8億円との巨額の損害賠償を認定するにあたり、上記新証拠を検討する余地はあったのかもしれない。

 2012.2.13(文責)弁護士 栁下彰彦