【判旨】
2種類の治療薬を併用する医薬の特許発明につき、両者の治療薬は作用機序が異なることが技術常識であり,これらを併用投与した場合に限って両者が拮抗するなどの事情もないので、出願当時の技術常識に鑑み、実施可能要件は満たされ、明細書に実験データが示されてはいないがサポート要件も満たされているとされた一方で、進歩性はないとされた事例
【キーワード】
医薬、化学、実施可能要件、サポート要件、進歩性、特許法36条、特許法29条、4部判決

【事案の概要】
本件は、「0.05~5mg/kg 体重の用量のピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,グリメピリドとを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬」との発明(請求項7~9(以下「本件発明7~9」という。))の無効審判の不成立審決に対して、無効審判請求人(以下「原告」という。)が、同審決の取消を求めた事件(第10147号事件)、及び請求項1~6に係る発明についての無効審決に対して、特許権者(以下「被告」という。)が同審決の取消を求めた事件(第10146号)が併合されて審理された事案である。本稿では、紙面の関係から、第10147号の判決部分について紹介する。

【争点】
2種の医薬を併用投与する発明における、実施可能要件、サポート要件、及び進歩性

【判旨抜粋】
1 実施可能要件
「・・・物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(特許法2条3項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。」
「・・・本件明細書には,ピオグリタゾン・・・及びグリメピリドの製造方法については記載がないものの・・・NIDDMに対する薬剤としてピオグリタゾン・・・及びグリメピリドが存在・・・することは,本件出願日当時の当業者の技術常識であったから,これらの各薬剤や,ピオグリタゾンの薬理学的に許容し得る塩は,いずれもその当時,NIDDMに対する薬剤として既に製造可能となっていたことが明らかである。
したがって、本件明細書は,本件発明・・・7について,実施可能要件を満たすものであることが明らかである。
また、本件明細書は・・・に記載のとおり,本件発明・・・7を医薬組成物とする方法や,当該医薬組成物を錠剤とする場合の製造方法についても明記しているから,本件発明・・・8及び9についても,実施可能要件を満たすものである。」
2 サポート要件
「・・・特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである・・・」
「・・・本件明細書は・・・ピオグリタゾンと併用すべきインスリン分泌促進剤としてグリメピリドを明記しているものの・・・ピオグリタゾンとSU剤であるグリメピリドとの併用実験に関する記載はなく,その記載のみからは,直ちに本件発明7が本件各発明の前記課題を解決できると認識できるとは限らない。・・・しかしながら・・・インスリン受容体の機能を元に戻して末梢のインスリン抵抗性を改善するインスリン感受性増強剤と,膵β細胞からのインスリン分泌を促進するSU剤とでは,血糖値の降下に関する作用機序が異なることは,本件出願日当時の当業者の技術常識であったものと認められる。・・・作用機序が異なる薬剤を併用する場合,通常は,薬剤同士が拮抗するとは考えにくいから,併用する薬剤がそれぞれの機序によって作用し,それぞれの効果が個々に発揮されると考えられるところ,糖尿病患者に対してインスリン感受性増強剤とSU剤とを併用投与した場合に限って両者が拮抗し,あるいは血糖値の降下が発生しなくなる場合があることを示す証拠は見当たらない・・・むしろ,引用例4には・・・との記載があることや,乙17(甲22)には・・・が記載されていることから,糖尿病患者に対するインスリン感受性増強剤(インスリン抵抗性改善薬)とSU剤(スルフォニール尿素剤)との併用投与という技術的思想は,それ自体,本件出願日当時の当業者に公知であったと認められるばかりか,前記・・・認定のとおり,臨床試験中のインスリン感受性増強剤としてピオグリタゾンが存在することや,新たなSU剤としてグリメピリドが存在することは,同じく当時の当業者の技術常識であった・・・以上によれば,当業者は,インスリン感受性増強剤であるピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩の投与により血糖値の降下を発生させる場合に,併せてこれとは異なる作用機序で血糖値を降下させるSU剤であるグリメピリドも投与すれば,ピオグリタゾンとは別個の作用機序で,やはり血糖値の降下を発生させることができ,もって本件各発明の課題である糖尿病に対する効果が得られることを当然想定できるものというべきである。・・・本件明細書の記載は,本件出願日当時の技術常識に照らすと当業者が本件各発明の前記課題を解決できると認識できる範囲内のものであるから,本件発明7は,本件明細書に記載されたものであるということができる。また,本件発明8及び9は,本件発明7を引用しつつ,その構成を特定するものであるが・・・本件明細書には,本件発明7を医薬組成物とすることや,当該医薬組成物を錠剤とすることについての記載があるから,特許請求の範囲に記載された発明が本件明細書に記載されているといえる。・・・」
(本件明細書には、ピオグリタゾンとクリベンクラミドとの併用実験は記載されていたが、ピオグリタゾンとグリメピリドとの併用実験の記載はなかったため)原告は,血糖降下作用に違いがあるグリベンクラミドとグリメピリドとを同視することはできないし,他のインスリン感受性増強剤と他のSU剤との併用投与との効果の違いも本件明細書に記載がないほか,ピオグリタゾンとグリメピリドとを併用投与する際の用量も記載されていないから,本件明細書は,サポート要件に違反するものである旨を主張する。
  しかしながら,グリベンクラミドとグリメピリドとで血糖降下作用の大小に相違があり,あるいは本件明細書に他の薬剤間の併用投与について記載がないとしても,グリメピリドがSU剤としてインスリン感受性増強剤であるピオグリタゾンとは異なる作用機序を有することが知られており,両者が拮抗するなどの証拠が見当たらない以上,当業者が本件出願日当時の技術常識に基づきピオグリタゾンとグリメピリドとを併用することによって得られる効果の存在を認識できることに代わりはない。また,本件発明7ないし9は,いずれも,ピオグリタゾンと特定の用量のグリメピリドを併用することについて記載したものではないから,グリメピリドの用量について記載がないからといって,サポート要件に違反することになるものではない。」
※・・・括弧内の下線は当職が加筆したものである。
3 進歩性
審決において認定された相違点は以下の2点
「相違点1:本件発明7の糖尿病治療用医薬はピオグリタゾンとグリメピリドとを組み合わせてなるものであるのに対し,引用発明のものはピオグリタゾン及びグリメピリドのいずれか1つを単独で有効成分として使用するものであって,それらを併用するものではない点」
「相違点2:本件発明7の糖尿病治療用医薬はピオグリタゾンの用量につき,『0.05~5mg/kg 体重の用量』と特定されているのに対し,引用発明のものはピオグリタゾンの用量に係るそのような特定はない点。」
これに対して、本判決では、本件発明7~9の作用効果につき以下の通り認定した上で、進歩性が否定された。
「・・・本件明細書に記載の塩酸ピオグリタゾンとSU剤であるグリベンクラミドとの併用投与の実験結果は,両者の薬剤の併用投与に関して当業者が想定するであろういわゆる相加的効果の発現を裏付けているとはいえるものの,それ以上に,両者の薬剤の併用投与に関して当業者の予測を超える格別顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)を立証するには足りないものというほかない。」
「・・・引用例3の図3には,『ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩と,グリメピリドとを組み合わせてなる,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療薬』という発明が記載されているものと認められ,その結果,本件審決が認定した本件発明7との相違点1は存在しない・・・すなわち,本件審決による引用発明の認定は誤りであり,これに伴い,本件審決が認定した相違点1も,その存在を認めることができず,本件発明7と引用例3に記載の発明との相違点は,本件審決が認定した相違点2にとどまる。・・・相違点2に係る容易想到性についてみると,ピオグリタゾンの作用機序は・・・本件出願日当時の技術常識であったことに加えて,引用例3には・・・ピオグリタゾンが30mg/日で十分な血糖降下作用を発揮するものと思われる旨の記載があるところ,糖尿病患者の体重を50ないし100kg と仮定すると,ピオグリタゾンの当該用量は,0.3ないし0.6mg/kg ということになるが,これは・・・用量(0.05~5mg/kg)と重複するものである。したがって,引用例3に接した当業者は,本件発明7の相違点2に係る上記構成を容易に想到することができたものといえる。」

【解説】
 本件発明7~9は、2種類の治療薬を併用する医薬という、通常は効果の予測が困難で実験データによる立証が必要とされる技術分野の発明に関するものである。しかしながら、いずれの治療薬(ピログリタゾン及びグリメピリド)も公知であって、「それぞれ作用機序が異なることが技術常識であり,これらを併用投与した場合に限って両者が拮抗するなどのことがあるとは認められない」という特殊事情があったため、実施可能要件は満たされ、実験データがなくとも相加的効果は想定され課題が把握できるためにサポート要件が満たされるとされた。他方、引用例3の図3には、ピオグリタゾンとグリメピリドとの組み合わせが記載されていたため、進歩性はないとされた。

  サポート要件については、知財高裁平成22年1月28日判決(平成21年(行ケ)第10033号 以下「フリバンセリン事件」という。)では、平成17年の大合議判決(知財高裁平成17年11月11日判決 平成17年(行ケ)第10042号 以下「パラメータ事件」という。)とは事案が異なるとして、「法36条6項1号は,前記のとおり,『特許請求の範囲』と『発明の詳細な説明』とを対比して,『特許請求の範囲』の記載が『発明の詳細な説明』に記載された技術的事項の範囲を超えるような広範な範囲にまで独占権を付与することを防止する趣旨で設けられた規定である。そうすると,『発明の詳細な説明』の記載内容に関する解釈の手法は,同規定の趣旨に照らして,『特許請求の範囲』が『発明の詳細な説明』に記載された技術的事項の範囲のものであるか否かを判断するのに,必要かつ合目的的な解釈手法によるべきであって,特段の事情のない限りは,『発明の詳細な説明』において実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解することで足りるというべきである。」との規範を示している。
  本件も、フリバンセリン事件同様に医薬に関する発明であり、パラメータ事件のような「『特許請求の範囲』が特異な形式で記載されたがために,その技術的範囲についての解釈に疑義があると審決において判断された事案」ではないので、パラメータ事件よりもフリバンセリン事件に近い事案のように考えられる。それゆえ、サポート要件の規範も、フリバンセリン事件のものを用いるということも考えられるが、本判決はパラメータ事件の規範に従っている。

  他方、進歩性については、両者の治療薬の作用機序が異なり互いに拮抗することがないとの技術常識から本件発明7~9の作用効果(相加的効果)が想定されると認定された点が逆にあだとなった。すなわち、相加的効果が想定される以上、本件発明7~9には特別顕著な効果がないとされたのである。
  特許発明の効果を裏付けるために、特許権者(被告)は、審判段階で追加の実験データを提出しているが、本判決では、「本件明細書は,ピオグリタゾンとグリメピリドとの併用投与による作用効果についての記載がないばかりか,塩酸ピオグリタゾンとSU剤であるグリベンクラミドとの併用投与による作用効果についても,当業者が想定するであろういわゆる相加的効果を明らかにするにとどまり,当業者の予測を超える顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)や,あるいは原告の主張に係る『併用効果』なるものを立証するに足りるものではない。したがって,本件明細書には,本件発明7の作用効果の顕著性を判断するに当たり,被告が援用する乙25及び26(被告所属の技術者が作成した実験成績証明書)の記載を参酌すべき基礎がないというほかない。」とされ、参酌されなかった。

  本判決は、医薬分野(化学分野)の有効性につき実務上問題となる点が多数検討されている。また、実験データが明細書に記載されていないにもかかわらずサポート要件(実施可能要件)が満たされると判断されており、参考になる裁判例と考える。

 2011.12.12(文責)弁護士 栁下彰彦