平成24年10月25日判決(知財高裁 平成24年(ネ)第10008号)
【キーワード】
テレビCM、映画製作者、著作権法29条1項
【判旨】
本件におけるテレビCMの原版の著作権は、広告主に帰属する。
第1 事案
1 事案の概要
本件は、広告制作会社Xが、広告制作会社Y₁に対し、Xが制作した訴外株式会社ケーズホールディングス(以下、「ケーズデンキ」という。)及び訴外株式会社ブルボン(以下、「ブルボン」という。)を広告主とするテレビCM原版(以下、ケーズデンキのものを「本件ケーズCM原版」という。また、本件ケーズCM原版とブルボンに関するCM原版を併せて、「本件各CM原版」という。)について、Y₁らが無断でそのプリント(CM原版のコピー)を作成したなどと主張して、Y₁らに対し、著作権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償等を求めた事案である。
なお、本件各CM原版に関する判示内容はほぼ同じであるので、以下では、本件ケーズCM原版に関する判示のみを取り上げることとする。
2 当事者等
(1)控訴人(原告)
(2)被控訴人ら(被告ら)
(3)本件に関する当事者等の相関関係概略図
3 本件各CM原版制作にあたっての特徴
本件各CM原版を制作するについては、クライアントである広告主(ケーズデンキ及びブルボン)の希望が重視され、広告代理店は、制作開始当初に広告主との間で会議を開催し、そこで広告主からの制作内容についての希望を聞き、それに基づいて企画内容を検討している。また、企画内容を定めるに当たっては、CMの成功が起用するタレントによって大きく左右されるため、タレントとして誰を採用するか、採用を決定したタレントについてその所属事務所に対し、CMの企画内容を説明してその了解をとることが重要な作業として位置付けられていた。そして、企画内容が確定し、タレントの所属事務所が了解した段階で、演出コンテを基に広告代理店(電通)で会議が開催され、広告代理店の了解を得て、制作費が決定され、原版作成作業(撮影作業)が開始されることになった。
このように、本件各CM原版という著作物を制作するに当たっては、特に、広告主の意向が重視され、その意向を基に原版制作作業が進められているから、広告主の意向を把握した上で、原版制作作業を指揮できる立場にある者の役割が重要であり、また、CMの成否に影響を与えるタレントの手配、広告代理店への説明によりCM制作費の決定を得る手続を行う者の役割も重要であった。したがって、このような役割を一貫して担う者があれば、その者がCM原版の制作、その内容決定に当たっても主導的な役割を果たすものとして作業が進められていった。
4 本件ケーズCM原版の作成経緯
5 原判決
原審東京地判平成23年12月14日判時2142号111頁は、本件各CM原版の著作者はA、その著作権は広告代理店である電通か広告主(ケーズデンキ、ブルボン)に帰属するとしたうえ、Xの請求をいずれも棄却。
これに対し、Xが控訴。
第2 判旨 ―控訴棄却―
本判決は、本件ケーズCM原版が映画の著作物に該当することを肯定したうえ、その著作権者について、以下のとおり判示した。
「著作権法29条1項は、映画の著作物の著作権(著作者人格権を除く。)は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属すると定めている。
そして、映画製作者の定義である「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」(著作権法2条1項10号)とは、その文言と著作権法29条1項の立法趣旨からみて、映画の著作物を製作する意思を有し、当該著作物の製作に関する法律上の権利・義務が帰属する主体であって、そのことの反映として当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者であると解するのが相当である。
…これを本件についてみるに、本件ケーズCM原版について、これを製作する意思を有し、当該原版の製作に関する法律上の権利・義務が帰属する主体となり、かつ、当該政策に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者としては、広告主であるケーズデンキであると認めるのが相当である。」
第3 若干のコメント
本件は、テレビCMの著作権の帰属について裁判所の判断が示された初めての事例です。
従来、民放局は、制作会社から放送回数に応じた本数のCMプリントの納入を受け、放送する予定のCMプリントを1本のロールにつないでおき、時間が来ると映写をスタートさせることによりCMを放送していました。民放局は、CMフィルムの使いまわしによって放送事故が起きること(それによる損害を招来すること)を恐れていたため、プリントの使いまわしはしていなかったようです。一つのCM原版から1万本以上のプリントが出ることもあったようで、制作会社にとって、CM原版のプリントから得られる収益は非常に大きなものがありました。
このような形でテレビCMが放送されていたころにはテレビCMの著作権が意識されることはあまりなかったのですが、昭和52年10月、主要民放局が「CMバンクシステムを導入する」と発表したことにより、状況に変化が生じます。CMバンクシステムとは、CMを放送局内のVTR装置に蓄え、放送局内で放送回数分のCMコピーを作るコンピュータ・システムのことをいいます。このシステムが導入されると、制作会社が放送局に納入するCMプリントは1本で足りることになり、制作会社の収益源が失われてしまいます。
そこで、CM制作会社を構成員とする社団法人日本テレビコマーシャル制作社連盟(現・一般社団法人日本アド・コンテンツ制作社連盟。以下、「JAC」という。)は、著作権によりCMプリントから生じる制作会社の収益源を守ろうと考え、昭和55年11月、JACの統一見解として、CMの著作権は制作会社に帰属するとの立場を表明するとともに、昭和58年、主要民放局に対し、CMバンクシステムはテレビCMに関する複製権の侵害に当たる可能性があるとの抗議文書を送付するなどしました。
他方、このような制作会社側の見解に対して、広告主企業で組織される公益社団法人日本アドバタイザーズ協会は、テレビCMに関する全過程を通して主導的立場と責任をもっているのは広告主であるとし、テレビCMの著作権は広告主に帰属するとの立場をとっていました。また、広告会社により構成される一般社団法人日本広告業協会は、広告主と制作会社の間に挟まれるような形で、当面差し迫った課題を解決するため、CMに関する著作権の帰属問題は棚上げにして、協調的、積極的な努力をすることが重要との立場を表明していました。
このように、テレビCMの著作権の帰属については、制作会社、広告主、広告会社の見解が異なっていた中、当該3者に加えて民放局をメンバーとする一般社団法人全日本シーエム放送連盟(以下、「ACC」という。)は、平成4年5月28日、テレビCMの使用に関する健全な取引慣行を育成するため、「シーエム(映像広告)の使用について」と題する指針(通称ACCルール)を制定しました。
このACCルールでは、現時点においては関係業界の総意としてテレビCMの著作権者を特定することは難しいとの認識のもと、この点に関する根本的な解決は将来に譲り、むしろ取引上の諸問題についての対処をめざすこととされました。具体的には、広告主によるテレビCMの利用が円滑に行われるよう、広告会社、制作会社は、その利用を妨げないこととされる一方で、広告主はテレビCMの改訂業務や複製業務については当初制作を行った広告会社・制作会社へ優先的に発注するものとされています。このACCルールに基づく扱いが現在の広告業界の慣行となっていると評されることもあります。
このような状況の中、本判決は、結論として広告主にテレビCMの著作権が帰属すると判断した点で、実務上、重要な意義を有するものといえます。映像制作に関する契約を締結する場合には、本判決を念頭において著作権の帰属に関する条項の内容を検討する必要があるでしょう。
(文責)弁護士 高瀬 亜富
1 各カットの画面構成を絵で示し、映像の流れをたどれるようにしたもの。
2 広告や印刷などの制作において、制作物の仕上がりを具体的に示すために作られる見本のこと。