【判旨】
特許権侵害訴訟において、被告物件(イ号製品)の海外向け販売分に係る本件特許発明の実施行為の有無が争点となった事例で、裁判所は、被告が,日本国内においてした被告物件の販売を巡る一連の行為について,被告物件が輸出前段階では部品状態にされていることを考慮したとしても,特許発明の実施である「譲渡」(特許法2条3項1号)であるということは妨げられないということができると判断した。
【キーワード】
実施 部品 輸出 組立 ノックダウン
 

【事案の概要】
本件は,発明の名称を「炉内ヒータおよびそれを備えた熱処理炉」とする特許第3196261号の特許権(以下「本件特許権」という。)を有していた原告が,被告による別紙被告物件目録記載の物件(以下「イ号製品」又は「被告物件」という。)の販売が同特許権の侵害行為であり,これにより損害を受けたと主張して,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。本件で、被告は、日本国内において、イ号製品の部品を生産し、仮組立し、分解し、分解後の部品を輸出していたため、これらの一連の行為が、被告の実施行為(譲渡)に該当するといえるかが問題となった。
 
(1)本件特許発明
 
A 炉側壁を含む炉本体と,炉本体の底部を閉塞する炉床とで形成される熱処理空間を有し,
B 該熱処理空間には,略鉛直方向に挿入され,かつ前記炉側壁に沿って互いに並列配置され,鉛直方向に沿って異なる複数の部位を設定し,前記異なる複数の部位のいずれかを発熱部とした複数の炉内ヒータを備え,
C 前記複数の炉内ヒータの前記発熱部が前記熱処理空間内の鉛直方向に沿ったそれぞれ異なる位置に設けられていることを特徴とする,
D 熱処理炉。
 
 
(2)イ号製品の詳細
 
下記図面に示し、以下の構成を有する、以下の商品名の焼成炉。
 
1 商品名
 「PLK(Planetary Batch Kiln)」
2 構成の説明
 (1)図1(被告物件の斜視図であり被焼成品を炉内から取り出した状態)に示すとおり、炉の外周が円筒形で、底部に円形炉床2を有するところの、セラミック小型製品の焼成等に用いる円筒形バッチ式焼成炉1である。
 (2)炉体構造はガス密閉式であり、従って、円筒形の炉側壁3を含む炉本体1と、炉本体の底部を閉塞する円形炉床2によって、炉内には熱処理空間4が形成されている。
 (3)炉内には、略鉛直方向に、炉内外周に沿って12本の発熱体5、5、…が並列して懸垂保持されている。図2に示すとおり、発熱体5、5、…には鉛直方向上部及び下部の二つの部位が設定され、下部が発熱部となっている。
 (4)4本の発熱体の発熱部5aは炉内鉛直方向上部に、4本の発熱体の発熱部5bは炉内鉛直方向中央部に、4本の発熱体の発熱部5cは炉内鉛直方向下部に設けられ、発熱部5a、5b、5cは炉内鉛直方向にそれぞれ異なる位置となるように構成されている。
 

 
【争点】
・「1 事案の概要」で記載したの一連の行為は、特許法2条1項3号でいう「譲渡」にあたるか。
 
【判旨抜粋】

争点3(被告物件の海外向け販売分に係る本件特許発明の実施行為の有無)について
    (1) 事実関係
      証拠(甲15,乙23,28,29,41等)及び弁論の全趣旨によれば,被告物件について,特に海外の顧客(韓国の三星電機,台湾のダーフォン社)向けの取引に関して以下の事実が認められる。
      ア 被告は,被告物件と同様の昇降型バッチ式雰囲気焼成炉について,その仕様及び性能の概要を記した製造者を被告とする営業用のパンフレットを用意し(甲4),また,被告のホームページ上に,被告の取扱商品としてセラミックコンデンサー用昇降型バッチ式雰囲気焼成炉をその仕様及び性能の概要と共に掲載し,さらに,平成16年11月に,積層セラミックコンデンサー用昇降型バッチ式雰囲気焼成炉の販売実績があると表示していた(甲5の1・2)。
      イ 被告は,別紙売上一覧表(被告の主張)記載のとおり,各顧客との間で被告物件の売買契約を締結した。なお,別紙売上一覧表(被告の主張)中の得意先名を「三星電機」(サムスン)とする取引は,被告と日本法人である日本サムスン株式会社との間で締結された契約に基づくものである(乙30の1~3,30の5~7,30の9)。
       各売買契約締結時において,売買契約の対象となる被告物件は稼働する製品としては存在しておらず,その後,売買契約において前提とされた設計図に基づいて製造されることが予定されていた(したがって,いわゆる受注生産であるといえる。)。
      ウ 被告は,顧客との売買契約締結後,中村製作所をして,上記設計図に基づき,同製作所栗東工場において,炉体,リフター等を製作させ,さらに,ヒータを東海高熱工業から,制御板を向洋電機からそれぞれ購入して,同工場に納入させた(乙28)。
       その後,中村製作所をして,同工場において,被告物件の仮組立てをさせ,仮配線の上,リフターの動作確認を行わせた(乙28)。また,仮配線をしたものについては,炉体の仮焼き(700℃程度で空気を注入しながら断熱材のバインダーを除去する作業であり,実際に炉を稼働させる前に安定稼働させるために必要な作業である。)を行わせることもあった(なお,炉体の仮焼きは納品先で行われることもあった。)。
       なお,同工場における仮組立てには,被告担当者が立ち会っており,部品に不足がないかを確認していた。
      エ 中村製作所栗東工場で仮組立てがされた被告物件は,その後,分解されて部品状態に戻された上で仮梱包され,被告の指示により,同工場から海外へ輸送された(乙28)。そして,被告物件は,海外の現地において,再び組み立てられ,調整の上稼働に供せられた。現地での組立ての際には,現地で新たに調達された部品が付加されることもあるが,それらの部品は,本件特許発明の構成要件とは関係のない部品である。
    (2) 検討
      ア 以上の事実関係に基づき検討するに,被告は,営業用パンフレットやホームページにおいて,昇降型バッチ式雰囲気焼成炉自体の販売に関する営業活動を行っていたというのであるから,昇降型バッチ式雰囲気焼成炉である被告物件についても,日本国内において「譲渡の申出」(特許法2条3項1号)をしていたことがうかがえるところである。
      イ そして,被告は,海外顧客向けの被告物件についても,日本国内の中村製作所栗東工場において,必要な部品を製造あるいは調達した上で仮組立ての状態にまで完成させて動作確認を行っており,一部については炉体の仮焼きまで行っている。そして,同物件は,その後,部品状態に戻されて輸出されるというのであるが,海外の現地での組立て時に付加される部品はあるものの,同部品は本件特許発明の構成要件とは関係がない部品であることからすると,その日本国内における仮組立ての段階において,被告物件は,仕掛品状態であるけれども,既に本件特許発明の構成要件を充足する程度に完成していたと認められる。そうすると,この点を捉えて,被告は,日本国内において,本件特許発明の実施行為である「生産」(特許法2条3項1号)したということができる。
…(中略)…
      ウ なお,被告物件は,仮組立て及び動作確認の後,部品状態に戻されて梱包の上で輸出されるというのであるが,証拠(甲4,5の1,乙39の1,40)によれば,被告物件の上記仮組立ての状態は,その状態での運搬が不可能というほど大きいわけでもないことがうかがえることからすると,いったん仮組立てをした上で部品状態に戻すのは,搬送の便宜のためにすぎないものと認められる。
      エ したがって,以上を総合して考えると,被告が,日本国内においてした被告物件の販売を巡る一連の行為は,被告物件が輸出前段階では部品状態にされていることを考慮したとしても,特許発明の実施である「譲渡」(特許法2条3項1号)であるということは妨げられないということができる。
 
【検討・考察】
 
本件は、国内で部品を生産し、海外で部品を組み立てるいわゆるノックダウン生産について直接侵害行為を認めた事例である。
特許権侵害というためには、①被疑侵害者が、イ号製品について業として実施していること、②イ号製品が特許発明の技術的範囲に属することの2つが要件事実となる。
この点について、特許権侵害訴訟においては、要件事実②が問題となることが多い。
しかし、本件では、イ号製品が本件特許発明の技術的範囲にイ号製品が含まれることは格別、被告がイ号製品を業として実施しているといえるか(要件事実①)かが問題となった。なお、本件特許は平成23年11月20日に有効期間が満了している。このため、本件の訴訟物は、被告の過去実施分についての不法行為に基づく損害賠償請求権のみである。
 
本件における被告の行為は、次のとおりである。

(i) ホームページ上に、イ号製品の仕様及び性能の概要を記載
(ii) 各顧客との間で、イ号製品の売買契約を締結
(iii) 日本国内で、イ号製品の部品を生産
(iv) 日本国内で、部品を仮組立て
(v) 日本国内で、仮組み立てられたイ号製品を部品に分解
(vi) 分解された部品を海外へ輸出
(vii) 海外で部品を組立て

  
本件では、以上の行為から、被告によるイ号製品の「譲渡」(特許法2条3項1号)が行われているといえるかが問題となった。
まず、特許製品(イ号製品)の譲渡とは、かかる製品の移転をいうと解されている。つまり、売買契約の締結だけでは足らず、売買契約に基づき、契約対象である製品の引渡し等の占有移転が必要となる。
そして、製品という以上は、完成物であることが必要となると解される。
したがって、特許権侵害の要件事実である、イ号製品の譲渡とは、イ号製品の完成物の占有を移転することと解する。
本件では、裁判所は、(i)の事実を認定した上で、イ号製品の譲渡の申出と評価し、(ii)の事実を認定した上で、イ号製品の生産を行っているといえると評価し、(v)の事実を認定した上で、分解は搬送の便宜に過ぎないと評価した。そして、これらの評価を総合的に考慮し、被告がイ号製品の完成物の占有を移転していると判断した。
この判断は、結論において妥当であると考えるが、本来、イ号製品の譲渡を認定するには、占有移転時点を認定し、その時点にイ号製品が完成物であったと認定しなければならない。本裁判例は、この2点において明確に判断していない。
これらの点について私見を述べる。①については、搬送業者に依頼した時点で占有が移転するといられるから、当該時点を以て譲渡に該当すると評価できる。そして、②について、搬送業者に依頼する時点においては、イ号製品は部品に分解されているものの、生産と評価し得る仮組立ての状態でも搬送可能であったことからすると、係る分解は搬送の便宜のために過ぎず、搬送依頼時点で完成品であったと同視できると考える。
いずれにせよ、脱法的行為といえるノックダウン生産について特許権侵害を認めた裁判所の判断は妥当であると考えるが、裁判所が「譲渡の申出」や「生産」について、明確に認めていることから、原告としても、譲渡の申出又は生産も被告の実施行為と設定して追加的に主張することが望ましかったと考えられる。
 
 2012.1.2 (文責) 弁護士 溝田 宗司